ジャイ子とスパイダーマンの恋

ふじゆう

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<小学生編>ep2

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 日に日にルミちゃんとは、仲良しになっていった。お互いの家に遊びに行くこともしばしばだ。私がルミちゃんの家に遊びに行くと、帰る際必ず家の前に上川君がいる。そして、『ジャイ子、ジャイ子』と嬉しそうに連呼するのだ。あまりにも頻繁に出現するので、業を煮やしたルミちゃんが、金属バットを持って、上川君を追いかけた時は、さすがに肝が冷えた。息を切らして汗だくになって私の元に戻ってくるルミちゃんが、溜息を吐いて私に言った。
「ごめんね、奈美恵。あいつ幼稚な愛情表現しかできないんだよ。許してやって」
 その言葉の意味は良く分からなかったけれど、ルミちゃんは真剣な顔で私を見た。
「あいつどうしようもなく馬鹿だけどさ、奈美恵に暴力振るったりそんなことは絶対にしないから、安心してね」
 そのルミちゃんの言葉と表情が、とても印象に残っている。なんだかんだで、付き合いの長い幼馴染だから、上川君の本質を理解しているようだ。正直、上川君はあまり信用できないけれど、ルミちゃんの言うことなら信用できる。だから、私は安心して、笑っていられるのだ。
 ある日の下校時に、ちょっとした問題が起こった。ルミちゃんと廊下を歩き、下駄箱に到着すると異変が起こっていた。私の靴がなくなっていたのだ。狼狽える私をルミちゃんが、宥めてくれていた。時間の経過と比例して悲しみが増していき、涙が零れてしまった。私はしゃがみ込み、顔を隠した。ルミちゃんも私の隣でしゃがみ込み、優しい声をかけ続けてくれた。私の頭の中では、上川君の顔が浮かんでいた。
「お! ジャイ子! そんなところに座って何やってんだよ?」
 頭上から上川君の笑い声が降ってきた。私は、反射的に顔を上げ、涙で濡れた目で睨みつけた。笑みを浮かべていた上川君の顔から、血の気が引いていくのが見て取れた。
「奈美恵の靴がなくなってるんだよ」
 ルミちゃんが、独り言のように呟いた。上川君は、弾かれたように、走り去って行った。その姿を見て、私は確信した。上川君は、逃げ出したのだ。やはり、犯人は、上川君だ。ルミちゃんに怒られるのが、怖かったのだ。私は、恐る恐るルミちゃんの顔を見た。ルミちゃんは、私と視線が合うと、にこりと微笑んだのだ。不思議に思った。てっきり鬼の形相で、上川君を追いかけていくものだとばかり思っていた。
「大丈夫だよ。安心して」
 ルミちゃんは、優しい口調で、私の頭を撫でてくれた。何が大丈夫なのかは、分からなかった。でも、頭に伝わるルミちゃんの手の温もりが、私の心を落ち着かせていた。私は、袖でゴシゴシと涙を拭いた。加減を誤ったようで、目の奥がジンジンする。ルミちゃんに笑みを見せると、ルミちゃんは突然吹き出した。擦り過ぎた目元は、赤くなっていたみたいだ。ルミちゃんが、そんな私を見て、軽快に笑い声を上げるから、私も自然と声を出して笑った。私達を不思議そうに眺めていく生徒達の視線は、全く気にならなかった。
周囲に生徒がいなくなって、西日が伸びてきた頃だった。遠くの廊下から、バタバタと走る足音が響いてきた。音の方へ顔を向けると、息を切らした上川君が立っていた。私が茫然と彼を眺めていると、ぶっきらぼうに手を差し出してきた。私は思わず、手で盾を作って、顔を背けた。恐る恐る薄目を開けると、上川君の手には私の靴が握られていた。
「おお、やるじゃん! 上出来上出来! で? どこにあったの?」
 ルミちゃんが靴を受け取ると、私の足元に揃えて置いてくれた。
「どこだっていいじゃん! 秘密の場所が、あるんだよ! 冗談でやっただけだ! そんくらいで、泣くなよ! このゴリラがキレるからな! 今日のところは、これくらいで、勘弁してやるぜ!」
「誰がゴリラだ!? この馬鹿リュウ!」
 ルミちゃんが平手を振り上げると、上川君は逃げるように走り去った。私は、とても嫌な気持ちになった。お腹の中に冷たい石が、溜まっていくような感覚だ。気怠さと寒気が、両肩から背中を抜けていく。上川君が許せなかった。靴を隠したことではなく、ルミちゃんの想いを踏みにじったからだ。信用してくれているルミちゃんを裏切った。
「やっぱり、上川君が・・・」
「違うよ。あいつは、そんな奴じゃない」
 私の顔を真剣な眼差しで、ルミちゃんは見つめる。どうして、家が隣の幼馴染だという理由で、上川君のことをそんなに信用できるのだろう? どうして、上川君のことを庇うのだろう? なんだか、納得がいかなくて、黒い気持ちが溢れてくる。
「で、でも。さっき、上川君が、自分が隠したみたいなこと言ったもん。私は、ルミちゃんみたいに、上川君のことが信用できないよ」
 初めて、小さな反抗心が芽生えた。油断すると、涙が溢れてしまいそうで、必死に我慢した。鼻の奥がツンと痛かった。しばらく顔を上げることができなかった。ルミちゃんは、黙ったままだ。沈黙の時間に耐えられず、私はゆっくりと顔を上げた。ルミちゃんは、悲しそうな困ったような表情を浮かべている。ルミちゃんの顔を見た途端、喉が詰まったような息苦しさを感じ、涙が溢れ返ってきた。
「じゃあ、私のことは? 私も信用できない?」
 ルミちゃんの問いに、私は髪の毛を振り乱し、頭を左右に振った。優しい手つきで、ルミちゃんは私の乱れた髪を手櫛で研いでくれた。
「安心して。明日から、絶対にこんなことは、起こらないから」
 ルミちゃんの温かい声が、体中を巡り体温を上げてくれたように感じた。ルミちゃんが私の手を取り、私達は手をつないで帰路に着いた。
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