女装スナック『マーブル』へようこそ!

ふじゆう

文字の大きさ
4 / 46

四、後輩の犯行現場を目撃した。

しおりを挟む
 心配事の一つとして、父さんの対人スキルというものがあった。スナックは接客業なので、長年事務員をやっていた父さんに、務まるのか不安であった。しかし、取り越し苦労であったので、一安心だ。
 人は環境で育つのだと、改めて感じた。そもそも、僕にしたって、対人スキルが高い訳では決してないが、どうにかこうにか営業をやっている。
 僕の勤める会社は、木材の加工販売を行っている。お客さんは大半が企業で、建築関係やホームセンターがメインだ。
 女装スナック『マーブル』がオープンして半年が経過した。集客の方も思いのほか順調で、驚いている。そもそも、スナックという店にあまり行った事がなかったのだが、いつも不思議な感覚になる。オジサンが多い印象があったのだけど、意外と若い人や女性もいる。ジェシカママのお陰で、料理はかなり美味しい。でも、綺麗な女性がいる訳でもなく、特別なお酒がある訳でもない。
 お客さんは、三人のママに会いに来ている。
 それが不思議だ。お客さんというよりも、ファンに近いような気がする。お客さんが、三人の夢を応援している感じだ。これが、父さんがオープン前に、コツコツと集めてきた信頼の形なのかもしれない。
 営業回りを終えて、会社に戻ってきた。社用車を所定の駐車場に止める。少し歩いて、二階建ての会社に到着した。一階が木材を加工する作業所で、二階が事務所になっている。作業所でお客さんからの依頼を、作業員さんに伝え二階に上がった。
「えええ! 下着を盗まれたの!?」
「ちょっと、大声で言わないで下さいよ」
 事務所の扉を開けると、そんな女性事務員さん達の会話が聞こえてきた。あまりにも、穏やかではない会話に、『只今、戻りました』と言いそびれてしまった。そのせいで、僕が帰ってきた事に、誰も気が付いていない。
「週末は彼氏の家に泊まりに行くんですけどね。会社が終わったらそのまま行けるように、お泊りセットを会社に持ってきてるんです。それで彼氏の家で荷物を開けると、下着がなくなっているんですよ。最初は、下着を入れ忘れたのかなって思っていたんですけど、また無くなっているんです。確実に入れたのに」
「それで、仕事中にロッカーから盗まれているって事?」
「そうなんです。それしか、考えられなくて」
 二重の驚きで、言葉を失ってしまった。我が社で唯一、独身で若い女性の長谷川さんに、彼氏がいた事。そして、我が社に下着泥棒がいた事。別に盗み聞きをするつもりはないけれど、息を殺して聞き耳を立ててしまった。今更、どうやって出て行けば良いのか分からない。
 取り合えず、聞かなかった事にして、ゆっくりと事務所の扉から外に出た。音を立てないように慎重に。自販機でコーヒーを買って、時間を潰す事にした。
そろそろ良いだろう。二階の事務所に戻って、いつもより大声を出した。
「只今、戻りました!」
 事務所に入ると、数人の事務員さん達が挨拶をしてくれた。僕は、平静を装って、自分の席に着く。事務作業をしていると、年配の女性事務員さんが、僕の事をちらちらと見ている事に気が付いた。不審に満ちた視線に、僕が顔を上げると、事務員さんと目があった。彼女は、ハッとして、作り笑いを見せるのだ。
 僕が疑われているのだろうか?
 ここで、『僕は下着なんか盗んでいません』と言おうものなら、もうそれは自供に近い。事情を知って、逃げるべきではなかった。身の潔白を証明する機会を逃してしまった。今更、後悔しても仕方がないので、居心地の悪い状況を受け入れるしかない。
 出来る事なら、あちらから話題を振って欲しいものだが、誰も何も言ってくれない。長谷川さんに視線を向けると、彼女も愛想笑いを浮かべて、視線を逸らす始末だ。
 居た堪れなくなって、僕が席を立つと、年配女性事務員さんが声をかけてきた。
「竹内君どこ行くの?」
「え? トイレですけど?」
 なんとか、冷静に対応すると、おばちゃんは誤魔化すように笑って手を振った。席を立つ時に、行先なんか聞かれた事がない。完全に、疑われている。当然、僕だけではないだろうけど、堪ったものではない。一応、首を傾げて、トイレへ向かった。
『OBした人は、自己処理を』という張り紙を眺めながら、用を足した。トイレの出入り口の扉を開けた瞬間に、反射的に扉を閉めた。そして、ゆっくりと開いていく。扉の小さな隙間から、外を覗いた。
 トイレの向かい側には、更衣室がある。作業服を着た男性社員が、男性用の更衣室へと入っていった。
「・・・あれ? さっき、隣から出てこなかったか?」
 向かい側にある更衣室は、男性用と女性用が並んでいる。間違えて、女性用の方に入ってしまったのだろうか。トイレから出て、男性更衣室の扉を静かに開けた。すると、先ほどみた作業員が、自身のロッカーの前でゴソゴソやっている。その作業員は、今年の春に作業員として入社したばかりの、浅岡君であった。新入社員だから、間違えてしまったのかもしれない。僕は、安堵の息を吐いて、更衣室へと入った。
「お疲れ様! どうしたの? 浅岡君?」
 声をかけた瞬間、浅岡君は物凄い速さで振り返った。そして、怯えたような表情を見せた。彼のこんな顔を見たのは、初めてだ。細身で背が高く、整った顔をしている。新人だけど、初々しい感じはなく、冷静で一歩引いて物事を考えているようなタイプだ。
 営業マンと新人作業員とは、あまり接点がない。僕が、話をするのは、だいたいベテランの職人さんだ。こんな一面もあるのだろうかと、首を傾げる。
「お、お、お疲れ様です!」
 慌ててロッカーを閉めた浅岡君は、気をつけをしてお辞儀をした。
「・・・」
 僕の視線は、浅岡君の足元に釘付けになっていた。
 浅岡君の足元には、黒色の女性用パンツが落ちていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

熟女教師に何度も迫られて…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
二度と味わえない体験をした実話中心のショート・ショート集です

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

秘書と社長の秘密

廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。 突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。 ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...