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四、後輩の犯行現場を目撃した。

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 心配事の一つとして、父さんの対人スキルというものがあった。スナックは接客業なので、長年事務員をやっていた父さんに、務まるのか不安であった。しかし、取り越し苦労であったので、一安心だ。
 人は環境で育つのだと、改めて感じた。そもそも、僕にしたって、対人スキルが高い訳では決してないが、どうにかこうにか営業をやっている。
 僕の勤める会社は、木材の加工販売を行っている。お客さんは大半が企業で、建築関係やホームセンターがメインだ。
 女装スナック『マーブル』がオープンして半年が経過した。集客の方も思いのほか順調で、驚いている。そもそも、スナックという店にあまり行った事がなかったのだが、いつも不思議な感覚になる。オジサンが多い印象があったのだけど、意外と若い人や女性もいる。ジェシカママのお陰で、料理はかなり美味しい。でも、綺麗な女性がいる訳でもなく、特別なお酒がある訳でもない。
 お客さんは、三人のママに会いに来ている。
 それが不思議だ。お客さんというよりも、ファンに近いような気がする。お客さんが、三人の夢を応援している感じだ。これが、父さんがオープン前に、コツコツと集めてきた信頼の形なのかもしれない。
 営業回りを終えて、会社に戻ってきた。社用車を所定の駐車場に止める。少し歩いて、二階建ての会社に到着した。一階が木材を加工する作業所で、二階が事務所になっている。作業所でお客さんからの依頼を、作業員さんに伝え二階に上がった。
「えええ! 下着を盗まれたの!?」
「ちょっと、大声で言わないで下さいよ」
 事務所の扉を開けると、そんな女性事務員さん達の会話が聞こえてきた。あまりにも、穏やかではない会話に、『只今、戻りました』と言いそびれてしまった。そのせいで、僕が帰ってきた事に、誰も気が付いていない。
「週末は彼氏の家に泊まりに行くんですけどね。会社が終わったらそのまま行けるように、お泊りセットを会社に持ってきてるんです。それで彼氏の家で荷物を開けると、下着がなくなっているんですよ。最初は、下着を入れ忘れたのかなって思っていたんですけど、また無くなっているんです。確実に入れたのに」
「それで、仕事中にロッカーから盗まれているって事?」
「そうなんです。それしか、考えられなくて」
 二重の驚きで、言葉を失ってしまった。我が社で唯一、独身で若い女性の長谷川さんに、彼氏がいた事。そして、我が社に下着泥棒がいた事。別に盗み聞きをするつもりはないけれど、息を殺して聞き耳を立ててしまった。今更、どうやって出て行けば良いのか分からない。
 取り合えず、聞かなかった事にして、ゆっくりと事務所の扉から外に出た。音を立てないように慎重に。自販機でコーヒーを買って、時間を潰す事にした。
そろそろ良いだろう。二階の事務所に戻って、いつもより大声を出した。
「只今、戻りました!」
 事務所に入ると、数人の事務員さん達が挨拶をしてくれた。僕は、平静を装って、自分の席に着く。事務作業をしていると、年配の女性事務員さんが、僕の事をちらちらと見ている事に気が付いた。不審に満ちた視線に、僕が顔を上げると、事務員さんと目があった。彼女は、ハッとして、作り笑いを見せるのだ。
 僕が疑われているのだろうか?
 ここで、『僕は下着なんか盗んでいません』と言おうものなら、もうそれは自供に近い。事情を知って、逃げるべきではなかった。身の潔白を証明する機会を逃してしまった。今更、後悔しても仕方がないので、居心地の悪い状況を受け入れるしかない。
 出来る事なら、あちらから話題を振って欲しいものだが、誰も何も言ってくれない。長谷川さんに視線を向けると、彼女も愛想笑いを浮かべて、視線を逸らす始末だ。
 居た堪れなくなって、僕が席を立つと、年配女性事務員さんが声をかけてきた。
「竹内君どこ行くの?」
「え? トイレですけど?」
 なんとか、冷静に対応すると、おばちゃんは誤魔化すように笑って手を振った。席を立つ時に、行先なんか聞かれた事がない。完全に、疑われている。当然、僕だけではないだろうけど、堪ったものではない。一応、首を傾げて、トイレへ向かった。
『OBした人は、自己処理を』という張り紙を眺めながら、用を足した。トイレの出入り口の扉を開けた瞬間に、反射的に扉を閉めた。そして、ゆっくりと開いていく。扉の小さな隙間から、外を覗いた。
 トイレの向かい側には、更衣室がある。作業服を着た男性社員が、男性用の更衣室へと入っていった。
「・・・あれ? さっき、隣から出てこなかったか?」
 向かい側にある更衣室は、男性用と女性用が並んでいる。間違えて、女性用の方に入ってしまったのだろうか。トイレから出て、男性更衣室の扉を静かに開けた。すると、先ほどみた作業員が、自身のロッカーの前でゴソゴソやっている。その作業員は、今年の春に作業員として入社したばかりの、浅岡君であった。新入社員だから、間違えてしまったのかもしれない。僕は、安堵の息を吐いて、更衣室へと入った。
「お疲れ様! どうしたの? 浅岡君?」
 声をかけた瞬間、浅岡君は物凄い速さで振り返った。そして、怯えたような表情を見せた。彼のこんな顔を見たのは、初めてだ。細身で背が高く、整った顔をしている。新人だけど、初々しい感じはなく、冷静で一歩引いて物事を考えているようなタイプだ。
 営業マンと新人作業員とは、あまり接点がない。僕が、話をするのは、だいたいベテランの職人さんだ。こんな一面もあるのだろうかと、首を傾げる。
「お、お、お疲れ様です!」
 慌ててロッカーを閉めた浅岡君は、気をつけをしてお辞儀をした。
「・・・」
 僕の視線は、浅岡君の足元に釘付けになっていた。
 浅岡君の足元には、黒色の女性用パンツが落ちていた。
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