女装スナック『マーブル』へようこそ!

ふじゆう

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四十三、カリスマモデルの裏事情

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 生唾を飲み、呆然とキョンチを眺めていた。キョンチは、恥ずかしそうに体の前で腕を重ねている。横向きになって、胸を隠している。視線をキョンチの足元に移すと、ブラジャーの横に二つのパットが転がっていた。キョンチは、戸惑いながら、ゆっくりと体の正面をこちらに向けた。そして、左右の腕を下におろす。
「・・・え? え!? えっと・・・」
「実は、私・・・体は男なんです」
 キョンチは、慌ててTシャツを着て、床に落ちたブラジャーとパットを拾い上げた。それらを隠すように、手を後ろに回す。
 確かに、脱衣所でキョンチの裸を見た。しかし、一瞬の事で、ハッキリとは分からなかった。横向きでタオルで隠されていたから、胸の膨らみは確認できなかった。確認できなかったのではなく、膨らみがなかったようだ。そんな事、分かる訳がない。しかし、見られたと思ったキョンチは、白状して口止めをしたかったようだ。しかし、わざわざシャツを脱いでまで、見せる必要はなかったような気がする。
 父さんが、異常なまでの反応を見せていたのは、この事が原因なのだろう。父さんは、キョンチの事実を知っている。ファンの嫉妬だと思っていたけれど、息子とはいえ軽々しく教えられない、デリケートな案件だったようだ。キョンチは、『体は男』と表現していた。つまり、心は女性という事なのだろう。女装家とは、また違う人種だ。障害というのか、個性というのか分からないが、セクシャルマイノリティーという事だろう。マーブルのお客さんの中にもいるのだが、まるで気にせず接してきた。マーブルにいると、性別とかどうでも良く感じてくる。見た目は関係なく、恋愛や性の対象は、自己申告したものが全てだ。
 しかしながら、それはマーブルという小さなコミュニティーでの話だ。世間一般的には、正直良く分からない。たぶん、僕達の方が変わっていると思われているだろう。特にキョンチのような全国区の有名人なら、攻撃の対象になりかねない。その抑圧が招いた逃亡なのかもしれない。
 僕はベッドから降りて、床に腰を下ろした。そして、僕の前の床を手で叩く。
「とにかく、座って。ゆっくり話をしよう」
 キョンチを見上げると、彼女は顎を引いて、床に座った。
「ぶっちゃけ、僕はキョンチが男でも女でもどっちでも関係ないよ。キョンチはキョンチだから。まあ、正直驚いたけどね」
「実は、そう言ってもらえると思っていました。だから、正直に話そうと思えたんです。ミッチャンさんと翔太さんの接し方を見ていましたから」
「それで、これからどうするの? いつまでも、このままって訳にはいかないよね? 芸能界を辞めたいとか、世間に公表したいとか思っているの?」
 キョンチは、頭をブルブルと左右に振った。シャンプーの良い香りが漂ってきて、折角かっこつけた姿が、台無しになりそうになる。結衣と同じシャンプーを使ったようだが、妹には何も感じないのに。
「芸能界は辞めたくないです。最近、色々な事に挑戦させてもらえるようになって、楽しいですから。公表したいとも思っていません。ただ、年齢の事は言いたいです。堂々とマーブルに遊びに行きたいですもん」
「そうか・・・じゃあ、今回の事の原因はなんなの?」
 ようやく笑顔を見せ始めたキョンチの顔が、フッと暗幕が降りたように沈んだ。本来なら、『言いたくなければ、言わなくても良いよ』と言う場面なのかもしれない。だけど、僕はジッとキョンチを見つめる。話を聞くと決めたからだ。自ら話を断ち切ったりはしない。キョンチが話してくれるまで、黙って待つのみだ。
「実は、本当の私の事は、事務所にも内緒にしていたんです。意外とばれないもんだなあと思っていました。マネージャーの紙城かみしろさんは、とっても優しい人で、私をスカウトしてくれた人なんですけど、いつも親身になってくれるお兄ちゃんのような存在で。あ、翔太さんも二十五歳ですよね? 紙城さんと一緒です。だから、翔太さんにも甘えちゃったのかもしれません」
 まったく、男心をくすぐるのが、お上手です事。お兄ちゃんのような人って言われたら、お兄ちゃんのように接するしかなくなる。男気スイッチを押された気分だ。
「それで、紙城さんには、全部話したんです。紙城さんも、翔太さんと同じ事を言ってくれました。『お前はお前だから、お前自身が嘘をついているとか罪悪感を感じないなら、そのままでも良いよ』って。少し気持ちが軽くなりました」
 僕は、後追いだったのか。知らなかったとはいえ、なんだか恥ずかしい。
「でも、社長は違ったんです。紙城さんが社長に報告したんですけど・・・そしたら、めちゃくちゃ怒り出して、すぐに呼び出されて、延々と説教されました。『会社はお前の稼ぎで成り立っているんだ! 社員を路頭に迷わせる気か!』とか、そんな事言われても、私に押し付けられても困ります」
 キョンチは、一呼吸置くように、溜息を吐いた。そりゃ溜息も吐きたくなる。こんな若い女性に、会社の命運を背負わせるのは、どうかと思う。若いと言っても、僕と三つしか違わない。僕が突然、うちの社長に同じ事を言われても、逃げ出す自信がある。そんな責任を押し付けられても困るよね。
「それで、そのまま逃げだしました。誰とも関わりたくないと思ったし、仕返しで困らせてやろうと思ったのかもしれません。でも、想像よりもずっと話が大きくなっちゃって、どうしたら良いのか分からなかった時に、ミッチャンさんに助けを求めたんです」
 なるほど、そういう事か。マイノリティに理解があって、遠過ぎず近過ぎない距離に、丁度ミッチャンママがいたのだ。何よりも、ミッチャンママは、キョンチの大ファンときたものだ。力になってくれると思わない方が不思議だ。
「ミッチャンさんに話を聞いてもらって、今お世話になっています。それで、ミッチャンさんに言われて、紙城さんに連絡しました。世間的には、体調不良と公表してくれたようです」
 まだ、ネットニュースを見ていないから、どのように公表したのか分からない。でも、警察沙汰からの体調不良と、どのような力技で持って行ったのだろう。芸能事務所の事はサッパリ分からないけど、キョンチの稼ぎだけで成立している会社という事は、それほど大きな会社ではないのかもしれない。
「それで、ミッチャンさんから、逃げてばかりでは何も解決しないから、ちゃんと話をしなさいと言われました。それで、明日、マーブルに事務所の社長の石月いしつきさんと、マネージャーの紙城さんの二人が来るんです」
「え? マーブルに? なんで?」
「ミッチャンさんが、こちらのテリトリーで話した方が良いって言ってました。相手のペースにならないように。小百合さんの許可ももらって、オープン前に話をする事になっています。それで、あの・・・翔太さんは、明日もお仕事ですよね?」
「うん、仕事だよ。話し合いは、何時からなの?」
「お昼の一時からです。もし可能なら、翔太さんにも同席してもらいたいんですけど・・・お仕事なら、難しいですよね?」
 その上目使いはやめなさい。この甘え上手が人気者になる秘訣のような気がした。
「分かった。なんとかするよ」
 こうなれば、早退するしかない。男気スイッチを押されてしまったら、仕方がない。僕に何が出来るか分からないけれど、僕がいて安心してくれるなら、そうしよう。
 可愛い妹の為に、一肌脱ぎますか。
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