女装スナック『マーブル』へようこそ!

ふじゆう

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四十六話、女装スナック『マーブル』へようこそ!<完>

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「・・・小百合ママ・・・あの時、僕を見捨てましたね?」
「ええ。とっても美味しいお酒が飲めました。翔ちゃん大好きよ」
 大好きと言えば全てが許されると思っていたら、大間違いだ。僕は、ジットリした視線を、小百合ママへ送る。
「もう、そんな顔しないで。じゃあ、これはお詫びね」
 小百合ママは、僕の好物であるエイヒレを出した。突発的に出せるものではないので、あらかじめ用意してくれていたみたいだ。用意周到だなと感心しながら、エイヒレをかじった。
「そう言えば、小百合ママは最初から気づいていたんでしょ? キョンチが男の子だって」
「最初というか、免許書を見た時にね」
「でも、驚いた様子もなかったですね」
「特別不思議な事でもないわ。このお店には、色々な事情を抱えたお客様がいらっしゃるからね。でも、キョンチだとは気づかなかったわ。元男の子である事は大した問題じゃないけれど、『芸能人が来た!』って内心テンション爆上がりだったわ」
 小百合ママは、ケラケラ笑いながら、ビールをついで僕に向かって『頂きます』と微笑んだ。ん? おごるなんて一言も言っていない。それは、無銭飲食です。連日、マーブルに通いつめ、三ママに搾取され、僕の貯金が増えない原因は明らかだ。とは言え、他の常連さんにご馳走になる事も多いから、文句ばかりも言えない。星矢さん、辻本さん、モモちゃんがよくご馳走してくれる。お返しをしたいと言うと、『君は若手にご馳走してあげな』と言われる。だから僕は、浅岡君やヒメカ、キョンチが店にいると、恩を返すようにご馳走する。きっと、マーブルでは、そのサイクルで回っていく文化を作りたいのだと思った。そして、浅岡君やヒメカやキョンチは、自分より若手ができた時に、恩返しをするようにご馳走する。このお店が、長く愛されるように、願うばかりだ。
「そうそう、この前翔ちゃんがいない時に、石月さんと紙城さんが遊びに来てくれたわよ。積極的に話をする機会を増やして、今は結構上手くいってるみたいね。ここを気に入ってくれて、ボトルも入れてくれたわ」
 その事は、知っていたが、『そうなんですか、良かったです』と返した。キョンチからラインで、ちょくちょく近況報告を受けている。ライン交換する時も、殺し屋達の監視の目をかいくぐるのは、意外と骨が折れた。感謝はされているが、あまり信用はされていない。それは、僕がというよりも、余計なハエを追っ払っている印象だ。蚊取り線香ならぬ、ハエ取り線香だ。
 小百合ママやミッチャンママと談笑していると、いつものメンバーが集まりだした。入り口付近に陣取っている僕に、皆が笑顔を向けてくれる。
「遅くなりました。お疲れ様です」
 浅岡君が僕の隣に座って、ビールを注文する。日に日に綺麗になっていく浅岡君に、弟の成長を見ているようで、嬉しい気持ちになる。あれから、お父さんとはどうなったのだろう? 家庭の事情を聴く事に抵抗がある為、浅岡君が話してくれるまで、待つ事にした。というのは建前で、一瞬でも浅岡君の暗い顔を見たくないだけだ。酔っ払い人口が増していき、マーブル内はどんちゃん騒ぎだ。乱痴気騒ぎと言った方が正しいのかもしれない。リョウさんとヒメカを脇に抱えた星矢さんが、イチャつきだし、ミッチャンママにコテンパンに説教されている。その隙に、リョウさんとヒメカが争いを始め、止めに入ろうとした時には、泣きながら抱き合っていた。そうかと思うと、辻本さんとモモちゃんが小競り合いを始める。ドラゴンボールがどうこう言っていた。心底どうでもいい事だけど、なかなかにヒートアップしている。流石に割って入ろうと、腰を上げた。
「竹内さん。僕が行きます」
 浅岡君が、僕を制して立ち上がった。燃え上がる炎の中に、浅岡君は飛び込んでいった。
「未来ちゃんなら、神龍にどんなお願いする? 大金が欲しいわよね?」
「そんな私利私欲で使っていいものか! 僕だったら、世界平和を願うね!」
「世界平和って具体的に何よ!? 私が大富豪になって、困っている人を助けてあげるわよ!」
 モモちゃんと辻本さんが、ああでもないこうでもないと、声を張り上げている。浅岡君は、オロオロしながら、困り顔だ。そもそも、僕達はドラゴンボール世代ではないから、いまいち分からないし、思い入れもない。浅岡君の助太刀に行くべきだな。
「待って! 翔ちゃん!」
 カウンター内から、小百合ママに呼び止められた。振り返ると、店内の地獄絵図を見ながら、ニヤニヤとウイスキーをロックで飲んでいる。
「え? 止めないんですか?」
「もう少し、様子を見ましょ? 面白いじゃない?」
 それは、小百合ママが酒のアテを取り上げられたくないだけなのでは? そもそも、自分のお店でしょ? 小百合ママは、目を細めて、店内の光景を眺めている。
「ねえ、翔ちゃん。このお店の名前『マーブル』って、どうしてつけたのか知ってる?」
「どうして? 意味としては大理石とかじゃなかったでしたっけ? だから、高級感や品があるお店にしたいのかと思ってましたけど」
「確かに、意味としてはその通りね。でも私達は、『マーブル模様』という意味で名付けたの。様々な色が混ざり合っている様子ね。混ざりかけと言った方が正しいわね」
 小百合ママは、愛おしそうな目を送り、グラスを傾ける。氷がカランと鳴った。
「混ざり過ぎてしまうと、面白味のない色になってしまう。汚い色になってしまう。そうなるまでの過程を楽しみたいの。笑ったり、泣いたり、怒ったり、当たり前に存在する人間の喜怒哀楽を見ていたいの。勿論、行き過ぎてしまう前に、止める必要があるけどね。まだ、大丈夫だし、皆心得ている。たまに、行き過ぎてしまうけど、それもまた一興。それも含めて、人間だもん。バーイ小百合」
 マーブルにそんな想いがあったのか。それは、感情の事だけではないのだろう。男性がいて、女性がいて、女装家がいて、元男性や元女性がいる。若い人がいて、年配の人がいて、まさにごちゃ混ぜのマーブル模様だ。この喧噪が求めていた形なのだろう。しかし、その塩梅は、非常に難しい。普通にお店を運営する事も難しいのに、わざわざ困難な道を選んでいるような気がした。だからこそ、日常生活では味わえない体験を、させてもらっているのだろう。貯金額は増えないけど、なかなかできない体験を買っていると思えば、安いものだ。
 マーブルで出会った人々、マーブルがあったからこそ親しくなれた人々、すべての出会いに感謝している。そして、ミッチャンママの息子だったからこそ、入り口が簡単に見つかった。真面目で堅物だと思っていた父さんが、ミッチャンママになってくれたお陰だ。
 父さんの夢の形が、こんなにも楽しい世界だった。
 長年コツコツと仲間を集め、夢を語ってきたのだろう。僕の知らないところで、様々な困難や苦悩を乗り越えてきたのだろう。小百合ママやジェシカママ、そして星矢さんや多くの仲間達が、父さんを支え、ミッチャンママにしてくれたのだろう。そう思うと、目頭が熱くなってきた。過去は、何もできなかったから、未来はその一員として、一緒に助け合って喜び会えたらと思う。そう思うと、目の前で繰り広げられる地獄絵図は、とても愛おしく感じる。
 いつまでも、いつまでも、このスナックが続いて欲しい。居場所を求めて彷徨う人々の、駆け込み寺のようになっている。マーブルの存在意義を存在価値を、もっと多くの人々に教えてあげたい。万人受けは難しいかもしれないけれど、求めている人は沢山いるはずだ。
 呆れるくらい人間臭い場所なのだから。
 僕と小百合ママが、店内の『賑わい』を肴に、お酒を飲んでいると、聞きなれた乾いた音がなった。
 カランコロンカラン。
 来客を告げるベルだ。僕と小百合ママは同時に、扉に顔を向けた。中の様子を伺いながら、腰が引けているお客さんがやってきた。見た事がないから、新規のお客さんだろう。僕と同年代か少し若い男性だ。浅岡君くらいかな? 見るからにカツラと分かる金色の髪に、ミニスカートに網タイツを履いている。化粧もただ色濃く塗りたくっている感じだ。
「いらっしゃいませ。騒がしくってごめんなさいね。どうぞ、おかけ下さい」
 小百合ママが、カウンター席に招いた。お客さんは、オドオドしながら、店内をキョロキョロしている。そして、僕を見て、ハッとして立ち止まった。お客さんが慌てて振り返って、扉のノブを掴んだ。反射的に僕は立ち上がった。
「すいません! 僕は女装してないけど、あなたの方が正しいから! 何も間違ってないから! だから、安心して、一緒に楽しみましょ?」
 お客さんは、恐る恐る振り返り、小さく頷くと僕の隣に座った。
「す、すいません。ぼ、僕、初めて女装して、外に出て・・・き、緊張しちゃって・・・すいません」
「謝る事なんかないですよ。それに、ほら、女装している人、沢山いるでしょ? ここは、そういう場所だから。何飲みますか? 混乱させてしまったお詫びに、一杯ご馳走させて下さい」
 僕は、小百合ママにビールを二杯頼んだ。カウンターにビールジョッキが二つ置かれる。
「はーい! 皆ぁ! そのくらいにしてね! 初めてきたお客様が、ビックリしちゃうからねえ!」
 小百合ママが、手を叩いて声を張り上げると、今までの喧騒が嘘のようにおとなしくなった。そして、それぞれが、グラスを持った。僕は、咳払いをして、立ち上がる。
「それでは、皆さん! せーーのっ!!」
「女装スナック『マーブル』へようこそ!」
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