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3-1.行商の……
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「シグー。起きろー。朝だぞー」
クリフの朝は同居人を起こすことから始まる。
朝に比較的強いクリフは、日が昇るのと同時に気持ちよく目覚める。目覚めた勢いでそのままベッドから出て、隣のベッドで気持ちよさそうに眠るシグに一声かけるのだが、当然のごとく起きない。
そのまま起きるまで声をかけ続けてもしょうがない。麻の寝間着から木綿の動きやすい服に着替え、一階に降りて朝食の準備を済ませることにする。
火の魔力が込められた着火石で竈に火を入れて、鍋のスープを温める。昨日の夜ごはんとしてシグが作った物の残りだ。シグは過去の経験もあってか家事全般が得意。特に料理は一級品。それに、買い置きの黒パン、昨日買った生野菜、沸かしておいたお湯で緑茶を一杯入れて完成。あとはシグを起こすだけ。
とは言っても、直接起こしに行くよりもスープの匂いの方が彼女には効くだろう。すぐに階段を下りる音が聞こえてきた。
「むにゃ。クリフ君おはよう」
シグが目をこすりながら食卓に着いた。
「おはよう。今日は早かったな」
軽く会話を交えながら、手早く朝食を済ませる。食べ終わったら皿を洗い、軽く身支度を済ませる。シグが歯磨きをしている間に、肩までの黒い髪を後頭部の辺りで結ってやる。他人の髪などいじることになるとは思っていなかったが、やれば慣れるものだ。今ではものの数秒でできるようになった。
各々支度が済んだら、戸締りを確認して出勤。
二人は図書館の近くの裏通りに家を借りている。兵士学校を卒業して、それぞれの職についてから住み始めたので、ちょうど一年ほど住んでいることになる。狭くて本棚をあまり置けないのが不満だが、まあ、住み慣れればいい家だ。
その家を出た二人は大通りまでは同じ道。そこからシグは警備兵詰所に。クリフは図書館に向かうために別れる。
通いなれた道。ぼーっと考え事をしながら歩いていると、後ろから声をかけられた。
「もしもし。ちょっと道を伺ってもいいかな」
振り返ると、クリフと比べて少々背の低い、透き通るような金髪のショートカットの似合う少女が立っていた。
「構いませんよ」
「ありがとう。図書館への道が分からなくてね」
「中央図書館ですか? それなら僕も向かう所です。案内しましょう」
クリフは仕事モードでにこやかに頷いて、少女と横に並んで、会話をしながら歩きだした。
彼女は隊商の一員で、その一環でこの王都に初めて来たらしい。書物に興味がある彼女は王国随一の蔵書量を誇る中央図書館を噂に聞いて興味を持ち、ここへの隊商に参加した。
しかし、滞在中の休みを利用して意気揚々と図書館へ向かおうと街へ出たのはいいのだが、地方出身の彼女は街の大きさに戸惑い、人の多さに酔い、すっかり迷ってしまった。そこにたまたま声をかけやすそうな優男が通りかかったので、道を聞いたというわけだ。
たまたま声をかけたのが司書とは幸運だったよ、と彼女は可愛らしい大きな目を細めて笑う。
図書館は大通りから一本、道を入ったところにある。都の知の象徴たる図書館が少々奥まった所にあるのは、単に喧騒から遠ざけるためだと聞いた。実際図書館の前の通りは利用者程度しか通らないので、静かは静か。ただ、少々分かりにくい。
「おお。ここが王都中央図書館か。噂に聞くより大きいな。道案内ありがとう。助かったよ」
「いえ。もしよかったら、中も案内しましょうか?」
「それはありがたいけど……。いいのかい? 君にも仕事があるだろう」
「大丈夫ですよ。それに、長くは居れないんでしょう。ここは広いですから、闇雲に回ると時間ばかりが過ぎてしまいます。せっかくだから楽しんでほしいですからね」
それと、多少の下心。図書館を楽しんでほしいというのは本心ではあるが、普段なら案内など絶対にしない。我ながら単純な男だとは思う。
「そうかい? じゃあお言葉に甘えようかな」
彼女の所望は小説などの創作作品。馬車での移動中に読むことがあるのだが、揺れながらの読書は少々きつい。しかし、ここならしっかり腰を据えて、しかもタダで読むことができる。
「女性向けならこの辺りかな」
「ふむ……。すまない、ボクは英雄譚や冒険譚が好みなのだが、どのあたりだろうか」
「あ、そうでしたか。それなら……」
早とちりをしてしまった。そういう類の本は二階、児童書コーナーの近くだ。そそくさと移動する。
「おお。本当にたくさんあるな」
彼女は書架に並ぶ背表紙を眺めて感嘆の声をあげた。
長く旅をする彼女だが、娯楽の確保は旅における重要な課題の一つなのだという。田舎の村には本屋も図書館もないし、栄えた街で買うにも時間をあまりかけられないのでつまらない本をつかんでしまうこともしばしば。
「行った先々で民話や武勇伝を聞くのは楽しいんだがね。こういった物はなかなか……」
目を輝かせて本を選ぶ彼女は、何というか、とても愛らしい。
「それにしても量が多いな。いや、嬉しいんだが。君のおすすめを教えてもらってもいいだろうか」
「それでしたら……」
クリフもそう言った本は好きな方。有名どころから知る人ぞ知る所まで、軽い解説を交えながら何冊か紹介する。しかし、紹介するたびに彼女が次へ、他へとねだってくるので、いつの間にか彼女の腕には山のように本が積みあがってしまった。
「おっと、久々に大量の本を見て気持ちが昂ってしまったな。これではここで読み切ることはおろか、街にいる間でも読み切れなさそうだ」
「それでしたら、街の本屋で同じ物を買えますよ。こちらでメモを取れば集めてくれる業者もあります」
「それはありがたいな。後で頼むとしよう」
取り合えず目を通してみるから、と彼女は山盛りの本を持って読書スペースへ向かう。
クリフが後をついて行こうとすると、先輩司書が通りかかった。
「おい、クリフ。そろそろ時間じゃないのか。あまり待たせすぎるなよ」
しまった。もうそんな時刻か。少し浮かれすぎた。
「ん。何かあるのかい?」
「子供達に絵本の読み聞かせをするんです。毎日のことで、いつのまにか僕の役割に」
「ほう。読み聞かせ……。ボクも参加してもいいものなのかな」
「それはもちろん。大人の人もよく来ますし。でも、読むのは子供の絵本ですよ」
「むしろ、興味深い」
彼女はにこりと笑った。キュートだ。
クリフの朝は同居人を起こすことから始まる。
朝に比較的強いクリフは、日が昇るのと同時に気持ちよく目覚める。目覚めた勢いでそのままベッドから出て、隣のベッドで気持ちよさそうに眠るシグに一声かけるのだが、当然のごとく起きない。
そのまま起きるまで声をかけ続けてもしょうがない。麻の寝間着から木綿の動きやすい服に着替え、一階に降りて朝食の準備を済ませることにする。
火の魔力が込められた着火石で竈に火を入れて、鍋のスープを温める。昨日の夜ごはんとしてシグが作った物の残りだ。シグは過去の経験もあってか家事全般が得意。特に料理は一級品。それに、買い置きの黒パン、昨日買った生野菜、沸かしておいたお湯で緑茶を一杯入れて完成。あとはシグを起こすだけ。
とは言っても、直接起こしに行くよりもスープの匂いの方が彼女には効くだろう。すぐに階段を下りる音が聞こえてきた。
「むにゃ。クリフ君おはよう」
シグが目をこすりながら食卓に着いた。
「おはよう。今日は早かったな」
軽く会話を交えながら、手早く朝食を済ませる。食べ終わったら皿を洗い、軽く身支度を済ませる。シグが歯磨きをしている間に、肩までの黒い髪を後頭部の辺りで結ってやる。他人の髪などいじることになるとは思っていなかったが、やれば慣れるものだ。今ではものの数秒でできるようになった。
各々支度が済んだら、戸締りを確認して出勤。
二人は図書館の近くの裏通りに家を借りている。兵士学校を卒業して、それぞれの職についてから住み始めたので、ちょうど一年ほど住んでいることになる。狭くて本棚をあまり置けないのが不満だが、まあ、住み慣れればいい家だ。
その家を出た二人は大通りまでは同じ道。そこからシグは警備兵詰所に。クリフは図書館に向かうために別れる。
通いなれた道。ぼーっと考え事をしながら歩いていると、後ろから声をかけられた。
「もしもし。ちょっと道を伺ってもいいかな」
振り返ると、クリフと比べて少々背の低い、透き通るような金髪のショートカットの似合う少女が立っていた。
「構いませんよ」
「ありがとう。図書館への道が分からなくてね」
「中央図書館ですか? それなら僕も向かう所です。案内しましょう」
クリフは仕事モードでにこやかに頷いて、少女と横に並んで、会話をしながら歩きだした。
彼女は隊商の一員で、その一環でこの王都に初めて来たらしい。書物に興味がある彼女は王国随一の蔵書量を誇る中央図書館を噂に聞いて興味を持ち、ここへの隊商に参加した。
しかし、滞在中の休みを利用して意気揚々と図書館へ向かおうと街へ出たのはいいのだが、地方出身の彼女は街の大きさに戸惑い、人の多さに酔い、すっかり迷ってしまった。そこにたまたま声をかけやすそうな優男が通りかかったので、道を聞いたというわけだ。
たまたま声をかけたのが司書とは幸運だったよ、と彼女は可愛らしい大きな目を細めて笑う。
図書館は大通りから一本、道を入ったところにある。都の知の象徴たる図書館が少々奥まった所にあるのは、単に喧騒から遠ざけるためだと聞いた。実際図書館の前の通りは利用者程度しか通らないので、静かは静か。ただ、少々分かりにくい。
「おお。ここが王都中央図書館か。噂に聞くより大きいな。道案内ありがとう。助かったよ」
「いえ。もしよかったら、中も案内しましょうか?」
「それはありがたいけど……。いいのかい? 君にも仕事があるだろう」
「大丈夫ですよ。それに、長くは居れないんでしょう。ここは広いですから、闇雲に回ると時間ばかりが過ぎてしまいます。せっかくだから楽しんでほしいですからね」
それと、多少の下心。図書館を楽しんでほしいというのは本心ではあるが、普段なら案内など絶対にしない。我ながら単純な男だとは思う。
「そうかい? じゃあお言葉に甘えようかな」
彼女の所望は小説などの創作作品。馬車での移動中に読むことがあるのだが、揺れながらの読書は少々きつい。しかし、ここならしっかり腰を据えて、しかもタダで読むことができる。
「女性向けならこの辺りかな」
「ふむ……。すまない、ボクは英雄譚や冒険譚が好みなのだが、どのあたりだろうか」
「あ、そうでしたか。それなら……」
早とちりをしてしまった。そういう類の本は二階、児童書コーナーの近くだ。そそくさと移動する。
「おお。本当にたくさんあるな」
彼女は書架に並ぶ背表紙を眺めて感嘆の声をあげた。
長く旅をする彼女だが、娯楽の確保は旅における重要な課題の一つなのだという。田舎の村には本屋も図書館もないし、栄えた街で買うにも時間をあまりかけられないのでつまらない本をつかんでしまうこともしばしば。
「行った先々で民話や武勇伝を聞くのは楽しいんだがね。こういった物はなかなか……」
目を輝かせて本を選ぶ彼女は、何というか、とても愛らしい。
「それにしても量が多いな。いや、嬉しいんだが。君のおすすめを教えてもらってもいいだろうか」
「それでしたら……」
クリフもそう言った本は好きな方。有名どころから知る人ぞ知る所まで、軽い解説を交えながら何冊か紹介する。しかし、紹介するたびに彼女が次へ、他へとねだってくるので、いつの間にか彼女の腕には山のように本が積みあがってしまった。
「おっと、久々に大量の本を見て気持ちが昂ってしまったな。これではここで読み切ることはおろか、街にいる間でも読み切れなさそうだ」
「それでしたら、街の本屋で同じ物を買えますよ。こちらでメモを取れば集めてくれる業者もあります」
「それはありがたいな。後で頼むとしよう」
取り合えず目を通してみるから、と彼女は山盛りの本を持って読書スペースへ向かう。
クリフが後をついて行こうとすると、先輩司書が通りかかった。
「おい、クリフ。そろそろ時間じゃないのか。あまり待たせすぎるなよ」
しまった。もうそんな時刻か。少し浮かれすぎた。
「ん。何かあるのかい?」
「子供達に絵本の読み聞かせをするんです。毎日のことで、いつのまにか僕の役割に」
「ほう。読み聞かせ……。ボクも参加してもいいものなのかな」
「それはもちろん。大人の人もよく来ますし。でも、読むのは子供の絵本ですよ」
「むしろ、興味深い」
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