望郷のフェアリーテイル

ユーカン

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 ゆるゆると走っていた馬車が動きを止める。門の下、見張りの詰所に差し掛かった。
「やあ。無理言ってすまないね」
「ああ、セレフティオさん。いえいえ、お急ぎの御用事なんですよね」
 クリフ達には外の様子は伺えない。辛うじて御者台のエスカと相手の会話が聞こえる程度。既に話がついているというのは間違いないらしいが、それ以上の情報は入ってこない。
「明日の朝までには荷を届けなくてはいけなくてね。悪いけど通らせてもらうよ」
「はい。セレフティオさんにはいつもよくしてもらってますからね。誰も通してはいけないという事になってますけど、一人くらい大丈夫でしょう」
「ありがとう。また今度ゆっくりお礼をさせてもらうよ」
 通用門が鈍い音を立てて開く。この非常事態に門を開かせるとは、どのような手で丸め込んだのだろうか。聞きたいような、怖いような。どんな手ににしろはぐらかされるのだろうが。
 そして、がくりと揺れて馬車が走り出す。

「待て。何故門が開いているのだ」
「あ、部隊長……」
 威厳のある声が進みだした馬車を止めた。声の主が前に回り込む。目つきの鋭い初老の男性。教皇親衛隊の紋章がついた大仰な鎧に身を包む。見張りの兵士が言ったとおりの役職、地位を持った人物なのだろう。
 エスカの顔がほんの少し引きつる。見張りには上にも言わないようにという事で話を通してある。ここで他の兵士ならともかく、名のある人物が出てくるのは想定外だ。
「こちらの商人の方が、どうしても朝までにこの街を出たいという事でしたので……」
「ふむ。名前と所属は」
 エスカに向けられた視線は威圧、いや、敵意。今にも剣を抜きそうな圧迫感を感じる。
「ミララヤ商会のエスキルス・セレフティオです。どうぞお見知りおきを。この通り急いでおりまして、どうか寛大な措置を」
「ミララヤ商会。ふむ……。しかし、今はあいにくこの状況だ。荷だけ確認させてもらえるかな」
 この街でも商会は大きな力を持っている。名前を出せば、むしろ上の者こそ穏便に事を進めてくれるはずだ。馬車には当たり障りのない物も積んでいる。それをいくつか見せて通していただくことにしよう。
「これは衣服か。こっちは陶器の茶碗……。なるほど、問題なさそうだ」
 手前の方にある箱をいくつか勝手に開け中を検め始めた。三人が隠れているの箱は一番奥。それも他の荷に紛れて外からは見えないはず。
「そういえば、あのクリフ・スタッドを遺跡に送った奴もミララヤ商会の一員だったな」 一気に威圧感が増す。顔が見えていないにも関わらず射殺されそうな気迫がエスカを襲う。
 しまった。あの時、エスカは直接交渉していないし、偽名も使った。しかし、今、商会の名前を出したのは諸刃の剣だったか。
「全ての荷物を検めさせてもらおう」
「ちょ、ちょっと待」
「動くな!」
 御者台のステップに足を掛けた瞬間だった。
「君も容疑者だ。動かないでもらおう」
「……!」
 迂闊だった。最初からもっと凝った偽名や顔を隠す偽装工作をしておくべきだったか。いや、後悔先に立たずだ。今はこの状況を切り抜ける策を見出さねばならない。
 懐にはお金の入った袋を入れてある。これを出せば……。駄目だ。これは下っ端の兵士用に用意した物。上の奴に通用する額ではない。色仕掛け……。駄目だ。既に奴は馬車の後ろに回っている。言葉だけで仕掛けるのは無理がある。ならば、いっそ強行発車という手もある。いや、それだとことが荒立つ。馬車で騎兵から逃げきれるとは思えない。ならば……。
 ちゃりーん
「あ」
 高い金属音。懐に入れていた鍵を落としてしまった。完全に意識を逸らしてしまっていた。まずい。拾わなければ。
 しかし、その鍵はエスカの手より先に、視界の端から伸びてきた腕に掴み取られてしまった。
「なんだこれは」
「い、家の鍵」
「……。荷の奥に錠のついた箱があったな」
 部隊長は再び荷台の中に戻ると、一際大きな金属の縁がついた箱の前に立った。錠がついた頑丈で大きな箱。何人かなら余裕をもって入れそうだ。
「なるほど、上手いことを考えたな。だが、最後の最後でドジを踏んだな」
 鍵を差し込み回すとガチャリと音がして錠が外れた。そして、箱の蓋が一気に開かれる。その中に入っていたのは……。
「これは……。布……?」
「僕の下着だよ。ふふふ。だから隠していたのに」
「何を……!」
 意気揚々と恰好をつけて開けた箱の中身がまさかのパンツ。その恥ずかしさと騙された怒りで頭に血が昇る。箱の蓋を勢い良く閉め、いよいよ怒りに任せようとしたその時。背後から部隊長の首に手が伸びた。背後の木箱から音もなく現れたクリフだ。
 部隊長が大きな音をたてながら蓋を閉めた瞬間、クリフも音が重なるように蓋を開けた。その一瞬の有利が奇襲を成功させたのだ。
 そのままクリフは部隊長の首を締めあげる。狙いは気道ではない。一般人であっても数分であれば息を止めることは可能だ。その間、暴れられれば締め続けるのは容易ではない。だから狙うのであれば頸動脈。正確に血流を止めることができれば失血性ショックによりものの数秒で意識を弾き飛ばすことができる。ゴングで始める格闘戦ならともかく、奇襲の成功した今ならそれは余裕をもって行えることだ。
 あわれ部隊長はクリフの手の中で白目を剥いて、空気の抜けた風船のようにふにゃりとのびてしまった。

「危ないところだったな」
 大きくため息を一つ。しかし、声が震える。心臓の鼓動が落ち着かない。こういう緊張感は絶対に慣れることはないだろう。
「ふふふ。名演技だったかな」
「人が悪いですよ。即興の作戦に僕らを組み込んで」
「君達を信頼しているんだ。僕の首も係っているからね」
 エスカはウインクをして微笑んだ。出会って間もないが、この人には敵う気がしない。
「さて、その人はどうしようか? 刃物ならあるけど」
「……。いや、今すぐとは言えないけど、その辺で解放しよう。何らかの偽装工作をして。そうだな……。染料が積んでありましたよね。それで血糊を作って返り血を浴びたようにして、東門側に放置しましょう。逃げた方角をごまかせるかもしれない」
「なるほど。悪くないね。なら、それは道すがらという事で」
 エスカは見張りの兵士に「部隊長は伝令が来てそちらに向かった」という旨の話をして門を開かせた。
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