月兎薬局

橘月鈴呉

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月兎薬局

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 美しい望月もちづきが顔を出した頃、一軒の店の扉が開き、中から一人の少女が現れた。少女の名は卯葉月うのはづき。此処は卯葉月の切り盛りする、満月の夜にだけ開店する月兎薬局なのだ。



 カランカラン。
「さぁさぁお立会いお立会い」
 綺麗な鈴の音の後、軽快な口上と共に店内に入って来たのは一匹のかえる
「#蝦蟇_がま___#おじいさん!」
 嬉しそうに声を上げる卯葉月に、蝦蟇おじいさんは笑顔で挨拶した。
「久しぶりだね、うーちゃん」
「はい! お久しぶりです!」
 卯葉月の満面の笑みに、さらに笑みを深くしながら、蝦蟇おじいさんは、彼には少し大きい壷を背中から降ろし、卯葉月に渡した。
「さぁ、新しい蝦蟇の油だよ」
 月兎薬局に置かれている薬は全て卯葉月の作ったモノ、しかし蝦蟇の油だけは作れるはずもなく、色々な薬に使ったり、そのままで薬になるこの蝦蟇の油はこうして蝦蟇おじいさんから仕入れているのだ。
「はい、蝦蟇おじいさん何時ものです」
 そう言うと卯葉月は、丸い丸薬の入った紙袋を渡した。これは胃薬で、最近蝦蟇おじいさんは年の所為か、前の様に上手く食べられないらしく、この胃薬と蝦蟇の油を交換している。
「おぉ、有り難う、うーちゃん。
 ではわしはそろそろ行くとしよう。またなうーちゃん」
「はい! またのお越しをお待ちしてるです」
 卯葉月がそう言うと、蝦蟇おじいさんは再び扉に付いている鈴を鳴らし出て行くと、威勢の良い口上を言いながら去って行った。



 カランカラン。
 卯葉月が薬を作っていると、扉の鈴が綺麗な音を奏でた。またお客さんが来たらしい。
「うーちゃん、うーちゃん!」
「うーちゃん、うーちゃん!」
 元気良く駆け込んで来たのは仔狐と仔狸。
「怪我したの!」
 仔狐が目を潤ませて言えば。
「血が出たの!」
 仔狸が涙を浮かべて言った。
「あらあら、どうしたんです?」
 卯葉月が近くに寄って問えば。
「りんがやったの」
 と仔狐が仔狸を指して言う。
「違うの、こうがやったの」
 仔狸も負けじと子狐を指して言う。
「おやおや、喧嘩しちゃったんですね」
 それを聴いて、何となく何があったか解かった卯葉月は、二人に傷を洗って来る様に言い、傷薬を取りに行く。
「まったく二人は『喧嘩するほど仲が良い』ってやつですね」
「仲良くなんかない!!」
 笑顔で薬を塗る卯葉月の言葉に、こうとりんはそう返すが、見事に同時に言った為に、卯葉月はさらに笑みを深くした。
「よし、出来たです」
 卯葉月が言うと、二人は同時にお礼をした。
「有り難う」
 そう言うと、二人は「じゃあね」と言って元気に店の外へ飛び出して行った。



 カランカラン。
「うーちゃ~ん」
 情けない声と共に入って来たのは河童。
 その河童は頭を押さえていた。
「どうしたんです? そう君」
 卯葉月がそう問うと、そうは涙を流しながら言った。
「お皿が割れちゃったんだよう!」
「あらあら大変です!」
 卯葉月はそう言って棚から円柱型の缶に入った軟膏なんこうを持って来て、割れたそうの頭のお皿に塗った。その軟膏はお皿に入ったひびを埋め、塗った所がぷっくり盛り上がった。
「良いですか、お薬が乾くまで水に濡らしちゃ駄目ですよ」
「解かってるって!」
 そうはそう言うと、来た時とは打って変わった元気な様子で店を出て行った。



 カランカラン。
 次に入って来たのは一見普通の綺麗な和装美人。
「いらっしゃいです菊花きっかさん」
 卯葉月が彼女にそう言うと、まるでそれが合図だったかの様に、菊花の頭と胴体が離れた……いや違う、菊花の頭と胴体は繋がったままだ、唯その二つを繋ぐモノ、首が伸びただけなのだ。
「うーちゃん、何時もの喉飴いただける?」
 菊花は、身体は店に入って直ぐの所にいるのに、頭だけ卯葉月の前に来てそう言った。
「はい」
 卯葉月がそう言って棚に取りに行くと、菊花も頭だけそれに付いて行った。
「それにしても、うーちゃんは何時見ても白くて綺麗な髪してるわよね」
 菊花が卯葉月の髪をしげしげ見ながら言った。
「そんなことないですよ、菊花さんの黒髪の方が素敵です」
「ううん、うーちゃんの髪はとても綺麗だわ。それにその綺麗な紅い瞳を引き立ててる。
 私なんて両方とも黒だから面白みが無いもの」
「面白みですか……?」
「そう、面白み」
 そんな話をしているうちに、卯葉月は喉飴を手に元の位置に戻っていた。すると菊花は、身体を卯葉月の前にいる頭の方へと首を縮めながら進んでいった。
「有り難う、うーちゃん」
 身体が頭の辺りまで来ると、菊花はそう言って喉飴の入った紙袋を受け取った。
「人間用のも試してみたんだけど駄目ね、喉の最後まで効き目が届かないのよ」
「はぁ、首が長いとお手入れも大変なんですねぇ」
「そうね、でもまぁ仕方の無いことだし。
 それじゃぁまたね、うーちゃん」
 菊花はそう言うと、店から出て行った。



 カランカラン。
「お邪魔するよ」
 そう言いながら唐傘お化けが入って来た。
「いらっしゃいです。
 えぇと、初めましてですよね」
「あぁそうじゃ、わしは時雨しぐれと申す、よろしくな」
「わたしは卯葉月と言うです、でも皆は長いので「うーちゃん」と呼ぶのでそう呼んでください。
 で、時雨さん、今日はどんなモノをご所望ですか?」
 そう訊かれた時雨は、卯葉月に背を向けた。すると背中の紙がべろんと剥がれてしまっているのが解かった。
「これを直したいのじゃが、直せる様なモノは有るのか?」
 卯葉月はしばらく考えた後、顔を明るくして「はい、有るです」と言うと、棚の方へ行った。
「お待たせしましたです」
 底の深い円柱の缶と刷毛はけを持って来た卯葉月は「失礼するです」と言うと、時雨の紙が捲れて見えている骨に、缶の中身を刷毛で塗り紙を着けた。
「どうですか?」
「うむ、とても良い。
 この糊、米で出来ているな?」
 機嫌の良さそうな時雨に、卯葉月も嬉しくなりながら答えた。
「はい!」
「やはり糊は米に限るな。
 ではまた来させてもらうよ、うーちゃん」
「はい、またどうぞです」
 上機嫌で出て行く時雨を、卯葉月も上機嫌で見送った。



 カランカラン。
 次に入って来たのは火、何処からどうみても火。しかし火だけであり、火が自分で浮いて移動しているのだ。火の玉と呼ばれるモノらしい。
「あら、真緋あけ君。どうしたんです?」
「最近妙に元気が出来ないんだよ……」
 確かに声にも元気が無い。
「うーん、どうしたんですかねぇ……あっ!」
 じぃっと真緋を見ていた卯葉月は何かに当たったらしく、棚の方へ行く。そして持って来た何かを真緋に一滴ぽちょんと垂らした。すると、
「おぉ! 何か元気出て来た」
 少し小さめだった真緋の緋が強くなり、真緋が声を上げた。
「何をしたの? うーちゃん」
「何か何時もより火が小さかったから油を注いでみたんです。思った様に効いて良かったです」
「なるほど!」
 ニコニコ笑う卯葉月に真緋は元気良く「またね!」と言って店を出て行った。



  カランカラン。
 今度は身体のあちらこちらに目のある百目が入って来た。
「お久しぶりです蓮箕はすみさん」
「久しぶりうーちゃん」
 百個の目に対して一つしかない口が挨拶を返すと、卯葉月は「ちょっと待っててです」と言って、棚から紙袋を重たそうに持って来た。
「はい……どーぞです」
 ふらふらしながら蓮箕に渡すと、少しバランスを崩しそうにはなったが、安定して持っている。
「有り難ううーちゃん」
 そう言うと蓮箕は早速袋を開け、目薬を取り出すてと、百個の目に一つ一つ挿し始めた。
 その様をじぃっと見ていた卯葉月は、蓮箕が目薬を挿し終えたのを見計らって言った。
「それだけ目があると大変ですねぇ」
「うんそうだね、目薬も沢山使うし」
 蓮箕はそう言うと百個の目で、もう幾つか空にしてしまった目薬の容器を見た。
「でも楽しいこともあるんだよ、色んなモノが見れたりとか」
「わたしもそれは良いなと思うです」
「羨ましいだろう、なんちゃって」
 二人はくすくすと笑った。
「じゃあそろそろ行くよ」
「はいです」
「またね」
 蓮箕は残りの目薬を持って出て行った。



 カランカラン。
 その鈴の音と共に入って来たのは優しそうな老婆、しかし肌が妙にざらついて見えるのは気の所為か?
「こんばんは、うーちゃん」
「こんばんはです、織子おりこさん」
 織子が卯葉月の方へと近付く、織子が動くごとにパラパラと砂が落ちた。
「すまないけど、何時ものくれるかい?」
「はい!」
 卯葉月は棚から取って来た紙袋を織子に渡した。
「有り難ううーちゃん。
 やっぱりうーちゃん特製の乾燥剤が無いとあたしらは砂が湿気てどうにも調子が悪いよ」
 笑顔で砂かけばばあの織子はそう言った。
「そう言ってもらえると嬉しいです。
 そういえば、お孫さんたちは元気ですか?」
「あの狸たちかい?迷惑なほど元気さ。
 そうそう、一人婚礼が決まったよ」
 思わぬ吉報に卯葉月の中に嬉しい驚きが広がった。
「おめでとうです!」
「そういう、うーちゃんはどうなんだい?」
「へ?」
 突然話の矛先が自分に向き、卯葉月は大いに途惑った。
「こんな良い子なんだから、うーちゃんに懸想けそうしてるモンの一人や二人いるんだろう?」
「へ? へ!?」
「婚礼の話とか無いのかい?」
「い…いや、相手もいないですし……いたとしても婚礼は、晴れた日に雪が降らなきゃ駄目ですし……」
「そういえばそうだったねぇ。
 まぁ何かあったら教えておくれよ。
 まったく、こういう話は幾つになっても面白いねぇ。
 それじゃぁまた」
「あはははは……」
 卯葉月は乾いた笑いを漏らして織子を見送った。



 カランカラン。
 入って来たのは顔が卵の様な女性。形が卵型だけでなく、つるっとしていてまさに卵。のっぺらぼうだった。
「いらっしゃいませ、ゆやさん」
「こんばんは、うーちゃん」
 卯葉月が笑顔で挨拶すれば、ゆやもつるっとした顔の筋肉を動かし笑む、なんとも奇妙な光景だ。
「何時もの洗顔料ですよね」
 と卯葉月が確認すれば、ゆやが「そうよ、お願いね」と返す。
「はい、どうぞです」
「有り難う。
 他のも試してみたんだけど、うーちゃんが作ったのが一番だわ、とっても肌がすべすべするの」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
 卯葉月が照れ笑いする。
 ゆやは顔に手を当てて言う。
「ほら、私って目とか無いから肌が他の人より大切なのよ。だからとっても重宝しているわ」
「お役に立てて何よりです」
 二人の間に和やかな空気が流れる。
「それじゃぁそろそろ行くわ」
「またどうぞです」
 ゆやは手を振って店から出て行った。



 カランカラン。
 鈴が鳴り、卯葉月と同じくらいの少年が入って来たが、しばらくお客さんが来なかった為に机に臥して寝てしまった卯葉月は気付かない。
 卯葉月が寝ていることに気付いた少年は、卯葉月の所まで行くと、高い位置で二つに結われた卯葉月の白い髪に触れ、引っ張った。
「痛い!」
 痛みで起きた卯葉月に少年は楽しそうに言った。
「よぉ、起きたか? 寝坊助兎」
「もぅ、非道いですよ、阿頼耶あらや君」
 阿頼耶に引っ張られた所為で乱れた髪を結い直しながら、卯葉月は口を尖らせる。
「で、どうしたんですか?」
「またあのオバさんたちに扱き使われてんだよ」
 ブスっとしながら阿頼耶が言ったことに首を傾げて訊く。
「そんな『オバさん』には見えなかったと思うんですけど……」
「良いんだよ、オバさんで充分だ。てか厚化粧なんだよ、お陰で毎回すごい量になる。運ぶ俺の身にもなって欲しいよ、ったく」
「川獺は女の人の方が多いですもんね」
 笑顔で言われた言の葉に、川獺の少年はぶつくさ言い始めた。
 卯葉月は棚へ行き、阿頼耶煮渡すモノを物色し始める。
「え~と、白粉と頬紅と……口紅に……」
 呟きながら棚を漁る卯葉月に、机に頬杖をついた阿頼耶が問いかける。
「卯葉(うのは)は化粧とかしてないんだよな?」
「はい、してないですよ」
 卯葉月は手を止めずに答える。
「はっ! もしかしていた方が良いですか!?」
 そう逆に問う卯葉月に、阿頼耶は顔を赤く染め、卯葉月の背中から視線を外して、吃りながら言った。
「……そのままで……良いんじゃね?」
「そうですか?」
 それを聴いて笑顔になった卯葉月が、化粧品などを入れた紙袋を持って振り返るが、袋の重さでふらついた。
「危なっかしいな、まったく」
 そう言いながら阿頼耶は袋を卯葉月の腕の中から己の腕の中へと移した。
「有り難うです」
「ん」
 ふと卯葉月の視線が店の外へ向く。
「もうすぐ夜が明けますね」
「あぁ」
 二人でしみじみしていると、卯葉月の中に疑問が湧いた。
「何で阿頼耶君は何時も夜が明ける少し前に来るんです?」
「え!? ……それは……他の時間だと別の客がいるかもしれないだろ?」
「何で別のお客さんがいる時は嫌なんです?」
 阿頼耶はしどろもどろになりながら言う。
「え……あっ、だって男が化粧品とか変だろ!」
「別に良いと思うですけど……」
「もう良いだろ、じゃあな!」
「あっはい、また次の満月の夜に逢いましょうです」
 そう言った卯葉月を振り返った阿頼耶は、フッと笑い、「あぁ」と言った。
 そして卯葉月は最後のお客さんを満面の笑みで見送った。





 東雲のとき。月が地の下へと帰って行った其処には店などない。
 すると、ピョコンと草の間から真っ白な冬毛の兎が出て来た。その兎は紅い瞳を出かかった太陽の方に向けるが、すぐに逸らして月の沈んだ方へと去ってしまった。







 貴方も満月の夜に森へ出かけてみてはどうですか?
 もしかしたら、妖怪たちがやって来る、可愛い月の兎さんの薬局を見付けられるかもしれません。
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