赤毛の行商人

ひぐらしゆうき

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2話 黒鉄の丸薬

銅山

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 城下町から北西に伸びる道を進んでいくと銅山で働く男たちの居住地にたどり着く。簡素な造りの平屋が隙間なく立ち並んでおり、黒ずんだ衣服が家々の柱や木の杭に結び付けた物干し紐に垂れ下がっている。火事でも起ころうものならこの居住地に建つ家は全焼だろう。
 走り回る子供を避け、玄関先で泥に汚れた衣服を洗っている小柄な婦人に声をかける。

「こんにちは。カミノマと申す者です。少しお聞きしたい事があるのですがよろしいですかね?」

「ええ、構いませんよ。カミノマさんといえば、畑病院方面の方ですか?」

「はいそうです。ご存知ですか?」

「ええ、お父さんが薬師でしたでしょう?幼少の頃、病気で苦しんでいた時でしたね。奇妙な品々を持った方が来ましてね。その方が薬をくださいましてね。お陰で良くなりました。お父さんは今どうされてます?」

「そうでしたか。父はもうあの世に行ってしまってね」

「ずっと留守だから今も旅してると思ってたのだけど、そうだったの……。お礼を言いたかったのだけどね。でも、息子さんに会えたのは何かの縁かしらね」

「そうかもしれませんね。墓は俺の家裏にあるから拝んでやってください」

「そうさせてもらおうかね。ああ、こっちの話をしてごめんなさいね。それで何が聞きたいのかしら?」

「ええ、実は堀井様のお願いで[黒鉄の丸薬]というものを探し出さねばならなくて、何か知っていないかと思いましてね」

 婦人は顎に手を当てて考え込むが、思い当たることはないらしく、ちょっと待っててくださいと言って周囲の人に聞きに行ってくれた。
 少しその場で待っていると婦人が戻ってきた。どうやら誰も知らないらしい。元々情報が殆どないのだから仕方ないだろう。

「旦那さんは今銅山です?」

「ええ、あと2時間ほどで銅山から降りてくると思います」

「そうですか…….。わかりましたどうもありがとう」

 銅山に続く坂道を登る。木々の隙間からは細長い葉が鬱蒼と飛び出している。
 銅山へはこのまま道を登っていけば良いわけだが、殆どは坑道の中で働いている。話を聞くなら仕事終わりが一番だろう。どうせこの辺りの山林を歩き回ることになる。この2時間の間に地形や危険な場所がないかを確認しておくことにしよう。
 近くに落ちている木の枝を手に取り、草をかき分けながら山林の中へ入っていく。
 枝が草に触れる度に飛蝗が四方に飛び出し、木の上からの蝉時雨がやかましい。
 斜面はそう急ではないが、地面はごつごつとしていて、上の方を見ると大小様々な岩が積み重なっている。
 近付いて確認してみるが、どれも苔むしていてどうやら銅山から運び出されたものではなく、昔からこの場所にあるらしい。
 岩場から西に向かって進んでいくと小さな小屋がある。既に朽ちていていつ崩れてもおかしくない状態で、もう誰も利用していないのがわかる。
 小屋の周囲を探索したが、特に何もなくそろそろ2時間経つ頃だ。
 鬱蒼と生える木々の隙間から太陽の位置を確認して方角を確認し、坑道の入り口へ道なき道を進むことにした。
 草木をかき分けて急坂を降りていくと、坑道入り口の側面に出た。黒く汚れた坑夫が濡らした手拭で汚れを拭き取っているのが見える。
 ガサガサという音に反応して、坑夫がこちらを見て手元にあるツルハシを構えて警戒する。どうやらクマか猪だと思われているらしい。
 俺が草の隙間から姿を現すと、ツルハシを置いて安堵した顔でへたりこんだ。

「なんだよカミノマじゃねぇか!あーびっくりしたぜ。なんで山の中から出てくる?迷う道じゃないだろうが」

 俺の前に立つ坑夫の1人は俺のよく知る佐吉という男だった。俺とは同い年で家も近かったことから子供の頃はよく遊んだものだ。

「ああ、事情があってね。少し聞きたいことがあるのだが、[黒鉄の丸薬]について知らないか?」

 俺の質問に殆どの者は首を傾げた。聞いたことがないやら、ただの創作話だと聞いたなんて声が聞こえてくる。
 坑夫がザワザワと騒いでいるのを聞きつけ、おろしたてのような綺麗な服を着た責任者らしき人物がやってきた。
 責任者らしき男は俺の所へと一直線にやってきた。

「貴方がカミノマさんですか?私は名取幸一郎と言います。先程、[黒金の丸薬]と聞こえたのですが」

「名取さんですか。いかにも俺がカミノマです[黒鉄の丸薬]何かご存知だと?」

「ええ、私の父が一度だけ見たと言っていたのです」

「ほう、それは貴重な証言になる。是非とも聞かせて欲しい」

「では、父に直接聞くのが良いですね。仕事はもう少しで終わりますので、暫くお待ちを。案内します」

「わかった。では待たせてもらおう」

 思わぬことではあったが、無事情報が手に入りそうで助かった。
 しかし、直接見たことのある人間が生きて存在しているとは思ってもいなかった。これは幸運だ。
 日が沈み始め、空が茜色に変わる頃に俺は名取幸一郎と共に彼の家へ向かった。
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