俺がお前を英雄にする~あの最弱の女冒険者が実は最強だという事に気がついているのは俺だけらしい~

ジョク・カノサ

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想いの一歩目、英雄への一歩目

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既に日は落ちかけ、夕日が空と地面を赤く照らしている。
 俺含めて二つの影と小さな影が一つ。避けようの無い戦いが始まろうとしていた。

「む、無理無理無理ですっ」

「そう言ってる間にもう来てるぞ」

「あ、あわあわあわ」

 ゴブリンは唐突に走り出した。狙いを定めたんだ。
 恐らく俺よりも弱いと、立ち振る舞いで判断した結果、フリューゲルへと。

「危ういと感じたら介入する」

「は――ひぃっ!」

 走る勢いのままゴブリンは突進した。それに対しフリューゲルは横っ跳びで回避。その手にはまだ剣が握られている。

「戦闘中は何があっても剣は離さない。守れているな」

「そ、そんな事言ってる場合じゃ、あああっ!」

 軽い体重と対して速くもない動きと、引っかきか拳かどうかも分からない曖昧な手で襲いかかるゴブリン。

 それに対し余裕無く転げ回る事で回避するフリューゲル。他の冒険者が笑ってしまうであろう光景。

「ソイツの攻撃にそんな動きは必要無い。立った状態、最小限の動きで避けるんだ」

「そ、そんなのっ、私にはっ」

「俺が居る」

「っ!」

「ソイツの攻撃を受けるとすれば俺だ。お前には決して当たらない」

「……はっ、はっ」

「それで良い」

 再びの突進。フリューゲルは震えながらも両足で向かい立った。

「……ふっ!」

 そして、今までとは比べ物にならない程効率的に、それを避けてみせた。

 他の冒険者なら笑い、酒の席でネタにするであろうこの光景。しかし、俺には笑えない。

「はっ!」

 コイツは卵だ。

「はひっ!」

 誰も知らない、俺だけが知る英雄の卵。

「はっ、はっ」

「良い身体の動かし方だ。――なら次は攻撃」

「……ふぅぅ」

 フリューゲルが腰を落とし、手から剣がずり落ちるまでやったあの構えを取る。

「お前の手には剣、目の前にはモンスター、あの時と同じだ。だが今、お前には明確の目標と立ち向かう意味がある」

 疲労の溜まった身体。改めてモンスターと向き合う恐怖。この極限下の状況でこそ。

「何の為だ?金か、名誉か、家族か、自分自身か」

「……っ!」

 英雄の孵化には相応しい。

理由それをぶつけろ!」

 ゴブリンが再び迫る。初めて構えを取ったフリューゲルに対して、少しばかりの躊躇の後だった。

 突進の勢いを利用するようなタイミングでフリューゲルは剣を振り下ろし――。

「……はあっ!」

 あの時見た光景が、目の前で再現された。 



 ☆



「はあっ、はあっ」

 ゴブリンは既に地面に這いつくばっていた。上半身と下半身が斜めに斬られ、二つに別れた状態で。

 そして、フリューゲルには誰が見ても分かるほどの変化。

「こ、これが……私?」

「おめでとう。フリューゲル」

「オーウィンさん……」

「見える世界が変わった筈だ。今まで感じていたモノが嘘だったかのようにな」

 マナの自覚は人を変える。フリューゲルは今理解した筈だ。

「改めて聞こう。俺の言葉を信じてくれるか?自分自身の才能を信じられるか?」

「……はい。ちょっと、ですけど」

「ちょっとか」

 莫大な量のマナを持つフリューゲルの場合、マナを自覚した際に何もかもを下に見る程の全能感を感じていてもおかしくない。

「……えへへ」

 だがそんな素振りは一切無い。それはフリューゲル本人の性質なんだろう。自分の中の強大な力を感じようとも、傲慢さは欠片程も無い。

 英雄の器。

「何を思ったんだ?」

「へ?」

「あの瞬間、何を理由に剣を振った」

「あー……それは、そのですね……えっと」

「いや、答えにくいのなら良い。ただ、今後もそれを忘れるな。マナを扱う際の起点になる」

「は、はい」

「……訓練は終わりだ。腹が減っただろ、良い時間だ。メシでも食いに行こう」

「はいっ」

 今日は一本目だ。フリューゲルが英雄になる為の、俺が諦めた夢の為の。

「あっ!あの、今私お金が……」

「……本当に変わってないな。私の分も払え!とか言ってみたらどうだ?」

「そっ、そんなの言えませんよお」




 ☆

 

 オーウィンと共に街へと帰る途中、フリューゲルは顔を下に向けて歩いていた。

(言えない)

『俺がお前を英雄にしてやる』

『未来を、俺に預けてくれ』

(あの時思い浮かんだのがオーウィンさんの声と顔だったなんて、言えない……)

 彼女の本来青白いと言っても良い顔色は、夕日か、それとも直前の戦闘による興奮からか、淡い赤に染まっていた。
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