3 / 4
天使は常に裸
しおりを挟む
朝、起きたらすべて夢物語でした――なんてことはなく、俺は真っ白な景色とともに目が覚めた。
このバニラ館では、朝食は出てこない。まだまだ食べ盛りの22歳にとってはとてもつらいことだ。
欠伸をしても、真っ白な壁が音を吸収する。代わりに鳥のさえずりがひっそりと入ってくる。なんだか澄んだ空気の匂いも漂ってくる。
空腹に堪えながらも立ち上がると、白色ローテーブルの上に置手紙があった。
――幸紀くんへ、今日からの勤務開始となります。勤務内容は隣の部屋にいる孤児の世話全般です。孤児側の部屋には、ワンルーム・便所・風呂場のほかに、それぞれの子供たちに応じたおもちゃが置かれたプレイルームがあります。なので、お世話というよりは、孤児が逃げないような監視が主となります。説明は以上ですが何かわからないことがあれば、部屋のスピーカーに向かって話しかけてください。僕がそのスピーカーを通して返事をします。それじゃあ、勤務がんばってね。 バニラ館院長より
長々と勤務内容が書かれた紙を読んだ。やけに丁寧な敬語で書かれていたため、少し何とも言えぬ奇妙さを覚えた。
紙を手に、部屋の四隅をみる。すると、窓とトイレの壁でつくられた角の天井に、これもまた白いごついカメラのようなものを目にした。これって、本当にこっちの声が聞こえているのかな、と思い更けていると、スピーカーから 院長の声が発せられた。
「おはよう、幸紀くん。昨日はよく眠れたかい」急な院長の声に、ビックリはしたものの、寝起きだったため、アニメみたいな反応は出来なかった。「おやおや、あんまり驚かないんだね。ビックリさせようと思ったのに」
「何の用だよ」俺はそう突っ返した。
「そんなカリカリしないでよ。君と僕の仲じゃないか」
「あんたとの間にゃ、なんもなーよ」
「ひどいなぁ、僕のこと覚えてないなんて。まぁ、いいや。そうそう、子どものいる部屋へは君からみて右の扉から入れるよ。それじゃあ、勤務がんばってね」
ブッッ――
置手紙の終わりと同じ文を言って、院長の声が切れた。朝から、あの能天気な声をきくのは疲れるが、おかげで状況は整理できた。俺からみて奥の壁にある扉が、トイレとバスルームにつながる扉。右の奥に見える扉が、出口につながる扉。そして、右を向いて見えるのが、子どものいる部屋につながる扉。
朝食もなく、娯楽もないこの部屋にいるのもストレスなため、俺は早々と隣の勤務地への扉に手をかけた。
ガラガラ―
思った以上に扉が重く、大きな音が鳴る。
「引き戸か…」
大きな音で子どもを起こしてしまったのではないかと、不安になる。バッと、部屋のど真ん中にあるベッドに目を向ける。
記憶の重箱の底にある、雪の記憶。いつ見たかも、いつであったかもわからない。ただ、あの時見た雪野の景色のように、儚くて、寂しげで、触れたら壊れてしまいそうな存在の子どもがベッドから状態だけ起こして、こちらのほうを眺めていた。
一瞬、目が合った。
「あ、えと、そのー。」つい恥ずかしくて、目をそらす。「あ、あの、今日から君のお世話をする、こ、幸紀。黒澤幸紀、です」
幼気な天使と会話している感じだ。どう会話していいか、分からない。
「こっち来て」
天使からのお声がかかった。俺はその言葉に愚直に従う。一歩一歩が、とても軽い。吸い込まれながら、ベッドに歩いていく。
目の前に天使がいる。黒髪で、目はぱっちり大きく、唇がうすい。
「座って」
声は天使というより、インキュバスが誘惑するときの色っぽさがある。
天使の右手が俺の肩をなでる。左手が俺の顔に添えられて、引き寄せられた。唇と唇が重なり合う。天使の肩をつかみ、引きはがす。
「え、なに、どういうこと」俺は何が起きたのかもわからなかった。
「なにって、キスだよ。知らないの?」
知っているから動揺しないという話ではない。突然、キスされたから驚いている。そもそも俺にとってファーストキスだった。頭のなかは、幸福ホルモンでいっぱいにはなった。
「そもそも、大切な人以外にキ、キスとかはダメだろ!」
つい慌てて童貞臭いセリフを放ってしまった。天使は見たところ、十代そこらだったため、知らず知らずのうちに親の気持ちになってしまう。
「あ、そう」天使はつまらなさそうに答える。「俺は、イチゴ。よろしくね、童貞おにいさん」
「よろしく。そ、それと、俺は童貞じゃないし…」
イチゴは、俺の言葉を聞いて、笑っていた。童貞臭いなぁ、とでも思ったのだろう。反論すればするほど、俺の立場が危うくなる。これ以上は、何も言わないことにした。
「っん///」イチゴの唇がまた触れた。童貞っぽい俺の反応に、イチゴはベッドの上で小悪魔のように笑い転げている。俺とイチゴの出会いは、突然のキスから始まりを迎えたのだった。
このバニラ館では、朝食は出てこない。まだまだ食べ盛りの22歳にとってはとてもつらいことだ。
欠伸をしても、真っ白な壁が音を吸収する。代わりに鳥のさえずりがひっそりと入ってくる。なんだか澄んだ空気の匂いも漂ってくる。
空腹に堪えながらも立ち上がると、白色ローテーブルの上に置手紙があった。
――幸紀くんへ、今日からの勤務開始となります。勤務内容は隣の部屋にいる孤児の世話全般です。孤児側の部屋には、ワンルーム・便所・風呂場のほかに、それぞれの子供たちに応じたおもちゃが置かれたプレイルームがあります。なので、お世話というよりは、孤児が逃げないような監視が主となります。説明は以上ですが何かわからないことがあれば、部屋のスピーカーに向かって話しかけてください。僕がそのスピーカーを通して返事をします。それじゃあ、勤務がんばってね。 バニラ館院長より
長々と勤務内容が書かれた紙を読んだ。やけに丁寧な敬語で書かれていたため、少し何とも言えぬ奇妙さを覚えた。
紙を手に、部屋の四隅をみる。すると、窓とトイレの壁でつくられた角の天井に、これもまた白いごついカメラのようなものを目にした。これって、本当にこっちの声が聞こえているのかな、と思い更けていると、スピーカーから 院長の声が発せられた。
「おはよう、幸紀くん。昨日はよく眠れたかい」急な院長の声に、ビックリはしたものの、寝起きだったため、アニメみたいな反応は出来なかった。「おやおや、あんまり驚かないんだね。ビックリさせようと思ったのに」
「何の用だよ」俺はそう突っ返した。
「そんなカリカリしないでよ。君と僕の仲じゃないか」
「あんたとの間にゃ、なんもなーよ」
「ひどいなぁ、僕のこと覚えてないなんて。まぁ、いいや。そうそう、子どものいる部屋へは君からみて右の扉から入れるよ。それじゃあ、勤務がんばってね」
ブッッ――
置手紙の終わりと同じ文を言って、院長の声が切れた。朝から、あの能天気な声をきくのは疲れるが、おかげで状況は整理できた。俺からみて奥の壁にある扉が、トイレとバスルームにつながる扉。右の奥に見える扉が、出口につながる扉。そして、右を向いて見えるのが、子どものいる部屋につながる扉。
朝食もなく、娯楽もないこの部屋にいるのもストレスなため、俺は早々と隣の勤務地への扉に手をかけた。
ガラガラ―
思った以上に扉が重く、大きな音が鳴る。
「引き戸か…」
大きな音で子どもを起こしてしまったのではないかと、不安になる。バッと、部屋のど真ん中にあるベッドに目を向ける。
記憶の重箱の底にある、雪の記憶。いつ見たかも、いつであったかもわからない。ただ、あの時見た雪野の景色のように、儚くて、寂しげで、触れたら壊れてしまいそうな存在の子どもがベッドから状態だけ起こして、こちらのほうを眺めていた。
一瞬、目が合った。
「あ、えと、そのー。」つい恥ずかしくて、目をそらす。「あ、あの、今日から君のお世話をする、こ、幸紀。黒澤幸紀、です」
幼気な天使と会話している感じだ。どう会話していいか、分からない。
「こっち来て」
天使からのお声がかかった。俺はその言葉に愚直に従う。一歩一歩が、とても軽い。吸い込まれながら、ベッドに歩いていく。
目の前に天使がいる。黒髪で、目はぱっちり大きく、唇がうすい。
「座って」
声は天使というより、インキュバスが誘惑するときの色っぽさがある。
天使の右手が俺の肩をなでる。左手が俺の顔に添えられて、引き寄せられた。唇と唇が重なり合う。天使の肩をつかみ、引きはがす。
「え、なに、どういうこと」俺は何が起きたのかもわからなかった。
「なにって、キスだよ。知らないの?」
知っているから動揺しないという話ではない。突然、キスされたから驚いている。そもそも俺にとってファーストキスだった。頭のなかは、幸福ホルモンでいっぱいにはなった。
「そもそも、大切な人以外にキ、キスとかはダメだろ!」
つい慌てて童貞臭いセリフを放ってしまった。天使は見たところ、十代そこらだったため、知らず知らずのうちに親の気持ちになってしまう。
「あ、そう」天使はつまらなさそうに答える。「俺は、イチゴ。よろしくね、童貞おにいさん」
「よろしく。そ、それと、俺は童貞じゃないし…」
イチゴは、俺の言葉を聞いて、笑っていた。童貞臭いなぁ、とでも思ったのだろう。反論すればするほど、俺の立場が危うくなる。これ以上は、何も言わないことにした。
「っん///」イチゴの唇がまた触れた。童貞っぽい俺の反応に、イチゴはベッドの上で小悪魔のように笑い転げている。俺とイチゴの出会いは、突然のキスから始まりを迎えたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
ある辺境伯の後悔
だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。
父親似だが目元が妻によく似た長女と
目元は自分譲りだが母親似の長男。
愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。
愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
私の夫は妹の元婚約者
テンテン
恋愛
私の夫ミラーは、かつて妹マリッサの婚約者だった。
そんなミラーとの日々は穏やかで、幸せなもののはずだった。
けれどマリッサは、どこか意味ありげな態度で私に言葉を投げかけてくる。
「ミラーさんには、もっと活発な女性の方が合うんじゃない?」
挑発ともとれるその言動に、心がざわつく。けれど私も負けていられない。
最近、彼女が婚約者以外の男性と一緒にいたことをそっと伝えると、マリッサは少しだけ表情を揺らした。
それでもお互い、最後には笑顔を見せ合った。
まるで何もなかったかのように。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
妹を選んで婚約破棄した婚約者は、平民になる現実を理解していなかったようです
藤原遊
恋愛
跡継ぎとして育てられた私には、将来を約束された婚約者がいた。
――けれど彼は、私ではなく「妹」を選んだ。
妹は父の愛人の子。
身分も立場も分かったうえでの選択だと思っていたのに、
彼はどうやら、何も理解していなかったらしい。
婚約を破棄し、妹と結ばれた彼は、
当然のように貴族の立場を失い、平民として生きることになる。
一方で、妹は覚悟を決めて現実に向き合っていく。
だが彼だけが、最後まで「元に戻れる」と信じ続けていた。
これは、誰かが罰した物語ではない。
ただ、選んだ道の先にあった現実の話。
覚悟のなかった婚約者が、
自分の選択と向き合うまでを描いた、静かなざまぁ物語。
【完結】愛されないと知った時、私は
yanako
恋愛
私は聞いてしまった。
彼の本心を。
私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。
父が私の結婚相手を見つけてきた。
隣の領地の次男の彼。
幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。
そう、思っていたのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる