熱い風

藤田 芭瑠/ふじた ばる

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熱い風

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 「あの二人、付き合ってるらしいよー」
 まゆこが、スタバのカップをもっている手で指さした。窓の席。俺がその方向に目をやると、男二人が談笑しているのが見えた。まゆこに本当かと聞き返すと、そうだよ、と。まゆこは、当たり前のことのように答えた。
 「ゆうって、そーゆーの無理な感じ?」
 「いや、そうじゃないけど」
 「あっそ。―じゃっ、あたし、次も講義あるから」
 まゆこは、白いトートバッグを肩にかけ、赤いハイヒールを鳴らしながら、教室を出ていった。まゆこは、誰に対してもサバサバした態度をとる。ただ、さっきの態度はいつもと違った。恐らく、俺のことをホモファビアだと思ったのだろう。少し呆れたような顔をしていた。
 まゆこの酒やけた声はもう聞こえない。今聞こえてくるのは、セミと、男二人の話し声。
金髪の男が、相手の黒い横髪を撫でて、穏やかな笑みを浮かべている。また、二人が笑い合う。
 俺は、黒いリュックを背負って、足早に教室を後にした。


 俺は電車で、隣町の小山に行った。8月11日、俺は毎年、この場所を訪れる。目の前には、長い長い石段がある。俺は、その一段目に足をかけた。
 石段を一つ一つ、丁寧に踏んでいく。
 汗が、滝のように、肌をなぞっていく。
 膝に手をつき、乾いた息を吐き、吸った。
 再び重い足をあげ、目的地へと歩を進める。
 15分程度たっただろうか、俺はやっと小山の頂上に到達した。
 俺は、そのまま奥へと進んだ。毎年思うが、砂利の道は非常に歩きにくい。転びそうになる。
 木陰になっている場所に、俺の恋人がいる。俺は、しゃがみ、手を合わせた。
 「なぎ、久しぶり。会いに来たよ」
 返事はない。当たり前のことだが、少し悲しくなる。
 「今日はまた一段と暑いな。でも、明日は雨が降るらしいぜ。嫌だよな。はは」
 俺は、リュックサックから、水を取り出し、飲み干した。
 「そうだ、まゆこが言ってたんだけどよ。あ、まゆこってのは俺の友達でさ。心配すんな、あいつとはなんもねーよ。で、あー、その女友達にさ、言われたんだよ、男同士で付き合ってる奴がいるってさ。あー、なんか、その、うらやましいよな」
 目に入った汗をぬぐった。
 「そいつらはさ、人前とか関係なく、いちゃいちゃしててよ。こんなくそ暑いのにだぜ。はは、おかしいよな。なんで、あいつらはよくてさ、俺たちは駄目だったんだろうな」
 答えは返ってこない。風も吹かない。セミの声が、俺を刺激する。
 「なぁ、俺はこのままだと、お前を追い詰めたやつと同じになりそうで怖いんだ。なぎ、お前に会いたいよ」
 セミの声が激しくなる。
 「お前の母さんにたたかれた頬がさ、まだ、痛むんだ。おかしいよな、俺。三年経った今でも、思い出すよ、周りの非難の声も、机に書かれた暴言も。暴力も―。お前のことも、一瞬たりとも忘れたことはないよ。お前のぶっきらぼうな手紙も残してあるんだ。はは、馬鹿だよな、捨てちまったほうが楽なのにさ」
 セミはいつしかなき止み。風が、静かに吹き始めた。
 「ごめん、暗い話ばかりで。もう。俺、いかなきゃ」
 俺はリュックサックを背負いなおして、立ち上がった。
 「またな、なぎ」
 俺は、風に逆らって、歩き出した。


 駅のホームは、普段より賑わっていた。ちょうど、高校生の下校時間とかぶってしまったらしい。高校生のくだらない会話が聞こえてくる。隣の女子高生は、きつい香水のにおいを振りまきながら、スマホに夢中だ。
 鈍い鉄の音が近づいてくる。今日も時間通りの運行だ。
 俺は、赤く染まった空を見上げた。風が、強く吹き始めた。
 「三年間も待たせてごめんな、今、会いに行くよ」

 女子高生の甲高い悲鳴が聞こえる。痛みは感じない。全身が羽になったように軽い。
 「なぎ、会った時は思いっきり抱きしめてやるからな」
 空に手を伸ばす。熱い液体に包まれていく。
 「なぎ、お前は今どんな顔をしてるんだ」
 目をゆっくり閉じる。
 「なぎ、愛してるよ」
 

 熱い風がそっと、ゆうの髪をなでた。
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