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私はいい子ではいられない
しおりを挟む母親のすることというのは、実の娘を精神的に追い詰め、やる気と自信を殺ぐことだろう。
母親という生き物は根底でどこか娘を憎んでいるのかもしれない。
うちの母の場合もそれに該当するらしい。なにせ口を開けば小言と嫌み。母はテストで満点を取った時でさえ褒めてはくれなかった。なにか出来ないことがあれば根性が足りないからだと蹴られることもあった。
それでも、私はまだ母に期待していた。
厳しいのは期待してくれているからだと思った。少なくとも愛情というものはあるのではないかと期待した。
けれどもそれは違った。
ある日、帰宅すると、制作途中の絵が無くなっていた。学校の課題だったそれはあと少しで完成というところだった。
「ねぇ、ここに置いておいた絵、しらない?」
「絵? ああ、あれね。ゴミだと思って捨てたわ」
母は興味などないと言った様子で煙草をふかしながら答えた。片手にはスマホ。どうせいつものパズルゲームでもやっているのだろう。
私は信じられないと思った。これではまた最初から描き直しだ。先生に新しい紙を貰いに行かないと。頭ではそう考えているのに、涙が勝手に溢れだしてきた。
「なに泣いてんの。はんかくさい」
視線はゲーム画面に向いたまま、母の声がした。
もう、その場に居られなくなって逃げるように自分の部屋に駆け込んだ。
ベッドの上で蹲る。これが一番落ち着くのに適した方法だとここ数年の経験で学んでいる。昔はパニックを起こすと物に当たって壁に穴をあけたりしたこともあったが、そんなことをすると蹴られるので、身体が学習したと言うことだろう。
暫く蹲っていると、ただただ悲しくなってくる。
あの人はこの感覚を知っているのだろうか。
ただ、こんな中で時折考えるのは、自分は絶対母親にはなれないと言うことだ。きっと私は自分の子供を痛めつけることしかできないだろうと言うことが目に見えている。
友達と喧嘩をすれば全部私が悪くて、なにをやってもやらなくても怒られる。
やってもやらなくても怒られるならやらない方がマシだと思う。
気付いた時にはもう、私はなにに対してもやる気を持てなくなっていた。
唯一好きなことと言えば、絵を描くことくらいだ。けれども、近頃はそれさえ楽しめなくなってきている。
通知表から優も秀も消え始めた。気がつけば、可や不可が増えてきた。
人と会うのがとても億劫になって、特に用事のない日はただ部屋でだらだらとすることが増えた。
「出来損ない」
そんな言葉と同時に叩かれるのも慣れた。
どうせいい点を取ったところで「褒められたくてやってるの? はんかくさもんが」と言われるだけだ。
期待なんてしない。
昔は私だっていい子ちゃんだった。大人しくて礼儀正しい子だとよく言われていたし、怒られなくても宿題を終わらせるような子だ。習い事だってちゃんとこなしていた。
それがどこかで少し躓いて、成績の伸びが悪くなってきた。習い事ももっと上手な子が目立つようになって……
母の小言が増えた。
失敗すると怒鳴られる。
気合いと根性が足りないからだと叩かれる。
出来損ないだと罵られる。
努力しても褒められない。満点は取れて当たり前のものだから。満点が取れなかったらただの出来損ない。
負け犬。
なにひとつ褒められるところがない。
成績はどんどん下がっていく。
なにもできない。
また怒鳴られる。
負のサイクルから抜け出せない。
そんな日々が続いていた。
ある朝、目覚まし時計が響いていることには気がついたけれど、体が全く動かなくなった。
起き上がれない。
ああ、遅刻するなと思う。けれども体が起き上がってくれない。
乱暴に扉が開く。
母がガミガミとなにか怒鳴っている。
けれどもそれを騒音としか感じることが出来ず、言語として理解出来ない。
頬を、叩かれたのだと思う。
けれども不思議と痛みを感じない。
怒られることに怯えていたいい子ちゃんはどこかへ行ってしまったようだ。
ぷつり。
私の中でなにかが切れた。
そして、気づくと目の前の母が鼻血を流している。
殴り返してしまった。
母は激しく動揺したようで部屋を出て行った。
ああ、なんて悪い子なんだろう。
親を殴るなんてとんでもない。
だけど、悪い子もいい子ちゃんももとは同じ子なのに。
誰かのさじ加減次第で変わってしまう。
これからは、悪い子が代わってやるよ。
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