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オリガミサマ
しおりを挟むばあちゃん曰く、折り紙の鶴は開いて捨てないと交通事故に遭う。
これは幼い頃から聞かされているよくわからない習慣だ。
当時書店に勤めていた私は、子供向けイベントの準備で出版社から送られてきた見本を見ながら折り紙を折っていた。なんと小学生の頃以来である。
定番の鶴やカメラ、子供の頃は折ったことのなかったワンピースなんておしゃれなものも折って実用書コーナーとキッズコーナーの飾りつけをしていた。
私の勤めていた書店では月に二度子供向けの絵本の読み聞かせ会を開催していた。わざわざ読み聞かせの専門家を招いて、参加した子供たちにはおもちゃのプレゼントまで付く人気のイベントだ。
今回は読み聞かせ会前に飾り付けして、参加してくれた子供たちが興味を持ってくれるようにテーブルに折り紙の束を置くことになっていた。
そして私はその飾りつけのためにせっせと折り紙を折り、子供たちの質問に答えられるように準備をさせられていた。
正直なところあまり手先が器用な方ではない。しかし、練習が大事だ。
折っては開き折っては開きを繰り返し、なんとか人前に出しても問題ない程度に整った。
しかし失敗作も随分多い。
見せられないほど酷い出来のそれらをひとつひとつ開いて捨てていると、先輩が驚いた顔を見せる。
「わざわざいっこいっこ開くの?」
自分でもそう思う。
「ばあちゃんが折り鶴は開いて捨てなとダメだって」
鶴以外もなんとなくそのまま捨てることが出来ない。
「なにそれ~はじめて聞いたわ」
「え? そうなんですか?」
開いて捨てるのが当たり前。たぶんどこの地方でも年寄りはみんなそんなことを言うのだろうと思っていたから驚いてしまう。
「私もたくさん折ったけどそんなの気にしないよ~」
先輩はお菓子の箱に入った大量の鶴をばさりとゴミ箱に投げ入れた。今日のごみ当番は先輩だ。これが帰りにゴミ庫に捨てられる。折られたままの大量の鶴が。
けれど、ただの迷信だ。今時気にするのもばかばかしい。
そのときはそう思っていた。
次の日、先輩が珍しく遅刻してきた。
「あれ? どうしたんですか?」
「いや~、階段踏み外しちゃって」
いつも通りのほんわか笑顔。ついてないなと笑う彼女の足首は少し腫れている。
「ちょっと救急箱借りてくるから先に雑誌出しておいて」
「あ、はい」
痛そう。
けれども不思議だった。
百貨店の七階。ロッカールームは十階。先輩は普段エレベーターで移動するから階段なんて使うだろうか?
あのほんわか先輩はあまり体力のある方ではない。それ以前に階段移動するのは私ともうひとりしか居ない。他の店舗の従業員だって階段は利用しないのだから。
雑誌に付録を挟み輪ゴムで留める。その日発売の雑誌は婦人向けが多く、付録が大きな物が多かったので随分とかさばった。
冊数はそんなにないくせに随分と売り場を占領するそれらは売れ行きは悪くないので補充に気を使う。折角売れる雑誌をストッカーの中で売れ残らせることほど勿体ないことはない。
ストック分の付録がけをすませ、自分の担当売り場整備に戻る。
担当は医学書なのだがあまり人が入らない棚なので万引きに利用されやすい。もしくはビニールを破って立ち読みする連中の犯行現場に利用される。
念入りに掃除し、棚に隙間を作らない。本は背の順に並べ、抜けにすぐ気づけるようにする。
医学書の売れ筋はある程度決まっている。あとは常連客がどの分野を購入するかさえ気をつけておけばいい。きらせてはいけない本だけ意識し、あとはなにが欠けたのかを確認する。
自分の担当棚のことは自分が一番よくわかる。特にどこにどの本を入れたのか。そしてその本が本当に売れたのかを確認する。
私はまだあまり動かない医学書の担当だからマシだ。文芸やコミックの担当者は万引き被害も多いからもっと神経質に目を光らせている。棚だけではない。ストッカーの中身まで全て把握しているベテランもいる。
自分の棚を整理しつつ、周囲を見渡すと情報共有されている常習犯が目に入った。
最早確実にあいつであると皆が把握しているのに、現行犯で捕まえられずに毎度悔しい思いをしているあの男。通称『エコバッグ』だ。
エコバッグはいつも緑色のエコバッグを手に、主に文芸書を持っていく。
カウンターに居るスタッフと連携し、ベルで事務所スタッフ及び店長に知らせる。
追跡及び威嚇は二人以上のスタッフで。
絶対に一人で接触してはいけない。
そんな決まりがあった。
しかし今日は運が悪い。売り場に居るのは新米の私と、足を怪我した先輩。カウンターにいるベテラン先輩は接客中だ。ベルを鳴らしたけれど、店長が到着するまでは少し時間がかかる。店長は防犯カメラを確認してから足音を消して接近するのだから。
先輩と二人で、二手に分かれて医学書棚の角で挟み打ちにしようとした。
けれども常習犯のエコバッグには気づかれてしまったのだろう。あいつは先輩の方に体当たりをする勢いでぶつかり、彼女が転倒した隙に店を出て行ってしまった。
「大丈夫ですか」
思わず先輩の方に駆け寄る。
「えっと……結構痛いかも……」
結構痛いなんてものではなさそうだ。
運悪く、今朝負傷した方と同じ足。
しかもぶつかった衝撃だけでなく、重たい医学事典が直撃してしまったようだ。
商品は返品で入れ替えることが出来る。けれども負傷はすぐによくはならない。
結局先輩は早退して病院に直行することになった。
運が悪い。
なんてついていない日だろう。
その時はその程度しか考えていなかった。
週末、読み聞かせ会が開催された。
読まれた絵本は三冊。誰でも知っている、私の母が子どもの頃から愛されているような名作が一つ、昨年の絵本賞を獲得した作品が一つ、そして読み聞かせの専門家が厳選した(それでも店内に在庫があることが条件だ)作品が一つ。
サポートという名目で読み聞かせを一緒に聴くことが出来るのは読み聞かせ会担当の特権だと思う。仕事であるはずなのに、毎回どの子供達よりも読み聞かせに弾き込まれてしまう私は、毎度先輩達に笑われてしまう。
読み聞かせの最後に子供達にプレゼントを配る係だけは何度やっても緊張してしまうけれど、スタンプカードを持って並ぶ子供達を観るのは嫌いではない。ただ、接し方がよくわからないだけ。玩具を嬉しそうに受け取る子供達を見るのは悪い気はしない。
今日はもう一つ、折り紙がある。
「みんな、折り紙も遊んでいってね!」
児童書担当の先輩が子供達に声を掛ける。
今日はもう一つ、子供達と一緒に折り紙が待っている。
幼稚園や学校で折り紙をしている子供達は私よりもずっと手先が器用に見えてしまう。
カメラやカエルなんて複雑な物を次々に作り上げる子供達には心からの拍手をした。
そんな中、鶴を折っている子が何人か目に入る。みんな色とりどりの鶴を折っていた。正直に言えば私よりもずっと上手に折る。
しばらく折り紙を見守りつつ、聞かれた時だけ手を貸すようにしていたらあっという間に終了時間になった。
折った作品は持ち帰りたい子は持ち帰り、いらない子はゴミ箱に捨てていく。
大抵の子は持ち帰るけれど、お母さんに「捨てなさい」と言われ、渋々ゴミ箱に捨てる子も目に入る。そう言う子を見ると少しだけ可哀想に思ってしまうけれど、それぞれの家庭の問題だ。口を出すことではない。
その「捨てなさい」の子の中に、鶴を折っていた子供達も含まれていた。
「こんなの持って帰ってもしょうがないでしょ」
お母さんがぐしゃりと鶴を握りつぶしてゴミ箱に捨てる。
なんてことをするのだ。思わず目を疑ってしまう。
長年、折り鶴は開いて捨てる物だと教育されてきた私から見れば衝撃だった。現に「これいらない」と渡された鶴を開いて捨てている程度には習慣化している。
あの親子は毎回休まずに参加してくれる。スタンプカードが次回で埋まる程度には。つまり常連さんだ。こんなことで声を掛けて気を悪くしてしまうのも問題だと思いそのまま見送った。
けれども、なんとなく引っかかってしまう。
ぐしゃりと握りつぶされた鶴が。
読み聞かせ会が終わった直後は気が抜けてしまう。特に目立ったイベントのない時期は。
季節毎に売れる本は違う。医学書も例外ではない。試験が近づけば試験対策が、新学期付近は教科書に指定される本が、改訂版が出ればその本が。
しかしそのどれにも当てはまらない時期というのは退屈だ。
この機会に売り場を改造してしまおうなんてことも滅多に必要にはならない。私に出来ることと言えば、メインターゲットである看護師さん向けのポケット医学書をなるべくかわいい物で揃えて売り上げアップを狙う位だ。
そうして手の空いた時間に先輩の実用書コーナーを手伝ったりする。
「足、どうです?」
「うーん、しばらくかかりそう」
「重たい物運ぶときとか手伝いますよ」
「ありがとー」
カウンターで二人雑談していても叱られない程度には客が少ない。
これがクリスマス前とかになってくれるともう少し賑わうのに、この時期はどうしても客が少ない。
次の読み聞かせ会は折り紙もないから、前の飾り付けを片付けないと、と折り紙を外して開く。
「また開いてる」
「え? あー、習慣なんで気にしないでください」
先輩は笑う。けれども身に染みついた習慣は仕方がない。それに、折り鶴をそのまま捨てるというのはなんとなく胸が痛む気がしてしまうのだ。
そんな私を気遣ってなのか、先輩は笑いながらも「手伝うよ」と折り紙を開いてくれる。
そうしてかそのことにとても安心した。
月末の読み聞かせ会。この日はいつもより人数が少なかった。
絵本はいつも通り三冊で、プレゼントも相変わらずだ。
今日でスタンプカードが埋まる子がいるからと、プレゼント用の図書カードを用意していた意外はいつも通りだった。
けれどもおかしい。スタンプを押してプレゼントと引き換えたけれど、カードが埋まる子がいない。
「あれ? いつもの子来なかったんですね」
思わず児童書担当の先輩に訊ねる。
「あ、本当だ」
それから先輩が他の保護者にいつもの子のことを訊ねてくれる。
先輩は流石だ。常連の子供達をちゃんと保護者含めて名前まで覚えている。これは真似できないと思う。
先輩はごく自然に、昔から親しかったように保護者達と話して、それから全員を見送った。
「怪我で来られなかったんだって」
先輩はプレゼントは次回ね、と事務所で保管すると告げる。
「そんな酷い怪我なんですか?」
「なんでも交通事故に遭ったんですって。丁度前回の帰り」
その途端、お母さんが握りつぶした鶴を思い出してしまう。
「息子さんの方は軽症だったみたいだけど、お母さんの方が重症だったみたいで入院しているそうよ。早く元気になって読み聞かせ会に来てくれるといいね」
「そうですね」
ただの偶然だと思いたい。なのに気になってしまう。
鶴は開いて捨てないとだめ。
折り鶴をそのまま捨てると交通事故に遭うよ。
ただの迷信。偶然が重なっただけ。
頭はそう思っているのに、折り鶴の中に神秘的な力を感じてしまう。
たぶん私はこれからも折り紙を開いて捨てるだろう。
折り紙を見る度に握りつぶされた折り鶴を思い出しながら。
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