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嫌いだよ。犬なんて。
しおりを挟む犬なんて嫌い。
うるさいし汚いし頭が悪くていやしい。
図々しくて騒がしくて食い意地が張っている。
犬なんて嫌い。
餌代だとか散歩だとかいろいろ面倒じゃない。動物なんて飼うもんじゃないよ本当に。
私は犬が嫌いだ。
子供の頃、自分よりも大きな犬に遭遇する度に追いかけ回された。
近所の元気なその犬は子供好きだったらしいが、当の子供から見れば立派な恐怖体験である。
祖母の家にも犬が居た。庭で繋がれた外犬で、母が就職したばかりの頃に拾ってきた雑種だった。
こいつも子供好きで、庭に出ると毎回吠えてきた。
ぶるんぶるん回された尻尾すら、小さな私にとっては恐ろしい物に見えていた。
大きな犬だった。とにかく声も大きい。
フライドチキンを骨ごとぼりぼり食べてしまうような犬だった。
縁側でおやつを食べていると横取りしようとしてくることだってあった。
うるさくて汚くていやしい。それになんか怖い。
私の犬に対する印象なんてそんなものだ。
そして、動物なんて身勝手なものだ。
ある日突然母が犬を連れてきた。家で飼うのだという。
今までに見たことのないくらい小さくて情けない犬だった。
よく食べる。吠える。付き纏ってくる。
この生き物は私の生活を乱していった。
座れば勝手に膝に乗る。
食べているものを欲しがる。
家を出て行こうとすれば吠える。
帰宅したときも吠える。
足下に付き纏って人の足の下に入り込み踏まれる。
窓ガラスに直進してぶつかる。
勢いよく歩いて用水路に落ちる。
うるさくて汚くて頭が悪い。
ゴミ箱を漁る。
洗濯カゴから下着を盗む。
気まぐれに足下に擦り寄ってくる。
当たり前みたいに生活の一部に溶け込んで、まるで家族ですって顔で居座る。
騒がしい。
出かけようとすれば妙な視線を向けて吠える。帰宅すれば家の中はぐちゃぐちゃ。
叱ったところで犬なんて理解しない。また同じことを繰り返す。
うんざりする。
そのくせに、居ないと家の中が妙に静かで落ち着かない気分になる。
なんなんだ。
食い意地の張った犬は餌だけでは足りず、人間の食べ物を欲しがる。
母が甘やかすせいで余計になんでも欲しがるようになり、ワインをぐびぐび飲んでソフトクリームを食べるなんてとても犬とは思えない食生活を繰り返していた。
美容室なんて年一回行ければいい方。それなのに犬は毎月シャンプーに通っている。家畜の分際で人間様よりもいい生活をしているじゃないか。
本当に生意気だ。
勝手に家族の中に入り込んできて、まるで最初からそこが自分の居場所であったかのように振る舞っている。
そのくせに。
ある日突然ふらつきはじめた。
我が物顔で上っていたソファーに上がれなくなり、階段の下で寝ていることが増えた。
それから少しして、餌を食べなくなった。
あれだけ食い意地が張っていたくせに、おやつすら食べない。
そうなってからはあっという間だ。
あれだけうるさかった犬が吠えなくなった。
動かなくなった。
そして、冷たくなった。
あいつの居ない家の中は随分と冷えているような気がした。
犬なんて嫌いだ。
うるさくて汚くて頭が悪い。
嫌いだよ。
家具を囓るし何度叱ったって覚えない。
大嫌いだ。
勝手に家族の中に入り込んだくせに勝手に消えていく。
嫌いだよ。犬なんて。
命のサイクルが合わないんだ。
合わせろよ。こっちに。
図々しい。
勝手に入り込んできたくせに、お前の形に穴を残していく。
嫌いだよ。
もう少しのんびりしていってよ。
せっかく居る生活に慣れたっていうのに。
十年ちょっとでお別れなんて。
ふざけるなよ。
大嫌いだ。
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