きょうもにぼしをおおもうけ!

ROSE

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あちらの世界とこちらの世界 2

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 広いお風呂でまったりして、パジャマ姿のまま居間らしき部屋で寛ぐ。
 余所の家だというのに、たいやきさんが居るとそれだけで寛げてしまう自分に呆れる。
「たいやきさん、たいやきさん、マッサージしましょうか? 大志直伝のお猫様マッサージがあるんですよー」
 さすがに猫の世界では気が引けたけれど、こちらのたいやきさんは普通の猫なのだから、マッサージをしても問題ないはずだ。
「いいよいいよ。さきちゃんもくつろいで」
「えっと、じゃあ、にぼし食べます?」
「いいね。たべようか」
 マッサージは拒絶されたが、にぼしは食べてくれるようだ。
 ところでこれはお茶になるにぼしなのか食用なのか、お金になるにぼしなのか。
「たいやきさん、このにぼし、食用、ですよね?」
 お徳用塩無添加にぼしを袋から出し、訊ねる。
「うん?」
 たいやきさんは首を傾げた。
「あ、えっと、お茶用のにぼしと、お給料のにぼしと、たいやきさんがいつも食べてるにぼしの区別がつかなくて……」
 正直に言ってしまうのが一番だと思った。
 たいやきさんは少しだけ驚いた表情を見せ、それから笑う。
「やだなー、さきちゃん。ぜんぶいっしょだよ?」
「え?」
「おちゃにもおちゃうけにもなるし、おやつにもごはんにもなるんだよ」
 理解の範疇を超えていた。
 ガバガバ経理もあれだけど、想定外だ。
「探偵さん、あちらの世界だとたいやきさんみたいな感覚が普通なんですか?」
「え? あー、まあ、そうだね」
 急に声をかけられて驚いたのか、田中さんに本のページをめくらせていた探偵猫は少し困ったような返答をした。
「このはでしはらいをするところもあるけれど、わたしたちのいるあたりだとにぼしやどんぐりがおおいかな。どんぐりはほかのところでもけっこうつかえたりするよ」
 あれ? もしかして両替商的なものも存在する世界?
「探偵さんの世界でもにぼしが通貨なんですか?」
「うん。ねこはね、にぼしをつかうところがおおいよ」
 非常食にもなるからねと笑う探偵猫はやっぱり猫なんだなと思ってしまう。
「……おはぎ、私には教えてくれなかったくせに早希ちゃんがいると随分向こうの話をしてくれるな」
 田中さんが拗ねている。
「え? だって、たくやさん、しつもんがへただから」
「うぐっ、仕方がないだろう。私は向こうへ行けないのだから」
 こんなにも行きたいと念じているのにと、田中さんは唸り出す。
 そう言えば、私が猫の世界に行ける理由がまだよくわかっていない。
 田中さん曰く、私はサイキックらしい。チャネラーだっけ?
 たしか、たいやきさんと波長が合いやすいだとか……。
 ん?
「田中さん、私がサイキック説がありましたけど、それを言ったら田中さんもそれなんじゃないですか? だって、猫と会話できるんですよ?」
 普通に考えたら異常だろう。そしていつまで経っても大志が猫の言葉を理解出来ないのにも納得できる。
 大志はサイキックではないのだろう。
「まあ、その説も納得はいくが……私の家系は所謂霊媒と呼ばれる人間が多かったのだが……猫と会話する人間は記録に残っていない」
 探偵猫が続きを読ませろと田中さんの手を突いて催促している。
 どうやら読書は継続中だったらしい。
「おはぎ、自分でめくれ。早希ちゃんの前では新聞も読んでいたそうじゃないか」
「こっちのせかいだとうまくめくれないんだよ」
 田中さんは溜息を吐きながらも探偵猫の言いなりになる。
 なんだろう。
 この人、下僕の素質がありすぎる気がする。
「こっちのせかいもすきだけど、ぼくはおみせでのんびりすごすのがすきだなー」
 にぼしをむしゃむしゃ食べながら、たいやきさんが言う。
 らしいと言えばらしい。
 私だって、たいやきさんとおみせでのんびりまったり過ごしたいもの。
「急に戻れなくなったのはチャンネルが合わないってやつなのかな?」
 こっそりたいやきさんの頭を撫でると探偵猫の視線がこちらを向いた気がした。
「そう言えば、探偵さん、向こうでお医者さんのお世話になっていた気がするんですけど……その場合って、どうなっているのでしょうか?」
 田中さんと探偵猫、そしてたいやきさんに視線を移す。
「そう言えばおはぎ、最近寝ていないな。いつもかなり長く寝ているくせに。猫なのに寝ないとは何事だ」
 あれ? 探偵猫は寝ていない?
 だからずっとこっちに居る?
 私がたいやきさんのところにいるときは……こっちでは意識不明らしいし……。
「もしかして、探偵さん、向こうで意識不明なんじゃ……」
 意識を失うともう片方の世界に行ってしまうのだろうか。
 だとしたら……たいやきさんは?
「たいやきさん、向こうで体調悪かったりとか……」
「だいじょうぶだいじょうぶ、おいしゃさんががんばってるのみてたらねむくなってきちゃって……」
 眠くなった?
 え?
「……居眠りしてこっちに居たんですか?」
 よくわからない。
「あ、たんていさんはね、もうちょっとちりょうがひつようだっておいしゃさんがいってたよ。おなかいっぱいらむねをのみすぎちゃったから」
 たいやきさんが言うと、探偵猫は露骨に顔を背けた。
 そして、田中さんの肩を踏み台に、棚の上に乗ってしまう。
「……ラムネ?」
 田中さんは慣れているのか気にしていない様子だが、ラムネというのが引っかかったらしい。
「探偵さん、ラムネが大好物だそうです」
「猫がそんなものを飲んだら体を壊すだろう」
「猫の世界では平気みたいで……」
 どう説明したらいいのだろう。
 それに、ラムネの飲み過ぎをバラされてしまった探偵猫は恥ずかしそうにしている。
 ああ、田中さんの前ではかっこつけたかったのだろうな。
 ちょっとだけ、申し訳なく思う。
「向こうの探偵さんはまだ意識不明だとしたら……」
 うーん、なにかわかりそうなんだけどな。
 足りない頭を捻っていると、田中さんがなにか閃いたようだ。
「……夢、か」
 田中さんが呟く。
「もしかすると……私も猫の世界に行けるのか? いや、なにがなんでも猫の世界に行って……血生臭い原稿とはおさらばする!」
 本音がただ漏れですよ。田中さん。
 それにしても、そんなに推理小説を書くのが嫌なのか。なんで書いたんだろう。
 不思議に思いつつ、探偵猫の方をちらりと見る。
 なんで探偵なんだろう。飼い主が推理作家だから? とも思ったけれど、違うようだし。
「これはあくまで憶測だが、早希ちゃんは眠るときに猫の世界に行ける時があるようだ。君のそのチャンネルを合わせる能力で私も猫の世界に連れて行ってくれ!」
 憶測と言いつつ確信しているらしい田中さんにがっしりと手を握られ、その直後、彼の後頭部に探偵猫の蹴りが炸裂する。
「おはぎ……後ろからは止めろ……」
「さきちゃんにきやすくさわらないでくれ」
「……嫉妬か……猫なら猫らしく甘えておけばいいだろうに」
 田中さんが恨めしそうに探偵猫を睨む。
 相当痛かったらしい。
 それにしても……眠るときに行き来できるのはなんだか不思議だ。
 それに……なんとなくだけど、私がチャンネルを合わせてしまったのはたいやきさんだけではない気がするのだ。
 そう、思った瞬間、背筋がぞくりとした。
「えっと……明日もう一回考えて見ましょう」
 今日は休みましょうと、たいやきさんを持ち上げると、ぼとぼととにぼしが落ちる。
 あ、まだ食べている最中だった。
「すみません! 拾います! 拾います!」 
 大慌てでにぼしをかき集める。
「……早希ちゃん、君も……下僕の才能に恵まれていないか?」
 岬家の遺伝なのか? と呆れた様子を見せる田中さんになんてことを言うのだと文句の一つも言いたくなったが、大志と親しいのであろう彼にそう見られるということは、本当に似ている部分があるのかもしれない。
 おそろしい遺伝だな。
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