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どこでもあってどこでもないばしょ
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ここはどこでもあってどこでもないばしょ。
たいやきさんのばしょ。
たいやきさんにはたいやきさんの、探偵猫には探偵猫のばしょがある。
じゃあ、私のばしょは?
そんなことを考えながら、眠った。のだと思う。
私はまた『白い空間』に居た。
「早希」
声が響く。
石像の女神だ。
名前を呼ばれたのは初めてだったので少しだけ驚く。
「はいっ」
返事をして、少しだけ声がひっくり返ってしまった気がした。
「己の場所を望むか?」
問いかけられ、返答に困る。
たいやきさんのばしょは居心地がいい。
探偵猫だってしょっちゅう来るくらい。
でも、探偵猫にも自分のばしょがある。そう考えると、私も私のばしょを持っていてもいいのではないだろうか?
夢の中の、私が望む世界、ということだろうか。
「私のばしょを望んでもたいやきさんのばしょへ行けますか?」
「たいやきが拒まなければ」
女神が静かに答える。
たいやきさんは、きっといつでも歓迎してくれる。
そう、どこかでまた彼に甘えている自分に気がついた。
それに、私のばしょがどんなところなのかという好奇心がある。
合わなければ、元の世界かたいやきさんのばしょへ行けばいい。そんな程度の考えで。
「私のばしょを望みます」
そう答えれば、石像が頷いた。
そして、景色にノイズが掛かっていく。
意識が途切れる寸前、想定外の単語が響いた。
「ぷりん」
まさか。
次の供物にプリンを要求された?
意外と、猫の女神様はお茶目な方なのだななどと考えて、私の意識は完全に途絶えた。
目を覚ました場所は暗かった。
出世した高級布団。起き上がるとぶつけそうな高さの天井。つまり、押し入れの上段だ。
この高級布団はたいやきさんのばしょじゃない。たぶん田中邸だ。
手探りで押し入れの戸を動かすと、思った通り、田中邸で与えられた部屋が目に入った。
「あ、さきちゃん、おはよー」
田中邸と違うのは、服を着たたいやきさんがお茶を飲んでいること。
どうなっているのだろう。
「ここ、どこですか?」
「んー? どこだろう? どこでもあってどこでもないばしょかな?」
ずずずとお茶を啜りながらたいやきさんは目を細めた。
「たぶんね、さきちゃんのばしょだよ」
「……私のばしょ……田中さんのおうちなんですか?」
意外だ。そんなに田中邸が居心地がよかったのだろうか。
「たんけんしてみる?」
「え? あー、そうですね。もしかしたら似ているだけで田中さんのおうちじゃないのかも」
探検だなんて、なんだか子供に戻ったみたいでわくわくするな。
そうして、たいやきさんとふたりで探検をすることにした。
いろいろ歩き回ってみると、やっぱり田中邸のようだった。田中さんの書斎までしっかりある。問題は田中さんと探偵猫の姿が見当たらないことだろうか。
おかしい。田中邸なのに家主がいないなんて。
庭の池にヒレナガゴイまでしっかり居るのに田中さんがいない。
しばらく庭を探索して、おかしなものが見つからないことを確認した。
そうなると、外はどうなっているのだろう?
門を潜り、外へ出る。
「あれ?」
凄く見覚えのある光景。
個性的な文字の「ていきゅうび」がぶら下がっているたいやきさんの「おみせ」だ。
おかしい。門を出てすぐに「おみせ」がある。
つまり、ここは夢の世界?
「わぁ、さきちゃん、ぼくとごきんじょさんだね」
「え?」
「さきちゃんのばしょとぼくのばしょがごきんじょさんだよ」
つまり「おみせ」はたいやきさんのばしょで田中邸は私のばしょ?
「……どうして自分の家じゃなくて田中さんのおうちなのかな?」
思わず首を傾げる。
「うーん、さきちゃんにとってとくべつだからじゃないかな?」
なるほど?
まあ、病院じゃなかっただけマシかな?
おみせをよく見るとたいやきさんの個性的な字で「ていきゅうび」と書かれた紙が貼ってある。
あれ? 意識を失う前からそんなに時間が経っていないのだろうか?
いや、ていきゅうびはたいやきさんの気まぐれだから、もしかすると数日続く「ていきゅうび」があるのかもしれない。
そんな風に考えていると、田中さんと探偵猫の姿が見えた。
「……季節は夏のくせに意識が飛びそうになるほどの暑さにならないとは……ここは一体どこなんだ? 日本ではない?」
「だから、てんちょうさんのばしょだって。たくやさん、すこしなれないとこのさきたいへんだよ」
探偵猫が今日もお洒落な帽子を……と思えば田中さんとお揃いだ。
田中さん、意外と帽子も似合うな。派手な頭のくせに。
「おや、早希ちゃん。たいやきと出かけていたのか?」
こちらに気づいたらしい田中さんに声をかけられ、それから彼は目を丸くする。
「なぜ私の家がここに?」
「……うーん、よくわからないんですけど、私のばしょが田中さんのお宅を再現しているようで……」
なぜだと表情に表れている田中さんと、目をまんまるくしている探偵猫。
「……さきちゃんは、たくやさんといっしょにいたいの?」
心なしか、いつもよりも暗い響きで探偵猫が言う。
「えっと……うーん……田中さんのところでみんなと過ごすのも楽しかったなぁとは思いますけど……」
その時間が終わらなければいいのにと思う。
たいやきさんがいて、探偵猫がいて……よくわからないけどたぶん悪い人じゃない田中さんと過ごすのもいい。
まだ助手としての仕事はちゃんとこなせていないだろうけれど。
「さきちゃんは、たくやさんをいっぴきのおすとしてすき?」
真っ直ぐ、緑色の瞳に見つめられ、なんだか落ち着かない気分になる。
なんとも答えにくい質問だ。
けれども……私の中で答えははっきりしている。
「田中さんは、いい人です。人間として尊敬できると思います。けれども……異性として見るかと言うと……たぶんそう言う相手ではないと思います」
いい人。
間違いなく。
探偵猫をとても大切にしているし、ちょっと変わっているけれど面倒見がいい。
「では……わたしは?」
僅かに震える声が訊ねる。
「やはり、ねこでは……さきちゃんのあいてにはなれない?」
不安気な声が切なく響く。
猫の鳴き声のくせに随分と複雑な感情を響かせてくれると思う。
どうせ、私と田中さん以外には猫の鳴き声にしか聞こえないくせに。
そうだよ。猫だよ。
どうせ猫じゃん。
ただの猫のくせに。
いくらだってそんな言葉を唱えられる。
だけど……。
たいやきさんのばしょ。
たいやきさんにはたいやきさんの、探偵猫には探偵猫のばしょがある。
じゃあ、私のばしょは?
そんなことを考えながら、眠った。のだと思う。
私はまた『白い空間』に居た。
「早希」
声が響く。
石像の女神だ。
名前を呼ばれたのは初めてだったので少しだけ驚く。
「はいっ」
返事をして、少しだけ声がひっくり返ってしまった気がした。
「己の場所を望むか?」
問いかけられ、返答に困る。
たいやきさんのばしょは居心地がいい。
探偵猫だってしょっちゅう来るくらい。
でも、探偵猫にも自分のばしょがある。そう考えると、私も私のばしょを持っていてもいいのではないだろうか?
夢の中の、私が望む世界、ということだろうか。
「私のばしょを望んでもたいやきさんのばしょへ行けますか?」
「たいやきが拒まなければ」
女神が静かに答える。
たいやきさんは、きっといつでも歓迎してくれる。
そう、どこかでまた彼に甘えている自分に気がついた。
それに、私のばしょがどんなところなのかという好奇心がある。
合わなければ、元の世界かたいやきさんのばしょへ行けばいい。そんな程度の考えで。
「私のばしょを望みます」
そう答えれば、石像が頷いた。
そして、景色にノイズが掛かっていく。
意識が途切れる寸前、想定外の単語が響いた。
「ぷりん」
まさか。
次の供物にプリンを要求された?
意外と、猫の女神様はお茶目な方なのだななどと考えて、私の意識は完全に途絶えた。
目を覚ました場所は暗かった。
出世した高級布団。起き上がるとぶつけそうな高さの天井。つまり、押し入れの上段だ。
この高級布団はたいやきさんのばしょじゃない。たぶん田中邸だ。
手探りで押し入れの戸を動かすと、思った通り、田中邸で与えられた部屋が目に入った。
「あ、さきちゃん、おはよー」
田中邸と違うのは、服を着たたいやきさんがお茶を飲んでいること。
どうなっているのだろう。
「ここ、どこですか?」
「んー? どこだろう? どこでもあってどこでもないばしょかな?」
ずずずとお茶を啜りながらたいやきさんは目を細めた。
「たぶんね、さきちゃんのばしょだよ」
「……私のばしょ……田中さんのおうちなんですか?」
意外だ。そんなに田中邸が居心地がよかったのだろうか。
「たんけんしてみる?」
「え? あー、そうですね。もしかしたら似ているだけで田中さんのおうちじゃないのかも」
探検だなんて、なんだか子供に戻ったみたいでわくわくするな。
そうして、たいやきさんとふたりで探検をすることにした。
いろいろ歩き回ってみると、やっぱり田中邸のようだった。田中さんの書斎までしっかりある。問題は田中さんと探偵猫の姿が見当たらないことだろうか。
おかしい。田中邸なのに家主がいないなんて。
庭の池にヒレナガゴイまでしっかり居るのに田中さんがいない。
しばらく庭を探索して、おかしなものが見つからないことを確認した。
そうなると、外はどうなっているのだろう?
門を潜り、外へ出る。
「あれ?」
凄く見覚えのある光景。
個性的な文字の「ていきゅうび」がぶら下がっているたいやきさんの「おみせ」だ。
おかしい。門を出てすぐに「おみせ」がある。
つまり、ここは夢の世界?
「わぁ、さきちゃん、ぼくとごきんじょさんだね」
「え?」
「さきちゃんのばしょとぼくのばしょがごきんじょさんだよ」
つまり「おみせ」はたいやきさんのばしょで田中邸は私のばしょ?
「……どうして自分の家じゃなくて田中さんのおうちなのかな?」
思わず首を傾げる。
「うーん、さきちゃんにとってとくべつだからじゃないかな?」
なるほど?
まあ、病院じゃなかっただけマシかな?
おみせをよく見るとたいやきさんの個性的な字で「ていきゅうび」と書かれた紙が貼ってある。
あれ? 意識を失う前からそんなに時間が経っていないのだろうか?
いや、ていきゅうびはたいやきさんの気まぐれだから、もしかすると数日続く「ていきゅうび」があるのかもしれない。
そんな風に考えていると、田中さんと探偵猫の姿が見えた。
「……季節は夏のくせに意識が飛びそうになるほどの暑さにならないとは……ここは一体どこなんだ? 日本ではない?」
「だから、てんちょうさんのばしょだって。たくやさん、すこしなれないとこのさきたいへんだよ」
探偵猫が今日もお洒落な帽子を……と思えば田中さんとお揃いだ。
田中さん、意外と帽子も似合うな。派手な頭のくせに。
「おや、早希ちゃん。たいやきと出かけていたのか?」
こちらに気づいたらしい田中さんに声をかけられ、それから彼は目を丸くする。
「なぜ私の家がここに?」
「……うーん、よくわからないんですけど、私のばしょが田中さんのお宅を再現しているようで……」
なぜだと表情に表れている田中さんと、目をまんまるくしている探偵猫。
「……さきちゃんは、たくやさんといっしょにいたいの?」
心なしか、いつもよりも暗い響きで探偵猫が言う。
「えっと……うーん……田中さんのところでみんなと過ごすのも楽しかったなぁとは思いますけど……」
その時間が終わらなければいいのにと思う。
たいやきさんがいて、探偵猫がいて……よくわからないけどたぶん悪い人じゃない田中さんと過ごすのもいい。
まだ助手としての仕事はちゃんとこなせていないだろうけれど。
「さきちゃんは、たくやさんをいっぴきのおすとしてすき?」
真っ直ぐ、緑色の瞳に見つめられ、なんだか落ち着かない気分になる。
なんとも答えにくい質問だ。
けれども……私の中で答えははっきりしている。
「田中さんは、いい人です。人間として尊敬できると思います。けれども……異性として見るかと言うと……たぶんそう言う相手ではないと思います」
いい人。
間違いなく。
探偵猫をとても大切にしているし、ちょっと変わっているけれど面倒見がいい。
「では……わたしは?」
僅かに震える声が訊ねる。
「やはり、ねこでは……さきちゃんのあいてにはなれない?」
不安気な声が切なく響く。
猫の鳴き声のくせに随分と複雑な感情を響かせてくれると思う。
どうせ、私と田中さん以外には猫の鳴き声にしか聞こえないくせに。
そうだよ。猫だよ。
どうせ猫じゃん。
ただの猫のくせに。
いくらだってそんな言葉を唱えられる。
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