ベストフレンド

ROSE

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 アンバーはいつも気さくでダニエルの古い友人だったかのように振る舞う。
 けれどもその風貌は疲れきったものに変化してきた。

「アンバー、やっぱり僕がここに留まるのは君の負担になってしまっているのでは?」
 思いきって訊ねればアンバーは首を振る。
「そんなことないよ。むしろ、君がいてくれて助かる」
 彼はやはり疲れた笑みをみせた。
 疲労というよりはどこか悪いのかもしれない。
 けれどもプライベートに踏み込みすぎるのはよくないだろう。
 そう思っていた。



 ある朝、アンバーが朝食の席に現れなかった。
「ベン、アンバーは?」
「昨夜は遅くまで推理小説を楽しんでいたご様子なので……寝坊でしょう」
 ベンはしれっと答えるが、アンバーは夜更かしが苦手だ。時計の針が天辺で揃う頃には倒れそうなほどの眠気に襲われている。そういう意味では規則正しい人だ。
 一月近く世話になった身としてそれなりに彼を理解してきたはずだった。
「いつも規則正しいのに……どこか悪いとか?」
 訊ねれば、一瞬ベンが動揺したようにも見えた。
「朝食は私が届けます。ダニー、残りの食器を片付けていただけますか?」
「勿論」
 食べ慣れたコーンフレークとケチャップのかかった卵。それと今日は少しだけ焦げたベーコンも付いている。
「食器の片付けが終わったら今日は庭掃除をお願いしても?」
「勿論。天気もいいから捗りそうですね」
 このところ風の強い日が続いていたから余計に気分がいい。
 ダニエルは少し急いで朝食を済ませ、既に食事を終えていたベンとデラの分の食器も一緒に片付ける。
 それから支給された作業着に着替え、竹箒を手に庭掃除に出る。
 庭掃除は中々厄介だ。
 この城はとてつもなく大きい。アンバー曰く「無駄に広い」だけあり、あちこちに蜘蛛の巣が張ったり雑草で埋め尽くされていたり、蔦が絡んでいたりする。
 蜘蛛はあまり好きではないがこれも仕事だ。
 ダニエルは少しだけ気合いを入れて箒を動かし蜘蛛の巣を払う。
 これだけ植物が多いと秋は枯れ葉の掃除で一日使っても終わらないだろう。
 一月近くこの城で生活しているが、まだ内部の構造を把握出来ていない。当然、外から見てどこがどの部屋かなど把握出来るはずもない。
 裏口方面に昔洗濯に使っていた部屋というのがあるらしいが、現在は封鎖されている。
 アンバーが言うには老朽化が進みすぎていて危険だし、裏口まで管理しきれないとのことだったが、実際は足の悪いデラを気遣ってのことだろう。
 十年ほど前にリフォームした洗濯室には最新式の洗濯機と、電動で動く物干し竿、それにアイロンも有名メーカーの人気商品が揃えられていることからこまめに買い換えられているらしい。更に乾燥の為のエアコンまで完備されている。
 先代の仕事なのかアンバーの拘りなのかはわからないがよほど洗濯物を外に干したくないらしい。
 それも、きっと大量の蜘蛛のせいだろう。
 アンバーは蜘蛛が苦手だから。
 あの動きが気持ち悪くて恐ろしいと、家の中に入り込んだ蜘蛛を見て大騒ぎしたことがある。それも硬貨よりも小さな蜘蛛で。
 ダニエルだって決して得意ではない。けれどもあそこまで怯えきっているアンバーを見れば妙な使命感とでもいうのだろう。この蜘蛛は絶対に退治しなくてはいけないという意気込みのようなものが芽生えた。
 普段は比較的落ち着いた少年に見えるのに、あの時ばかりは幼い子供のようだったなと思う。
 蜘蛛は見つけ次第始末しよう。ただでさえ体調が悪そうなアンバーがこれ以上気に病んだら大変だ。
 ホームセンターで蜘蛛用の殺虫剤を買うべきか、ベンに相談した方がいいかもしれない。
 いや、庭ならば庭師のクレムに相談するべきだろうか。
 そう考え、近頃は殆ど庭掃除も雑草抜きもクレムに押しつけられてしまっている気がした。
 別に不満はない。拾って雇って貰えているだけ有り難いのだ。
 しかし、あのクレムのことは少しばかり苦手に感じている。
 なんというか……彼はゲイが嫌いだろうという空気を纏っている。
 ただの被害妄想かもしれないが。
 そう言えば、アンバーに身の上を打ち明けようとして、結局打ち明けていなかった。
 彼はなにも言わずにダニエルをここに置いてくれる。
 他人に興味がないなんて嘘だ。彼は他人をよく見ている。よく見た上で気遣ってくれる。
 きっとダニエルの心の傷がまだ癒えていないことを見抜いてそっとしておいてくれるのだろう。
 そのくせ、彼は自分の不調を隠そうとする。
 いや、今となっては雇い主と使用人の関係だ。アンバーは友人のように振る舞ってくれるが、やはり線引きはあるのだろう。
 そう思うと少しばかり寂しく感じる。
 あの小さな恩人に少しでも恩返しをしたい。そう思ってもダニエルに出来ることはそう多くない。
 ならばせめて話を聞くくらいはしたいと思う。
 なんの解決策も示すことは出来ないだろうけれど、誰かに話すという工程が必要なこともあるのだと、ダニエル自身理解している。
 アンバーが元気になったら……身の上を全てぶちまけてしまおう。そして、彼の溜め込んでいるものも聞く。
 根拠もないくせに、そうすることでアンバーの顔色が回復するのではないかと考えている自分にダニエルは苦笑する。
 そんなことで回復するのであれば医者なんて必要ない。
 今アンバーに必要なのは間違いなく医者だ。
 ベンは隠そうとしているけれど、きっとあまりよくないのだろう。
 どんな形でもいい。あの小さな主人の為に少しでも役に立ちたいと願った。
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