14 / 21
13 ジュリエットの柩
しおりを挟むあの少し不快なパーティーから一週間ほど経った。
珍しい来客を迎え、城の中は妙な緊張感があった。
ただアンバー一人が妙な浮かれ具合を見せ、客人である牧師が困惑していた。
「本当によろしいのですか?」
「勿論、依頼しているのは僕の方だ。それに、最近は『生前葬』というのも流行っているのだろう?」
困惑する牧師にアンバーはそう続ける。
生前葬?
ダニエルは自分の耳を疑った。
「では詳細をお伺いしましょう」
牧師は困惑しきった様子で、それでもアンバーの要望を叶えようと詳細を聞くことにしたらしい。
二人はそのまま書斎に入ってしまい、ダニエルは詳細を聞くことが出来なかった。
が、城の中が妙であることは感じ取った。
ベンもデラもダニエルにはなにも知らせていない。
けれども裏庭に妙な覆いがあったり城の中で慣れない香の匂いが漂っていたりする。
「デラ、なにか聞いてる?」
白い花が入った籠を抱えて歩くデラを捕まえて訊ねる。
「……葬儀の準備を進めています。その……あくまで簡易的なもので……アンバー様の要望です」
デラの言葉にまさかと思ってしまう。
アンバーは自分の葬儀の準備をしている?
そう考えた途端、ダニエルは強い不安に襲われる。
どこか儚い空気を纏ったアンバーはある日突然消えてしまいそうに感じることがある。
まさか消えるための準備を進めているのではないだろうか。
考えたくないのに、そんな考えが脳を支配しようとした。
ダニエルは思わず裏庭に飛び出す。覆いの中がどうしても気になってしまった。
周囲を見渡し、誰かに見られていないか確認してしまうのは疚しい気持ちがあるからなのだろうか。
その覆われた空間には立派な柩と大きな写真枠があった。
枠の中の写真は、少し不機嫌そうな表情をしているけれど整って……愛らしい印象の少女。アンバーとよく似た少女に見えた。
柩の蓋に【ジュリエット】と名が刻まれている。
これだけ見ればダニエルは理解出来てしまう。
アンバーは過去を捨てる決意をしたのだ。ジュリエットを捨ててアンバーとして生きるのだと。
「ああ、ダニー、ここにいたんだ」
突然響いた声にダニエルは飛び上がりそうになった。
別に秘密を探ろうとしていたわけではないといくつかの言い訳を考えたけれど、言葉が出てこない。
「驚かせちゃったかな? でも、あまり深く考えなくていいよ。ただ、僕の中で踏ん切りをつけるためのお葬式だから」
アンバーは明るい口調でそう言う。けれどもダニエルはそれだけの理由とは思えなかった。
「アンバー、本当にいいの?」
ジュリエットを捨てるということは、アンバーが自分の過去を捨ててしまうといいうことだ。自分の愛せない部分に対する否定。そんな感情を表しているように思えた。
「うん。僕にとっては必要なことだよ。だって、ちゃんとジュリとお別れしなきゃ、僕は僕を愛せそうにないもの」
表情ばかりは笑顔を作っているのに、アンバーが苦しんでいるように見える。
「ねぇ、ダニー。もし、迷惑でなかったら、君の記憶の片隅に、かつてジュリという少女が居たことを残しておいて欲しい。女の子の格好をさせられるのが大嫌いで、お人形遊びよりもラジコンカーで遊びたがった女の子だ。ヴァイオリンの稽古が嫌いでね、木登りしてわざと指を怪我しようとするような子だったよ」
まるで故人を偲ぶかのように思い出話を始めるアンバー。
彼はジュリエットを他人として語っている。
「そのジュリって子は、少年みたいで、困った人を放っておけない優しい子かな?」
「ふふっ、そんな風に見てくれる人もいたかもね」
アンバーは笑う。
「正直、僕はジュリのことを完全に理解出来ているわけではないと思う。でも……友達に恋しそうになるような危うい子だからね。ジュリが僕の生き方の障害になってしまうように感じたんだ。だから……ジュリには眠ってもらおうと思って……僕って、酷い人間かな?」
まるで反応を恐れるように問われ、ダニエルは困惑する。
「それは、君とジュリが考えることだよ。少なくとも、詐欺に遭った僕の意見を参考になんてしちゃいけない」
まだ恋愛の話を真っ正面から受け止められるほどは立ち直れていないのだと思う。
なにより、ジュリが恋する友達のことを聞いてしまうのが怖かった。
それは、つまりアンバーが恋する相手に繋がるわけで……。
そう考え、ダニエルは自分の思考に驚く。
アンバーの口から恋する相手の話を聞くのが怖い。それはつまり、アンバーに恋人が出来ることに怯えているようだ。
どうかしている。
アンバーは恩人で、友人だ。けれどもそれ以上の関係ではない。
そんな関係になってはいけない相手。たぶん無意識のうちにそう考えてしまっている部分がある。
彼は恩人で、特別な友人。そして、家族のような存在。
その関係を壊したくない。だから、アンバーに恋人が出来てしまうことを恐れている。
「ダニー、僕を傷つけないように気を遣ってくれているんだね。でも、あんまり自分の過去を冗談に使わないで。それって、本当は傷ついている自分をもっと傷つけることになっていると思うから」
気がつけば、アンバーが目の前に立っていた。そして、ダニエルの手を握る。
「ダニーが居てくれてよかった。いつも心強く感じるよ」
ぐいっと、手を引っ張られる。ダニエルはそのまま姿勢を崩してしまい、アンバーの方へ引き寄せられた。
ぶつかる。
思わず目を閉じそうになった瞬間、唇になにかが触れた。
それは瞬きよりも短い時間だったと思う。けれども柔らかな感触が唇に熱を伝えた。
「……アンバー?」
一体どういう考えでこんなことをしたのだろう。
驚いてアンバーを見れば、困ったような表情で笑う。
「……ごめん。友達にすることじゃなかったね」
そう口にしたアンバーは今にも泣き出しそうに見えた。
いや、ジュリエットなのだろうか。
少女と少年がせめぎ合うような不安定さが滲み出ている。
「さよなら、ジュリエット」
アンバーは少女の写真に向かってそう言うと、ダニエルに背を向けた。
「あとは、牧師と進めるから……ダニーは好きに過ごしてて」
弔問客は招いていないよと、どこか突き放そうとしているようにも感じた。
一体、何を考えているのか。
ダニエルにはアンバーの考えが読めない。
ただ、いたずらにしてはやり過ぎて、アンバー本人も自分の行動に驚いているように感じた。
「……僕は……どんな顔をすればいいのかな?」
特別な友人だけれども、そういう関係ではないと、そういう関係にはなれないと思っていた。
なのに。
魔法にかけられてしまったような気分だ。
0
あなたにおすすめの小説
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!
めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈
社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。
もらった能力は“全言語理解”と“回復力”!
……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈
キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん!
出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。
最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈
攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉
--------------------
※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
雪解けを待つ森で ―スヴェル森の鎮魂歌(レクイエム)―
なの
BL
百年に一度、森の魔物へ生贄を捧げる村。
その年の供物に選ばれたのは、誰にも必要とされなかった孤児のアシェルだった。
死を覚悟して踏み入れた森の奥で、彼は古の守護者である獣人・ヴァルと出会う。
かつて人に裏切られ、心を閉ざしたヴァル。
そして、孤独だったアシェル。
凍てつく森での暮らしは、二人の運命を少しずつ溶かしていく。
だが、古い呪いは再び動き出し、燃え盛る炎が森と二人を飲み込もうとしていた。
生贄の少年と孤独な獣が紡ぐ、絶望の果てにある再生と愛のファンタジー
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる