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飛び降りる少年
しおりを挟む通学路の坂道、そのてっぺんに教会がある。教会の横には小川が流れており、低めの塀があった。
その教会を出入りする人を見たことがなかったけれど、夜は明かりがつくから牧師は居るのだろうと思う。
その坂道はあまり治安がいいとは言えない。
坂の途中に民家が並び、理容室もある。反対側は高級住宅地だ。
だと言うのに、ひったくりが多いし家の前に自転車を停めると盗まれると言う。
残念ながら通学路なので毎日そこを通らなくてはいけない。一本道の急な坂だ。
区域外の学校に電車で通っていた為、普段は駅まで母が迎えに来てくれるのだがその日は仕事で来られないと言うことだった。車であれば襲撃される心配もないのだが、通学鞄を持ちながら緊張して歩いた覚えがある。
坂の半分まで上がると陽気な大型犬が遊ぼうと誘ってくれる家があるのだが、その家を少し過ぎるとひったくり多発ゾーンがある。
教会まで走り抜ければ安全、のはずだがその日は運が悪かった。
他校の上級生と思われる集団が家の前でバスケをしていた。
それだけなら平和だ。しかし、一人で歩いていると纏わり付くように話しかけてくる。
「ひとり? この辺で見ない制服だね」
集団の一人に声を掛けられると同時に別の男が鞄に触れる。
反射だった。
たっぷり教科書の入った思い鞄で殴り、坂道を全力疾走する。
反撃されると思わなかったのだろう。幸い彼らは追ってこなかった。
息を切らせながら坂を駆け上がり、てっぺんの教会前に着いた。これで一安心だろうと思った時、背後でタンっと音がした。誰か全力で飛び跳ねたような音だ。
まさか奴らが追ってきたのだろうか。思わず振り返るが姿はない。
気のせいだろう。
その日はそう思い、息を整えながら家まで歩いた。
数日後、また徒歩であの坂道を上がらなくてはいけない日があった。
雨の日だった。
ピアノと猫の柄の傘を差しながら今日はあの集団がいないといいなと思いながらとぼとぼと歩いていた。
陽気な大型犬は今日も遊ぼうと誘ってくる。彼は雨でも関係ないらしいので軽く喉元だけ撫でてやりすぐに別れる。
人懐っこい犬でいつも陽気に笑っているし、数回会った飼い主の男性も同じくらい陽気で、雨の日は犬に合羽を着せて一緒に散歩しているところを見かけることもある。彼の顔を見るとなんだかほっとする。
強くなる雨も気にならなくなるくらい気分が良かった。
それに雨が強ければあの集団は外にはいない。
そうしててっぺんの教会に辿り着く。
雨が強い。なのに教会の塀に子供が居る。
小さな男の子だ。傘も差さずに塀の上に居る。
「そこにいたら危ないよ」
思わず声を掛けた。
その瞬間、少年は勢いよく飛び降りた。
悲鳴を上げそうになった。あの塀の向こうは浅いとは言え川がある。それにこの雨だ。万が一流されるなんてことがあっては大変だ。
けれども水に落ちる音がしない。
慌てて塀に近づいて向こうを確認する。
誰も居ない。
塀と小川の間に隠れられるようなスペースさえなかった。
あの少年はどこへ行ったのだろう。
周囲を見渡しても姿はなかった。
翌日も雨だった。今日は母が駅まで迎えに来てくれた。あの坂を教会方面に向かって真っ直ぐ進む。
「あっ」
母が声を上げる。
「どうしたの?」
「まただ」
「また?」
一体何の話だろう。
母はうんざりした様子を見せる。
「また子供が飛び降りてる」
「え?」
母が示す方向を見る。
昨日少年が飛び降りた教会の塀だった。
「雨の日はいつも子供が飛び降りる」
いつも。
母は溜息を吐く。
あの少年は毎日、いや、ずっとあの塀から飛び降り続けているのかもしれない。
ただ、雨の日だけ姿を見せて。
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