シスターリリアンヌの秘密

ROSE

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五年後

15 浮かび上がる問題

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 宿に待たせていたリノと合流すると、リリアンヌを見た彼はあからさまに驚いた表情を見せた。
「まさか……来て頂けるとは……」
 てっきりラファーガ様の一方的な重すぎる片想いだと思っていましたと、リリアンヌ本人に向かって言い放ったリノを軽く小突いておく。
 失礼にも程がある。
 リリアンヌもまたリノの発言に困惑した様子で、握手を交わす間さえ困り果てた表情を見せていた。
「私がいては……迷惑でしょうか?」
「いえ! 決してそのようなことはございません。ただ、ラファーガ様のあのご様子では……シスターに相当な無理を、と思ってしまいまして」
 そんな心配をされるとは、一体どんな様子だったのだろう。
 ラファーガは自己の行動を顧み、それでも不安を抱かれる原因を突き止められずに居た。
「リノ、いくらなんでもその言い方は私に対して無礼ではないか?」
「ご自身の奇行を思い返してからおっしゃってください。この五年のラファーガ様は異常でした」
 リノは深呼吸し、それからリリアンヌに告げ口をする村の子供たちのような様子で話し始める。
「聞いて下さい、シスター。ラファーガ様は皇帝より預かった軍から武器を取り上げ、防具のみで武器を持った農兵と戦わせたのですよ? しかも、自身が先頭に立って……グラーシア家にはラファーガ様しか跡継ぎがないというのに……貴族としての正しい生き方を信じ、学友にも度々苦言を呈していたラファーガ様が……貴族らしからぬ方法で……つまり、錆びた剣を振り回す農兵に頭突きして生き残るような戦い方をされるようになったのです……」
 そう言われれば頭突きで生還したこともあったかもしれないが武器は使用していない。それに相手も殺していないのだから咎められるようなことではないだろう。
 ラファーガはリノがなぜそこまで騒ぐのか理解出来ずに首を傾げる。
「己の肉体のみで戦う姿勢は間違ってはいないと思います。が……先に剣を壊しておくべきだったのではないかと思います」
 リリアンヌの返答はラファーガにとって、いや、リノにとっても予想外だった。
「シスター、気にするところはそこではありません。指揮すべきはずのラファーガ様が真っ先に特攻していくような行動が問題なのです」
「はぁ……一番強い人間が先に片付ければ被害は最小限で済むのではないでしょうか?」
 ラファーガはなんとなく理解してしまった。
 リリアンヌは修道女のような見た目で、聖母のような慈愛を持っているように見せかけて大抵の問題は力尽くで解決出来てしまうと思い込んでいる。
「シスター、あなたはもしかして……敵の頭を拳で殴りつければ全てが解決すると考えていませんか?」
「違いますか? 拳で語れば伝わるはずです。武器を手にすることの愚かさと他者を傷つける痛みが」
 リノは驚きのあまりしばらく硬直し、それからラファーガの腕を引いてひそひそと告げる。
「あの、この方は……本当にラファーガ様の恩人であるシスターで間違いありませんか?」
「ああ、正真正銘リリアンヌ本人だ」
「……聖職者というよりは破戒僧と言われた方が信じられます」
「君は本当に無礼だな。私はリリアンヌの教えがあったからこそこの五年を生き延びたのだぞ」
 つまり、生きるために必要なのは拳だ。両足だ。そして頭だ。
 己の肉体を鍛え上げればどんな困難にも立ち向かうことが出来る。つまり、リリアンヌの教えとはそう言うことなのだ。
「苦難を乗り越えるためには肉体を鍛えろということだ」
「……限度があると思いますが?」
 リノは呆れ、それから思い出したかのようにお茶の用意を始める。
「拳で語るよりは美味しい料理で語りたいものですね」
「それには同意だな。人々が争わずに済む平和な世の中になってほしいものだ」
 リノの淹れるお茶は皇帝も絶賛する程だ。きっとリリアンヌも気に入ってくれるだろうと彼女に勧める。
「リリアンヌ、リノの淹れてくれる茶は本当に素晴らしいのだ」
「は、はぁ……ありがとうございます」
 途端にリリアンヌは緊張を見せた。
「紅茶は苦手だっただろうか?」
 確か、彼女の家では薬草茶ばかりだった気がする。それも敷地内で採れる薬草を使ったものばかりだ。
 単に貧しい生活だったせいだと思ったが、そうではないのかもしれない。
「あの……こんな高価な茶器は……その……壊してしまいそうで……」
 そう言われ、彼女が木のカップを愛用していたことを思い出す。
 てっきり村の手工芸品だと思っていたが、単純に自身の怪力を理解しての選択だったのかもしれない。
「気にする必要はない。形あるものは壊れるものだ。それに、あなたが気にする必要があるほど高価な品ではない」
 平民から見れば高価な品になるだろうが、ラファーガの婚約者である彼女が気にする必要はないのだ。
「それよりも茶が冷めてしまう。温かい内に楽しんで欲しい」
 ラファーガが告げれば、リリアンヌはおそるおそるカップを手に取り、慎重な動きで口を付けた。
「……いい香りですね」
 味の感想はない。
 それどころかカップを持つ時間を少しでも減らしたいのか一気に飲み干してしまった。
「……本当に、この方を妻に迎えられるのですか?」
「当然だ」
「……教師が山ほど必要になりそうです」
 グラーシア家の使用人ではないはずのリノは使用人頭以上にグラーシア家の評判を気にしているらしい。
「彼女に無理強いはしたくない。少しずつ帝国に慣れてもらうしかないだろう」
「帝国の暮らし以前に貴族の暮らしを学ぶ必要があります」
 リノの言葉にリリアンヌはもともとさほど崩れてはいない姿勢を正した。
「す、すみません……田舎暮らしが長いもので……」
 リリアンヌは申し訳なさそうな表情でそう言うが、カップの持ち方は間違っていない上に食器が音を立てるようなこともない。座る姿勢も立つ姿勢も下手な貴族より美しく整っている。
「私はあなたが幼い頃に貴族教育を受けているものだと思っていたのだが、間違いだろうか? 平民として見るには所作が美しすぎるのだよ」
「……いえ、貴族の教育は受けていません。その……最初に居た修道院が厳しかったからではないでしょうか」
 視線を泳がせ、誤魔化そうとしている。
 どうもリリアンヌは嘘を吐くことが苦手らしい。
 その手がかりが彼女の出自を導き出してしまいそうだ。
 出自を知られたくないのだということは理解したつもりだ。しかし、隠し事が下手なのだろう。
 このままでは、いつか誰かに気づかれてしまう。
「貴族には貴族の生活がある。あなたには不自由に感じてしまうかもしれないが、公の場に出るときに備え、少しだけ作法を学んで欲しい。それ以外の時はあなたの好きなように生活して構わない。勿論、祈りの時間に他の用事が入らないよう配慮する。不安や不満は全て私に伝えてくれ。できる限りあなたの過ごしやすい環境を整えよう」
 帝国の暮らしはリリアンヌにとって辛いものになるかもしれない。彼女が敵国の出自だと知れば良く思わない人間も多いだろう。そんな人達からリリアンヌを護らなくてはいけない。
 今のラファーガはリリアンヌに拾われた頃の無力な男ではない。ある程度の権力と地位を手に入れた。いざとなれば自称親友である皇帝の力を借りられる程度の地位を。
 リリアンヌは目を伏せ、それから困ったような笑みを見せる。
「ラファーガ、私はそれなりに覚悟を決めてきたつもりです。確かに、慣れないことも多いでしょう。これはきっと私に与えられた試練なのです。あの時あなたを試したことも含め。今度は私が乗り越える番です。できれば、あなたには見守っていただきたいのですが……あなたという人は言葉と同時に行動が出てしまいますね」
 そう言われ、確かに大人しく見ているだけなんてことは出来ない性格だと納得する。
「リリアンヌはなんでも見通しているようだな。しかし、必要な時はいつでも頼ってくれ。私はあなたに頼られたい」
 もう縋るばかりの無力なラファーガではないのだと証明したい。
 そう考えたとき、無意識に彼女の手を握っていた。
 初めは困惑を見せたリリアンヌは、優しく握り返してくれる。
「ありがとうございます。ラファーガ、この先は私にはわからないことがたくさんあると思います。頼りにしています」
 まるで村の子供達と接する時のようにそう答えたリリアンヌは優しく笑む。
 そんなリリアンヌにラファーガの心はまた傷ついたのだった。
 
 
 
 
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