シスターリリアンヌの秘密

ROSE

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五年後

17 垣間見る人生

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 リリアンヌは約束通り町の中を案内してくれたが、その案内はラファーガの想像とは全く違うものだった。

「このお店は便箋が豊富で、すぐ隣でお手紙を出せます。王都まででしたら……一月程で届くはずです」

「こちらの店主はとても親切で野菜の切れ端を分けてくださいます」

「こちらのお店は村の手工芸品を買い取ってくださって……」

 国境の村基準で生活に必要な範囲を案内される。
 てっきり観光案内をしてくれるものだと期待していたラファーガは衝撃を受けるとともにそれすらリリアンヌらしいと笑ってしまった。
 リリアンヌは時折顔見知りらしき人々と言葉を交わしながら、町のあちこちを案内してくれた。
 そして、屋台料理を楽しみたいと口にすると、値切り交渉までして見せた。
「あなたは本当に……町に溶け込んでいるな」
 思わずそう口にすると、リリアンヌは嬉しそうに笑う。
「本当ですか? 田舎暮らしが長いので、もっと田舎者に見られるかと思いましたが安心しました」
「あ、いや……ああ。そうだな。この町の住人だと言われても信じるよ」
 この町も十分田舎であることを彼女は理解しているのだろうか。
 そう考え、彼女を帝都に連れて行けばどんな反応をするのだろうと楽しみになる。
 田舎の人間には二種類いる。都会に憧れる者と、都会は人間の住む場所ではないと感じる者だ。
 なんとなくリリアンヌは後者なのではないかと考えつつ、ラファーガは串焼きの肉に齧りついた。
 貴族が外で食べ歩きなど、以前のラファーガであれば論外だと断っていただろう。しかし一度死にかけた身だ。なにをしたって構わないと思うようになると人生は喜びに満ちているのだと気がつく。
「ああ、これは素晴らしいな。素材の味がそのまま感じられる。素晴らしい品だ。リノにも持ち帰ってやりたいのだが包んで貰えるだろうか?」
「これは冷めたら美味しくなくなりますから、店主が嫌がります。夜にリノを連れてきましょうか?」
 リノは帝都への報告や、部下からの連絡への対応に忙しいので宿に置いてきた。
「いや、またの機会にしよう。リノは早く出発したがっている。無理についてきたから仕事が積み上がる一方なのだ」
「まあ、それは大変ですね。では、あまり長居しない方がいいでしょう。必要な物だけ購入し、荷造りをしましょう」
 荷造りとはリリアンヌではなくラファーガとリノのことを言っているのだろう。リリアンヌの荷物は本当に着替えと鞄に収まる小物しかないのだから。
「あなたを急かすつもりはないのだが……心遣いに感謝するよ」
 長く暮らした地をもう少し見て回りたいだろうと考えたが、どうもリリアンヌは場所や物に執着しないらしい。
 無欲という言葉を通り越して突然消えてしまわないかと不安になるほどだ。
「無理はしないでおくれ」
 そう、声をかけても彼女は微笑むだけだった。

 菓子や保存食を少し購入し、それから馬車の支度をする。
 しかし、目の前に馬車が現れた瞬間、リリアンヌは硬直した。
「この馬車は椅子に工夫をしていて長時間座っていても疲れにくい。だから、あなたも快適に……リリアンヌ? 顔色が優れないようだが大丈夫か?」
 なぜだろう。馬車を目にして顔色が悪くなっている。
「あの……私は馬車の隣を歩きますので……」
「いや、いくらあなたでも馬車には追いつけないだろう」
「……その……馬に乗ってもよろしいですか?」
 困り果てたリリアンヌが絞り出すようにそう訊ねる。
 まさか。
「リリアンヌ……あなたは……馬車が怖いのか?」
「……はい……その……囲われた馬車が苦手で……あの、荷馬車の後ろでしたら平気です。でも……」
 貴族様の立派な馬車は苦手です。
 耳を澄ませてようやく聞き取れるほどの小さな声で彼女はそう口にした。
 リリアンヌが貴族に苦手意識を持っていることはなんとなく理解していたつもりだ。
 しかし、馬車まで苦手とは想定外だ。
「狭いところが苦手、ということだろうか?」
「いえ……その……幼い頃に馬車で事故にあったことがあって……ええ、これも乗り越えるべき試練なのだと理解はしています。ですが……うっかり馬車を壊してしまわないか心配で……」
 自身の怪力を理解した上で案じているらしいことは理解したが、それだけではなさそうだ。
「苦手なことは無理をしなくていい。荷物を馬車に載せて、私たちは馬で移動しよう。その方が、道中を見て回りやすい」
 元々観光しながらゆっくり帝都へ向かうつもりだった。
 ラファーガはリリアンヌの手を握る。
 随分怯えていたのだろう。指先がすっかり冷えてしまっていた。
「私はあなたと過ごすためにたっぷり休暇を取った。リノだけ先に帰らせてもいい。それに、あなたに見て欲しい場所がたくさんあるのだ。のんびり旅をしよう」
 ラファーガは帝国の地図を頭の中で浮かべながら、リリアンヌが楽しめそうな場所を考える。
 賑やかで派手さを感じられる場所よりは自然豊かでのんびりとした時間の流れを感じられる場所の方が好みだろう。
 図書館に案内するのもいい。
「ありがとうございます。ですが……ええ……急ぐときはどうぞ私を置いて先へ進んで下さい。歩いて追いつきます」
「……同行してくれる気持ちだけ喜んでおくよ。あなたは……本当に頑固だ」
 目的地まで辿り着く気持ちもあるらしいが、どうも途中で置いて行かれることが前提になっているらしい。
 もしや、過去に山奥で放置されるようなことがあったのだろうか。
 探らないと誓ったはずのリリアンヌの過去が気になって仕方がない。
 けれども彼女から話す気になるまでは待つべきだろう。
「荷馬車は平気だと言っていたな。どこかで荷馬車を買えば……いや、馬の方がまだ快適だろうな」
「あの……ラファーガ? あなたにとって、なんでもすぐに購入しようとすることは普通なのですか?」
 遠慮がちに訊ねられ、無駄遣いを指摘されたような気がしたラファーガは姿勢を正す。
 気遣ったつもりが裏目に出てしまったようだ。
「あ、いや……決してそう言うわけではないのだが……」
 なんでも金で解決する貴族に見られてしまっただろうか。
 リリアンヌの視線を気にしてみたが、彼女はそれ以上なにも口にしなかったためその心は推測できなかった。
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