シスターリリアンヌの秘密

ROSE

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五年後

19 想像したくない姿

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 嫌われてはいないと信じたい。
 けれどもリリアンヌとは気まずい空気が続いている。
 いや、リリアンヌは普段通りに会話をしてくれる。ただ、ラファーガに後ろめたい気持ちがあるから気まずく感じてしまうのだ。

 その日は少し賑やかな街に辿り着いた。
 帝都には負けるがそこそこ都会と呼べるその街は祭りの最中だった。特に目を惹くのは筋肉自慢達の集う舞台だろう。

「まぁ……素晴らしい……」
 リリアンヌも筋肉自慢達に目を惹かれたらしい。やはり女性はああいった男たちを好むのだろうか。
 ラファーガも素晴らしい肉体美を注意深く見る。並大抵ではない鍛錬を積んだ者達であろう。その努力に敬意を抱く。
「筋肉国宝……」
 うっとりと左端の男性を見つめるリリアンヌにラファーガは思わず焦りを感じた。
 ラファーガだって日々鍛えている。残念ながらリリアンヌに見せる機会がないだけで決して劣ってはいない。と、言いたいところだが、あの肉体美には敵わないだろう。
 これはもっと鍛えなくてはいけない。
 思わず自分の胸に触れた途端、またリリアンヌの声が漏れる。
「先祖の大胸筋を見てみたい……」
 一体なにを言っているのだろう。
 うっとりと、中央の男性を見つめるリリアンヌ。確かに素晴らしい大胸筋だ。
「あそこまで鍛え上げるには眠れない夜もあったでしょう……皆様素晴らしい……私も見習わなくては」
 溜息交じりの声を漏らすリリアンヌに耳を疑う。
「待ってくれ、正気か? あなたはあんな肉体を目指すつもりなのか?」
 思わず訊ねずにはいられなかった。
「え? ええ。やはり引き締まった肉体は憧れ……ませんか? あ、やはり女性は筋肉より脂肪がある方がよいのでしょうか?」
 まるで自分が女性であることを忘れていたとでもいうような発言にラファーガは困惑してしまう。
 どうもリリアンヌはずれている。
「あーいや、ほどほどが一番だとは思うが……あなたがあそこまで鍛え上げた姿は……想像したくないな……」
 そもそも見える筋肉を身に着けずともリリアンヌは常人ならぬ怪力の持ち主だ。
 どういう仕組みなのかはわからないが、とにかく彼女は人間離れした力を持っている。
 一体あの細い腕のどこにそんな力が……。そんなことを考えながらリリアンヌの腕を凝視している間に、彼女が【筋肉国宝】と称した男性が優勝したらしい。
「ラファーガ! 彼が優勝のようですよ!」
 嬉しそうに飛び跳ねるリリアンヌの姿は幼子のようだ。
 彼女が喜ぶ姿を見られるのは嬉しいが、他の男の勝利を喜んでいるとなると複雑な心境だ。
「あの素晴らしい筋肉に挑む……ラファーガも行きませんか?」
「は?」
 一体なにを言われたのか理解する為に数分必要だった。
 よく見れば貼り紙がある。

 筋肉自慢と勝負!
 勝者には賞金と記念品!

 雑な上に所々文字が反転していたりするが地元の人間が手作業で作ったのだろう。
 しかし、筋肉自慢と勝負とはなにをするのだろうか。
 ラファーガは落ち着かない気分になったが、リリアンヌは今にも飛び跳ねそうなほど楽しそうだ。
 彼女の視線の先には既に行列が出来ている。
 筋肉自慢と力比べをするらしい。
 力比べ。
 どう考えてもリリアンヌの圧勝ではないか。むしろ参加させて大丈夫なのだろうか。
 不安になってしまう。
 リリアンヌがうっかり筋肉自慢に怪我をさせてしまわないか。
 いくら彼女でも手加減くらいは出来るはずだ。
 しかし、力比べか。
 ラファーガは筋肉自慢を見る。
 確かに素晴らしい筋肉ではあるが、あれは魅せる為の筋肉だ。それに、力比べであれば多少のコツさえ理解すれば勝てそうだ。
 リリアンヌの後を追い行列に加わる。
 今のところ筋肉自慢の勝利が続いているらしい。
「あなたは、意外とこういった行事を好むのだな」
「賑やかなのは好きです。それに、力比べ……わくわくしますね」
 リリアンヌは己の肉体を鍛え上げることに関しては貪欲なのだろう。
 見ていないところでどんな鍛錬を積んでいるのか。
 すぐにリリアンヌの番が回ってくる。
 そして。

 瞬殺。

 そんな表現がしっくり来るほど、目にも留まらぬ速さでリリアンヌが勝利した。
「あら? まだ開始の合図が出ていませんでしたか?」
「も、もう一度!」
 筋肉自慢の方が慌てている。それもそうだ。修道女に負けたなどと認められるはずもない。
 審判が注意深く二人を観察し、再び開始の合図をする。
 結果はやはりリリアンヌの勝利で幕を閉じた。



 リリアンヌが筋肉自慢に勝利してしまったからなのか、それに加え彼女の美貌がそうさせたのか審判が彼女を舞台に上げ、彼女が筋肉自慢大会の優勝者の如く挑戦者達を返り討ちにしていった。
 当然、ラファーガも勝てるはずがなかった。
 こういった勝負には攻略法が……などと考える間もない。物理法則なんて信仰の前では無意味とでも言うように、リリアンヌの腕はびくりともせず、ラファーガは敗北した。
 そしてリリアンヌは祭りで贅沢な食事を出来るほどの賞金と、優勝者の証という手作り感満載のメダルを受け取り満足そうに舞台を下りた。

「ラファーガ! 賞金を頂きました!」
「ああ、素晴らしい活躍だったよ」
 ついでに会場の机まで破壊していたが皆老朽化だと片付けてくれた。
「リノにもお土産を買って帰りましょう。あ、と……あれを食べてみたいのですが……」
 買ってしまってもいいものかと悩む様子を見せるリリアンヌ。
「あなたが手にした賞金だ。好きな物を買うといい」
「ですが……私には贅沢すぎるかと……」
 なにをそんなに悩んでいるのだろう。
 彼女の視線の先を確認する。
 綿菓子だ。
 そんなに高価な品ではない。むしろ、庶民の子供達でさえ手にできる品だ。
「リリアンヌ、私も丁度食べたいと思っていたのだが、一人では多すぎる。半分にしないか?」
 そう、声をかければ、言い訳を与えられ安心したのだろう。嬉しそうに頷き、屋台に綿菓子を買いに走る。
 年相応、というよりは子供のような動きだ。
 まるでずっと抑圧されていた彼女自身を解き放っているように見えた。
「……リリアンヌにも休息は必要だ」
 折角言い訳を用意したのに、店主がリリアンヌの美貌を褒め称え、ついでにおまけと綿菓子を二つ持たせてしまった。
 困惑し、申し訳なさそうな様子を見せたが押し負けたリリアンヌは困り果てた表情で戻ってくる。
「あの……ふたつになってしまいました……」
「ふふっ、親切な店主だな。では、片方はリノへの土産にしよう。大丈夫。宿に帰るまでにしぼんでしまったりはしないよ」
 そう告げ、片方の綿菓子を預かる。
「はい。では、ラファーガ、半分こにしましょう」
 リリアンヌは手に持った綿菓子を少し千切る。
 ふわふわとした感触を楽しんでいる様子だ。
「あなたの居た村ではこういった物はなかったのか?」
「ええ。祭りの時も串焼きの肉や蒸した野菜などを用意していました」
 それでも村ではご馳走だっただろう。
 リリアンヌの持つ綿菓子を少し千切り、口の中に運ぶ。
 優しい甘さが溶けていく感覚はどこか懐かしさを感じた。
「不思議だな。私はあまりこういったものは口にしないのだが……懐かしさを感じる気がするのだ」
「ふふっ、そうですね。初めて食べたはずなのに、不思議です」
 リリアンヌは綿菓子が相当気に入ったらしい。少し千切っては口の中で溶ける感触を楽しんでいる。
 もっと早く出会いたかった。
 少女の彼女を見たかった。
 そう思うと同時に、少女の彼女に出会ったところで全く相手になどされなかっただろうなと思い直す。
 少女の彼女に出会うと言うことは、ラファーガも少年だったということだ。あの兄の真似ばかりしたがった少年に。
 いつも二番手でどこか劣等感を抱え込んでいた、強がりな少年。
 あの姿を、リリアンヌに見られたら……いや、リリアンヌであればどんな姿であっても受け止めてはくれるだろう。
 そこまで考え、では、ラファーガはどうだろうかと思い直す。
 もし、リリアンヌが命の恩人でなければ、今ほど執着しただろうか。
 思わず、視線がリリアンヌに向く。
 もし、彼女が恩人でなければ……。
 只野迷惑なつきまといになっていたかもしれないな。などと考え、溜息が出る。
 現状を考えれば死にかけたことさえ幸運なのだ。
「ラファーガ? あの……あっ、私、食べ過ぎていましたか?」
 どうやら視線の意味を誤解されてしまったらしい。
 慌てて残りの綿菓子を押しつけようとする彼女は、年下の子供の分までお菓子を食べてしまいそうになった年上の子供のようだ。
「いや、私はもういいよ。あなたがあまりにも幸せそうに食べるものだから……屋敷でも綿菓子を作らせようかと思ってね」
 いや、綿菓子くらいなら自分でも作れるだろうか。
 あまり料理の経験はないが、手製の綿菓子を贈ればリリアンヌも少しは喜んでくれるだろうか。
 リリアンヌをその場に待たせ、店主に綿菓子の道具の購入方法や作り方の手順を訊ねる。
 呆れ顔の店主は、理由を聞くと腹を抱えて笑い出し、それから親切に事細かく教えてくれた。
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