シスターリリアンヌの秘密

ROSE

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五年後

23 彼女の試練

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 グラーシア侯爵家の屋敷は帝都の一等地とされる立地にある。
 広大な庭もあり、ラファーガの母が愛していた薔薇を各地から集めて育てているため薔薇の名所としても有名になっている。
 リリアンヌが望むのであれば新たに礼拝堂の建築をできるだけの土地もある。
 問題は、門の前でリリアンヌが硬直していることだ。
「……あ、あの……」
 なにかを言いかけて、リリアンヌは言葉が出てこないようだ。
「リリアンヌ? なにか困りごとが?」
 もしや宗教上の理由でよくない装飾でもあったのではないかと不安になってしまう。
 折角結婚に同意してくれた彼女が宗教的な理由で去ってしまうことは避けたい。
「い、いえ……あの……ラファーガはここで育ったのでしょうか?」
 リリアンヌは門を、そしてそこから垣間見える庭と建物を観察している。
「幼い頃は領地で過ごしていたが学生になってからはこの屋敷で過ごす時間の方が多かったかもしれない。この屋敷になにか問題が?」
 特に信心深い家庭ではなかったので彼女の信仰に敵対するなにかがあるようには思えない。
「いえ……その……立派すぎて驚いてしまいました」
「へ?」
 仮にも侯爵家の別邸だというのにそのような驚き方をされる方が驚いてしまう。
 そもそもリリアンヌこそ王家の人間で幼い頃は王宮で過ごしていたのではないだろうか。
「道に迷ってしまいそうですね」
「あ、ああ……いつでもあなたを案内できるように私が居られないときは使用人を常に置いておくよ」
 それとも屋敷のあちこちに案内板を設置した方が彼女の気が楽になるだろうか。
「これからはここがあなたの家だ。快適に過ごせるように部屋も王国風に整えてはあるのだが、気に入らなければ好きに改装して構わないよ」
「私は眠る場所さえあれば問題ありません」
 また同じ答えを貰ってしまう。
 リリアンヌという女性はよくわからない。だが、ちらりとラファーガの方を見て、なにかを要求するような視線を向けた。
「リリアンヌ?」
「えっと……そろそろ……修道服に戻ってもよいでしょうか?」
 もう帝都に入ったのだ。追っ手の心配はないだろうとその視線が批難しているようにさえ感じられた。
「あ、ああ……あなたの望むように。えっと……必要であれば新しい修道服も用意させよう」
 どうしても修道服が着たいらしい。それが単に憧れだったとしても。
 リリアンヌは手荷物から頭巾ウィンプルを取りだし手慣れた手つきで身に着ける。
 どうしてだろう。その姿を見るとラファーガは安心した。
 彼女に普通の女性として妻になって欲しいと考えた時期もあったが、リリアンヌが修道服を着ていると安心する。
 得体の知れない彼女を修道女と思い込むことで安堵したいのだろうか。
「ラファーガ様、そろそろ中へ」
 リノが遠慮がちに声をかける。
「ああ、そうだな。リリアンヌ、使用人達を紹介しよう。そしてあなたの部屋に案内するよ」
 手を出せば、リリアンヌは胸の前で手を組み深呼吸し、それからすっと手を取った。
「はい。お願いします」
 そう返事した声はどこか力強さを含んでいる様に感じられた。



「私の妻となるリリアンヌだ。皆そのつもりで接して欲しい」
 そう紹介すれば使用人達がざわめいた。特にメイド達からは批難の視線を向けられているような気がする。

「旦那様、いくらなんでも修道女に手を出すなんて……」
「戦場で一目惚れした相手だとは聞いていたけれど」
「修道院に入るなんてなにか特別な事情がある人でしょう? そんな人を侯爵家の奥様にだなんて……」

 ひそひそと話しているつもりなのだろうが筒抜けだ。そして当然リリアンヌの耳にも入るだろう。
「すまないリリアンヌ……使用人を入れ替える必要があるようだ」
「いえ、問題ありません。彼女たちから仕事を奪わないであげてください」
 リリアンヌは王国訛りが強く出る話し方で答えた。
 まさかとは思うが、意図的に王国人であると見せているのだろうか。ラファーガは少し不安を抱いた。
 リリアンヌはあえて使用人達からの恨みを買おうとしているように見える。そんなことをしては彼女の立場が悪くなるだけだろう。
「申し訳ございません、リリアンヌ様。メイド達は教育し直します」
 リリアンヌに頭を下げたのはメイド長のベルタだ。
「気にしないで下さい。私が余所者であることは事実ですし、本来であればラファーガと共にあるような人間ではありませんから」
 少しだけ困ったような笑みを見せるのは、リリアンヌがラファーガによく見せた表情に似ている。
「これは私の試練です。ラファーガ、なにか問題が起きたとしても我が神が私を試されているだけなのです。あなたが心配することはありません。神は必ず、私が乗り越える術も備えてくださっています」
 リリアンヌはきっと本心でそう口にしているのだろう。だからこそラファーガは傷ついてしまう。
「……それは……つまり、あなたにとって私との結婚が試練だとでも言うようではないか……」
 そもそも彼女はラファーガの生きる支えの為に誓ってくれたようなものだ。結婚にだって乗り気ではなかった。それでも、約束だからとこうして一緒になる決意をしてくれたのだからこれ以上求めてはいけないのだと頭では理解しているつもりだ。
 それでも、傷ついてしまうことは仕方がない。
「ラファーガ、それは少し違います。私は、自分で選択してここに来ました。あなたに必要とされる私でありたいとも思っています。ですから……ごめんなさい。言葉で伝えることは得意ではありません」
 リリアンヌの手が伸びてきたかと思うと小さな両手で頬を包まれる。
「あなたが生涯の伴侶に選んで下さったことを光栄に思っています」
 真っ直ぐ見つめる瞳にどれほどの魔力があるのだろう。
 ラファーガは目を逸らせなかった。
「あなたは……本当に酷い女性だ……」
 思わずそんな言葉が漏れる。
「……そんな風に言われては浮かれ上がってしまうではないか」
 彼女がしたようにその頬に触れようとすれば、すり抜けるように離れられてしまう。
「リリアンヌ?」
 急に背を向けられてしまい、ラファーガはただ困惑する。
「……これは……試練……」
 震えるリリアンヌが漏らした小さな声を微かに拾ってしまった。
 そんなにも触れあうことが嫌だったのだろうか。
 彼女との間の巨大すぎる溝に寄り深く傷ついてしまった。
 
 
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