シスターリリアンヌの秘密

ROSE

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五年後

29 語られる過去

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「私には二人の弟がいました」

 ぽつりとリリアンヌが話し始めた。
 不思議なことに、彼女は弟の存在を過去形で語る。カルロスからの情報によると彼女の弟は存命で今も彼女の消息を追っているというのに、彼女は既に弟など存在しない物の様に語るのだ。

「私はよき姉でもよき娘でもなかったでしょう。生まれつき不安定な魔力を持っています」
 そう口にした時、彼女の手は震えていた。思い出すことも耐えがたいのかもしれない。
「私は私の力がとても恐ろしい物だと知っています。それなのに、私の生まれた家は、私に更に大きな力を与えようとしました。それは権力です」
 リリアンヌは息を吐く。それは気持ちを落ち着かせるために必要な行為だったのだろうが、その姿が妙に悩ましく見えてしまう。ラファーガはそんな己の浅ましさを心の中で嫌悪しつつ彼女の話の続きを待った。

「既にカルロスが明かしてしまいましたが、私の生まれた家は王家でした。王国では王位継承者に家名を与えません。私は生まれつき非常に魔力が大きく、最初の子だったため玉座に最も近い存在でした」
 しかし。と彼女は続ける。
「弟が生まれました。玉座は男子が優先されます。そしてもうしばらくしてもう一人の弟が生まれました。しかし、二人とも私ほどは魔力に恵まれませんでした」
 弟の話になると彼女の表情が陰り出す。
 彼女が弟と口にする度に、肉親に対する親しみの情というものが一切感じられないことに気付かされた。
「私は玉座を望みませんでした。そして、末の弟が生まれた頃……我が神の声が聞こえるようになったのです」
 やはり。リリアンヌは神の声が聞こえるのだ。それが本物であるのか幻聴であるのかは別として。
「周囲の人間は誰も我が神の声を信じませんでした。だから……私は神に仕える道を歩みたいと父に願いました。しかし……私の立場ではそれが許されなかったのです」
 玉座に最も近かった王女を修道院送りになどできるはずもないだろう。
 ラファーガは黙って続きを促す。
「なので、私は神の声に従い、家を出ました。そして……修道院に駆け込んだところまではよかったのですが……」
「連れ戻されたのか?」
 思わず口を挟んでしまうと、彼女は否定するように首を振る。
「信仰の方向性が違ったのです。修道院の教えは我が神の声とは違う物でした。よいですか。ラファーガ。我が神の声には何者もなにも付け加えてはいけないのです」
 信仰の解釈違いが起こった後、彼女が取ったであろう行動が予測出来てしまい、ラファーガは目眩を覚えた。
「ちょっとした問題が起きてしまい……父に居場所が知られてしまいました。しかし、連れ戻された後も我が神に仕える道を歩みたいと説得を重ねている内に……父が折れてくださいました。そして私は家を捨て、ラファーガと出会ったあの村で過ごすようになったのです」
 中盤を暈かされすぎて肝心な情報が手に入らなかったような気もしたが、リリアンヌなりに譲歩して語ってくれたのだろう。そう思うと胸の奥から熱い物が込み上げてくるようだった。
「私は既に継承権を放棄しています。なので、ただの平民、リリアンヌのつもりです。しかし……弟達は頻繁に私との接触を求めてきました。手紙のやりとりくらいはと私も妥協していたのですが……」
 そこでリリアンヌは息を吐く。
「もしや村であなたを訪ねてきた男性というのは」
「かつての弟達です。どうしても……あの二人は仲が悪くて……はぁ……いつも相手の命を狙っているようなのですが、どうも……私を国に戻すことに関しては結託できてしまうようです」
「……しかし、あなたは弟達を過去に置き去りにしたような表現を使う」
 リリアンヌは頷いた。
「ええ、少なくとも、ラファーガと共に帝国で暮らすと決意した時には過去を全て捨てたつもりでした。しかし……追っ手まで差し向けてくるような人です。そこで……カルロスに遭遇し過去を暴かれてしまったような気分になりました。私は……ラファーガに隠し事をするべきではなかったのでしょう。あなたを問題に巻き込むことになりそうです」
 実はリリアンヌの出自に関しては気づきはじめていたと告げるべきか悩み、ラファーガは言葉を飲み込む。
「あなたに巻き込まれるのであれば大歓迎だ。むしろ私を巻き込むべきだろう。これは、つまり家族になるための試練のようなものだ」
 試練。その言葉にリリアンヌはハッとしたような表情を見せた。
「なるほど……これが我が神が私に課した試練だったのですね……」
 腑に落ちたとでも言う様子で、リリアンヌは祈りはじめる。
 彼女の過去以上に謎なのは、地を這うような低音で紡がれる古代言語の祈りだろうか。
 彼女は一体何処でそれを学んだのか。彼女の神は彼女に祈り方まで指導したのだろうかと疑問を抱かずにはいられない。
 けれども結局ラファーガはそれを問うことが出来なかった。どうしてもその一歩が踏み出せないのだ。
 見様見真似で祈ることはあっても、彼女の神に触れることが出来ない。
 リリアンヌの信じる神であれば信じるべきなのだとは思う一方で、彼女の崇める神は常人が触れていいような存在ではないように思えるのだ。
 
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