シスターリリアンヌの秘密

ROSE

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五年後

31 深まる疑惑

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 翌日会ったリリアンヌはいつも通りに見えた。
 普段と同じように祈り、食事を済ませ、リノが連れてきた家庭教師の授業を受ける。
 王国式で身についているものを帝国式に学び直す作業は彼女にとって苦痛だろう。
 それでもリリアンヌは嫌な顔ひとつせずに授業をこなしてくれているようだった。

「リリアンヌ様、また訛りが出ております」
「す、すみません……長い文章だと訛りが出やすいようです」
 こっそりと授業を確認しに行けば、丁度リリアンヌが叱られているところだった。
 どうやら王国訛りを指摘されているらしい。確かに普段の彼女は王国訛りが強いところもあるが、必要な時は帝国風の話し方も出来ている。
「やあ、先生。リリアンヌの様子はどうかな?」
「侯爵様、長年王国で過ごした方にしては優秀な方ですが、長文になるとどうしても訛りが出てしまうようです」
「短く区切れば済むのでは?」
 無理に矯正せず、リリアンヌの王国訛りは個性として受け入れてほしいものだ。
 しかし、この矯正は彼女を守る為に必要なことの一部なのだ。
「そうですね。完全に訛りを消せるまではそのようにした方がよろしいかと」
 リリアンヌの語学講師に雇った女性はマリーと言う名の元王国民だ。しかし今となっては誰もが彼女を帝国民だと認識する程度には訛りもなく文化にも溶け込んでいる。
 それに母国の人間の方がリリアンヌも少しは安らげるだろうと思った。
 しかし、リリアンヌの表情は暗い。
 過去を捨て国を捨てたとはいえ愛国心はあったのかもしれないし彼女の中の軸を否定してしまうような部分もあったのかもしれない。
「リリアンヌ、大丈夫か? 少し休憩を」
「いけません」
 マリーの厳しい声が響く。
「侯爵様、王国訛りで話さないでください。せっかく抜けかけたリリアンヌ様に訛りが戻ります」
 彼女に注意され、はじめて自分が王国訛りで話してしまったことに気づく。
 厄介なのは文法も単語も同じ癖に発音が微妙に違う点だ。あの村で過ごした時に刷り込まれていたのかもしれない。
「ううっ……手厳しいな。しかし、無意識なのだ。許せ」
 それでもリリアンヌの努力を邪魔することだけは避けたい。
 ちらりと彼女に視線を向ければ跪いて祈り始めた。
 もうそんな時間だろうか。
 外を見ても日没までにはまだ時間がありそうだ。
 しかしいつもよりもずいぶんと長い祈りの文句が紡がれている気がする。
「あれも、なんとかならないのですか?」
 マリーは不快そうにそう口にした。
「信仰は彼女の支えだ。それに王国の神を崇めているのだろう? 先生にも少しは馴染みがあるのでは?」
 なぜ母国の神を嫌悪するような様子を向けるのか。
 ラファーガは思ったままの疑問をぶつけただけのつもりだった。
 しかし――。
「まさか、王国ではあんな祈りはしませんよ。あれは邪教徒のすることです。侯爵様、リリアンヌ様が崇めているのは邪神ですよ。直ぐにでもやめさせるべきです」
 マリーはおぞましいものを見るような視線をリリアンヌに向けている。
 まさか。
 ラファーガは己の耳を疑った。
 しかしリリアンヌ自身、厳密には修道院に所属する修道女ではないだとか、修道院とは方針が合わないなどと口にしていた。
 つまり、彼女の信仰は邪教とみなされているのだろうか。
「どの神を崇めようが彼女の自由だ。なにより、私を救ったのは彼女が崇める神なのだから私の神でもある。彼女の祈りを止めることは私が決して許可しない」
 釘を刺したのはマリーが本気でリリアンヌを邪教徒だと思っている様子だからだろう。
 祈りを終えたリリアンヌが立ち上がる。
「ラファーガ、客人があるようですが追い返していただけますか?」
「客人?」
「はい、私と同じ髪色の背が高い男性が訪ねてくるようです。何度か訪れるようですが追い返してほしいのです」
 それは彼女の弟だろうか。
「あなたの望むようにしよう。だが、理由を訊ねてもいいだろうか?」
「まだ会うときではないのです」
 そう口にしたリリアンヌは目を閉じる。
 静かに息をして心を落ち着かせようとしているようだった。
「この後は踊りの授業でしたね。あまり得意ではないので……上達するまでは見られたくないのですが……」
「おや? では私に指導はさせてくれないと?」
 話題を変えたリリアンヌに合わせ、踊りの授業の話をする。
 が、どうしても気になってしまう。
 どうしてそこまで弟に会いたくないのだろうか。
 村を出たときに手紙を残した相手は弟だろう。
 素晴らしい兄しか知らなかったラファーガにとって、弟を避けたがるリリアンヌの心は理解し難いものだった。
「王国とは踊り方も違うのだろうか?」
「いえ、私が踊りの授業が嫌いで……実は抜け出していたのです」
「おや? あなたにもそんなお転婆な時期があったと? 信じられないな」
 会話の中でわずかに過去を教えてくれるようになった。それだけでも大きな前進だ。
「私は夜会であなたと踊る日が楽しみだよ」
「……修道服で出席してもよろしいのでしたら」
 くすりと笑う彼女の言葉は果たして冗談だったのだろうか。
 踊りの講師は家令のアーロンだ。
 彼が必要以上にリリアンヌに厳しくしないことを祈りながら、授業が中断されて終わったことに僅かながら不満そうな様子を見せるマリーを見送った。
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