シスターリリアンヌの秘密

ROSE

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五年後

34 本能的な不安

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 ミザリーを説得するのは骨が折れたが、それでもなんとか妥協点を探ることができた。
 リリアンヌが肌を見られたくない理由をそれとなく説明すればミザリーも強要できないだろう。なるべく肌の露出を避けたものをと図案の練り直しに戻ってくれたときには心から安堵する。
 彼女にどれほどの傷が残っているのかは知らないが、本人はとても気にしていることだ。ラファーガがどうこう言える問題ではないのだ。
 日没前の空を見上げながら、そろそろリリアンヌの祈りの時間だと思う。
 彼女が崇める神がどのような神なのか。
 皇帝に命じられた闇魔法の件が頭を過り、邪教や邪神についての知識も殆ど持ち合わせていないことに気がつく。
 神についてなら聖職者になりきっているだけという可能性を完全に否定することはできないが、それに近い生活を送ってきたリリアンヌの方が詳しいだろう。
 専門家が居るのであれば相談するべきだ。
 それでも事前資料くらいは用意しなくては。
 ラファーガは噂話程度の情報を資料としてまとめ、リリアンヌの部屋へ向かう。
「リリアンヌ、少しいいかな?」
 気持ちが焦ってしまったのだろう。
 ラファーガはノックを忘れ扉を開けてしまった。
「ラ、ラファーガ?」
 無防備なリリアンヌが慌てたように肌を隠す。
 しまった。
 そう認識出来ると、ラファーガは慌てて部屋を飛び出した。
「す、すまない。だが、そんなには見ていない……その、あなたが着替え中だとは思わず……」
 なんと美しい素肌だっただろう。ほんの僅かな時間だと言うのに、目撃してしまった彼女の裸体が目の裏に焼きついたようだ。
 気にするような傷痕などないように見えた。しかし、彼女が時折気にしたように触れる左肩……なにか模様のようなものが垣間見えた気がする。
 今、彼女が真っ先に隠したのも左肩ではなかっただろうか?
 婚約しているとは言え女性の肌をこのように思い出すのは失礼なこととは思いつつ、一度気になりだしたことを考えずにはいられない。
 脳内で目に入った模様を再構築してみようと試みるが、形作られるのは彼女の裸体ばかりだ。
「あの……ラファーガ? なにか御用でしたか?」
 困惑したような声と共に扉が開かれる。
「あ、ああ……その……あなたに少し教えて欲しいことがあって、だな」
 なんとなく彼女の顔を見られない。
 ラファーガは動揺を隠しきれないまままとめた資料を差し出した。
「近頃、帝都の治安が悪いようで……帝国ではあまり知られていない宗教団体が事件を起こしているらしいのだ」
 あまり邪教などという言葉を使うべきではないだろうとリリアンヌには少し暈かして伝える。
 リリアンヌは大人しく資料を手に取り、視線で文字を追った。
「……失踪事件、ですか。強引な布教活動をしているようでもなさそうですし……」
 資料に目を通しながら、リリアンヌは首を傾げる。
「確かに、教会とは別の考え方の人達がいるようですが、私に教えられることはあるのでしょうか?」
 リリアンヌは不思議そうな表情を見せる。
「私は宗教的な話にはあまり詳しくはないのだよ」
 リリアンヌに渡した資料は邪教徒の起こした事件の一部でしかない。
 ただ少なくない人間が失踪し、暴動を扇動するような動きも見られている。
 それだけではない。闇魔法の痕跡がいくつも見つかっている。
「私は魔術にも詳しくない。リリアンヌ、あなたであれば見覚えのあるなにかがあるのではないかと思って資料をまとめたのだ」
 現場で発見された痕跡のスケッチも追加してある。リリアンヌがなにかを閃いてくれるのではないかと期待して視線を向けたが、彼女は首を振るだけだった。
「魔術の痕跡は現場を直接見てみなくてはわかりません」
「そういうものなのかい?」
 優れた魔術師であれば話を聞いただけでなんでも理解出来てしまうのではないかと思い込んでいたラファーガにとって意外な話だった。
「私にわかるのは、この件に関わっている魔術師はとても……気配を隠すことが上手なのだと思います」
 リリアンヌは迷うように口にして、それから耳を澄ませる。神の声に耳を傾けているのだろう。
「……はい。その通りに致します」
 彼女が小さく答えた。
 ラファーガには彼女に語り掛けられた言葉を耳にすることはできなかった。けれどもリリアンヌはなにかを理解したのだ。
「ラファーガ、明日、私をその現場に連れて行ってください」
 それは頼み事のようであり、明確な命令だった。
 リリアンヌの声に不思議な強制力が宿っている。
「危険があるかもしれないが……いや、あなたなら問題なかろう」
 彼女の神が護っている。そうでないとしても、彼女程の実力者であれば自力で解決出来てしまうだろう。
「私にできるのは道案内程度だろうが、よろしく頼むよ」
「はい。私も、ラファーガのお役に立てるのであれば嬉しいのです」
 リリアンヌの声色が僅かに弾んで聞こえた。
 それは彼女が言うようにラファーガの役に立てるという喜びなのか、彼女の神が告げたなにかが彼女にとっての喜びを与えたものなのか。
 ラファーガには理解出来ない。
 けれども、なぜか本能的な震えのようなものを感じ取ってしまう。
「リリアンヌ、あなたの神は私を受け入れてくれるだろうか?」
 なぜそんな質問をしてしまったのだろう。
 一瞬、リリアンヌの瞳が黄金に輝いたように見えたが、目の錯覚だったのかもしれない。
「私の神、ではありません。ラファーガ、神は常に我らが神しか存在しないのですから、当然神はあなたのことを愛しておられます」
 心の底から唯一神を信じているとでも言うようなリリアンヌに寒気がする。
 どうしてだろう。
 愛する彼女と同じ神を信仰し、彼女に近づきたいと思っていたはずなのに、これ以上踏み込んではいけないと本能が告げているようだ。
「あ、ああ……私も、そうであることを願うよ」
 リリアンヌはラファーガの不安には気付いていない様子だった。
 奇跡を経験しているのだ。神の存在を否定したりなんてしない。
 しかし。
 畏れとでもいうのだろうか。
 ラファーガの本能が彼女の隣にあと一歩進ませてくれないのだ。
 
 
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