シスターリリアンヌの秘密

ROSE

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五年後

47 箪笥の中

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 少しばかり落ち着きを取り戻したラファーガは、騎士達からの事情聴取を受け屋敷へ戻された。
 しかし、リリアンヌは重要参考人として連行されてしまった。彼らはとても侯爵の婚約者に対する態度ではない。明らかにリリアンヌを下に見ている。
 ラファーガは騎士達に抗議したが、当のリリアンヌがそれを止めたのだ。なにも言うことはできなかった。
 しかし、騎士達からはリリアンヌに対する差別意識のようなものを感じ取った。リリアンヌが王国訛りで話すから、始めから彼女に罪をなすりつけると決めているような空気を感じ取ったのだ。
 朝一番に皇帝へ私的に抗議し騎士達への処分を考えなくては。
 ラファーガは真っ先に権力を使うことを考えた。
 しかし、その方法はリリアンヌを余計に苦しめるのではないだろうか。
 ラファーガは落ち着かない心のまま、リリアンヌの無事を祈り続け夜を明かした。
 そして、早朝。リリアンヌは戻ってきた。
 重い空気を纏って。

「リリアンヌ! 無事だったか」
 戻った彼女に駆け寄り、思わず抱きしめた。
 しかし、リリアンヌはやや疲れた様子でなにも口にしない。
 それだけではない。やんわりとした拒絶を見せた。触れられることを拒んでいる様子だ。なにかに怯えているようにさえ思える。
「なにが……あったのだ?」
 彼女を解放し、訊ねると、その唇から古代言語でなにかが零れた。
 それからはっとした様子でラファーガを見た。
「……すみません。お話が長くて、少し疲れてしまいました。こんな時間ですが……今日は休んでもよいでしょうか?」
 リリアンヌは遠慮がちに、それでも疲れ切った様子で言う。
 余程酷い目に遭ったのだろうか。
 ラファーガは怒りに耐えながらも彼女の寝室まで付きそう。
「なにかあったらこのベルを鳴らしてくれ。ベルタが来る。私も、今日は屋敷に居るよ。必要なものがあったらなんでも言ってくれ」
「……ありがとうございます。今の私に必要なのは……暗くて狭くて硬い床のある……箪笥ですね……」
 眠そうに欠伸をしながら、箪笥の扉を開けるリリアンヌに驚く。
「……あなたが……そこがくつろげるというのであればなにも言わないことにするが……枕と毛布くらいは持った方がよいのではないか?」
「……では、膝掛けを……」
 リリアンヌにとっては狭くて暗い空間であることの方が大切らしい。
 結局膝掛けひとつを手に取り、器用に内側から扉を閉めてしまった。
 静かな拒絶。けれどもそれはラファーガの心をざわつかせる。
 一体彼女になにがあったのか。
 騎士達がリリアンヌになにかをしたことは確かだ。
 彼らはリリアンヌを深く傷つけたに違いない。そう思うだけでラファーガは全身の血が沸騰するほどの怒りが湧き上がる。
 ラファーガは書斎に入るとすぐにペンを取る。
 やや走り書きではあるが、自信満ちあふれる文字で手紙を綴った。
「これをすぐにカルロスへ」
 あくまで私的文書だ。カルロスから預かった小鳥に手紙を持たせ命じる。
 鮮やかな赤い鳥は迷うことなく皇城を目指し、カルロスに手紙を届けてくれる。そして、皇帝の私的な文書を運ぶ鳥は誰も捕らえることが出来ない。特別な魔術で守られている存在なのだ。
 ラファーガはあまり魔術が得意ではないが、こういった補助的な魔術を嫌ったりはしない。
 そう、魔術自体は嫌っていないのだ。
 だと言うのに……魔術という響きにおぞましいなにかを感じ取ってしまう。
 近頃は魔術と耳にする度にどうしてもリリアンヌが崇めるあの『神』が浮かんでしまうのだ。
 リリアンヌの無事を思わず祈った先もあの『神』だ。
 幸い、祈った間もその後もあのおぞましい語りかけは聞こえてこなかった。
 しかし、リリアンヌの喜び様を考えると彼女の『神』はラファーガを認識し、語り掛けてきているらしい。
 それは、本当に『神』なのだろうか。
 もし、あの存在が別のなにかだとすれば、リリアンヌへ向けられる疑惑はより強いものになるだろう。
 ラファーガが思考の渦に迷い込んでいる間に、カルロスが到着したことを知らされる。
 席は庭に用意させ、そこへ向かう途中、リリアンヌの部屋の前を通る。
 その時だ。
 部屋の内部から女性の悲鳴が聞こえたような気がした。
「何事だ!」
 思わず勢い良く扉を開き、中へ入る。
 しかし、部屋の中には誰もいない。
 だとしたら悲鳴の主はリリアンヌなのではないだろうか。
 ラファーガは慌てて箪笥の扉を開いた。
 そして。
 跪いて頭を下げながら必死に祈るリリアンヌの姿を目撃する。
「……リリアンヌ?」
 一体なにが起きているのか。
 ラファーガの全身から血の気が引く。
 なにかに認識されてしまった。
 得体の知れないなにかがラファーガを見ている。
 そんな感覚に包まれたかと思うと、そこでラファーガの意識は途絶えた。
 
 
 
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