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十字架

デートの予定が入りました

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「ぼーっとしちゃって~、そんなにヴェンデッタのことが気になるの?」

「まあ……気になる……というか、こっちが気になられてるというか……」

 自分でも何を言ってるか分からなかったが、今の僕にとって『ヴェンデッタに見つめられている』という奇っ怪な感情を表現するためにはコレしかなかったのだ。

「私のことは~……気にしてくれないんだ?」

「……え」

 急にコイツ……どうした?!

 え、え……いやいや、リコってそんなキャラじゃなかったよね? 何で急にそんな誘うようなことを……

「デート、しよ?」



 瞬間、視界が完全に固定された。
 まるで一瞬にして、全てが氷に閉ざされたかのように固まった。
 ゆらゆらと体を揺らしながらも、彼女はそう言い切って見せたが……

 デ……デー……デート?


「は……はへ……ふ?」

 すまないが、本当に何を言っているのか分からなかった。僕たちはいつの間にそんな関係になったんだ、いつの間にデートなんぞに誘われるような関係にまで発展したんだ?!?!

「まあデート……っていうか、一緒に散歩してほしいだけなんだけど~……」
「それをデートって言うんだよ」
 

 な……なんで、デート?

「……と言うか、一緒に行きたい場所があるだけ!!!!」
「は……はあ……?」


 僕の手を勢いよく引いて、リコは格納庫のドア目掛けて一直線に駆け出した。……手を引かれてる時点で、僕も巻き込まれてるのだが。



「ちょちょちょ、一体どこに行くつもりで……」
「ちょ~っと外までついてきてもらおっかな~?」
「僕に拒否権はないのか……!」

 手を引かれて走る、なんて経験、実際にはそうそうないから、意外と新鮮な感じはした。
 何より———ほんの一瞬だが、真っ正面から見つめてしまった。

 まるで何かを追い抜くように、必死で走る君の姿を。


◇◇◇◇◇◇◇◇



「っはー! ついたーーっ!」

 木々の間を吹き抜け、身を摩るそよ風が心地良い。
 その風と共に、暖かな日差しがぎゅっと僕たちを包んでくれる。

 
 ……リコに連れてかれた先は、そんな丘だった。

「寮舎から抜け出して……大丈夫なの?」
「だいじょぶだいじょぶ! いざとなったらさ、私が責任を取るっ!」

 胸の真ん中に、サムズアップした親指を突き立て、自信満々にそう言い放つリコ。……いやあ、コイツが責任を取るとか信用に値しないんですけど……


「それにしてもこの丘……何でこんなところに、僕を?」

「最後かもしれない……からね、君と会うのは」



 ああ、そうか。
 きっとそうだよな、戦争が起きてるから……さっきも言ってたもんな、『生還祝い』だとか。

 きっと、そうだよな。



「世界を救った救世主……って知ってる?……いやあ、知ってるよね、知らなきゃ……おかしいよね」

「白……って人でしょ?……まあ確かに、知らなきゃおかしいとは思う常識だろうけど」

「この丘はね、その白って人が、その恋人と一緒に訪れた丘なんだって。……そして、その訪れた際には、この丘の向こうに虹が見えたんだって!」

 万年の笑みでリコは語るが……って、それは違う。本当にあの人たちが見たのは虹じゃない。

 そもそも、雨なんて降ってなかった。……らしいんだ。

「……それ多分、話が歪曲して伝わってるよ。『その日はよく晴れた心地よい日だった』———みたいなことを、僕の師匠が———サナさんが言ってたからさ」



「違うよ。あの人たちが見たのは、澄んだ青空でも、少し濁った白い雲でもない。……あの人たちにとっての『虹』は、もっと大切で、そしてもっとどうでもいいものだった。

 ……だから私は、それを見つけたい。それを見出したい。そのために、ここに来たの」


 優しく言い切って見せたその笑顔には、どこか不安な色も入り混じっていた。

 ……でも、その時の彼女の笑顔は、紛れもなく本物で。
 純粋に、自分の見たいものを追い求める、勇者のような目をしていた。


「……でも、そのために僕をここまで連れて来たの?」

「そう、君の———ううん、と、私の。2人の『虹』を見つけにね。

 ホントは私、嬉しかったの。ホントは最初、君に話しかけた理由は、あんな単純なものじゃなかったの。ホントの気持ちは、ずっと心に押し留めてた。

 ……でも、そんなホントの気持ちを隠した私にちゃんと接してくれたこと、それにありがとうって———言おうと思ったから。

 ……くだらないよね、帰りたいならいつでも帰って……いいよ」



 ああ、僕って———今の僕って、嬉しいんだな。嬉しいと、そう感じてしまってるんだな。

 自覚。
 ハッ、とさせられた。今の言葉が、

 分からないけれども、それでも今の一瞬で僕は———少しそう、感じてしまった。

 今までだって、意識はしていたんだ。でも、明確な気持ちは持ってなかった。いや、明確に自覚していなかっただけなんだろう。

 でもその気持ちは、今の一瞬で確信へと変わった。


 だったら、今この場で僕が言える言葉は、何だろうか———と、今一度思い詰めて考える。
 そうして、ようやく浮かんだ言葉が———コレだった。



「だったらいつか、僕は君に見せるよ。……僕だけの、僕なりの———虹を」


「じゃあ———見せてね、。……約束だよ?」



 本人は陽気に言ってのけたつもりなのだろうが、僕は気付いてしまった。
 その瞳の視線が、僕より遠くの何かを、見透かしているように向けられていることを。
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