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其は天命の刻、誰が為の決意

僕の気持ち。

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「……だから、何をそんなに思い詰めた顔をしておると言っておるのだ。胸を張れ、ヴェンデッタ2号機パイロット」

「あ……はわ……あ……」

 僕の側に、僕のすぐ横にいて、尚且つ……のリコみたいにこっちを覗くその姿は———人界王だった。

「いやあの……なんでこんなところに……あなたが……? あの、ヴェンデッタ1号機の後部座席に乗ってるはずじゃないんですか……?」

「フン、あの場は退屈だ。誰が窮屈なコックピット内を好もうか。
 それよりお主、先程の顔は何だ? なぜ貴様のような実力者が、あのような浮かない顔をしておるのだ」

「いやあ……別に、何でも……」

「何でもない、という回答はなしだ。我に分かるように、何がお主をそこまで迷わせているのか教えよ、と言っておるのだ」

 な……何でだ?! 何で人界王ともあろう人が、そんなどうでもいいことを知ろうと躍起になってるんだ……!

「……我は下々の者の悩みの種が知りたいのだ、さあ、我に悩みを打ち明けるが良い!」

「命令じゃないのなら、個人的な理由で拒否しますけど」

「命令だ」

 どうも人界王は引く気がないらしいので、もう全部諦めて言うことにしてしまった。

「………………気になってる、人で……」

 人界王の顔面が、何やら面白い話を聞いたようににやけ始めた。言うべきではなかった。

「すっ……すす、気になってる……人の……事で、色々と……」

「ほお……?」

「その……気になってる……人が、今……貴方の命を狙っているかも……しれないんです。

 ……でも、僕は彼女に———せめて敵だったとしても、彼女に伝えたい言葉があるんです。

 本当にくだらない一言だし、ただ『ありがとう』と言うだけ……なんですけど、にに、日常会話でも言えたには言えた……んですけど、やっぱりどこか言いづらくて……」

 その言葉だけで、今は分かってもらえるような状況だった。つまりはその『気になっている人が敵にいるかもしれない』と言う事なのだから。

「ありがとう、だと?……伝える言葉は、そんなものでもいいのか?」

 そんなもの……?……どう言うことだ、分からない。

 そんな粗末なものでいいのか、と聞かれているのだろうか。……ならば、それでいいさ。
 今の僕には、それ以上の言葉なんて思いつかないからだ。

「……別に、それだけで……いいんです、それ以上の言葉は僕には言えませんし、何より……僕よりも言われるべき人がいると思いますから、彼女には」






 ……まだ、本当にだと自覚させられていなかったから。


「…………」

「え……と、人界王……さん?」

 こうして返答を求めるのはどー考えても失礼極まりないのだが、それでも言う他なかった。
 ……というか、何でこんな時に黙り込んでしまうんですか。


「…………我には」

「はい?」


「我には、解決できんっっっっ!!!!」
「なら何で聞いたんですかっ!!!!」

 せっかく……せっかく勇気を出して……振り絞って打ち明けたと言うのに……やっぱり、王様にこの手の話題はダメだったか……!


「……すまんの。……我が解決するために聞いたのではない。単純に、その悩みが知りたかった。その悩みが、我の力不足から来るものだったら……と、不安になってな。

 実のところ、我は本当に何もできない。お主らのような感性を持ち合わせているわけでも、特別力があるわけでもないのだ。……だからこそ、我は本当に……何もできはしないのだ。

 だからこれは……唯一の心残りだった。国の中でのトップクラスのパイロットのその悩みが、もし今までの我の力不足に起因していたのなら———と、そう思っていたのだが……」


「……僕個人の悩みなのに、何で王様がそんなに心配したり必要が……」


「いや。もういいのだ。我は吹っ切れた。最後に面白いものを聞かせてもらったからな。

 覚悟は決まっていたはずだが……今一度、思い直す事ができた。……感謝する、ヴェンデッタ2号機のパイロットよ」

 そんなに、笑顔で———嬉しそうな顔をしているけれども。その瞳の裏にある色は、どこか曇っているようだった。

 どこを見つめているのかすら分からない、今から何か壮大なことを始めるような———そんな本当に覚悟の決まった目だったことは、すさまじく僕の心に刻みつけられた。





「……貴方も、何も話してくれないんですね」

「何だと?」

「前にいたんです。僕に匂わせるだけ匂わせておいて、いざその時になったら本人は姿を消して、結果だけを残してく……やり方がよく似た、2人の仲間が。

 貴方は、その人たちと何も変わらない———と、そう言っただけです。失礼とも無礼とも何とでも言ってください。何も言わないより……マシですから」


 その言葉を聞き届けた瞬間、王様の目が僕の目の前でハッと見開く。
 ……分かってくれたのだろうか。


「…………すまんな、本当に何度も。
 だが、言えないことだってあるのだ。今言えば、それこそ———お主らの頑張りが全て無駄になるような、そんな事があるのだ。

 代わりになるようなものがあれば、お詫びをしたい。……今すぐできるお詫びなら、何でもだ。一国の王がこれでは、流石に惨めと言う他ないのだがな……」

 そんな事別にしなくていいです、ただの愚痴ですから———なんて、ほんっとにマジでどこまでも失礼極まりない言葉を口に出そうとした瞬間。

「……できることといえば……我なりの、さっきの悩みの解決方法だな。

 やはり……自分の気持ちに正直になって、それを表に出すのが一番良い。そのようにすれば、……まあある程度はなるようになる……と我は思うのだ。……もおるにはおるがな」

 
 そっか。自分の……気持ちか。
 説得力なんてないし、あっちはどう思ってるか分からない。
 そもそももうこの世にはいないかもしれないし、僕の気持ちは全部無駄になるのかもしれないけども。


「……あと、お主———いい加減自らのの気持ちに気付いた方が良いと思うがな。

 その子のことを、だと言うことに」


「はひぅ———っ?!」


 なななななな、何を……言って…………
 今の発言ヤバいな、水でも口に含んでたら即吹き出してたほどの爆弾発言な気もしたが———僕が、あの子を———のことが、好き……だって……?

「……ハア、今の話を聞いていれば嫌でも分かる、お主はその子のことが好きだ、好きなんだ。これからもずっと隣にいてほしいと、そう思っているに違いない———我がそう踏んだが、違うか?」

 い……いや、間違ってはいない———けど、いやでも、ほんとに僕は彼女のことが好きで———?!


「まあ何にせよ、そうだった場合———その子にかけてあげるべき言葉は、もっと別の———ちゃんとしたものがあるであろう? 自分の本当の気持ちを、な」

 自分の気持ち。本当の気持ち。気付く事はひどく傷付くことかもしれなかったけど、思い切って言ってみることにした。

「そう、ですね。……きっと、王様の言う通りです。僕は彼女が———リコのことが好きなんです、きっと。

 今まで心の中で認めたくなかった……んでしょうかね、急に胸が楽になった気がします」

「……伝えられるうちに全て伝えておけ。……そうできなくて後悔したも———我は知っている」


 でも、そっか。今のでちょっとだけ、自分の気持ちが前に揺れ動いた気がする。

 僕はあの子が好きなんだ、とようやく完全に理解して。
 だからこそ、そんな実感はなくとも、確かにそこには、水泡のような淡い確信があった。


 ……つまりは。

 、とでも思えたのだ。



 を、伝えてみようかなと思えたのだ。



「……なら、1つだけ。頼み事ならやっぱりあります。それは———」




「……………ほう。承知した、我もそれを伝えておこう。のでな」


 …………はあ?! 新しい……人界王?!

「い……いやいや、どう言うことですかそれ……新しいって、一体何が…………」


「お主には…………誰にも言わんと約束するな、ケイ・チェインズよ。……いいや、コレは命令だ。誰にも言わぬと、そうここで誓え。己が命にかけても」

「…………分かり、ました…………で、一体それって———」


「……声明を直接聞いたわけではないが、我はなぜコレが起こったのかを知っておる。

 此度の騒乱———それは、魔族の排斥に対して不満を抱いた魔族の連中と、その姿勢を『彼の国』に隷属していると受け取った、人界軍の近衛騎士軍の一部が立ち上がったものだ。

 ……近衛騎士軍とて、魔族に肩入れする理由はない。しかし、奴らにとって我が彼の国と手を組むことは———即ち、それの傀儡となってしまっていることととったのだろう。

 事実———それはその通りだ。我は人間界の代表として、彼の国と結託するような真似をしてきた。

 その最たるものが……そう、魔族の優先徴兵、及びサイドツーの受け入れだ。……もはや我に弁明の余地はない。

 だからこそ、この騒乱は我が終わらせるべきなのだ。


 実のところな、我が忠臣に伝え、我の位置をヤツらにもリークした」

 ?!

 ああ———そう言えば、何で人界王が偽装を施した基地にいたと言うのに、ヤツらクーデター軍は追って来れたのか……元々人界王側がリークしていたのなら、それもあり得る……


 ……と言うか、それがあるならば……この人たち、もしやグルで……


「王都を戦火に晒すことのみは避けたかったのでな。我の計らいだ。お主らを戦火に晒したこと、許すが良い」

 ……ああ、そっか。
 第0機動小隊だって、今回のクーデターで戦死者は…………

「……我の手にて終わらせるのだ、この騒乱は。故に、お主には邪魔をせず———見守ってほしい。

 我の———最期をな」

 ……はあ?!
 さい……最期、って……人界王、それは———、

『新しい人界王は———』

 いや……いや、いやいや、嘘でしょ、あらかじめ死ぬつもりだとでも言うのか?!……でも何のために……って、ああ。

 そうだ……ヤツらの狙いは人界王なんだ……

「もう……な。トランスフィールドの輩にも、無駄な血を流してほしくないと願っているのだ、我は。

 そのために一番確実な方法は———我が直接出向くしかあるまい」

 でも……だったら、人界王が亡くなることになってしまうかもしれない。
 そんなこと……そんなこと、レイさんが許すだろうか。レイさんじゃなくとも、他の面々は許すだろうか。

 ……許すわけが、ない。

「思い詰める必要はない。お主が思い詰める必要は、絶対にな……

 しかし…………そうだな、話しておきたかったのだ。それだけだ。お主は自分の……ことに専念するがよい。そちらはそちらで、会わなければならない人がいるのであろう?」


「そりゃあ…………確かに、いますけど……」

「ならばこれは命令だ。お主はお主にできることをしろ。例えその結果が最良ではないにしろ、それをしたことでより良い結果は得られるはずだ。

 ……踏み出さねば始まらない。お主の一歩を見せてみよ」


 そうだな……踏み出さなきゃ始まらない。
 人界王のことを考えたって仕方がないのかな。

 何たって僕は———そう、レイさんみたいに人界王に絶対の忠誠を誓っている……なんてそんなことなくって、成り行きでこうして話してるだけだ。

 人界王のことを強く意識してるかと言われると……そうでもない気しかしない。

 だったら……考えるべきでもないし、身を引くべきかな。

 ……そういう身分にあるからこそ、このことを話してくれたのだろうか。

 今のは多分、レイさんにも話していないことだ。人界王の最後の意思表示。だから僕は、これ以上突っ込むべきでもなく、誰かに話すべきでもない……のだろう。



「…………分かり……ました。
 人界王の前で……こんなこと言うのも、ヘンですけど…………僕、頑張ります。

 ……そっちも…………頑張って、って言うのもおかしいですけど…………」

「我も……そうだな、やるべきことがあるのでな。……お主の武運を、祈っておる」

「………………はい」
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