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其は天命の刻、誰が為の決意
覚醒-ぎせい-
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分かった。分かってしまった。
一瞬にして恐怖に染まる彼女の顔。逃げ出すように姿勢を屈める彼女の体。
嫌だと怯える体、締め付けられる胸の痛み。
そして、守れなかったことへの懺悔と、無力。
アレだけ入念に無力化したはずだったのに。もう誰も死ななくてもいいと思ったのに。
せっかく望むものが手に入ったのに。ようやく望む結末に辿り着けたのに。
その全てが、僕の不注意のせいだった。
殺したくない、だとか言う理想論を、綺麗事を振り翳して。そんなもので、何もかも全部上手くいくとでも思っていたのだろうか。
……行くわけないだろう、世界はそんなに都合良くは回ってくれない。どうしても、そのツケをどこかで払わされる。
そのツケがコレだ。信じてもらえた彼女に、僕が信じることを決めた彼女を守ることすらできない結末。
何も動かなかった。体も口も、ヴェンデッタも。
その腐った綺麗事を吐き連ねる口さえ動いてくれれば、彼女に対する謝罪でも何でも、この一瞬でできただろうに。
謝罪も言えなかった。感謝も…………伝えられなかった。
最期に何もしてやれなかった。キスも、ハグも、最期の瞬間になっても僕は、自分の事ばかり。やめてほしいな、こんな時に生存本能だけ働いてくるのは。
せめて一言、『ごめん』とでも言えば気が済んだのだろうか。
彼女はこちらに逃げるように、放たれた銃弾から逃げるように姿勢を曲げる。
……でも、もう無理だ。ヴェンデッタを動かす時間も何も残されちゃいない。ここまで来たら、待ち受けている結末はたった1つ、死のみだった。
だから。もう全て諦めかけたその時。
「———っ」
彼女は———リコは、逃げたのではない。
僕の胸に向かって、縋るように抱きついてきたのだ。
この後に及んでも、まだ。
僕は信じてもらえていると言うのだ。
自分でも信じられない。もう全て終わった後だと言うのに。
終わった。何もかも、全部。
「…………な……に……?」
銃弾は当たった———そう思い込んだ瞬間、後ろの方から爆発音が聞こえた。……もちろん、サイドツーの。撃墜された際に聞こえる、鈍く重い音だった。
「うそ……だ」
あれだけ。もう誰も殺さないし、もう誰も殺させはしないと思っていたのに。
ヴェンデッタは自ら攻撃を避けた。そして、その後ろにいた人間が死んだ。
そんな、たったそんなこと。
もう覚悟はできていたはずなのに。
例えどうなろうと、僕はその結末を受け入れるはずだったのに。
「いや……いやだ、だ……だって、そんなのおかしい……おかしいだろって、そんなのぉっ!」
「ケイ!…………あっ」
リコだって気付いてるんだ。ついさっきまで、僕のくだらない戦い方を間近で見てきたんだから。
終わった。アレだけ自他共に死なせたくない、殺したくないと言っていたのに。
そんなものを振り翳しておいて、この結末か……!
「そんなの……おかしいだろぉっ!!!!!!」
『人殺し』『人殺し』『どう繕ったって無駄だぞ、人殺し!』
「あ……ああ、嫌だ、僕は人殺しじゃないんだ、そうならないためにここまで頑張ってきたんだ、だからヴェンデッタを信じて、そして、そして……っ!」
右腕に作った握り拳で、操縦桿を思いっきり叩く。
思い通りにならない現実に。未だ耳の奥に残る、脅迫観念に追われながら。そして、自らの下した選択の間違いを悔いながら。
「誰も……誰も死なせたくないんじゃなかったのかよ、殺したくないんじゃなかったのかよ、結局僕は———っ!」
『できもしないわがままをごねてただけだ』『陳腐な綺麗事を言うだけでしかなかった』と口に出そうとして。
その言葉を否定するように、抱きつかれたリコの腕の力が強まる。
機体のインタフェースは、そのウィンドウはなぜか増え続ける。だが今は、そんなものを気にしている心の余裕はなかった。
「ちくしょう……結局、何もできなかった…………僕には何も、何もできなかった……
今度こそは何も失うことはないって思っていたのに……これじゃあ、僕が———、
———僕が殺したみたいじゃないかぁっ……!」
そうだ。僕たちの後ろにいた誰かは、僕のせいで死んだ。
僕がちゃんと相手を無力化できていなかったから。だから、僕のせいで殺された。
もう言い逃れはできなかった。誰の目から見ても僕は、紛れもなく人殺しだった。
「あ…………っ、ふう……っ、ははぁ……ぅっ……!」
滲み出すように、掠れ気味の泣き声だけが響き渡る。
ただ泣いているだけなのに、大量の血を吐き出しているような気分だった。
「もう…………無理だ、無理なんだ、ダメだダメだよ僕は…………いっつもこうだ、結局こうやって何も救えやしなくて……っ!」
無力感しかなかった。身体が宙に浮くようで、どこか何も感じ取れなくなるような空白を、自分の中に感じた。
涙を拭うことさえできない。思い詰めた僕の心は、どこまでも止まることを知らず、涙という実態となって外へ漏れ出す。
正直、ここで僕は終わったと思っていた。
もう終わりだ、僕に手を差し伸べる人はいない、と。……後ろにいる彼女も、ソレなんかじゃない。
ここまでの覚悟が途切れ、ただの人殺しと化した僕に。……そんな僕の事情を聞いて、なお僕に手を差し伸べる、そんな都合の良い人。……いるわけがないし、そもそも今の僕は助けられようが何だろうが、ずっとこのままなんだ。
アレだけ覚悟してきたものも。まるでソレすら元々なかったかのように、鳴り響いた銃声によって全てが崩れ落ちた。
何も救えない。その認識だけが、僕の心と体を支配した。
「……ねえ、ケイ」
「リコは……黙っててくれ、今は話しかけないでくれ、僕は今……!…………誰とも話したくないんだよ……!」
何している。何で拒絶している。何で自分から『来てくれ』と言ったくせに、自分から拒絶しているんだ。
やめろ、やめろ。どんなにそう思っても、その口は止まらない。……ああ、最悪だ。
「もう……ダメなんだ、僕はもうダメなんだ、誰の目から見ても、クソッタレな殺人鬼なんだよっ!
……殺したくないとか、殺させはしないとか……カッコつけて、調子乗って———ヴェンデッタなんて力があるから、その分浮かれて……そして、結局僕の不注意で人を殺したんだ、僕が殺したんだよっ! 僕がっっっ!!
……だから、もうやめてくれ……もう嫌なんだ、何をしたって悪い方向に転がる気がするんだ、僕はもう……何も信じられないんだよぉっ!!」
「……分かったよ」
リコの声のみが聞こえる。吐息も、機械音も、その全てがリコの声でかき消される。
「どっちつかず……なんだよね。……うん、ソレは分かってる。信じるって言ったのに信じられてもいないし、本当にどこか矛盾してるし……でも、そう言うのケイっぽいって言うか……そんな感じはするよ」
「……そうだ、自己矛盾に塗れたどうしようもない人間なんだ、僕は」
「……でも、私はもう一度見たいな。君がどれだけ拒絶しようと構わないから、またさっきみたいに———勢いのいいケイくんが」
「見てどうする……見て、ソレが何だって言うんだよ、僕はこんな酷い人間なんだ、優しく寄り添おうとしてくれる君にもこんなに……こんなに…………酷いことを言ってしまう…………どうしようもないやつなんだよ。
何度言ったって治らない歪みを抱えた、どうしようもない癌なんだよ、僕は———!」
「だから何、じゃあ貴方は、さっきの言葉を全部無かったことにするの?!
……私を救ってくれた……本当にどうでもよくて、本当に響くことのない言葉かも知れなかった言葉の数々……でも、それでも貴方は、私に伝わるかも知れないって……それを信じて伝えてくれた、そうでしょ?!
ねえ、そうなんでしょ?!……そうって言ってよ、ケイっ!」
「君に見てほしくないんだよ!……こんな惨めな僕を、見てほしくないんだよ……君を信じると……そう誓ったことさえ成すことのできなかった僕なんて……僕なんてぇっ!」
「見てほしくなくても……それでも見せてよ、私はそんな……素直なケイがいいんだから、それを……そんなケイを私は信じたんだから!
……だから、そんな姿でもいいから……もっと胸を張ってよ、カッコいいところを見せてよ、私に言ってみせたように、本当の貴方を出してみせてよ、私はそれを……それがどんなに惨めだろうと、受け入れてあげるから……だから……!」
そんな……ああ、やっぱり自分が嫌になる。
僕はこの子に———彼女に、都合の良い人間になってほしかったわけじゃないんだ。
どこまでもどっちつかずで、まともな芯を通せない僕の心。
そんな自分がどこまでも嫌になって、その度に死んでしまいたいと思うようになる。
でも。
「お願い……私はケイを信じてるから……もう、私にはそれしか残っていないし、ソレは私が望んだことなんだから!
だから、ケイも……私を信じて、そして前を向いて。……お願い……だから……受け入れてあげる、受け止めてあげるから!」
その想いが、本当に本当だと言うのならば。
少しだけでも。触れてみようかなと思ったんだ。どっちつかずな僕でも、『このままでいい』と受け入れてくれるのならば。
ここまで来て、ようやくだ。
「……ごめん。本当に、ごめん。やっと前を向く気になれたよ。
……どこまでも自分が気に入らない。どっちつかずで、さっさと決めることができない自分が気に入らない。……ソレは同じなんだ。
でも、君がコレを受け入れてくれると言うのなら……僕だって、前を向いて変わらなきゃって……やっと思えた」
「そっか。……ならよかった。ほんの少しでもそう思えたのなら、私が話をした甲斐があったってもんよね……っ!
……私も、言い忘れてたことがあるの。…………改めて———これからもよろしく、ケイっ!」
「!……ん、ああ……うん、よろしく、リコ」
操縦桿を握り締める。今の僕たちが話していた長い間、何が起こっていたのかなんて僕には分からない。
でも、もう一度前を向いてみせると決めた。どっちつかずで、決めたことはすぐにどうにかなってしまうけど、それだけは貫き通すと決めたことがあったはずなんだ。
だから、さっきの攻撃したサイドツーを止めに行かなければならない。
「…………ヴェンデッタ?」
おかしい。操縦桿を押しても引いても、全く反応がない。動いたイメージを持っても、身体が前に動いている気もしない。
そんな異常事態を受け止めた瞬間。視界は黒く染まった。
「えっ、コレって……」
「ちょっとケイ、コレ何……何で急に照明消えたの?!」
直後、感覚が、その一切が完全に消え去る。
ヴェンデッタの外の景色も全く何も見えやしない、彼女の呼吸も、その肌の感触も、その何もかもが一瞬にして消え去った。
その中で。暗闇の中で、僕はその名を、縋るように呟いてみせた。
「ヴェン…………デッタ……!!」
何が起こっているのか分からなかった。
いつまで経っても、現状は変わらなかった。……いいや、変わってはいた。
少しばかり視界は明るくなった。彼女の姿も、手にした操縦桿も今は見える。ただ、ヴェンデッタの外の光景が見えないだけ。
その最中、落ちた涙を追うように下に向けられた僕の視線は———その僕の手に引き付いた。
「ひっ、うわあああああああああああああああああああああああっ!!!!」
まるで蛍のように光り輝く僕の手は、白い何かがこびりついては伸び、縮み、またはその手が白い何かに置き換わり———絶え間なく変化していた。
まさに人間じゃないみたいに。自分の身体が自分でなくなるように、何もかもが置き換わった。
何が起きているのか分からなかった、分かりたくもなかった。きっとソレは、僕の求めている結末じゃないだろうから。
「なん……だよ、なんだよコレ、なんなんだよコレ、どうしちゃったんだよ、ヴェンデッタっ!」
瞬間。ユニットコンテナの壁を突き破って、白い物体が飛び出してきた。
「は……え……?」
その白い物体は、秒を追うごとにだんだんと大きくなる。まるでそれそのものが膨張していっているように、僕たちを飲み込むように肥大化していく。
「ねえヴェンデッタ、何があったって言うんだよ、なんでこんなことになって———っ!」
白い物体は、僕の口にまで覆い被さるぐらいに大きくなってしまっていた。……まずい。
このままじゃ……僕も、そしてリコまでも飲み込まれる———!
何の変化もない———美しい彼女を見つめながら。
化け物へと変貌しゆく腕で、そっと彼女を包み、そして願った。
……こんな時に、ひどく落ち着きながら。涙を流して、ボロボロになった口と心で叫んでみせたんだ。
「ああ……っ、はっ、うぅ…………もし……も、願いが叶……うなら…………
リコ……だけでも………………助けてやってください…………っ!」
◆◇◆◇◆◇◆◇
世界を覆うは、虹を纏った光の粒。その最中、『黒』と呼ばれた青年は一人呟く。
「アレが目覚め……オリュンポスでも、トランスフィールドでもない……本当の『外部』の手出しによる、ヴェンデッタのアークレイの覚醒。
……ギンの言っていた予言はアレか。……まさか、本当にヘヴンズバーストが起きてしまうとは。
同時にコレで確信がついた。ヴェンデッタは機巧天使なんぞじゃない。
この世界を、人間にとっての破滅と混沌に導く存在、『月天使徒』…………正真正銘、本物の『天使』だったか」
一瞬にして恐怖に染まる彼女の顔。逃げ出すように姿勢を屈める彼女の体。
嫌だと怯える体、締め付けられる胸の痛み。
そして、守れなかったことへの懺悔と、無力。
アレだけ入念に無力化したはずだったのに。もう誰も死ななくてもいいと思ったのに。
せっかく望むものが手に入ったのに。ようやく望む結末に辿り着けたのに。
その全てが、僕の不注意のせいだった。
殺したくない、だとか言う理想論を、綺麗事を振り翳して。そんなもので、何もかも全部上手くいくとでも思っていたのだろうか。
……行くわけないだろう、世界はそんなに都合良くは回ってくれない。どうしても、そのツケをどこかで払わされる。
そのツケがコレだ。信じてもらえた彼女に、僕が信じることを決めた彼女を守ることすらできない結末。
何も動かなかった。体も口も、ヴェンデッタも。
その腐った綺麗事を吐き連ねる口さえ動いてくれれば、彼女に対する謝罪でも何でも、この一瞬でできただろうに。
謝罪も言えなかった。感謝も…………伝えられなかった。
最期に何もしてやれなかった。キスも、ハグも、最期の瞬間になっても僕は、自分の事ばかり。やめてほしいな、こんな時に生存本能だけ働いてくるのは。
せめて一言、『ごめん』とでも言えば気が済んだのだろうか。
彼女はこちらに逃げるように、放たれた銃弾から逃げるように姿勢を曲げる。
……でも、もう無理だ。ヴェンデッタを動かす時間も何も残されちゃいない。ここまで来たら、待ち受けている結末はたった1つ、死のみだった。
だから。もう全て諦めかけたその時。
「———っ」
彼女は———リコは、逃げたのではない。
僕の胸に向かって、縋るように抱きついてきたのだ。
この後に及んでも、まだ。
僕は信じてもらえていると言うのだ。
自分でも信じられない。もう全て終わった後だと言うのに。
終わった。何もかも、全部。
「…………な……に……?」
銃弾は当たった———そう思い込んだ瞬間、後ろの方から爆発音が聞こえた。……もちろん、サイドツーの。撃墜された際に聞こえる、鈍く重い音だった。
「うそ……だ」
あれだけ。もう誰も殺さないし、もう誰も殺させはしないと思っていたのに。
ヴェンデッタは自ら攻撃を避けた。そして、その後ろにいた人間が死んだ。
そんな、たったそんなこと。
もう覚悟はできていたはずなのに。
例えどうなろうと、僕はその結末を受け入れるはずだったのに。
「いや……いやだ、だ……だって、そんなのおかしい……おかしいだろって、そんなのぉっ!」
「ケイ!…………あっ」
リコだって気付いてるんだ。ついさっきまで、僕のくだらない戦い方を間近で見てきたんだから。
終わった。アレだけ自他共に死なせたくない、殺したくないと言っていたのに。
そんなものを振り翳しておいて、この結末か……!
「そんなの……おかしいだろぉっ!!!!!!」
『人殺し』『人殺し』『どう繕ったって無駄だぞ、人殺し!』
「あ……ああ、嫌だ、僕は人殺しじゃないんだ、そうならないためにここまで頑張ってきたんだ、だからヴェンデッタを信じて、そして、そして……っ!」
右腕に作った握り拳で、操縦桿を思いっきり叩く。
思い通りにならない現実に。未だ耳の奥に残る、脅迫観念に追われながら。そして、自らの下した選択の間違いを悔いながら。
「誰も……誰も死なせたくないんじゃなかったのかよ、殺したくないんじゃなかったのかよ、結局僕は———っ!」
『できもしないわがままをごねてただけだ』『陳腐な綺麗事を言うだけでしかなかった』と口に出そうとして。
その言葉を否定するように、抱きつかれたリコの腕の力が強まる。
機体のインタフェースは、そのウィンドウはなぜか増え続ける。だが今は、そんなものを気にしている心の余裕はなかった。
「ちくしょう……結局、何もできなかった…………僕には何も、何もできなかった……
今度こそは何も失うことはないって思っていたのに……これじゃあ、僕が———、
———僕が殺したみたいじゃないかぁっ……!」
そうだ。僕たちの後ろにいた誰かは、僕のせいで死んだ。
僕がちゃんと相手を無力化できていなかったから。だから、僕のせいで殺された。
もう言い逃れはできなかった。誰の目から見ても僕は、紛れもなく人殺しだった。
「あ…………っ、ふう……っ、ははぁ……ぅっ……!」
滲み出すように、掠れ気味の泣き声だけが響き渡る。
ただ泣いているだけなのに、大量の血を吐き出しているような気分だった。
「もう…………無理だ、無理なんだ、ダメだダメだよ僕は…………いっつもこうだ、結局こうやって何も救えやしなくて……っ!」
無力感しかなかった。身体が宙に浮くようで、どこか何も感じ取れなくなるような空白を、自分の中に感じた。
涙を拭うことさえできない。思い詰めた僕の心は、どこまでも止まることを知らず、涙という実態となって外へ漏れ出す。
正直、ここで僕は終わったと思っていた。
もう終わりだ、僕に手を差し伸べる人はいない、と。……後ろにいる彼女も、ソレなんかじゃない。
ここまでの覚悟が途切れ、ただの人殺しと化した僕に。……そんな僕の事情を聞いて、なお僕に手を差し伸べる、そんな都合の良い人。……いるわけがないし、そもそも今の僕は助けられようが何だろうが、ずっとこのままなんだ。
アレだけ覚悟してきたものも。まるでソレすら元々なかったかのように、鳴り響いた銃声によって全てが崩れ落ちた。
何も救えない。その認識だけが、僕の心と体を支配した。
「……ねえ、ケイ」
「リコは……黙っててくれ、今は話しかけないでくれ、僕は今……!…………誰とも話したくないんだよ……!」
何している。何で拒絶している。何で自分から『来てくれ』と言ったくせに、自分から拒絶しているんだ。
やめろ、やめろ。どんなにそう思っても、その口は止まらない。……ああ、最悪だ。
「もう……ダメなんだ、僕はもうダメなんだ、誰の目から見ても、クソッタレな殺人鬼なんだよっ!
……殺したくないとか、殺させはしないとか……カッコつけて、調子乗って———ヴェンデッタなんて力があるから、その分浮かれて……そして、結局僕の不注意で人を殺したんだ、僕が殺したんだよっ! 僕がっっっ!!
……だから、もうやめてくれ……もう嫌なんだ、何をしたって悪い方向に転がる気がするんだ、僕はもう……何も信じられないんだよぉっ!!」
「……分かったよ」
リコの声のみが聞こえる。吐息も、機械音も、その全てがリコの声でかき消される。
「どっちつかず……なんだよね。……うん、ソレは分かってる。信じるって言ったのに信じられてもいないし、本当にどこか矛盾してるし……でも、そう言うのケイっぽいって言うか……そんな感じはするよ」
「……そうだ、自己矛盾に塗れたどうしようもない人間なんだ、僕は」
「……でも、私はもう一度見たいな。君がどれだけ拒絶しようと構わないから、またさっきみたいに———勢いのいいケイくんが」
「見てどうする……見て、ソレが何だって言うんだよ、僕はこんな酷い人間なんだ、優しく寄り添おうとしてくれる君にもこんなに……こんなに…………酷いことを言ってしまう…………どうしようもないやつなんだよ。
何度言ったって治らない歪みを抱えた、どうしようもない癌なんだよ、僕は———!」
「だから何、じゃあ貴方は、さっきの言葉を全部無かったことにするの?!
……私を救ってくれた……本当にどうでもよくて、本当に響くことのない言葉かも知れなかった言葉の数々……でも、それでも貴方は、私に伝わるかも知れないって……それを信じて伝えてくれた、そうでしょ?!
ねえ、そうなんでしょ?!……そうって言ってよ、ケイっ!」
「君に見てほしくないんだよ!……こんな惨めな僕を、見てほしくないんだよ……君を信じると……そう誓ったことさえ成すことのできなかった僕なんて……僕なんてぇっ!」
「見てほしくなくても……それでも見せてよ、私はそんな……素直なケイがいいんだから、それを……そんなケイを私は信じたんだから!
……だから、そんな姿でもいいから……もっと胸を張ってよ、カッコいいところを見せてよ、私に言ってみせたように、本当の貴方を出してみせてよ、私はそれを……それがどんなに惨めだろうと、受け入れてあげるから……だから……!」
そんな……ああ、やっぱり自分が嫌になる。
僕はこの子に———彼女に、都合の良い人間になってほしかったわけじゃないんだ。
どこまでもどっちつかずで、まともな芯を通せない僕の心。
そんな自分がどこまでも嫌になって、その度に死んでしまいたいと思うようになる。
でも。
「お願い……私はケイを信じてるから……もう、私にはそれしか残っていないし、ソレは私が望んだことなんだから!
だから、ケイも……私を信じて、そして前を向いて。……お願い……だから……受け入れてあげる、受け止めてあげるから!」
その想いが、本当に本当だと言うのならば。
少しだけでも。触れてみようかなと思ったんだ。どっちつかずな僕でも、『このままでいい』と受け入れてくれるのならば。
ここまで来て、ようやくだ。
「……ごめん。本当に、ごめん。やっと前を向く気になれたよ。
……どこまでも自分が気に入らない。どっちつかずで、さっさと決めることができない自分が気に入らない。……ソレは同じなんだ。
でも、君がコレを受け入れてくれると言うのなら……僕だって、前を向いて変わらなきゃって……やっと思えた」
「そっか。……ならよかった。ほんの少しでもそう思えたのなら、私が話をした甲斐があったってもんよね……っ!
……私も、言い忘れてたことがあるの。…………改めて———これからもよろしく、ケイっ!」
「!……ん、ああ……うん、よろしく、リコ」
操縦桿を握り締める。今の僕たちが話していた長い間、何が起こっていたのかなんて僕には分からない。
でも、もう一度前を向いてみせると決めた。どっちつかずで、決めたことはすぐにどうにかなってしまうけど、それだけは貫き通すと決めたことがあったはずなんだ。
だから、さっきの攻撃したサイドツーを止めに行かなければならない。
「…………ヴェンデッタ?」
おかしい。操縦桿を押しても引いても、全く反応がない。動いたイメージを持っても、身体が前に動いている気もしない。
そんな異常事態を受け止めた瞬間。視界は黒く染まった。
「えっ、コレって……」
「ちょっとケイ、コレ何……何で急に照明消えたの?!」
直後、感覚が、その一切が完全に消え去る。
ヴェンデッタの外の景色も全く何も見えやしない、彼女の呼吸も、その肌の感触も、その何もかもが一瞬にして消え去った。
その中で。暗闇の中で、僕はその名を、縋るように呟いてみせた。
「ヴェン…………デッタ……!!」
何が起こっているのか分からなかった。
いつまで経っても、現状は変わらなかった。……いいや、変わってはいた。
少しばかり視界は明るくなった。彼女の姿も、手にした操縦桿も今は見える。ただ、ヴェンデッタの外の光景が見えないだけ。
その最中、落ちた涙を追うように下に向けられた僕の視線は———その僕の手に引き付いた。
「ひっ、うわあああああああああああああああああああああああっ!!!!」
まるで蛍のように光り輝く僕の手は、白い何かがこびりついては伸び、縮み、またはその手が白い何かに置き換わり———絶え間なく変化していた。
まさに人間じゃないみたいに。自分の身体が自分でなくなるように、何もかもが置き換わった。
何が起きているのか分からなかった、分かりたくもなかった。きっとソレは、僕の求めている結末じゃないだろうから。
「なん……だよ、なんだよコレ、なんなんだよコレ、どうしちゃったんだよ、ヴェンデッタっ!」
瞬間。ユニットコンテナの壁を突き破って、白い物体が飛び出してきた。
「は……え……?」
その白い物体は、秒を追うごとにだんだんと大きくなる。まるでそれそのものが膨張していっているように、僕たちを飲み込むように肥大化していく。
「ねえヴェンデッタ、何があったって言うんだよ、なんでこんなことになって———っ!」
白い物体は、僕の口にまで覆い被さるぐらいに大きくなってしまっていた。……まずい。
このままじゃ……僕も、そしてリコまでも飲み込まれる———!
何の変化もない———美しい彼女を見つめながら。
化け物へと変貌しゆく腕で、そっと彼女を包み、そして願った。
……こんな時に、ひどく落ち着きながら。涙を流して、ボロボロになった口と心で叫んでみせたんだ。
「ああ……っ、はっ、うぅ…………もし……も、願いが叶……うなら…………
リコ……だけでも………………助けてやってください…………っ!」
◆◇◆◇◆◇◆◇
世界を覆うは、虹を纏った光の粒。その最中、『黒』と呼ばれた青年は一人呟く。
「アレが目覚め……オリュンポスでも、トランスフィールドでもない……本当の『外部』の手出しによる、ヴェンデッタのアークレイの覚醒。
……ギンの言っていた予言はアレか。……まさか、本当にヘヴンズバーストが起きてしまうとは。
同時にコレで確信がついた。ヴェンデッタは機巧天使なんぞじゃない。
この世界を、人間にとっての破滅と混沌に導く存在、『月天使徒』…………正真正銘、本物の『天使』だったか」
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