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Side-1:希望と贖いの旅々(前)
衝撃-たびだち-
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ベッド。布団に入っている途中、その違和感のある匂いと雰囲気を身体全体で感じながら、僕は考え事をしていた。
まさか、こんなところにまでヘヴンズバーストが及んでいたのか、と。
今一度自分の罪を再確認する。……でも、それだけだった。
詫びること……は、そんなことされてもあっちが迷惑なだけなんだ、と思いながら。
またある時は、リコのことを一途に思いながら。
布団の中の、どこまでも続いているような暗闇に想いを馳せて、そしてまた寝てしまった。
……他人の家で寝るにしては、ちょっと馴染みすぎな感じもしなくもなかったが。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「……そろそろ起きるかい?」
老人のその一言で、僕の目は完全に開いてしまった。
「あ……お、おはようございます」
「昨日はよく眠れたかい?」
「はい、おかげさまで。この布団、寝心地もいいし、食事もあったり色々としてもらってばっかりで……」
「いや、いいんだよ、そんなことは。わしはこうして、君と話していることだけで嬉しいんじゃ。恩返しはソレで十分だ。
……ところで、君、行かなきゃいけない場所はないのかい?……見た感じ、人界軍に所属している感じだとは思ったんじゃが……」
「あ……今、は……行かなきゃいけない場所も、帰る場所すらも……ないんです。
……あっ、邪魔……なら、出て行きます…………けど」
そりゃあそうだ、ずっとここにいさせてもらうのは悪い。いつかはそうやって切り出されるものだとは思ってたけど……
「いや、帰る場所がないなら、少しでも長くここにいてほしくてな……わしの仕事の人手が足りんのもそうだが、何より話し相手がいるのは嬉しいからな」
その言葉に甘える……しかないか、逃げようと思っても逃げられそうになさそうだし。
「そうだ、ケイ君にわしの名を伝えておらんかったな…………
わしの名はジャン。ジャン・フェールダウン。『息子』からは、ジャンおじさんと呼ばれておった。……まあ呼び方は好きにしていい、君の好きにな」
「あ……はい、ジャン…………おじさん、これからよろしく…………お願いします!」
◆◇◆◇◆◇◆◇
それから、ジャンおじさんの家での生活が始まった。
『できれば、そこの器具をあそこまで運んでくれんか?』
「あ———はい、分かりました!」
畑仕事を営むジャンおじさんの手伝いをしたり。
『魔術の使い方は知っておるか?』
「まあ……魔導大隊に入っていた時期もあったので、ある程度はできるんですけど……」
『なら話は早い!……ケイ君も、魔物を狩りにいかんか?』
「魔術で……ですか?」
森に蔓延る、無知性の魔族を狩って、その肉を食事に利用したり。
「気持ちいい……コレが、お風呂か……」
王都にいる時は、ただひたすらに高価だった『風呂に入ること』が簡単にできたり。
『魔力機関……か、まさか魔力で動くというのか、この鉄クズは!』
「まあ……多分、そんな感じ…………ですよね……鉄クズって……言い方悪いですけど……」
『興味深い代物だなあ、わしがおった時は、こんな兵器見たことも聞いたこともなかった』
サイドツーについて話し合ったり。
そんな中、時々ジャンおじさんの素顔が見える会話も交わされた。
おじさんが元々、数十年前の『魔導大隊』の生き残りであることとか。そんなどうでもいい話だってしているうちに、いつの間にか2週間が過ぎていた。
———そんな、ある日。
『こちらα-1。重要機密の手がかりを発見した』
『この機体は……識別番号が例の機体と一致している……?』
『住居を発見! 撃ちますか?』
『撃っちゃダメだろう、重要機密の保護、拘束が俺達の目的だ。まずは聞き込みと行こうじゃないか』
そのような声が、森の奥の方から響く。
「……なんじゃアレは、まさか君の仲間か……?」
「違います、きっと———僕を拘束しに来たんだ」
その話を聞いていたら分かった。『重要機密の保護、拘束』。コレは多分、あの時コックさん達が話していた、僕の身柄の拘束のことを言っているんだと分かった。
「拘束?……ケイ、まさかお前……犯罪者じゃったか?」
「まあ……半ば、そうです。僕の意志じゃないけれど、僕はアレで———サイドツーで、大勢の人を殺しました。
だから、その贖罪の為にも———今はあそこから離れることを誓ったんです」
その言葉を聞いた瞬間、ジャンおじさんはハッとするような顔をした。僕にその真意は分からなかったが、きっと何か思うところでもあったのだろう。
「……ならば、ケイ。君は逃げろ。逃げるんだ。……君のような若者を拘束したところで、何の意味もない。
贖罪をするのであれば、まずは逃げて、生き続けろ。……自由がなければ、贖罪は贖罪とは言えん。本人の意思があってこその贖罪じゃ。
わしが囮になる、その間に君は———」
「……何で、そんな……自分に危害が加えられる可能性だってあるのに、何で僕を———」
「わしだってな、今と同じような思いをちょっと前にしたんじゃよ。……消えた息子の話じゃ。…………だからな、重なるところがあったのかもしれん。
何にせよ、わしは君の幸せを願っとる。まだあって数日しか経っとらんが、それでも君はわしの家族だった。
……だから、生きてくれ。息子と同じように贖罪をすると言うのなら、君は君だけの———幸せを見つけるべきだ」
背中を押される。行けと言われるように、突き放されるように。
「っ、おじ……」
名前を呼ぼうとした瞬間。おじさんは、どこからか木製の杖を取り出して、天高く跳び上がっていた。
異様だった。もはや歳もいいところに至っている老人が、弧を描いて空を舞っているのだから。
「行かなきゃ……ダメだな、贖罪は———、」
『本人の意思があってこそ』
僕は何を選び取り、何を掴む為に旅をするのか。そんなことも分からずに、ただひたすら。自分のサイドツーに向かって走り続ける。
『インフェルノ———、ストロングブームッ!』
噛み締めるように力強く、天から響いたその詠唱は、炎属性の爆発となってサイドツーの軍団を襲う。
『……んなっ、何だコレは……魔法か……っ?!』
『炎属性の最上位魔法……に、爆発中位魔術の合わせ技……だと……?!』
『こんな僻地にそんなことができふやつ……っ!』
……すごい。コレが———コレが、元魔導大隊の人間の力だと言うのか。
トップクラスの魔法は、サイドツーをも退ける———なんて、そんな光景見たことも聞いたこともなかった。
「ふっ!」
既に開いていたサイドツーのハッチに飛び乗り、そのまま起動シーケンスを開始する。
『搭乗ライセンス承認、LOGIC OS、起動確認』
久しぶりに聞いた機械音声だ。……また旅に出るのか、と実感が湧き始める。
未だ鳴り響く、魔法による爆発音。
わけも分からず銃を撃ち放つサイドツーの間を縫うように、ボードランサーで飛ぶのみだ。
「ボードランサー、セット!……ストロングスコール、イマージュコンテニュティーッ!」
自分の思い描いた『風』の吹き抜ける道ができ、その道をボードランサーが駆け抜ける。
『あっ、あれ!』
『あのサイドツー……まさか、ヤツがやはりここに……?!』
『でもあの速さ、全くもって追いつけません!』
『方角だ、方角だけでも記録しておけっ!』
どこへ向かうのかも分からない。どこに行って、何を見て、何を語られて、どんな贖罪をするのかも分からない。
ただ———自分だけの幸せ、か。
僕はあの人に、幸せを願われた。僕の幸せを願う人が、また1人増えたんだ。
「ありがとう、ジャンおじさん。……しばらくは、あなたに言われたように———生きていきます」
◆◇◆◇◆◇◆◇
空を駆けるサイドツーを見つめながら。
「アイツも、贖罪に追われているとはな……
白も……元気にしとるかのう……」
かつての息子———白のことを想い、それにふけるジャン。
その瞳には、未だに息子と暮らしていた思い出が響き続けていた。
もう既にいなくなった———英雄とまでもてはやされた、息子を想って。
◆◇◆◇◆◇◆◇
まさか、こんなところにまでヘヴンズバーストが及んでいたのか、と。
今一度自分の罪を再確認する。……でも、それだけだった。
詫びること……は、そんなことされてもあっちが迷惑なだけなんだ、と思いながら。
またある時は、リコのことを一途に思いながら。
布団の中の、どこまでも続いているような暗闇に想いを馳せて、そしてまた寝てしまった。
……他人の家で寝るにしては、ちょっと馴染みすぎな感じもしなくもなかったが。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「……そろそろ起きるかい?」
老人のその一言で、僕の目は完全に開いてしまった。
「あ……お、おはようございます」
「昨日はよく眠れたかい?」
「はい、おかげさまで。この布団、寝心地もいいし、食事もあったり色々としてもらってばっかりで……」
「いや、いいんだよ、そんなことは。わしはこうして、君と話していることだけで嬉しいんじゃ。恩返しはソレで十分だ。
……ところで、君、行かなきゃいけない場所はないのかい?……見た感じ、人界軍に所属している感じだとは思ったんじゃが……」
「あ……今、は……行かなきゃいけない場所も、帰る場所すらも……ないんです。
……あっ、邪魔……なら、出て行きます…………けど」
そりゃあそうだ、ずっとここにいさせてもらうのは悪い。いつかはそうやって切り出されるものだとは思ってたけど……
「いや、帰る場所がないなら、少しでも長くここにいてほしくてな……わしの仕事の人手が足りんのもそうだが、何より話し相手がいるのは嬉しいからな」
その言葉に甘える……しかないか、逃げようと思っても逃げられそうになさそうだし。
「そうだ、ケイ君にわしの名を伝えておらんかったな…………
わしの名はジャン。ジャン・フェールダウン。『息子』からは、ジャンおじさんと呼ばれておった。……まあ呼び方は好きにしていい、君の好きにな」
「あ……はい、ジャン…………おじさん、これからよろしく…………お願いします!」
◆◇◆◇◆◇◆◇
それから、ジャンおじさんの家での生活が始まった。
『できれば、そこの器具をあそこまで運んでくれんか?』
「あ———はい、分かりました!」
畑仕事を営むジャンおじさんの手伝いをしたり。
『魔術の使い方は知っておるか?』
「まあ……魔導大隊に入っていた時期もあったので、ある程度はできるんですけど……」
『なら話は早い!……ケイ君も、魔物を狩りにいかんか?』
「魔術で……ですか?」
森に蔓延る、無知性の魔族を狩って、その肉を食事に利用したり。
「気持ちいい……コレが、お風呂か……」
王都にいる時は、ただひたすらに高価だった『風呂に入ること』が簡単にできたり。
『魔力機関……か、まさか魔力で動くというのか、この鉄クズは!』
「まあ……多分、そんな感じ…………ですよね……鉄クズって……言い方悪いですけど……」
『興味深い代物だなあ、わしがおった時は、こんな兵器見たことも聞いたこともなかった』
サイドツーについて話し合ったり。
そんな中、時々ジャンおじさんの素顔が見える会話も交わされた。
おじさんが元々、数十年前の『魔導大隊』の生き残りであることとか。そんなどうでもいい話だってしているうちに、いつの間にか2週間が過ぎていた。
———そんな、ある日。
『こちらα-1。重要機密の手がかりを発見した』
『この機体は……識別番号が例の機体と一致している……?』
『住居を発見! 撃ちますか?』
『撃っちゃダメだろう、重要機密の保護、拘束が俺達の目的だ。まずは聞き込みと行こうじゃないか』
そのような声が、森の奥の方から響く。
「……なんじゃアレは、まさか君の仲間か……?」
「違います、きっと———僕を拘束しに来たんだ」
その話を聞いていたら分かった。『重要機密の保護、拘束』。コレは多分、あの時コックさん達が話していた、僕の身柄の拘束のことを言っているんだと分かった。
「拘束?……ケイ、まさかお前……犯罪者じゃったか?」
「まあ……半ば、そうです。僕の意志じゃないけれど、僕はアレで———サイドツーで、大勢の人を殺しました。
だから、その贖罪の為にも———今はあそこから離れることを誓ったんです」
その言葉を聞いた瞬間、ジャンおじさんはハッとするような顔をした。僕にその真意は分からなかったが、きっと何か思うところでもあったのだろう。
「……ならば、ケイ。君は逃げろ。逃げるんだ。……君のような若者を拘束したところで、何の意味もない。
贖罪をするのであれば、まずは逃げて、生き続けろ。……自由がなければ、贖罪は贖罪とは言えん。本人の意思があってこその贖罪じゃ。
わしが囮になる、その間に君は———」
「……何で、そんな……自分に危害が加えられる可能性だってあるのに、何で僕を———」
「わしだってな、今と同じような思いをちょっと前にしたんじゃよ。……消えた息子の話じゃ。…………だからな、重なるところがあったのかもしれん。
何にせよ、わしは君の幸せを願っとる。まだあって数日しか経っとらんが、それでも君はわしの家族だった。
……だから、生きてくれ。息子と同じように贖罪をすると言うのなら、君は君だけの———幸せを見つけるべきだ」
背中を押される。行けと言われるように、突き放されるように。
「っ、おじ……」
名前を呼ぼうとした瞬間。おじさんは、どこからか木製の杖を取り出して、天高く跳び上がっていた。
異様だった。もはや歳もいいところに至っている老人が、弧を描いて空を舞っているのだから。
「行かなきゃ……ダメだな、贖罪は———、」
『本人の意思があってこそ』
僕は何を選び取り、何を掴む為に旅をするのか。そんなことも分からずに、ただひたすら。自分のサイドツーに向かって走り続ける。
『インフェルノ———、ストロングブームッ!』
噛み締めるように力強く、天から響いたその詠唱は、炎属性の爆発となってサイドツーの軍団を襲う。
『……んなっ、何だコレは……魔法か……っ?!』
『炎属性の最上位魔法……に、爆発中位魔術の合わせ技……だと……?!』
『こんな僻地にそんなことができふやつ……っ!』
……すごい。コレが———コレが、元魔導大隊の人間の力だと言うのか。
トップクラスの魔法は、サイドツーをも退ける———なんて、そんな光景見たことも聞いたこともなかった。
「ふっ!」
既に開いていたサイドツーのハッチに飛び乗り、そのまま起動シーケンスを開始する。
『搭乗ライセンス承認、LOGIC OS、起動確認』
久しぶりに聞いた機械音声だ。……また旅に出るのか、と実感が湧き始める。
未だ鳴り響く、魔法による爆発音。
わけも分からず銃を撃ち放つサイドツーの間を縫うように、ボードランサーで飛ぶのみだ。
「ボードランサー、セット!……ストロングスコール、イマージュコンテニュティーッ!」
自分の思い描いた『風』の吹き抜ける道ができ、その道をボードランサーが駆け抜ける。
『あっ、あれ!』
『あのサイドツー……まさか、ヤツがやはりここに……?!』
『でもあの速さ、全くもって追いつけません!』
『方角だ、方角だけでも記録しておけっ!』
どこへ向かうのかも分からない。どこに行って、何を見て、何を語られて、どんな贖罪をするのかも分からない。
ただ———自分だけの幸せ、か。
僕はあの人に、幸せを願われた。僕の幸せを願う人が、また1人増えたんだ。
「ありがとう、ジャンおじさん。……しばらくは、あなたに言われたように———生きていきます」
◆◇◆◇◆◇◆◇
空を駆けるサイドツーを見つめながら。
「アイツも、贖罪に追われているとはな……
白も……元気にしとるかのう……」
かつての息子———白のことを想い、それにふけるジャン。
その瞳には、未だに息子と暮らしていた思い出が響き続けていた。
もう既にいなくなった———英雄とまでもてはやされた、息子を想って。
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