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Side-2:最悪へと向かう風上

死にゆく希望

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 長刀を再度構え直し、今一度全速力を以て敵機へと突進する。

 敵機も同じだ。もはや互いに極度の興奮状態、重度のライダーズ・ハイ。
『あ、いける』と何の根拠も無しに思い込み、跳ね上がる心臓をそのままに昂り続ける。

 力の入り続ける、右腕の操縦桿。
 持った長刀の重みに対して生じた、操縦桿の負荷すらも心地よい。


 ……そして、衝突。



 斬ったのは———俺だけだ。


『なっ……っはあ……っ!』

 長刀を持っていた部位だけは斬り落とした。重力に身を任せ、自由落下で落ちてゆく敵機。

 ……がしかし、敵は背部の兵装担架にも長刀を2本携えている。

 ………………一瞬だけ、迷った。
 ウルプスさんの言った『分かり合うこと』だなんて綺麗事が頭をよぎる。戸惑う右腕、ストップをかける頭の中。

 だが、やはり———もう翔吾のように、殺させはしないと誓って。

「…………っ!」

 スラスターを上に吹かし、落ちゆく敵機を直下に見定める。

『っなっ、やっやめ……!』
「じゃあな」

 その胸部のユニットコンテナを、俺は長刀で貫いてみせた。

 直後、敵機はその場で爆散した。

「……これでよかったんだ……よな」

 後悔とも、諦めとも取れるような……ヘンな気分になった。……コレが、人を殺す感触なのだと。




 もう、戻れはしないんだぞ、と。
 アイツを『人殺し』だと罵っていた頃のお前には、決して戻れはしないんだぞ、と自分に言われて。

 ……それでもアイツを許す気がなかったのは、やっぱり俺のわがままなんだろうか。


「壮観だな。…………そういう場合じゃないか」

 空。降り立つ際に見下ろした景色は、サイドツーの爆炎に巻き込まれ燃える木々と、それらが揺らぎつつも明るく反射している水場のみだった。

 が、レーダーに映っていたのは、崩れつつある防衛線だけ。

 元より防衛線などと大層なものを張るつもりではなかったのだが、明らかに陣形が乱れつつある……しかもその中心にいるのは……


「ウルプスさん……まずい、このままじゃあの人は……っ!」

 あの人は経験を積みまくっている、だから大丈夫、と頭では分かりきっていても、やはり俺はその状況を見ておきながら、見放しにすることはできなかった。

「今行く、だからもう少しだけ……!」

 メインスラスターを最大出力で噴射する。交戦中の敵機に狙いを定めながら、確実に1撃で仕留めるつもりで舞い降りる……っ!

「ソイツに……近づくなっ!」

 降下と同時に、その推進力を生かしながら1機を腰部から切断、直後爆発する。

 爆散した敵機の煙の中を、落下の推進力で滑りながら、何とか俺の機体は立ってみせた。

「……ウルプスさん、助けに来ました。……こっちは終わったので、後は俺に———!」

 ウルプスさんの機体は……ボロボロだ。腰部スラスターは共に使用不可能なほどに破損、左腕、左脚装甲部にも破損部位がある。……どれだけ泥臭い戦闘をすればこうなるのだろうか。

『すまない………………気が引けるな、ブラン少年よ……』
「いいんです、俺は…………貴方の言葉で、少し変われた気がしますから」

『随分マシな口きくようになったじゃないか、この1時間ちょっとで何があったのか…………まあ、気にしてる場合じゃない……わな』


 ……しかし、この状況は———後先考えずに突っ込んだが、この状況はよく見たらかなりヤバい。

 敵機、その数は3機。三角形を形作るようにして、陣形を組んで俺たちを囲んでいる。

 すぐそばは水辺なので、1機は浮いたままだが……って、そんな情報、どれだけ考えたって意味はない!

「ウルプスさん、右のヤツを頼みます。俺は正面のヤツを。左の水辺で浮いてるヤツは後回しで」

『…………お前に従う……とはな……っ!』

 互いに。もはや合図もないのに、全く同じタイミングで踏み出し、駆け出す。


『ちくしょう、売国奴め……っああああああっ!!!!』
「うるせえ……こっちはガキかよっ!」

 例え敵機に乗っているのが誰だろうと構わない。俺の邪魔をするのなら殺す。ただそれだけを思って、操縦桿を動かし続ける。

 長刀同士は触れ合うことすらなかった。俺の咄嗟の切り返しが上手く効き、そのまま敵機のユニットコンテナ部に直撃。……勝った。

『ぁ…………ぅ…………っ』

 一思いに死なせてやれなかったのが、唯一の心残りだ。
 ……後方、ウルプスさんは……よかった、あっちもちゃんと倒せている……!

 やっぱり強いんだ、違うんだ、俺とは何もかも。

『ブランっ! 後だ、既に来ているぞ!』

 っそうだ、後1機———後ろに回り込まれていた……でも、この体制からなら、もう一度長刀は振り直せる……っ!

「しゃらああああああっ!」

 またもや、敵の胸部を斬り上げた。ユニットコンテナの装甲を貫いたのは間違いない、コイツはここで終わった。


「……ふ……ぅ、終わりましたね、ウルプスさん」
『よくやったな、ブラン少年。……まだ実戦は2回目だというのに、よくもまあここまでできるものだ。私は感心している』

 褒められて、素直に嬉しかった。親父に褒められた時は、あんなに何も思わなかったのに、そんなことが嘘のように嬉しかった。

 ……やっぱり、俺は慕ってるんだ。この人のことを。

 だって、そうだよな。隅から隅までちゃんとしてる。立派な大人、軍人として堂々と在り続ける立派な人。

 それだけでも、俺はやっぱり———っ?!

『っは、どけえっ!』

 なんでだ。……なんで、なんで俺はウルプスさんのサイドツーに押された……?!


 倒れかかった視界で、ウルプスさんのサイドツーを見つめた瞬間———数本の光の線が、そのサイドツーを貫通した。


「っ、うあああああああああっ!!!!」

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