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Side-1:希望と贖いの旅々(後)

分かり合う道を( Ⅱ )

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「そぉぉぉぉぉおれっ!」

 サイドツーの水撒き。
 その剛腕を用いてまで僕が行ったのは、水の入った巨大なタライ(に変身したフォルスさん)を振ることだけだった。

『コケーーーーーッ!!!!』

 ……コケー?
 え、まさかアレ……ニワトリ????

『おーおー、イキのいい鳴き声じゃねえか!……つっても、どいてくれないなあ……どうしようか……』

 水をかけた———はいいものの、未だに怪鳥———ブレイブバードはその場から動こうとはしない。何か事情でもあるのだろうか。

 ……僕には一切分からないし、そんな事情の理解になんて到底及ばなかった。


『ここまでやってもどかない……なら、なんか事情があるんじゃないんですかね、兄貴?』

『事情がある……か……だとしてもなぁ……』

『兄貴ぃ……フォルスさんの種族を忘れてもらっちゃ困りますよ……』

『そっか———魔族だから、魔族同士の意思疎通は可能だ!

 すまんフォルス、もう一仕事できたぞっ!』

 ガスさんが視点を向けた先には、人型を模した半液体のような姿になったフォルスさん……だったが、ところどころ水浸しで、おまけに本人もグッタリしている。

『また……仕事、ですか…………あの水、結構重かった……んですよ……?』
『すまんな、でもコレはお前にしかできない仕事なんだ、頼むっ!』
『はいは~い……フォルスちゃん、もう一仕事がんばりま~す……』

 どこか気怠そうに立ち上がった(と言っても下半身がないので立ち上がったかどうかはよく分からないのだが)フォルスさんの周りに、突如緑色に可視化された魔力が渦巻き始める。

『……ブレイブバード……怪鳥ブレイブバードよ!……なぜ、貴方はそこにいるのですか?』

 ……口調が変わった。少しだけ丁寧に。



『……』

 沈黙は続く。ブレイブバードも特に反応することもなく、未だに目を瞑ったまま。

 さっきの水をかけた時に少しばかりビクッと痙攣しながら目を見開いたが、その直後から閉じたまんまだ。

『…………もう一度、聞きますね?
 ブレイブバードさん、貴方はなぜ、ここにいるのですか?』

 声が震え始めた。しびれを切らし始めている……!


『……』

 またもや沈黙、すると。



『おぉいゴラァッ! さっさと答えんかこのポンコツチキンッ! テメー魔族に成り上がったからと言って調子乗ってんのか、ああんっ? 

 この術式なあ、起動させてるだけで負荷かかるんだよ、魔族のテメェなら分かるだろうがあぁん?! ええ加減にせんとしばき倒して焼き鳥にするぞこのクソ鳥ぃっ!』

『ゴケーーーーッ!!!!』



「…………なんですか、今の」
『ケイ、気にするな。ちょっとキレただけだ』

 ちょっと……?
 今のが……ちょっとキレた……?


『…………おっほん。
 では~~もう一度、質問しますね?』

 一瞬にして戻る声帯。底無しの怖さを感じた。

『貴方はなぜ、ここに留まっているのでしょうか? 120文字以内で簡潔にお答えくださぁい!』

 なんですかその条件。
 キレてるテンションの時がちょっと残ってるんですけど。謎の条件ついちゃってるんですけど?!

『コッ、コッコッ、コッコッココココッコケ……!』

 ブレイブバードは必死に頭を振りながら色々と話し始めている。……いや、そりゃあそうなるだろうな……

『……ふむふむ、なるほど……ここにいい『スポット』があると?』

 スポット……スポットってなんだろう。
 サイドツーのレーダーには、あのニワトリの位置を示す巨大な魔力反応点がある。

 アレはてっきりブレイブバードのものかと思っていたけれど、もしや『スポット』と呼ばれるものがそれなのか……?

『なになに……『妻のいない間に浮気して、別のメス孕ませたらそれがバレて、妻に住処から追い出されたからここで孵化させる』ぅう?』

 ……なんだ今の。ニワトリ界の闇を垣間見た気がする。なんでそんなに人間くさいんだ。

『……でもでもでもですねぇ……? そこにいたら、人間たちの邪魔になるので……端的に説明させてもらうと、今すぐそこを退いてもらえませんか?』

『コケッ、コッゴケ———』

『退かないと言うのなら……まあ、力づくで排除するまでですが』

『コケェ……』


『……退いてくれるそうですよ!』

「退いてくれるそう———って言うか、明らかな誘導ですよね、武力行使も止むなしでしたよね今の雰囲気?!」

 ブレイブバードが退いたその地面には、何か下の方が水色に光り輝く…………雀の巣……?……のようなものが置いてあった。

 そしてそこには、4個の卵のような小さな球体が、ぽつんと添えてある。

『……フォルスさん、よく考えたら……コイツを退かしてどうするんですか?

 結局コイツ自身の問題は解決してないですし?……コイツの巣はどこに置くんですか、魔力の流れが活発な場所じゃないと、魔族になったコイツの卵は孵化しないと思うんですが……』

『そーだな、ジェールズの言う通りだ。
 フォルス、お前は何か考えて———』

『考えて? ませんけど?……大体こっちはもうくたびれました、少し休ませてくださいい~……』

「とっ……とりあえず、そっと巣をどかしてきますね……」


 サイドツーの腕部を用いて、その巣を下からすくい上げた瞬間だった。

「っ、うわぁ……」

 その巣の下にあった、水色に輝く穴から光の線が空へ伸び、徐々にその輝きは辺り一帯を飲み込んでゆく。

 まさに、その巣が栓であったかのように。
 その穴からは、ほとばしる魔力が溢れ出していた。

『すっげぇ……なんだコレ、コレが魔力の沸いた……スポットなのか……!』
『…………これ、本当にスポットなんですか……? 私、とてもそんな気はしなくなってきたんですけど……ぉっ?!』

「んおぉっ?!」

 穴から亀裂が広がり、地面に大きな振動が響き渡る。
 地震……のように思えたが、多分それは違う。何より亀裂は、穴の中から発せられていたものだからだ。

『……まずい、ケイさん、崩落します! 私はガスさんとジェールズさんを守るので、ケイさんは卵の死守を!』
「っ、はいっ!」

 激しい振動の中、視界が光に飲まれてゆく合間に見えたものは———穴のような、黒い何かだった。
 
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