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第一次真珠海作戦(後)

Side-〃: 死の淵

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「………………ヴェン…………デッ、タ?」

 朧げ———と言うか、もはや何も見えなくなってきている。

 だが、視界には微かに光が入り込んでいた。

 身を襲う激痛も、今となってはその全てが消え去っていた。


「ここは…………私、は……っ!」

 頭から血が垂れ、見開いた目にそれが入り込んだ。…………余計に、何があった……?


「何で、光が見える……の、ヴェンデッタ、は……?」

 

 ……まあ、どうなっていたかなんて———ヴェンデッタとのAACICリンクが途切れていると言う事実から、どうしようもない真実が分かってしまった。

「そっか、ごめんね…………私の、せいで……

 無理を、させたよね……ごめんね、本当に、ごめんね……!」

 泣いたって仕方がない、そんなことは分かってる。

 分かってるんだ、分かっているんだ、分かっているんだよ……!


「……ふぇっ?!」

 唐突に視界が持ち上がった。……まさか、機体自体が動いた……?!


『もう一度』

 声が聞こえた。女のような、慈母のような。聞いていてどこまでも落ち着いた気持ちにさせられる、優しい感触の声だった。

『戦いたいですか?』


「…………戦えるって、言うのならば、私は……!」

 既にユニットコンテナの正面はボロボロ。アレだけ幾重に重ねられていた鉄の壁も、今は少しばかり真ん中の方から外の光が差し込むくらいには損傷している。


 ……それでも。
 戦えるって言うんだったら。


「バカ、だよね。ここで戦う、とか、アホ……だよね……

 でも、いいの。何とでも罵ってくれていい、だから……行かせて……!」


『AACIC、及びマジニックジェネレーター、再起動確認』


◆◇◆◇◆◇◆◇


 モニターはある程度回復した。
 スラスターだってそんなに損傷はない、だからこそ今の私は飛べている。

 現状確認だ。まだヒノカグツチは落ちてない、ベーゼンドルファーは依然第0機動小隊と交戦中。……だが、もうヒノカグツチまでそこまで距離がない。


「……何アレ……!」

 ベーゼンドルファーが左腕を天に掲げ、そこに灰色の魔力が収束する。
 それはみるみるうちに球体の形を成し始め、あっという間に超高密度の魔力弾が完成してしまった。

「まさか、アレを放つ気……!」

 魔力弾をベーゼンドルファーが両手で掴んだ瞬間、ソレはその場で爆散した。

 同時にその衝撃波に晒される第0機動小隊の面々。その全機が吹き飛ばされ、空中に散らばってゆく。

「———っ、行かせるわけにはいかない……っ!」

 武装はゼロ、オマケに損傷も激しすぎる……でも、せめて1秒だけでも時間を稼げれば……!

「止まれえぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」

 推進力を利用して、ベーゼンドルファーに取り付く———はずだったが。

「……ふ……っ、ぐ……っ!」

 ……呆気なかった。

 そのまま右腕で胸部を掴まれた。…………潰される。


「っ、この……っ、ふぅ…………っ!」

 どれだけヴェンデッタが拳を振るおうと、その全てがヤツには届かない。
 このまま終わるとしても、時間稼ぎにはなった…………ならば、大丈夫———、

















「んな、わけ……ないでしょ…………私は、ケイの……帰りを待っているんだから……!

 死ねない、死ねないんだ、まだこんなところで、死ぬわけにはいかない……!

 まだ、ケイに———おかえりを、言ってあげていないんだからぁぁぁぁぁぁあっ!」

 

 ヴェンデッタの最後の一発。
 その拳を、ベーゼンドルファーの右腕に直撃させた瞬間、ベーゼンドルファーは吹き飛んだ。


「っはあ、……何、何が起きたの……?!」


『こちら…………コーラス12……サイドツー・カスタムゼクス、行くぞ……!』


 コーラス12……って、秀徳……?!
 死んだはず……じゃ、なかった……!


『邪魔ダ、貴様も死ぬがいイっ!』
『ランドの仇…………だった、なぁっ!!』


 幾度となく、空中でぶつかり合うベーゼンドルファーとカスタムゼクス。

 カスタムゼクス本来の用途———サブアームによる同時射撃……なんてものは一切使わず、ただただサイドツーの拳のみを信じた肉弾戦。

『俺は決めたんだ、ランドを奪って、何も言わずに消えたテメェを、ブン殴るって!

 俺はまだ、テメェからの謝罪を聞いてねえ、心からの謝罪を聞いてねえんだ!……何とか謝ってみたらどうだ、アイツを殺したことを詫びますって!』

『謝る……だト?』

『そうだ、お前に謝ってもらって、アイツの死を悔やんでもらって、そして償ってもらう!……テメェを殺して済む、なんて、そんな問題じゃねえんだよ……!』

『…………償う、方法が、あると言うのカ……?』

『ある!……償わなくちゃならないんだ、お前は! そうだろ、ブラン・カーリー!』


『それで……やリ直せルト言うのなら、俺は———!』

 ベーゼンドルファーの動きが一瞬鈍る。……まさか、そんな説得で本当に成功すると……?


『っぐ、ああああああああああああっ!!!!』

 通信越しに聞こえる、ブランの漏らす苦痛の声。

『あ…………っ、はっ、は…………っ、殺せ……!』
『何だと……?』


『俺を…………殺してくれ、今、今殺さなければ…………俺はまたみんなを傷付ける……!

 頼む、頼む…………もう、俺は殺したくない…………


 ベーゼンドルファー! 俺はもう、戦いたくないぃっ!!!!』



 ———だが、そんな説得は虚しかった。

『お前何して———っ、ずああっ!』

 カスタムゼクスを無理矢理押し退けたベーゼンドルファーは、そのままヒノカグツチを前にして、その剛腕を魔力を溜め始める。

「やめて、ブラン!」
『また殺す気か、お前はっ!』

 


 閃光。
 ヒノカグツチ、その正面にて。


 衝撃波を伴った閃光が、場に轟いた。




 最後の希望は今、完全に潰えてしまったのだ。
 
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