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ビヨンド・ザ・ディスペアー

分かり合う道を( Ⅴ )

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『ああああああっ!!!!!!……あ……あぅううっ……!』
「よかった、まだ生きてる……!」
『いたい……いたいよ、痛いってば……お兄、ちゃん……痛いんだってぇっ!』


 右半分が消滅しようとなお———その機体は一直線でこちらに向かってくる。その速度、まさに音速。
 一瞬にして激突、一瞬にして接触。気を抜きかけた瞬間が、僕の死線だった。


「ぐっ……!」

『あは、ははは、あはははははっ! 痛い……痛いよ、痛い痛い痛いぃっ!!!!』

「だったら…………やめればいいだろ、そんなこと……!」

『僕は…………ねぇ、もう引けないんだぁ……! 次失敗したら、もう命はない……結局僕たちは、消耗品だから……ね……!』

 消耗品———意味が分からない、どういうことなんだ?!……この僕にも分からないってことは……それでもどういうことだ?!

『そっかあ、お兄ちゃんは……知らない、よね、僕たちみんな———地上の人間のだってことを…………さぁ……!』

「なっ……?!」

『オリュンポスの人たち、みんな……みんな、みんなみんなそうだよ……? 結局いくらでも代わりはいる、遺伝子サンプルなら……とうの昔に全員分……揃えてある……

 だからね?……失敗しても、交配パターンを変えて、二代目がすぐに生まれてくるんだぁ……その前のパターンは『失敗作』扱いされてさぁ……?

 お兄ちゃんたちが戦ってた『神話的生命体』って呼んでるヤツだって、アレも失敗作の人間の肉塊なんだよ、骨なんだよ? 失敗作扱いされたら、もうその子に未来はないの、神話的生命体になるか、ロストになるかしかないのっ!!!!

 ………………お兄ちゃんも、僕も、…………っ、から生まれたんだよ?

 ……だから僕たち、等しくトゥルースなんだよ……AGE2684年生まれの、トゥルースから生まれた新しいトゥルース!』

「……………………」

『だから……意味なんてないんだよ。結局お兄ちゃんだって、意味もないまま、虚しく死んでいくだけ、そうでしょ?』


「………………………………ちがう」

『だから僕もね、命令通りにみんな殺すんだ……意味なんてないから、生きてる意味なんて、実感なんて、そんなものないからぁっ!!!!』

 ヴェンデッタの感覚越しに、掴みかかられた右腕の力が更に増したことがわかる。……このままじゃ、ヴェンデッタの左腕がもぎ取られる!

「レイル・ダンジュッッ!」

 命令した瞬間、レイルダンジュはトゥルース機を囲む。今にも神力光線を発射できると、その先端に水色の光を蓄えていた。

『にぃっ!』
「っな?!」

 ヤツが一瞬、こちらの腕を離した瞬間———トゥルース機の左腕より、手甲剣が一瞬のうちに生えてみせる。

 ……がしかし、ヴェンデッタの方が早かった。

「遅いっ!」
『ふふぅ……っ!』

 右脚で蹴りやったはいいものの、ここからどうする……?

 殺す———ダメだ。…………絶対に、それだけは。


『お兄ちゃんは殺したくないんだけどね……僕の前に立つなら、殺す———!』
「殺させてたまるかぁっ!」

 レイルダンジュ2基を両側に接着させた長刀を取り出し、迫り来る手甲剣の猛攻に対抗する。

『んっ!……んんぅっ!!!!』
「話し合えば分かり合えるって言ったのは、君の方じゃなかったのか!」
『分かり合いたいよ……っ!』

 互いに弾け合い、互いの刃がこぼれ始める。

「だったら話し合おう! こんな機体に乗らなくたって……!」

『違う、違うんだよ、コレは僕の足! 目! 腕! 頭! 体! そして口なんだよ! 僕はコレがないと、生きていけないんだよっ!』

「なら乗ったままでもいい、とにかく話し合えば許し合える時が来るはずだっ!」

『無理だよ、無理なんだよ結局…………僕はね、命令に生きていくしか無理なんだよ、僕だって……死にたくはないからぁっ!』

「だったら、ソレに乗らなくたって生きていけるやり方を見つけるべきなんだ! 君にソレは似合わない、絶対に!」

『何も知らない……何も知らないのに、そんなこと言っても……!』

「知らなくたっていいさ……いいや、僕は君のことが知りたいんだ、君と同じさ、知ったら……いつか分かり合えるはずなんだ、オリュンポスとも、トランスフィールドとも……!」

『分かり合えるはずないんだよ……そんなことないんだよお兄ちゃんっっ! 結局僕は空虚なんだ、僕には今まで何も……何もぉっ!!!!』

 トゥルース機とヴェンデッタの、互いの拳が正面からぶつかり合う。

『………………だか、ら、こんな生き方しか、ないんだよ』






「———空虚だっていい!……いいや、ソレは空虚なんかじゃない、君だってその年まで生きてきたはずなんだ、だったら君にも出会いがあって……別れがあって……ソレを空虚だなんて言わせない!

 だから僕は……そう言わせないために、君のことを知りたいんだよ! もっと教えてくれ、君のことを! 僕は知りたい、唯一の家族のことを!」

『家…………族……ぅ……?』

「そうだ、家族だ……僕たちは家族だ!

 この広い地球上で、唯一の!……僕の妹なんだろ、君は!」

『…………家族だからって、だから…………?!』

「家族! 分かり合う必要があるんだろ!


 ……お兄ちゃんが何でも聞く、お兄ちゃんが何だって導いてやるから!……君がそうしてくれたように!

 空虚なら、一緒にその隙間を埋めていこう! 生き方が分からないのなら、僕も一緒に探してみせる!……それでも、それでも分かり合えないっていうのなら………………いいや、何をしたって、僕はと分かり合う!

 そして許してやるんだ、いつか! 償えない罪なんてない、君が例え今までに罪を犯していたとしても、それはいつか必ず精算できるんだ…………自らの命を以て、償う以外の方法でも!」


『…………ぃ……いい……の……?』

「……いいんだ、いいんだよ! 僕は君の、お兄ちゃんになってみせるからっ!!!!」

『リコ……だって、いるんじゃ…………ないの……?』

「…………いいんだ、リコと君は違う。リコは僕の運命の人で、君は僕の妹だ。……違うんだよ、君は決してどこにもいないわけじゃないんだ。

 君は誰かと同じだから、ここにいない……なんて、そんなわけないんだ。君には君の、僕には僕の人生があるから」





『………………妹に、なっても………………いい、の……?』




「ようやく言ってくれた。……交配パターンを変えて……って言ってたけど、それで僕と同じような……いいや、まるでコピーみたいな女の子が生まれてくるなんて……おかしいんだよ。

 君にだってあるはずだ、本当の自分が。もうなくなってしまったかもしれないけれど、それは絶対に君の中に眠ってるはずだから………………その自分と、向き合ってごらん」





『本……当、の…………自分……?』


「やりたいことがあるだろ、本当の自分のやりたいことも、何もかも……!」


『そう……いえば、あったなぁ……

 戦いたく、ないから……そんな、世界を作ることが……夢、で……』

「そうだ……そうだそうだそれだよ!

 本当の君は、本当の心は、きっと———そこにある!」




『じゃあ、じゃあ………………あぁ……この、胸の高鳴りって…………本当、だったんだ……!

 私、今……生きてるんだ……生きて、そしてケイとも、分かり合えて———』





 僕が、ヴェンデッタのその手で、手を伸ばしたその瞬間。



 目の前を、幾重もの閃光が通り過ぎた。

「ぁ———」
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