ミリしら令嬢 ~乙女ゲームを1ミリも知らない俺が悪役令嬢に転生しました

yumekix

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第一章 幼年期

転生

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「リディア様! お目覚めになられましたか!?」

 先ほどの玲司の叫びを聞きつけてか、三人ほどの女性が部屋に駆け込んできた。年齢は玲司の母親くらいから二十前後まで様々だが、揃いの濃紺の洋服に真っ白なフリル付きのエプロン。そして髪はお団子にしてその上に白い帽子の様なものをかぶせている。まあ、早い話がメイドさんだ。

「あんた達誰だ? どうなってるんだよコレ!? どう見ても子供になってるし、しかも女だし! それにここは何処だよ! 野球部のみんなは何処へ行ったんだ」

 問い詰める玲司に、メイドたちは困惑する。

「何をおっしゃっているのです? リディア様、まだご気分が優れないのでしたら安静になさって……」
「リディアって誰だよ!? 俺は脇谷玲司わきやれいじだ。リディアじゃない。とにかくここが何処で、なんで俺が女の子になってるのか説明できる人を呼んできてくれ!」

 大声で喚き続ける玲司を見て、メイドたちの表情が困惑から怯えに変わる。

「リディアじゃない、ですって……?」
「ま、まさか……取りかえ児チェンジリング……!?」

 殺人鬼でも見るような目でこちらを見つめながら、じりじりと後ずさるメイドたちに、玲司はなおも詰め寄ろうとする。

「ここが何処か知らないけど、試合中に倒れたんだから野球部の誰かがここへ連れてきたんだろう? 野球部の……そうだ監督! 西山高校野球部の寺橋監督に連絡を取りたいんだけど、電話を貸してくれないかな」

 だが三人のメイドは、玲司が歩み寄った分だけ、いやそれより若干多めに後ずさって距離を取ろうとする。もちろん、電話を貸してくれる様子もない。

「少し、リディア様と二人きりにしていただきたいのですが」

 開け放たれたままの部屋のドアの前に、もう一人の女性が現れた。三人と同じくメイド服を着ている。

「エレナ! 身体はもう良いのですか?」

 エレナと呼ばれたメイドは、玲司に歩み寄りながら答える。

「わたくしは大丈夫です。それよりリディア様を取りかえ児だと疑っていらっしゃるようですが、そうではないと思います。頭を強く打った時にしばらく記憶が混乱するのはままあることですわ。同じ事故にあったわたくしから状況をご説明申し上げれば、すぐに正気に戻られると思いますので、少し席を外していただきたいのですが」

 そう説明しながら玲司の顔に優しく包み込むように両手を添え、「お熱を測りますね」と言って、屈みこんで玲司の額に自分の額を重ねた。
 エレナの長いまつげと、お団子にした髪からこぼれた茶色い後れ毛と、エメラルド色の瞳が至近距離に迫ってくる。

「日本のことについては私から説明しますから、とりあえず落ち着いて」

 エレナは玲司にだけ聞こえるように小声で、そう囁いた。
 日本のことについて? 逆に言えば、ここは日本ではないのか? 聞きたいことは色々あったけれども、玲司は黙っていることにした。どうやらこのエレナという女性は、他のメイドたちを遠ざけた後で説明をしたいらしいと理解したからだ。

「お熱はないようですが、念のためベッドでお休みになっていてください。わたくしから事故のことを説明しますわ」

 背中に軽く手を添えてそう促すエレナに、大人しく従ってベッドへ戻る。その様子を見て、三人のメイドたちは少し警戒を解いたようだった。

「で、では、わたくし達は戻ります。エレナ、リディア様を頼みましたよ」

 一番年長のメイドがそう告げて、彼女たちが退出すると、エレナは一旦部屋のドアを閉めに行ってからすぐに戻ってくると、改めて口を開いた。

「まずは自己紹介からしましょうか。私はエレナ・ルシエンデス。日本での名前は斑賀李衣はんがりい。東京のシステム開発会社に勤めていたの。あなたは?」

 問われて玲司も自己紹介を返す。

「西山高校二年の脇谷玲司。野球部のスタメンで守備位置はライト、打順は六番。試合中にフライの球を顔面に受けて倒れて、気がついたらここにいた」

 それを聞いてエレナは、少し思案顔になる。

「口調から察してはいたけどやっぱり男の子か。また厄介な……いやある意味おいしいけど……やっぱり厄介の方が多いわね」

 玲司を置いてけぼりでぶつぶつ言っているエレナに、玲司は不満げに問いかける。

「説明してくれるんじゃなかったのかよ」

 エレナは悪びれた様子もなく「まあまあ焦るな少年」と玲司を宥めた。

「ちなみにその試合中に倒れたってのは、何年何月何日の話?」
「20XX年八月十一日だけど」
「ありゃ、私と同じ日だ。私は試合じゃなくてコミケ中に熱中症になったんだけど」

 ふむふむ、するとその日にちが何か関係してるのかな、などと、相変わらず一人で何かを納得しながらつぶやいているエレナ。玲司はいい加減イラついてきた。

「なあ、結局何がどうなってるんだよ。どうやったら元に戻れるんだコレ!」

 少し声を荒げて見ると、エレナは「分かったわよ。えーとどう説明したらいいかな」と前置きしてから、少し間を置いて喋りはじめた。

「つまりね、ネット小説でよくあるじゃない。ごく普通の日本人が、ゲームの中の世界に転生しましたってやつ。知ってる?」
「……そういう小説があるのは知ってる」

 マンガ好きな友達の伊藤が最近ハマっていた作品の一つが、やはりそういうネット小説のコミカライズだった。伊藤に貸してもらって玲司も読んだが、不登校気味の男子高校生がトラックに撥ねられて異世界に転生し、モンスター退治に精を出すお話だった。

「私と玲司くんの身に、まさにそれが起こったのよ。これは十五年くらい前に発売された乙女ゲーム『チェンジ☆リングス』の世界なの」
「はあ!?」

 意味がわからない。ゲームの世界に転生する話がネット小説でよくあるのは、所詮は作り話だからだ。ファンタジー小説の内容と同じことが自分の身に起こったなんて言われて納得できるはずがない。

「そんなふざけた話、誰が信じると思って……」
「じゃああなたのその身体の変化、他にどう説明できる?」

 言われて玲司はおし黙る。自分の身体が今、脇谷玲司とは似ても似つかない姿になっていることは疑いようがない。実は気を失っている間にVRゴーグルでもつけられていたら自分の姿が少女に見えるなんてこともできるかもしれないが、目の周りを触ってみてもゴーグルなんて着けていない。

「認めなさい玲司くん。ここは乙女ゲーム『チェンジ☆リングス』の世界で、キミは主人公の恋のライバル、リディア・エチェバルリアなのよ」
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