10 / 13
第10話 道場破りな夏ちゃん
しおりを挟む
これは緑蜜ダンジョン部のグリーンキャップ討伐日、不在であった雷夏の語られずにいた野暮用の記録……ではなく。
時空を超える剣技、神牙流と秘刀名刀の一振り緑蜜にまつわる、彼女の過去物語である。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■
■
まだ若かりし頃の雷夏は、胸に宿る一振りの鼓動をアテに……緑蜜市から少し北へ離れた地、栃木蒼月市にある、とある道場の元へと訪れていた。
さっそく、何故かすぐ道場横にある真新しいコインランドリーへと黒い愛車を止めた雷夏。そこですぐ目に飛び込んできたのは、なにやら手作り感のある木製の立て看板だった。
《夜の道場やってます》
「夜の道場…? んや、ふむふむ。夜8時から9時半みっちり指導で、子供なら初回2ヵ月無料か。それは太っ腹ですごいな」
コインランドリーDREAMERのすぐ前、中にもビラなどの道場の宣伝があり、ひじょうに熱心である様が窓外からでも見て取れる。
「ふむ。なぜ夜かは知らんが、最近はそういうのも多いと聞く。まぁ夏ちゃんも先生やっているから、子供が1人でもいないことには仕事にならんからな、ははは」
洗濯機や乾燥機にとどまらず、やけにピコピコと光る色々な機器があるコインランドリーDREAMERのことも気になったものの、雷夏は早速その真新しいコインランドリーから、おそらく今回の目的であろう、すぐとなりの道場の方へと歩いて向かった。
▼
▽
今どきそんな風景は珍しい。寺の坊主や神社の息子ぐらいである。藁箒で道場前の敷地を邪気でも払うように掃いている、赤髪を束ねた水色の道着姿の女がいた。
その掃く箒のリズムを耳に入れながら、初めましてでもまったく臆さない様子の雷夏は、同じような170cm超えの背丈の女に近付いていった。
「何奴か?」
にこやかな表情で近づいて来ている青髪のオンナがいる。青髪の知り合いはたくさんいるが、そのどれとも違う紫がかっていてすこし暗い、紺色に近い青だ。そしてギラつく赤い瞳は異様。
赤髪の女は武道家として、剣士として、鍛え培い凝らした目でその正体を見てみる──。やはり見て取れる立ち居振る舞いの情報だけでも、どこかこの女には妖しげなオーラが微かにある気がする。
(こいつはなんだ? 流水流にこんなヤツは当然いなかったが。知り合い? なわけない、いや…なわけない、そうだこんなところには…? あの一家が……来ないとも言えない、そうでもない、なわけない────)
近づいた自分を訝しげに睨む湖のように澄んだ色合いの目がある。そして、ひとこと簡潔に正体を問われた雷夏は、思い返せばノープランであったため少し考え込み……元気に相手の目を見ながら答えた。
「あぁ、そうだなぁ……? ──うんわかった。道場破りだ」
「は?」
道場破りときこえたが気のせいであると、今どきそんな珍獣はいないと思い、思わず「は?」とひとこと赤髪の女は漏れ出てしまった。
相手の赤髪のリアクションが想定していたものと異なったため、雷夏はクビをかしげた。
そしてもう一度──。
「道場破りの夏ちゃんだ」
ぐっと握った左の手の甲を、ギラつく赤目とともにお相手に見せつけてみた。
「お姉さんそうではなく…」
「道場破りの雷夏ちゃんだ!」
呆れ気味のお相手に、それでももう一度────。
「そうでもないッッ!!! 貴様ァ、なぜ自分で自分をちゃん付けしているッッ!!!」
選択肢を誤りついに赤髪の女が怒りだしてしまったが、怒る部分が独特であったため、また軽く雷夏は首を傾げる。
「イヤ、おそらくそうでもないだろ? そりゃ夏ちゃんは夏ちゃんだからなっ、絶対的に」
「何歳だ、言えッ!!!」
「えいえんのにじゅうほにゃらら、夏ちゃんだ」
「そうでもないッッ!!!」
「まっ昼間からうるさいなぁ、とっとと入れてくれよ。雨足が早くなってきたぞ」
「ホントッッ…ウだ!!! って道場破りのヘンタイを入れるかァッッ」
「なぜだ衣食住と道場破りの権利は基本的人権で日亜国で保証されているはずだぞ」
「そうでもないッッ! そうであるものかッッ! はぁはぁ……ッ何が人権だ、お前のような不審者は伊達にして表へ追い返すのみだ」
「ダテ? なんだそれ? もしやこの先に…ははーん、伊達政宗がいるのか?」
「その伊達だが伊達じゃないッッ!!! ───独眼竜でもないッッ神牙流の看板も読めないのかッッホントうにふざけるなヘンタイオンナー!!!」
「どっちかというと…?」
「なんだその目はァッッ」
「はっはっは、こりゃ元気な道場だ。期待できそうだ、邪魔するぞ」
「邪魔だぁッッ!」
▼
▽
お相手の赤髪が息を鼻息を荒げながらもテンポ良く会話も弾み。そろそろと門前でこれ以上雨に打たれ藁箒に叩き掃かれないように、青髪は赤髪の左脇をいつの間にやらするりと押し通った。
お邪魔した道場内はいかにも歴史ある古めかしい雰囲気であり、しばしジャージ姿の雷夏は深呼吸したり見渡したり、この古い道場内でしか味わえない成分を子供のように堪能していた。
深く堪能していたところに────
「おいッ邪魔だと言ったろ!(身のこなし…油断していたとはいえ野良猫のようにするりと)」
赤髪は邪魔な箒を道端に捨て、ぴったりと雷夏のあとについてきていた。神牙流の門下生になった身として、赤髪はこの青髪の不審者を即刻神聖な道場内から退去させねばならない。
「んー、やっぱり元気っ娘のオマエじゃないな。この気配は」
「……なんだと?」
「おい、この道場で一番強いヤツはどこだ? そいつにちょっと私の刀について話がある、おそらく。バチバチの絶対的にぃ……そんな気がするというものだ」
青髪の不審者は振り返りながら、そんなことを不躾に尋ねる。なにがおかしいのか半笑いでだ。
(一番強いヤツだと…? ──)
「ふざけるなよ…」
さっきまで元気であった赤髪が急に押し黙り、様子を変え、遠く壁際へと離れていったかとおもえば────。
「──ん! なんだこれは?」
それが何かは分かっている。「びゅん」と──、集中せねば常人では取れない程に、勢いよく回転しまっすぐ飛んできた木刀が、雷夏の手に収まっていた。問題は何を意味するのか、道場破りの設定で来た者は燃えるような色合いの赤髪の門下生に問うた。
だが言葉にされずとも既に明白である。燃える色合いとちがい、凛と姿勢ただしく木刀を構えるソレは、険しい剣の道をただしく進んだ者の構えだと、雷夏は知らなくても見て取れた。そして、自分のものとは少し違う赤髪の女剣士に内在する青いオーラ、その水のような流れに、雷夏の見開いた赤目は思わず見惚れて、にやりと笑ってしまった。
「遊びじゃない。これ以上邪魔をするならば伊達にすると言ったろ、道場破り」
雰囲気が変わったとはこのこと、さっきまで元気にはしゃいでいた赤髪の姿ではない。
そして一言答えをきいたあともう既に浸っているのに雷夏は気付いた────彼女の発する威圧に、間合いに、殺気に、裸の足裏がひやり濡れている。
「はっはっは、ダテの意味が少し分かってきたようだ…コインランドリーのとなりにしちゃぁおそろしい道場だな。絶対的にぃ」
依然口数の少なくなった赤髪の美剣士は、両手で剣を握り、基本であり美しい正眼の構えを披露している。眼差しは真剣。なんとも真っ直ぐな性格とも言え、例えどんな悪党や輩が相手であろうとも、剣の道に対して紳士であるように見える。
対して青髪の美剣士は挑発するように、片手でもった木剣の切っ先を目一杯伸ばし、マッスグ──対峙してくれた赤髪にプレゼントした。そして、連想し思いついた名台詞を神妙な面持ちを添えてくれてやった。
「まともでない人間の相手をまともにすることはない」
「? な、なにを言っている貴様は?」
剣を手に取り切り替わったまともな表情で変なことを言う……。
赤髪の美剣士は、向けられた素人木剣の切っ先よりもその台詞の意味がすぐにはわからず、若干柄を握る力が自分の表情とリンクして緩んでしまった。
「by 伊達政宗」
「言ってない! っ────コロスッッ!!! ────────」
開始を待たず自分のためだけのタイミングで噛みついてきた獣剣を受け止めた。ニヤリと笑う赤目が近く鬱陶しい。だが、荒々しい一撃を受け止めた木剣は軋み……その重いプレゼントに耐え切れずへし折れ砕けてゆく────。
赤髪の美剣士、その湖のように澄んだ瞳は、無法者に投じられたイチゲキに今、激しく波立っている。
散り散りと舞う木っ端と、この世で今まで見たこともない青髪の美剣士と、ギラつく赤目を見据える水面に映して────。
目の覚めるような落雷が剣士の生身、その右肩口に浴びせられた。
(飛びかかって来た素人の剣を受け止めたはずだった)
(イヤ、素人ではない。それはなんとなく分かっていた。だからこそこのような形を取った)
(…気に食わないのだ、あたかも大物のようなニオイをただよわせる…それこそ伊達者が)
(私はホンモノたちを知っている、そしてこれは────)
その身に雷を受けた。
痛む、痛烈に撃たれた右肩が。
轟き届いたこの身の芯まで。
「おっとすまない、あまりの殺気についダンジョンが出てしまった」
その身に打ち付けた青い剣士の木剣もまた砕ける──それが幸いしたのか。
赤い剣士は右肩をぐるりと一度だけじっくりと回した。そして、両者得物がないことを知り、赤い剣士はおもむろに道場の壁際へとまた歩き出す。
静まりの中、
立て飾られていた木剣を2本────1本渡し、また正眼に構えた。
赤髪の剣士は良いイチゲキを確かにその身に貰ったものの、その箇所を抑える素振りもない。顔を少し右にくしゃりと歪ませているだけだ。
「──なにをふざけている……まだ終わってはいないッッ」
その目は死んでいない。むしろその目は、激しく燃え盛っている。雷夏の赤目を睨み、己の荒れる湖の水面にその得体の知れない赤を今度はよく映し、奥深く染まりゆく。
(プライドを刺激してついでに戦えたらラッキーと思っていたが、これは相当……期待以上のバケモノっ娘だったな。それにオーラだけじゃない、コイツは夏ちゃんよりも一層二層は屈強だぞぉ。空気の濃いダンジョンではないとはいえ、さっきのはそれ程加減はしてないはずだが…打たれ慣れているのか? フフ、ヤバイな)
今度は軽く無言でトスするように投げられた木剣を受け取る。木剣をキャッチするそんなところに実力を問うのはいらんとばかりに。既に少し湿っていた柄がゾクリとそこからなじみ、雷夏の手を冷やしていく。
「ほぉ…これは伊達じゃないな。神牙流とやら、偶然出会ったワラボウキのお相手様でこれか」
「いちいちおどけてくだらんっ。……だが奥深くで身勝手にもルールを四角く決めつけ、油断していたと認めよう」
「だが私は慣れている! 忘れようとしたが思い出したッ、お前のような三者三様の獣どもの相手は特に!」
剣を交え、言を交え、視線を交え────ハッタリや嘘をつくような人物にも見えない。雷夏のような身勝手な獣剣の相手に慣れているのは本当であり、赤髪の剣士は深く息を吐き出して整えた。
見据えるのはもちろんこの身を打った雷夏ただ1人。今度は受けてみせる、そう言わんばかりに攻めない動じない。もう一度さっきのを打って来いという挑発の姿勢、雰囲気に──。
「獣じゃない、夏ちゃんだ!」
乗らないのは雷夏ではない。またもオーラを纏った一撃を、さっき披露したのと同じ形、同じ剣筋でお見舞いした。木の乾いた音が高く響く、小細工なしのチカラ勝負を──。
「──握りから変えさせてもらった、今度は破れん! 青髪の道場破り!」
「たしかにッな! これはかなりっ練習しがいがある」
「その言葉もう一度言ってみろ、──絶対コロス!!!」
幾合も打ち合い受け止める、鍔迫り合いの果てに、2人の主人には頼りないただの棒切れはメキメキと音を立てひび割れていった。
赤髪は打たせた雷夏の熱にノって、対応する。相手を引き出し自分も引き出す、それが赤髪の彼女自身が気付かずにいる、彼女が流水流で培ってきた万能ノ流水剣。
打つ度に混ざり合う青い飛沫は荒く轟き、眠っていた獅子を叩き起こす。どこで磨いたそのまともでない牙にはまともでない牙を剥いて戯れ合っていく────────。
▼
▽
27合、ルール無用で道場内を激しく踊り舞うこと4分半、互い木剣を勝手に拝借しながら戦いさらに47合。計74合の打ち合いの末──道場破りにきた雷夏は赤髪の女剣士に負けてしまった。
「これがルスイッ…ではなく神牙流だ!」
幾度も剣を受け止められ、たとえ身体に浴びせても赤髪はついに倒れず……最後には雷夏のほうが床に背をついていた。息切らす汗水ながす両者は、道場の中央で濡れ重なり合う。
「いやぁ参った参った…はははは、はぁはぁ……参ったぞ? 夏ちゃん参った! ──アレ?」
「ハァハァ…伊達にすると言ったろ…その意味を今貴様に教えてやらんっ」
敗北を喫した雷夏の喉元には、ひび割れカタチを保つのがやっとの勝者の木剣の切先がある。視界一面にはひどく疲れた赤髪がいて、まだ整わない呼吸で恐ろしい事を凄みある真剣な表情で言っている。
「もしかして最初の1発がそうとう効いてた?」
「…顔面でもイッパツだ、ニハツさんはつ…ろっぱつ」
六発。青髪の道場破りに打たれた数はきちんと覚えていた。
つまり六発、この調子乗りに浴びせないことには神牙流の門下生の彼女の怒りが収まることはないのだという。冗談か本気か、雷夏の赤目は笑ってみるが、その先に映る湖の瞳はワラってはいない。明確な怒りの表情にも見えないが、真剣の延長だ。呼吸音が大きく、いつまでも雷夏の腹に乗りやっと取ったマウントポジションをとりつづけている。
「それはこの道場破り用ジャージも、おとなりのコインランドリーの一度や二度じゃ済まないな、ははは…マジ? 絶対てきぃ? みんなの夏ちゃんせんせいなのにぃ? 小銭、両替たのめるぅ?」
「ふざけるな絶対コロ──」
『そうだよ、コインランドリー』
唐突に知らぬ声が聞こえてきた。2人のものではない。
道場にあまり似合わない穏やかな声だ。
戦い疲れた2人は振り向き、上体を起こし──その声のする方を見る。
「コインランドリーじゃ落ちないんだわそれ、そことかそことか、──そことか」
現れた丸バツ四角三角の模様がごちゃまぜの黒基調のパジャマ姿は、そこ、そこ、そこと頑固な歴史のシミを慣れたように指し示す。
「だれ? (天井にも…?)」
「神牙流…当主代行の古井戸神子…先輩だ。(アレは秘刀で獣妖の類いの首を撥ねたときのシミらしい…)」
「ごていねいすぎるフルネームで呼ばれちゃったか、そゆこといもうと」
遠目に映る新手の存在が──欠伸しながらも寝転ぶ雷夏に一歩一歩近付いてきた。
それの黒髪はショートで、すこしあちこち跳ねぼさぼさである。寝起きなのかと見紛うほどの天然の仕上がりであり、だがこの女が神牙流道場の当主代行。当主代行だからかその砕けた態度の女から威厳というものを感じない雷夏であったが、一目しっかりと拝んだだけで────違いないとその見つめた赤目に納得した。
ぎゅっと密度濃く一点、それが四点ある。
このように人体に内在するオーラの塊がそれも4つなどあまり見たことがないからだ。驚きつつも、ただ者ではないことは分かるが、当主代行とやらが何者であるのか雷夏はまだ分からないので、情報を引き出すため自然と尋ねた。
「どゆこと? ──いもうと?」
どういう事なのか、雷夏は鼻先と鼻先がキスしそうなほどひどく近い、目の前の赤髪のお相手と目を合わせたが、
〝だんっ────〟
「分かりましたイッパツで…仕留めます!」
再び、べたつく青髪を散らし、体術で勢いよく床に押さえつけられた雷夏は、今度は鼻柱に切先が当たるほどの光景を目にする。
「勝負あり、意味のない剣だよムスイ」
「ぐっ! 意味は──」
「神牙流は──こどもたちのいい汗と悪い足癖だけで十分なんだわ。あんな寝たきり爺さんの話なんざ鵜じゃないんだから」
先程までのほわほわとした感じではなく、当主代行はしっかり腹から声を出した。門下生は突き刺さる当主代行の声を背に聞き、この道場破りとのたたかいを終着させる機を得た。冷静になりこれ以上無駄に逆らうことはない。
湖の目元からポタリと滴る汗が、赤目の顔を伝い……冷たい道場床にシミていく。そしてオーラを知らず纏いなんとか保たれていた木剣のカタチは、吐いた息とともに…切先から崩壊し砕けちっていった。
「おぉ、五体満足で助かったようだな…ははは! 神牙流か…やはり門前から伊達じゃない気がしていた」
「ふんっ。これに懲りたら帰れッ、神牙流はこんなものじゃないっ、わかったな(なんだ…その手は?)」
「あぁ、わかった。──参った」
青髪の剣士雷夏が伸ばした手を、赤髪の剣士ムスイはまた吐いた息とともに仕方なく取った。
名も知らない一振りの刀の鼓動に導かれ、神牙流の道場に遊びに来た青髪の道場破りは門下生の手を借り起き上がる。
これにて赤髪の剣士ムスイはこの女のスベテを受け止め勝利し、出し切り負けた雷夏は勝ったお相手の重みのある言葉通りに一礼し道場を去っていった。
▼▼▼
▽▽▽
夜の道場には、神牙流の当主代行である古井戸神子も最初からきちんとした道着姿で顔を見せた。それはこの剣と無用のご時世で食っていくための彼女の発案であり、発案者であるからには責任を果たしてくださいと門下生のムスイに言われたからだ。
今道場にいる子供たちは小学生の3人、何故か大人の男の方が数が多くなっていた。家族であり子供たちの送り迎え付き添い役であってもそのダンディな面子の数が合わない。
大人も子供も当主代行も、赤髪の美人お姉さんのレクチャーにしたがい、一緒に木剣を素振りする。道場としては少し風変わりな光景であるが、完全見切り発車の「夜の道場」は一応の成功をしているようだ。
そして──。
『ちがうぞ、げんぞうくん。そんな気迫じゃ夏ちゃんは1ミリも倒せやしないッ』
『なっちゃんチカラ強くねか!? ハァハァ……びくともせんだ! なんでダァ!!!』
『気迫だ気迫! おおっそうだッイマわずかにオーラを感じたぞぉ! さすが私が見つけたげんぞうゥゥッくんだ!』
「なぜ貴様がいるうううう!!!」
一組だけやかましく、髭面のげんぞうくんと打ち合う雷夏がいる。耐え切れずついに赤髪のお姉さんはその光景に突っ込んでしまった。受けとめたげんぞうの剣を弾き飛ばし、雷夏はムスイに向き直りこう言った。
「やはり悔しいからな、フフさっきこの道場のお姉さん剣士としてランドリーの駐車場でスカウトされたしだいだ」
当主代行は髭面30代のげんぞうくんと代わって打ち合いながら、門下生に微笑んでいる。ちょうどもう1人ぐらいはと腕の立つ人手を募集していたところであったからだ。それも雷夏の提示したデメリットの無い「条件」を飲むことでたいへんお安く、ビジュアルの良い色違いの剣士を雇えたので、当主代行はご満悦なのである。
「…悔しいだと? (当主代行、何を…)」
「生きている限り負けたら悔しいのはニンゲン当たり前だろ? 絶対的に。──赤髪の剣士ムスイ」
雷夏は衆目の中で木剣の切っ先を堂々と向ける。倒すべきはダンジョンのモンスターばかりではない……この赤髪のバケモノと戦えば、今よりももっと強くなれることを彼女の中で勝手に確信した、と。
なぜか唸るような歓声が沸き、なぜかあちこちで子供、大人、女たちのチャンバラが勃発している。これでは神牙流(自分の剣)のレクチャーどころではない──。面を喰らったまま止まった赤髪の剣士ムスイは無法な木剣の音をききながら、また違う意味の溜息を吐くのであった。
青いジャージ一着を纏いふらりと見知らぬ町へ訪れ──まったくのノープランであったが、夜の道場のお姉さん剣士として神牙流の当主代行、古井戸神子に雇われ、目的の道場に居座ることに成功した雷夏。
雷夏が勝手にバケモノ認定しライバル設定を設けた赤髪の剣士ムスイとの試し合いを、ただで雇われる条件と見返りに指定し……。それからは気が向いたときに押しかけ、自分よりも格上のお相手との剣の稽古、修練、打ち込みに明け暮れていた。
そしてこの道場でいつのまにやら、過ごした半年……。
青髪の姿も道場に馴染んできた頃に、ムスイを自分に焚き付けるために見せびらかした刀の名を──秘刀名刀の一振り【緑蜜】と知る。さらに、当主代行の古井戸神子に色々とその刀にまつわるエピソードを教えてもらえた。
当主代行の説明によると秘刀名刀とは今の時代では手にしたからといってそこまで珍しくはなく特別なものでもない。1本や2本では意味のない古刀にあたる代物であり、古井戸神子の中にも眠っていることを知る。それも4本。
武の才を極めた者に神様から与えられる牙と言い伝えられている、つまりこの道場神牙流の名の由来である。開祖はなんとその神の牙を12本も持っており、しかしその天下無双の「時空剣術」で13本目を謎の剣客から奪おうとしたところ、嘘のようにそのお相手に敗れてしまったのだとか。
そしてその時の死した開祖の無念の呪いで、散り散りになった剣がまた神牙流に集まりつつあるという。12本集まると逃れられない綺麗な胴真っ二つの斬死が訪れるという、実はとても厄介で恐ろしい代物なのだと。
そして肝心な話は。
その神の牙の一振りを雷夏が持っていたのは…天性の才能を持つどなたかさんが、いらないから適当に元気そうなやつに押し付けただけ、押し付けられただけという……。
雷夏が期待していたのとは少し違う……ダンジョンの一部のレアチップのように、なんとも運良くいつの間にか手にしていただけという、くだらない評価であった。
ほわっとした現実味のない昔話であったが、地名にもなっている「緑蜜」という馴染みのありすぎる名を知れただけでも彼女にとっては嬉しいものであり。しかし知れた刀の名やそれにまつわるエピソードよりも雷夏彼女にとって重要なことがある。
当主代行古井戸神子…半年いて願うも雷夏が一度も刃を交えたことはないものの。
ダンジョンに挑み培った赤目で人間のもつオーラがはっきりと見える雷夏には、このゆるーい皮を被る人物と話すことと言えば、「今より強くなる方法を聞き出す」事と、「ダンジョン部にスカウトして戦力を大幅に上げる」、2つの他はないのだ。
「────なるほどね。なっちゃん、ただ果てなく強くなりたい? それでむかしのダンジョンを校長ぐるみで隠してて。──バカじゃないなっちゃんそれバカだよなっちゃん」
「バカじゃないよド神子、絶対的に」
「絶対バカじゃん絶対」
「絶対的だ絶対的ド神子当主代行絶対的に」
「なんかなぁーがいわ、ド神子でいいよイヤだけど」
「わかったド神子」
道場内にある仮眠室と称した小部屋のベッドに腰掛ける古井戸神子に、突っ立つ雷夏が包み隠さず話したのは、
①ただ果てなく、絶対的に強くなりたいから、隠している神牙流のものすごい【秘伝】をゼンブ絶対的に夏ちゃんに教えてほしい。
②ダンジョンを緑蜜高校の「第イチ体育倉庫」に隠していてその管理とお掃除♡を校長に任されている。
③ダンジョン部に入ってくれ、金は即金で〝100万〟まで出す。
以上の分かりやすい3点であった。
声も身振り手振りまでうるさい青髪赤目のしゃべくりを、反面ぼーっと欠伸を堪えながら聞いていた黒髪黒目のそのお方。相変わらずどこで売っているのかわからない⚪︎×◻︎△柄のパジャマ姿の古井戸神子は、バカバカと淡々と目の前の青髪に相槌をいれながら。
ついに欠伸──
「ほぁあぁ…………ふぅー。……ダンジョンねぇ。まさかそんなところにZETTAITEKIド神子当主代行がスカウトされるなんてね。いいよ、」
「ダ…本当か! はっはっは!!! こっ、これはこれはァァ」
まさかの二つ返事の快諾。
20回以上スカウト行為をしたシデン・レイラのときのように強い人物ほど気難しいものと思い込み、今度は逆に半年馴染むまで伏せていたのが功を奏したのか、傑物のダンジョン部へのスカウトにあっさり成功した。
これにはさすがの雷夏も嬉しさを隠しきれない。彼女雷夏という人物にとって緑蜜のダンジョン部が強くなることは自分が強くなることのようにとっても嬉しいのだ。
「でもここでイチバン弱いじゃんなっちゃん」
「はっは! ──…んや?」
これはめでたいっ、と高笑いを浮かべていたところにグサリ。
何かが似合わない柔い声にノセて突き刺さった気がした。
足を組む、ショートカットの後ろ髪を左手で掻く、欠伸明けの黒目の表情と目が合う。そしてつづけて普通に放たれていく、雷夏の絶対的な強さその根底を揺るがすような言葉が。
「イチバン才能ないじゃん」
「なにがっ?」
「ぽっと出のムスイより弱いぽっと出じゃん」
「9勝してるが」
「49敗のね」
「そうともいえるな」
「そうしかいえないね」
「んややや」
言葉の棘で攻められた雷夏はたじたじである。雷夏はそういった言葉にあまり慣れていない。
先生である自分がおかしく他人や緑蜜の生徒たちに言う分にはいつものことだが、言われるとなるとそれは違うのだ。古井戸神子と同じく、雷夏よりも実力者であるシデンレイラは終始おどけた感じであり、赤髪の剣士ムスイは雷夏と同じく気が強いものの弱い才能がないとはあまり言わない剣の道に紳士であり、こうもド直球に言う人物は今まで彼女の周りにはあまりいなかったからである。
少し「ぐにゃぁっ」………………と、イロイロと歪みおかしくなっている珍しい雷夏の表情を、古井戸神子は鼻で笑い堪能しつつ、腰掛けのベッドの尻横を左右両手で叩いた。
「てことでせっかく神牙流に来たんだし、夜の道場もダンディな子供たちが増えたことだし、おのぞみのパワーアップイベントあげるよ」
「なにっ! パワーアップだとぉ!」
いばらの鞭の次は飴、まったく同じトーンで突然切り替えた当主代行の言に、歪んだ表情になっていた雷夏は犬のように飛び付いた。青い大型犬は目を輝かせ、古井戸神子の両肩をがっちりとつかむ。尻尾があればふりふりしていそうな様子でせっつく。
「そそ、なっちゃんってただオーラでゴリ押して叩いてるだけじゃん」
「んや? Dスキルチップはあるが、ここだと空気がな!」
「その技を脳みそとお尻から抜き取るズルじゃなくてね」
「ズルだと……ぉ?」
「もっとズルいのしらないじゃん、だから『外側』のキャラなっちゃんが速くても『内側』の真なっちゃんが遅くて、ようはボタンがなくてチグハグでくそ弱いんだわ」
「もっとズルいボタン…? その4つの内在オーラのことか(え、くそよわい?)」
「ちがうよ、だってわたしより才能ないじゃんなっちゃん(またスケベしてみてんの?)」
「んややややや」
「4つできんの?」
「できるゼッタイ──」
「無理」
「んやああああああ」
「ははは。やっぱいもうとイジんのおもしろいわ、じゃ寝るわ」
「ん? おやすみド神子、ってパワーアップは! 夏ちゃんパワーアップイベントは!」
主人の突っ込みに回らされた大型犬雷夏は、しれっと布団にもぐりこんだ黒髪の餅のように伸びるほっぺをお構いなしにつねる。つねられた左側のほっぺ、左側の黒目だけをあけ片目は閉じたまま。仕方なく半分寝てはんぶん起きた古井戸神子は、元気な青犬となぜかお手、ではなく握手をしだす。
「あぁそれね。──ほい、寝たきりじじいからの呪い」
その握手で何かをもらえる。きっと神牙流の秘伝にちがいない。
期待に胸を膨らませ、見つめ合う。
微笑む当主代行から、いつもより一層二層ギラつく赤目へと、
流れてくるのは熱、あせばむ……
「おおおおおおお」
じんわりと伝わり、硬くむすばれていた手ははなれた。
「?」
「なんか忘れたわ、ごめっ。やばっ。3日寝たら思い出すかも」
「寝る? な、なんだと? はっははは…夏ちゃんがここまで完敗してしまうとは…ヤバイな当主代行…!」
今日はたくさん、盛りだくさん、おしゃべりしすぎたネムい瞼は、すやり……。
雷夏の唖然と笑う顔を見つめながら、心地よさそうに閉じていった────────
▼▼▼
▽▽▽
「思い出したわ」
「本当に3日寝たな…」
「ほらっ、死んだじじいの遺産」
また同じようにベッドに寝ころぶ神子から夏へと────────流れてくるのはやはり神子の熱、
あせばむ……3日前よりも濡れている……。その熱は人と人が乾いた手をつないだ瞬間ではありえなく尋常ではない。
やがて、
ビリリと雷夏の全身を伝い痺れた。
脳天、ヘソ、つま先まで────それが何であるのかは分からない。だがたしかにその感覚、感覚だけではないとてつもなく速いオーラの流れが伝わった。革命の雷のように、雷夏の体内を我が物顔で伝い巡った。
「あったあったあ痛たたたた。たぶんこれだわ冬牙のビリビリボタン、後はたのんだ…」
「おおおおおおおおおおお!!! これはこれはシビッ────ドミ子?」
古井戸神子は眠りにつく。
雷夏が得難い歓喜に我を忘れよろこんでいるところ、やけに静かになった眼下の気配。
当主代行はなんとも秘めていたモノを出し切った──気持ちよさそうな穏やかな顔をして寝息すら聞こえてこない。
雷夏の愛読雑誌、【週刊ジャイアント】で見たことがあるシーンだ。
コスモスの撃墜王と呼ばれた師匠が握手した主人公である弟子へとそのチカラを譲り託して死ぬ、そのような。
「撃墜王マスターファング、しんだ?」
「ほぁあぁ……──死んでないけど。じゃ、たのんだわ。ソレ完成させてマスターしたら『絶対的才能あり』、なっちゃんガンバ(わたしのために)」
「あぁ…これ以上才能なしなしと言われるのはやはり癪だからな、フフフ絶対的に!!!」
この感覚、この痺れ、ぐっと掴んだ己の拳に雷夏は誓う。
絶対的な強さを目指して、古井戸神子からその全身に目の覚める電撃を預かった雷夏はまだまだ強くなれる……そう、自身で思わずにはいられなかった。
「こうしてはいられない」急ぎ足で道場へと向かい、小部屋を飛び出していった。
やがて威勢のいい掛け声がきこえてくる────それを聴きながら古井戸神子はまたぐっすり、眠りについたのであった。
▽神牙流道場▽にて
赤と青、もう何度目だろうか。
彼女と彼女がこうして古めかしい神聖な道場内で睨み、笑い、合っているのは────
「100敗したらその秘刀を必ず返すと言ったな、約束に相違ないな? 到底負けようのない先延ばしのつもりだったのだろうが、今向き合っている現実こそが私を舐めていたツケだ」
「なにがだ? 9勝だが」
どこからか出した、中途を握り水平に見せつける緑の鞘、その古い一振り。赤髪の剣士はいつまでたってもおどけ癖の抜けない青髪赤目の女を舌打ち、やはり睨む、一層眼光鋭く。いつもの冷静さを忘れたように語気を強めて。
「雷夏! ソレは剣の正道からズレたお前が見せびらかすために持っていていいもんじゃない! この道場に、然るべき剣士の手元へと返せこの邪道盗人ッ、この97敗ッッ!」
「お熱いナ…と言ってもいわれてもな、フフ本当に私がダンジョンで生まれたときにダンジョン特典で貰ったんだから仕方がないだろぅ、桃太郎ゥ」
「戯言を! 緑蜜の次は行方不明の青蜜も当主代行に代わり返してもらうぞ! どうせ隠しているんだろ!」
「んや? それは知らん、夏ちゃん借りパクしてない。それに──この刀が欲しいのは道場じゃなくて、〝ムゥちゃん〟だろ? そんな目で夏ちゃんを見てくれてぇ、ゾクゾクさせたがりなのかァ、夏ちゃんを! フフフ」
「借りパっ!? …っ! いいから来いッッ雷夏! 今日こそその減らず口、絶対コロスッッ!!!」
緑の古刀は壁に立て掛けた、それを手にするのは誰が相応しいのか…。
それは、これから両者の試し合いのナカでこそ、
代わりに木剣を握り、だが至って真剣。
後がない雷夏はそれでも不敵に笑う、いつものことだがやはり伊達者であり意味はない。
赤髪の剣士はいつものようにこの女の剣を受け止めるだけなのだ。万能ノ流水剣で、青い獣がどの牙で噛みつき襲い掛かろうとも、どれだけ激しい剣劇を演じても、最後には流れる水が尽きぬように勝利を手にしている。
雷夏は壁際の緑蜜をチラリと見て、ゆっくりと頷く。
しっかりと外気に晒してはじめて、内と外。それがたしかにぽっかりと……失い、得ては、分かりつつある。
だが機はまだ、ぐっと柄を握りしめ走り出し木剣を叩きつける。溢れんばかりのオーラを乗せ、いつものように、その睫毛の数まで見慣れたお相手のムスイへと噛み付いていった。
▼
▽
「ふぅ、はぁはぁ…9勝。ここから91連勝か、んやそろそろなんとか…なりそうだ……ッ」
「さぁ、あと1敗で終わりだ、獣め! やはりそれは然るべき剣士の元へと返して貰う!」
道場には折れた木剣の木端が散らばる。
散らばる汗は両者とも、だが雷夏の方がだらだらと流し消耗しているようにも見える。いつもより元気がない……そんな獣を訝しみつつも、「雷夏もまた人間である」とムスイは理解し納得した。
あと1で100敗それは桁違いの敗北であり、悔しく、情けなく、怖く、交錯する感情でいつものチカラを出せない。自分でも同じ相手に100敗すれば、最初のうちは堪えるものであると身をもって知っているからだ。そう分析するのが的確である、肺を片方失ったかのように…いつもよりも手強いはずの青髪の剣士の強度がなかったのだ。
ムスイはただ、だらだらと青髪から床に滴る球汗を見つめる。おどけていて出る量ではない。
(よくやったと褒めてやるような相手でもない。習い立ての獣の赤子の剣だ、これから成長すればもしかすれば私と互角……だが──過ぎたるものを持つ。そんな古い刀を餌のように持っていなければ奪うこともなかった。100敗してもつづけて101敗目をくれてやってもいい)
(そんな美味しそうな古い刀を────)
「あったまってきたところだろ、流水の美剣士」
「ナ…貴様どこでそれを! るすッッ──刀? おい逃げる気かァッッ」
項垂れる青髪はそこにはいなくなっていた。地を見ながらワラい、準備がととのい汗粒をとばし前を向き、赤いライバルを今見つめる。
そして、はじめに見せつけたのと同じように、右手で水平に握っていた緑鞘の刀は────────雷夏のナカへと仕舞われていく。
その神秘的な光景……違う、手品を目撃した。ここからヤツが打つのは、打てるのは逃げの一手。ムスイはそう思い勝負の最中の無粋な真似に怒鳴りつけるように声を荒げたが、
「ニンゲンのお相手ありではこれが初めてだ! 逃げたいなら3秒以内だぞりゅうすいの美剣士!」
雷夏は絶対的に背を見せ逃げはしない。そのギラつく、また何かを企む赤目の表情を見たムスイ。
剣士と剣士、何故か今その身に流れる感情は両者の間だけで成り立つ不思議な安堵にも似たものでもあり、怒鳴りつけるような真似をした自分が無粋で馬鹿であったと。
「雷夏はそうである」と、幾度も剣を交えてムスイはよく知っている。おそらく100敗しても────
「────分かった。その無謀の搾りカスッ受けた上でッ! 3秒で片付けるッッ」
ムスイなら受ける、それは分かっている。だが期待を裏切らないこの女剣士の真っ直ぐさに、雷夏も笑い安堵した。
「なら、ゼンリョク真夏ちゃん行っちゃうゾォ!」
「それで悔いのない100敗目なら全力で来いッッ、雷夏ッッ!!!」
振り絞るは全力、そうゼンリョク。ぽっかり空いていた雷夏の心臓部に、もう一度命を突き入れ吹き込んでいく。
仕舞われた……存分に外気に晒しこの道場内に散々飛び散ったオーラ、その妖気たるをチャージされた秘刀妖刀が、また彼女の中へと近く戻ったとき。
強制的にOFFからONへ、バチバチと全身を伝うエネルギーの流れが見える。古井戸神子が握手してみせたようなあの時のお手本を身体を通し、再度確認できたのだ。
「才能のない」……と言われた雷夏は癪だが考えたのだ。
瞑想し流れを追うようなイチから自分で作る天才の悟りのようなものではなく、ひどくシンプルに、自分に電池を何度も差し込み抜き差し充電すればいいのだと。そうすれば馬鹿でも全身を伝うオーラの流れは、あのときのように繰り返せば繰り返すほどに鮮明に見えてくるのだと。
だが、これだけでは足りない。古井戸神子のアレは流れだけの設計図でありパワーが足りず未完成であるのは明白。
そして再び顕現させた【緑蜜】、脇腹に突き刺さる中途半端な状態のそれを迷わず握り下ろし、思いっきり上から下へ落とした。レバーでも押すように己の身体に気合いを捻じ込み、落とし入れる。
荒削りの自己流、だが己なりに考え抜かれた最大の方法でパワーを更に強引に上げていく。
不格好+不格好。それは天才か馬鹿か紙一重の荒技。
荒々しい雷のオーラを纏う雷夏がいる。
それはムスイにも見えている、夢、幻、手品ではない。
雷夏の本気、その眠っていたゼンリョクが────
一度受けると言ったモノを退けはしない。いつものように、いつもよりしっかりと先ずは木刀を正眼に構える。
(ヤツが来たらその妖しい虚仮威ごと、スベテ受け切り地に伏せさせる!!!)
今か、今か、その切先は揺れながら獣の呼吸音に合わせシミュレートする。その虚仮威の雷オーラの分も加算し、雷夏の動きを予想しあとは刹那に流れるアドリブで合わせる。
くる、
来る、
クルッッッッ
「ば────」
その雷はあまりにも速い。
外の雷夏と、内にそれ以上に速く流れる雷夏。
剥き出しの外側を鍛え速くしてもいずれ限界を迎える、秘めうる内側を流れ速くすればそれは時空をも超えうる牙となる。
【神牙流時空剣術】
継ぎ足し失われまた紡ぎ────その呪いにも似た正体不明の正体の一端。
さっきまでの彼女とは身体の動作レスポンスが桁違い。幾度と青い獣剣を受け止めたムスイの万能ノ流水剣も、計り間違えたリズムでは役に立たず。溜まっていた汗水が雷風に飛び散る。
お相手の木剣は天にある道場歴史の深きシミへと、今、重ね突き刺さり。目と思考、そして読み違えた切先などでは追えない──。青い雷電が、赤髪の背後まで一瞬で駆け抜けた。
「これが────、ダ~んじょんッッ!!!」
剣士に背を見せるのは失礼。
道着を纏う赤髪の背を、見つめるのはギラつく赤目と汗だくだくと爽やかに煌めく青髪道着。
しかし青髪の剣士の見つめるその濡れた背は、まだ振り返ることができない。虚空に無の剣を構えたまま……赤髪は……佇む。
刹那の決着。雷夏は10勝目、桁違いの勝利を上げ、
神牙流門下生のムスイ、元流水流、異名流水の美剣士は…………
染めた自慢の赤毛がどんよりと曇り濡れる……。同じ剣士として、お相手に桁違いの刹那の敗北を喫した。
時空を超える剣技、神牙流と秘刀名刀の一振り緑蜜にまつわる、彼女の過去物語である。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■
■
まだ若かりし頃の雷夏は、胸に宿る一振りの鼓動をアテに……緑蜜市から少し北へ離れた地、栃木蒼月市にある、とある道場の元へと訪れていた。
さっそく、何故かすぐ道場横にある真新しいコインランドリーへと黒い愛車を止めた雷夏。そこですぐ目に飛び込んできたのは、なにやら手作り感のある木製の立て看板だった。
《夜の道場やってます》
「夜の道場…? んや、ふむふむ。夜8時から9時半みっちり指導で、子供なら初回2ヵ月無料か。それは太っ腹ですごいな」
コインランドリーDREAMERのすぐ前、中にもビラなどの道場の宣伝があり、ひじょうに熱心である様が窓外からでも見て取れる。
「ふむ。なぜ夜かは知らんが、最近はそういうのも多いと聞く。まぁ夏ちゃんも先生やっているから、子供が1人でもいないことには仕事にならんからな、ははは」
洗濯機や乾燥機にとどまらず、やけにピコピコと光る色々な機器があるコインランドリーDREAMERのことも気になったものの、雷夏は早速その真新しいコインランドリーから、おそらく今回の目的であろう、すぐとなりの道場の方へと歩いて向かった。
▼
▽
今どきそんな風景は珍しい。寺の坊主や神社の息子ぐらいである。藁箒で道場前の敷地を邪気でも払うように掃いている、赤髪を束ねた水色の道着姿の女がいた。
その掃く箒のリズムを耳に入れながら、初めましてでもまったく臆さない様子の雷夏は、同じような170cm超えの背丈の女に近付いていった。
「何奴か?」
にこやかな表情で近づいて来ている青髪のオンナがいる。青髪の知り合いはたくさんいるが、そのどれとも違う紫がかっていてすこし暗い、紺色に近い青だ。そしてギラつく赤い瞳は異様。
赤髪の女は武道家として、剣士として、鍛え培い凝らした目でその正体を見てみる──。やはり見て取れる立ち居振る舞いの情報だけでも、どこかこの女には妖しげなオーラが微かにある気がする。
(こいつはなんだ? 流水流にこんなヤツは当然いなかったが。知り合い? なわけない、いや…なわけない、そうだこんなところには…? あの一家が……来ないとも言えない、そうでもない、なわけない────)
近づいた自分を訝しげに睨む湖のように澄んだ色合いの目がある。そして、ひとこと簡潔に正体を問われた雷夏は、思い返せばノープランであったため少し考え込み……元気に相手の目を見ながら答えた。
「あぁ、そうだなぁ……? ──うんわかった。道場破りだ」
「は?」
道場破りときこえたが気のせいであると、今どきそんな珍獣はいないと思い、思わず「は?」とひとこと赤髪の女は漏れ出てしまった。
相手の赤髪のリアクションが想定していたものと異なったため、雷夏はクビをかしげた。
そしてもう一度──。
「道場破りの夏ちゃんだ」
ぐっと握った左の手の甲を、ギラつく赤目とともにお相手に見せつけてみた。
「お姉さんそうではなく…」
「道場破りの雷夏ちゃんだ!」
呆れ気味のお相手に、それでももう一度────。
「そうでもないッッ!!! 貴様ァ、なぜ自分で自分をちゃん付けしているッッ!!!」
選択肢を誤りついに赤髪の女が怒りだしてしまったが、怒る部分が独特であったため、また軽く雷夏は首を傾げる。
「イヤ、おそらくそうでもないだろ? そりゃ夏ちゃんは夏ちゃんだからなっ、絶対的に」
「何歳だ、言えッ!!!」
「えいえんのにじゅうほにゃらら、夏ちゃんだ」
「そうでもないッッ!!!」
「まっ昼間からうるさいなぁ、とっとと入れてくれよ。雨足が早くなってきたぞ」
「ホントッッ…ウだ!!! って道場破りのヘンタイを入れるかァッッ」
「なぜだ衣食住と道場破りの権利は基本的人権で日亜国で保証されているはずだぞ」
「そうでもないッッ! そうであるものかッッ! はぁはぁ……ッ何が人権だ、お前のような不審者は伊達にして表へ追い返すのみだ」
「ダテ? なんだそれ? もしやこの先に…ははーん、伊達政宗がいるのか?」
「その伊達だが伊達じゃないッッ!!! ───独眼竜でもないッッ神牙流の看板も読めないのかッッホントうにふざけるなヘンタイオンナー!!!」
「どっちかというと…?」
「なんだその目はァッッ」
「はっはっは、こりゃ元気な道場だ。期待できそうだ、邪魔するぞ」
「邪魔だぁッッ!」
▼
▽
お相手の赤髪が息を鼻息を荒げながらもテンポ良く会話も弾み。そろそろと門前でこれ以上雨に打たれ藁箒に叩き掃かれないように、青髪は赤髪の左脇をいつの間にやらするりと押し通った。
お邪魔した道場内はいかにも歴史ある古めかしい雰囲気であり、しばしジャージ姿の雷夏は深呼吸したり見渡したり、この古い道場内でしか味わえない成分を子供のように堪能していた。
深く堪能していたところに────
「おいッ邪魔だと言ったろ!(身のこなし…油断していたとはいえ野良猫のようにするりと)」
赤髪は邪魔な箒を道端に捨て、ぴったりと雷夏のあとについてきていた。神牙流の門下生になった身として、赤髪はこの青髪の不審者を即刻神聖な道場内から退去させねばならない。
「んー、やっぱり元気っ娘のオマエじゃないな。この気配は」
「……なんだと?」
「おい、この道場で一番強いヤツはどこだ? そいつにちょっと私の刀について話がある、おそらく。バチバチの絶対的にぃ……そんな気がするというものだ」
青髪の不審者は振り返りながら、そんなことを不躾に尋ねる。なにがおかしいのか半笑いでだ。
(一番強いヤツだと…? ──)
「ふざけるなよ…」
さっきまで元気であった赤髪が急に押し黙り、様子を変え、遠く壁際へと離れていったかとおもえば────。
「──ん! なんだこれは?」
それが何かは分かっている。「びゅん」と──、集中せねば常人では取れない程に、勢いよく回転しまっすぐ飛んできた木刀が、雷夏の手に収まっていた。問題は何を意味するのか、道場破りの設定で来た者は燃えるような色合いの赤髪の門下生に問うた。
だが言葉にされずとも既に明白である。燃える色合いとちがい、凛と姿勢ただしく木刀を構えるソレは、険しい剣の道をただしく進んだ者の構えだと、雷夏は知らなくても見て取れた。そして、自分のものとは少し違う赤髪の女剣士に内在する青いオーラ、その水のような流れに、雷夏の見開いた赤目は思わず見惚れて、にやりと笑ってしまった。
「遊びじゃない。これ以上邪魔をするならば伊達にすると言ったろ、道場破り」
雰囲気が変わったとはこのこと、さっきまで元気にはしゃいでいた赤髪の姿ではない。
そして一言答えをきいたあともう既に浸っているのに雷夏は気付いた────彼女の発する威圧に、間合いに、殺気に、裸の足裏がひやり濡れている。
「はっはっは、ダテの意味が少し分かってきたようだ…コインランドリーのとなりにしちゃぁおそろしい道場だな。絶対的にぃ」
依然口数の少なくなった赤髪の美剣士は、両手で剣を握り、基本であり美しい正眼の構えを披露している。眼差しは真剣。なんとも真っ直ぐな性格とも言え、例えどんな悪党や輩が相手であろうとも、剣の道に対して紳士であるように見える。
対して青髪の美剣士は挑発するように、片手でもった木剣の切っ先を目一杯伸ばし、マッスグ──対峙してくれた赤髪にプレゼントした。そして、連想し思いついた名台詞を神妙な面持ちを添えてくれてやった。
「まともでない人間の相手をまともにすることはない」
「? な、なにを言っている貴様は?」
剣を手に取り切り替わったまともな表情で変なことを言う……。
赤髪の美剣士は、向けられた素人木剣の切っ先よりもその台詞の意味がすぐにはわからず、若干柄を握る力が自分の表情とリンクして緩んでしまった。
「by 伊達政宗」
「言ってない! っ────コロスッッ!!! ────────」
開始を待たず自分のためだけのタイミングで噛みついてきた獣剣を受け止めた。ニヤリと笑う赤目が近く鬱陶しい。だが、荒々しい一撃を受け止めた木剣は軋み……その重いプレゼントに耐え切れずへし折れ砕けてゆく────。
赤髪の美剣士、その湖のように澄んだ瞳は、無法者に投じられたイチゲキに今、激しく波立っている。
散り散りと舞う木っ端と、この世で今まで見たこともない青髪の美剣士と、ギラつく赤目を見据える水面に映して────。
目の覚めるような落雷が剣士の生身、その右肩口に浴びせられた。
(飛びかかって来た素人の剣を受け止めたはずだった)
(イヤ、素人ではない。それはなんとなく分かっていた。だからこそこのような形を取った)
(…気に食わないのだ、あたかも大物のようなニオイをただよわせる…それこそ伊達者が)
(私はホンモノたちを知っている、そしてこれは────)
その身に雷を受けた。
痛む、痛烈に撃たれた右肩が。
轟き届いたこの身の芯まで。
「おっとすまない、あまりの殺気についダンジョンが出てしまった」
その身に打ち付けた青い剣士の木剣もまた砕ける──それが幸いしたのか。
赤い剣士は右肩をぐるりと一度だけじっくりと回した。そして、両者得物がないことを知り、赤い剣士はおもむろに道場の壁際へとまた歩き出す。
静まりの中、
立て飾られていた木剣を2本────1本渡し、また正眼に構えた。
赤髪の剣士は良いイチゲキを確かにその身に貰ったものの、その箇所を抑える素振りもない。顔を少し右にくしゃりと歪ませているだけだ。
「──なにをふざけている……まだ終わってはいないッッ」
その目は死んでいない。むしろその目は、激しく燃え盛っている。雷夏の赤目を睨み、己の荒れる湖の水面にその得体の知れない赤を今度はよく映し、奥深く染まりゆく。
(プライドを刺激してついでに戦えたらラッキーと思っていたが、これは相当……期待以上のバケモノっ娘だったな。それにオーラだけじゃない、コイツは夏ちゃんよりも一層二層は屈強だぞぉ。空気の濃いダンジョンではないとはいえ、さっきのはそれ程加減はしてないはずだが…打たれ慣れているのか? フフ、ヤバイな)
今度は軽く無言でトスするように投げられた木剣を受け取る。木剣をキャッチするそんなところに実力を問うのはいらんとばかりに。既に少し湿っていた柄がゾクリとそこからなじみ、雷夏の手を冷やしていく。
「ほぉ…これは伊達じゃないな。神牙流とやら、偶然出会ったワラボウキのお相手様でこれか」
「いちいちおどけてくだらんっ。……だが奥深くで身勝手にもルールを四角く決めつけ、油断していたと認めよう」
「だが私は慣れている! 忘れようとしたが思い出したッ、お前のような三者三様の獣どもの相手は特に!」
剣を交え、言を交え、視線を交え────ハッタリや嘘をつくような人物にも見えない。雷夏のような身勝手な獣剣の相手に慣れているのは本当であり、赤髪の剣士は深く息を吐き出して整えた。
見据えるのはもちろんこの身を打った雷夏ただ1人。今度は受けてみせる、そう言わんばかりに攻めない動じない。もう一度さっきのを打って来いという挑発の姿勢、雰囲気に──。
「獣じゃない、夏ちゃんだ!」
乗らないのは雷夏ではない。またもオーラを纏った一撃を、さっき披露したのと同じ形、同じ剣筋でお見舞いした。木の乾いた音が高く響く、小細工なしのチカラ勝負を──。
「──握りから変えさせてもらった、今度は破れん! 青髪の道場破り!」
「たしかにッな! これはかなりっ練習しがいがある」
「その言葉もう一度言ってみろ、──絶対コロス!!!」
幾合も打ち合い受け止める、鍔迫り合いの果てに、2人の主人には頼りないただの棒切れはメキメキと音を立てひび割れていった。
赤髪は打たせた雷夏の熱にノって、対応する。相手を引き出し自分も引き出す、それが赤髪の彼女自身が気付かずにいる、彼女が流水流で培ってきた万能ノ流水剣。
打つ度に混ざり合う青い飛沫は荒く轟き、眠っていた獅子を叩き起こす。どこで磨いたそのまともでない牙にはまともでない牙を剥いて戯れ合っていく────────。
▼
▽
27合、ルール無用で道場内を激しく踊り舞うこと4分半、互い木剣を勝手に拝借しながら戦いさらに47合。計74合の打ち合いの末──道場破りにきた雷夏は赤髪の女剣士に負けてしまった。
「これがルスイッ…ではなく神牙流だ!」
幾度も剣を受け止められ、たとえ身体に浴びせても赤髪はついに倒れず……最後には雷夏のほうが床に背をついていた。息切らす汗水ながす両者は、道場の中央で濡れ重なり合う。
「いやぁ参った参った…はははは、はぁはぁ……参ったぞ? 夏ちゃん参った! ──アレ?」
「ハァハァ…伊達にすると言ったろ…その意味を今貴様に教えてやらんっ」
敗北を喫した雷夏の喉元には、ひび割れカタチを保つのがやっとの勝者の木剣の切先がある。視界一面にはひどく疲れた赤髪がいて、まだ整わない呼吸で恐ろしい事を凄みある真剣な表情で言っている。
「もしかして最初の1発がそうとう効いてた?」
「…顔面でもイッパツだ、ニハツさんはつ…ろっぱつ」
六発。青髪の道場破りに打たれた数はきちんと覚えていた。
つまり六発、この調子乗りに浴びせないことには神牙流の門下生の彼女の怒りが収まることはないのだという。冗談か本気か、雷夏の赤目は笑ってみるが、その先に映る湖の瞳はワラってはいない。明確な怒りの表情にも見えないが、真剣の延長だ。呼吸音が大きく、いつまでも雷夏の腹に乗りやっと取ったマウントポジションをとりつづけている。
「それはこの道場破り用ジャージも、おとなりのコインランドリーの一度や二度じゃ済まないな、ははは…マジ? 絶対てきぃ? みんなの夏ちゃんせんせいなのにぃ? 小銭、両替たのめるぅ?」
「ふざけるな絶対コロ──」
『そうだよ、コインランドリー』
唐突に知らぬ声が聞こえてきた。2人のものではない。
道場にあまり似合わない穏やかな声だ。
戦い疲れた2人は振り向き、上体を起こし──その声のする方を見る。
「コインランドリーじゃ落ちないんだわそれ、そことかそことか、──そことか」
現れた丸バツ四角三角の模様がごちゃまぜの黒基調のパジャマ姿は、そこ、そこ、そこと頑固な歴史のシミを慣れたように指し示す。
「だれ? (天井にも…?)」
「神牙流…当主代行の古井戸神子…先輩だ。(アレは秘刀で獣妖の類いの首を撥ねたときのシミらしい…)」
「ごていねいすぎるフルネームで呼ばれちゃったか、そゆこといもうと」
遠目に映る新手の存在が──欠伸しながらも寝転ぶ雷夏に一歩一歩近付いてきた。
それの黒髪はショートで、すこしあちこち跳ねぼさぼさである。寝起きなのかと見紛うほどの天然の仕上がりであり、だがこの女が神牙流道場の当主代行。当主代行だからかその砕けた態度の女から威厳というものを感じない雷夏であったが、一目しっかりと拝んだだけで────違いないとその見つめた赤目に納得した。
ぎゅっと密度濃く一点、それが四点ある。
このように人体に内在するオーラの塊がそれも4つなどあまり見たことがないからだ。驚きつつも、ただ者ではないことは分かるが、当主代行とやらが何者であるのか雷夏はまだ分からないので、情報を引き出すため自然と尋ねた。
「どゆこと? ──いもうと?」
どういう事なのか、雷夏は鼻先と鼻先がキスしそうなほどひどく近い、目の前の赤髪のお相手と目を合わせたが、
〝だんっ────〟
「分かりましたイッパツで…仕留めます!」
再び、べたつく青髪を散らし、体術で勢いよく床に押さえつけられた雷夏は、今度は鼻柱に切先が当たるほどの光景を目にする。
「勝負あり、意味のない剣だよムスイ」
「ぐっ! 意味は──」
「神牙流は──こどもたちのいい汗と悪い足癖だけで十分なんだわ。あんな寝たきり爺さんの話なんざ鵜じゃないんだから」
先程までのほわほわとした感じではなく、当主代行はしっかり腹から声を出した。門下生は突き刺さる当主代行の声を背に聞き、この道場破りとのたたかいを終着させる機を得た。冷静になりこれ以上無駄に逆らうことはない。
湖の目元からポタリと滴る汗が、赤目の顔を伝い……冷たい道場床にシミていく。そしてオーラを知らず纏いなんとか保たれていた木剣のカタチは、吐いた息とともに…切先から崩壊し砕けちっていった。
「おぉ、五体満足で助かったようだな…ははは! 神牙流か…やはり門前から伊達じゃない気がしていた」
「ふんっ。これに懲りたら帰れッ、神牙流はこんなものじゃないっ、わかったな(なんだ…その手は?)」
「あぁ、わかった。──参った」
青髪の剣士雷夏が伸ばした手を、赤髪の剣士ムスイはまた吐いた息とともに仕方なく取った。
名も知らない一振りの刀の鼓動に導かれ、神牙流の道場に遊びに来た青髪の道場破りは門下生の手を借り起き上がる。
これにて赤髪の剣士ムスイはこの女のスベテを受け止め勝利し、出し切り負けた雷夏は勝ったお相手の重みのある言葉通りに一礼し道場を去っていった。
▼▼▼
▽▽▽
夜の道場には、神牙流の当主代行である古井戸神子も最初からきちんとした道着姿で顔を見せた。それはこの剣と無用のご時世で食っていくための彼女の発案であり、発案者であるからには責任を果たしてくださいと門下生のムスイに言われたからだ。
今道場にいる子供たちは小学生の3人、何故か大人の男の方が数が多くなっていた。家族であり子供たちの送り迎え付き添い役であってもそのダンディな面子の数が合わない。
大人も子供も当主代行も、赤髪の美人お姉さんのレクチャーにしたがい、一緒に木剣を素振りする。道場としては少し風変わりな光景であるが、完全見切り発車の「夜の道場」は一応の成功をしているようだ。
そして──。
『ちがうぞ、げんぞうくん。そんな気迫じゃ夏ちゃんは1ミリも倒せやしないッ』
『なっちゃんチカラ強くねか!? ハァハァ……びくともせんだ! なんでダァ!!!』
『気迫だ気迫! おおっそうだッイマわずかにオーラを感じたぞぉ! さすが私が見つけたげんぞうゥゥッくんだ!』
「なぜ貴様がいるうううう!!!」
一組だけやかましく、髭面のげんぞうくんと打ち合う雷夏がいる。耐え切れずついに赤髪のお姉さんはその光景に突っ込んでしまった。受けとめたげんぞうの剣を弾き飛ばし、雷夏はムスイに向き直りこう言った。
「やはり悔しいからな、フフさっきこの道場のお姉さん剣士としてランドリーの駐車場でスカウトされたしだいだ」
当主代行は髭面30代のげんぞうくんと代わって打ち合いながら、門下生に微笑んでいる。ちょうどもう1人ぐらいはと腕の立つ人手を募集していたところであったからだ。それも雷夏の提示したデメリットの無い「条件」を飲むことでたいへんお安く、ビジュアルの良い色違いの剣士を雇えたので、当主代行はご満悦なのである。
「…悔しいだと? (当主代行、何を…)」
「生きている限り負けたら悔しいのはニンゲン当たり前だろ? 絶対的に。──赤髪の剣士ムスイ」
雷夏は衆目の中で木剣の切っ先を堂々と向ける。倒すべきはダンジョンのモンスターばかりではない……この赤髪のバケモノと戦えば、今よりももっと強くなれることを彼女の中で勝手に確信した、と。
なぜか唸るような歓声が沸き、なぜかあちこちで子供、大人、女たちのチャンバラが勃発している。これでは神牙流(自分の剣)のレクチャーどころではない──。面を喰らったまま止まった赤髪の剣士ムスイは無法な木剣の音をききながら、また違う意味の溜息を吐くのであった。
青いジャージ一着を纏いふらりと見知らぬ町へ訪れ──まったくのノープランであったが、夜の道場のお姉さん剣士として神牙流の当主代行、古井戸神子に雇われ、目的の道場に居座ることに成功した雷夏。
雷夏が勝手にバケモノ認定しライバル設定を設けた赤髪の剣士ムスイとの試し合いを、ただで雇われる条件と見返りに指定し……。それからは気が向いたときに押しかけ、自分よりも格上のお相手との剣の稽古、修練、打ち込みに明け暮れていた。
そしてこの道場でいつのまにやら、過ごした半年……。
青髪の姿も道場に馴染んできた頃に、ムスイを自分に焚き付けるために見せびらかした刀の名を──秘刀名刀の一振り【緑蜜】と知る。さらに、当主代行の古井戸神子に色々とその刀にまつわるエピソードを教えてもらえた。
当主代行の説明によると秘刀名刀とは今の時代では手にしたからといってそこまで珍しくはなく特別なものでもない。1本や2本では意味のない古刀にあたる代物であり、古井戸神子の中にも眠っていることを知る。それも4本。
武の才を極めた者に神様から与えられる牙と言い伝えられている、つまりこの道場神牙流の名の由来である。開祖はなんとその神の牙を12本も持っており、しかしその天下無双の「時空剣術」で13本目を謎の剣客から奪おうとしたところ、嘘のようにそのお相手に敗れてしまったのだとか。
そしてその時の死した開祖の無念の呪いで、散り散りになった剣がまた神牙流に集まりつつあるという。12本集まると逃れられない綺麗な胴真っ二つの斬死が訪れるという、実はとても厄介で恐ろしい代物なのだと。
そして肝心な話は。
その神の牙の一振りを雷夏が持っていたのは…天性の才能を持つどなたかさんが、いらないから適当に元気そうなやつに押し付けただけ、押し付けられただけという……。
雷夏が期待していたのとは少し違う……ダンジョンの一部のレアチップのように、なんとも運良くいつの間にか手にしていただけという、くだらない評価であった。
ほわっとした現実味のない昔話であったが、地名にもなっている「緑蜜」という馴染みのありすぎる名を知れただけでも彼女にとっては嬉しいものであり。しかし知れた刀の名やそれにまつわるエピソードよりも雷夏彼女にとって重要なことがある。
当主代行古井戸神子…半年いて願うも雷夏が一度も刃を交えたことはないものの。
ダンジョンに挑み培った赤目で人間のもつオーラがはっきりと見える雷夏には、このゆるーい皮を被る人物と話すことと言えば、「今より強くなる方法を聞き出す」事と、「ダンジョン部にスカウトして戦力を大幅に上げる」、2つの他はないのだ。
「────なるほどね。なっちゃん、ただ果てなく強くなりたい? それでむかしのダンジョンを校長ぐるみで隠してて。──バカじゃないなっちゃんそれバカだよなっちゃん」
「バカじゃないよド神子、絶対的に」
「絶対バカじゃん絶対」
「絶対的だ絶対的ド神子当主代行絶対的に」
「なんかなぁーがいわ、ド神子でいいよイヤだけど」
「わかったド神子」
道場内にある仮眠室と称した小部屋のベッドに腰掛ける古井戸神子に、突っ立つ雷夏が包み隠さず話したのは、
①ただ果てなく、絶対的に強くなりたいから、隠している神牙流のものすごい【秘伝】をゼンブ絶対的に夏ちゃんに教えてほしい。
②ダンジョンを緑蜜高校の「第イチ体育倉庫」に隠していてその管理とお掃除♡を校長に任されている。
③ダンジョン部に入ってくれ、金は即金で〝100万〟まで出す。
以上の分かりやすい3点であった。
声も身振り手振りまでうるさい青髪赤目のしゃべくりを、反面ぼーっと欠伸を堪えながら聞いていた黒髪黒目のそのお方。相変わらずどこで売っているのかわからない⚪︎×◻︎△柄のパジャマ姿の古井戸神子は、バカバカと淡々と目の前の青髪に相槌をいれながら。
ついに欠伸──
「ほぁあぁ…………ふぅー。……ダンジョンねぇ。まさかそんなところにZETTAITEKIド神子当主代行がスカウトされるなんてね。いいよ、」
「ダ…本当か! はっはっは!!! こっ、これはこれはァァ」
まさかの二つ返事の快諾。
20回以上スカウト行為をしたシデン・レイラのときのように強い人物ほど気難しいものと思い込み、今度は逆に半年馴染むまで伏せていたのが功を奏したのか、傑物のダンジョン部へのスカウトにあっさり成功した。
これにはさすがの雷夏も嬉しさを隠しきれない。彼女雷夏という人物にとって緑蜜のダンジョン部が強くなることは自分が強くなることのようにとっても嬉しいのだ。
「でもここでイチバン弱いじゃんなっちゃん」
「はっは! ──…んや?」
これはめでたいっ、と高笑いを浮かべていたところにグサリ。
何かが似合わない柔い声にノセて突き刺さった気がした。
足を組む、ショートカットの後ろ髪を左手で掻く、欠伸明けの黒目の表情と目が合う。そしてつづけて普通に放たれていく、雷夏の絶対的な強さその根底を揺るがすような言葉が。
「イチバン才能ないじゃん」
「なにがっ?」
「ぽっと出のムスイより弱いぽっと出じゃん」
「9勝してるが」
「49敗のね」
「そうともいえるな」
「そうしかいえないね」
「んややや」
言葉の棘で攻められた雷夏はたじたじである。雷夏はそういった言葉にあまり慣れていない。
先生である自分がおかしく他人や緑蜜の生徒たちに言う分にはいつものことだが、言われるとなるとそれは違うのだ。古井戸神子と同じく、雷夏よりも実力者であるシデンレイラは終始おどけた感じであり、赤髪の剣士ムスイは雷夏と同じく気が強いものの弱い才能がないとはあまり言わない剣の道に紳士であり、こうもド直球に言う人物は今まで彼女の周りにはあまりいなかったからである。
少し「ぐにゃぁっ」………………と、イロイロと歪みおかしくなっている珍しい雷夏の表情を、古井戸神子は鼻で笑い堪能しつつ、腰掛けのベッドの尻横を左右両手で叩いた。
「てことでせっかく神牙流に来たんだし、夜の道場もダンディな子供たちが増えたことだし、おのぞみのパワーアップイベントあげるよ」
「なにっ! パワーアップだとぉ!」
いばらの鞭の次は飴、まったく同じトーンで突然切り替えた当主代行の言に、歪んだ表情になっていた雷夏は犬のように飛び付いた。青い大型犬は目を輝かせ、古井戸神子の両肩をがっちりとつかむ。尻尾があればふりふりしていそうな様子でせっつく。
「そそ、なっちゃんってただオーラでゴリ押して叩いてるだけじゃん」
「んや? Dスキルチップはあるが、ここだと空気がな!」
「その技を脳みそとお尻から抜き取るズルじゃなくてね」
「ズルだと……ぉ?」
「もっとズルいのしらないじゃん、だから『外側』のキャラなっちゃんが速くても『内側』の真なっちゃんが遅くて、ようはボタンがなくてチグハグでくそ弱いんだわ」
「もっとズルいボタン…? その4つの内在オーラのことか(え、くそよわい?)」
「ちがうよ、だってわたしより才能ないじゃんなっちゃん(またスケベしてみてんの?)」
「んややややや」
「4つできんの?」
「できるゼッタイ──」
「無理」
「んやああああああ」
「ははは。やっぱいもうとイジんのおもしろいわ、じゃ寝るわ」
「ん? おやすみド神子、ってパワーアップは! 夏ちゃんパワーアップイベントは!」
主人の突っ込みに回らされた大型犬雷夏は、しれっと布団にもぐりこんだ黒髪の餅のように伸びるほっぺをお構いなしにつねる。つねられた左側のほっぺ、左側の黒目だけをあけ片目は閉じたまま。仕方なく半分寝てはんぶん起きた古井戸神子は、元気な青犬となぜかお手、ではなく握手をしだす。
「あぁそれね。──ほい、寝たきりじじいからの呪い」
その握手で何かをもらえる。きっと神牙流の秘伝にちがいない。
期待に胸を膨らませ、見つめ合う。
微笑む当主代行から、いつもより一層二層ギラつく赤目へと、
流れてくるのは熱、あせばむ……
「おおおおおおお」
じんわりと伝わり、硬くむすばれていた手ははなれた。
「?」
「なんか忘れたわ、ごめっ。やばっ。3日寝たら思い出すかも」
「寝る? な、なんだと? はっははは…夏ちゃんがここまで完敗してしまうとは…ヤバイな当主代行…!」
今日はたくさん、盛りだくさん、おしゃべりしすぎたネムい瞼は、すやり……。
雷夏の唖然と笑う顔を見つめながら、心地よさそうに閉じていった────────
▼▼▼
▽▽▽
「思い出したわ」
「本当に3日寝たな…」
「ほらっ、死んだじじいの遺産」
また同じようにベッドに寝ころぶ神子から夏へと────────流れてくるのはやはり神子の熱、
あせばむ……3日前よりも濡れている……。その熱は人と人が乾いた手をつないだ瞬間ではありえなく尋常ではない。
やがて、
ビリリと雷夏の全身を伝い痺れた。
脳天、ヘソ、つま先まで────それが何であるのかは分からない。だがたしかにその感覚、感覚だけではないとてつもなく速いオーラの流れが伝わった。革命の雷のように、雷夏の体内を我が物顔で伝い巡った。
「あったあったあ痛たたたた。たぶんこれだわ冬牙のビリビリボタン、後はたのんだ…」
「おおおおおおおおおおお!!! これはこれはシビッ────ドミ子?」
古井戸神子は眠りにつく。
雷夏が得難い歓喜に我を忘れよろこんでいるところ、やけに静かになった眼下の気配。
当主代行はなんとも秘めていたモノを出し切った──気持ちよさそうな穏やかな顔をして寝息すら聞こえてこない。
雷夏の愛読雑誌、【週刊ジャイアント】で見たことがあるシーンだ。
コスモスの撃墜王と呼ばれた師匠が握手した主人公である弟子へとそのチカラを譲り託して死ぬ、そのような。
「撃墜王マスターファング、しんだ?」
「ほぁあぁ……──死んでないけど。じゃ、たのんだわ。ソレ完成させてマスターしたら『絶対的才能あり』、なっちゃんガンバ(わたしのために)」
「あぁ…これ以上才能なしなしと言われるのはやはり癪だからな、フフフ絶対的に!!!」
この感覚、この痺れ、ぐっと掴んだ己の拳に雷夏は誓う。
絶対的な強さを目指して、古井戸神子からその全身に目の覚める電撃を預かった雷夏はまだまだ強くなれる……そう、自身で思わずにはいられなかった。
「こうしてはいられない」急ぎ足で道場へと向かい、小部屋を飛び出していった。
やがて威勢のいい掛け声がきこえてくる────それを聴きながら古井戸神子はまたぐっすり、眠りについたのであった。
▽神牙流道場▽にて
赤と青、もう何度目だろうか。
彼女と彼女がこうして古めかしい神聖な道場内で睨み、笑い、合っているのは────
「100敗したらその秘刀を必ず返すと言ったな、約束に相違ないな? 到底負けようのない先延ばしのつもりだったのだろうが、今向き合っている現実こそが私を舐めていたツケだ」
「なにがだ? 9勝だが」
どこからか出した、中途を握り水平に見せつける緑の鞘、その古い一振り。赤髪の剣士はいつまでたってもおどけ癖の抜けない青髪赤目の女を舌打ち、やはり睨む、一層眼光鋭く。いつもの冷静さを忘れたように語気を強めて。
「雷夏! ソレは剣の正道からズレたお前が見せびらかすために持っていていいもんじゃない! この道場に、然るべき剣士の手元へと返せこの邪道盗人ッ、この97敗ッッ!」
「お熱いナ…と言ってもいわれてもな、フフ本当に私がダンジョンで生まれたときにダンジョン特典で貰ったんだから仕方がないだろぅ、桃太郎ゥ」
「戯言を! 緑蜜の次は行方不明の青蜜も当主代行に代わり返してもらうぞ! どうせ隠しているんだろ!」
「んや? それは知らん、夏ちゃん借りパクしてない。それに──この刀が欲しいのは道場じゃなくて、〝ムゥちゃん〟だろ? そんな目で夏ちゃんを見てくれてぇ、ゾクゾクさせたがりなのかァ、夏ちゃんを! フフフ」
「借りパっ!? …っ! いいから来いッッ雷夏! 今日こそその減らず口、絶対コロスッッ!!!」
緑の古刀は壁に立て掛けた、それを手にするのは誰が相応しいのか…。
それは、これから両者の試し合いのナカでこそ、
代わりに木剣を握り、だが至って真剣。
後がない雷夏はそれでも不敵に笑う、いつものことだがやはり伊達者であり意味はない。
赤髪の剣士はいつものようにこの女の剣を受け止めるだけなのだ。万能ノ流水剣で、青い獣がどの牙で噛みつき襲い掛かろうとも、どれだけ激しい剣劇を演じても、最後には流れる水が尽きぬように勝利を手にしている。
雷夏は壁際の緑蜜をチラリと見て、ゆっくりと頷く。
しっかりと外気に晒してはじめて、内と外。それがたしかにぽっかりと……失い、得ては、分かりつつある。
だが機はまだ、ぐっと柄を握りしめ走り出し木剣を叩きつける。溢れんばかりのオーラを乗せ、いつものように、その睫毛の数まで見慣れたお相手のムスイへと噛み付いていった。
▼
▽
「ふぅ、はぁはぁ…9勝。ここから91連勝か、んやそろそろなんとか…なりそうだ……ッ」
「さぁ、あと1敗で終わりだ、獣め! やはりそれは然るべき剣士の元へと返して貰う!」
道場には折れた木剣の木端が散らばる。
散らばる汗は両者とも、だが雷夏の方がだらだらと流し消耗しているようにも見える。いつもより元気がない……そんな獣を訝しみつつも、「雷夏もまた人間である」とムスイは理解し納得した。
あと1で100敗それは桁違いの敗北であり、悔しく、情けなく、怖く、交錯する感情でいつものチカラを出せない。自分でも同じ相手に100敗すれば、最初のうちは堪えるものであると身をもって知っているからだ。そう分析するのが的確である、肺を片方失ったかのように…いつもよりも手強いはずの青髪の剣士の強度がなかったのだ。
ムスイはただ、だらだらと青髪から床に滴る球汗を見つめる。おどけていて出る量ではない。
(よくやったと褒めてやるような相手でもない。習い立ての獣の赤子の剣だ、これから成長すればもしかすれば私と互角……だが──過ぎたるものを持つ。そんな古い刀を餌のように持っていなければ奪うこともなかった。100敗してもつづけて101敗目をくれてやってもいい)
(そんな美味しそうな古い刀を────)
「あったまってきたところだろ、流水の美剣士」
「ナ…貴様どこでそれを! るすッッ──刀? おい逃げる気かァッッ」
項垂れる青髪はそこにはいなくなっていた。地を見ながらワラい、準備がととのい汗粒をとばし前を向き、赤いライバルを今見つめる。
そして、はじめに見せつけたのと同じように、右手で水平に握っていた緑鞘の刀は────────雷夏のナカへと仕舞われていく。
その神秘的な光景……違う、手品を目撃した。ここからヤツが打つのは、打てるのは逃げの一手。ムスイはそう思い勝負の最中の無粋な真似に怒鳴りつけるように声を荒げたが、
「ニンゲンのお相手ありではこれが初めてだ! 逃げたいなら3秒以内だぞりゅうすいの美剣士!」
雷夏は絶対的に背を見せ逃げはしない。そのギラつく、また何かを企む赤目の表情を見たムスイ。
剣士と剣士、何故か今その身に流れる感情は両者の間だけで成り立つ不思議な安堵にも似たものでもあり、怒鳴りつけるような真似をした自分が無粋で馬鹿であったと。
「雷夏はそうである」と、幾度も剣を交えてムスイはよく知っている。おそらく100敗しても────
「────分かった。その無謀の搾りカスッ受けた上でッ! 3秒で片付けるッッ」
ムスイなら受ける、それは分かっている。だが期待を裏切らないこの女剣士の真っ直ぐさに、雷夏も笑い安堵した。
「なら、ゼンリョク真夏ちゃん行っちゃうゾォ!」
「それで悔いのない100敗目なら全力で来いッッ、雷夏ッッ!!!」
振り絞るは全力、そうゼンリョク。ぽっかり空いていた雷夏の心臓部に、もう一度命を突き入れ吹き込んでいく。
仕舞われた……存分に外気に晒しこの道場内に散々飛び散ったオーラ、その妖気たるをチャージされた秘刀妖刀が、また彼女の中へと近く戻ったとき。
強制的にOFFからONへ、バチバチと全身を伝うエネルギーの流れが見える。古井戸神子が握手してみせたようなあの時のお手本を身体を通し、再度確認できたのだ。
「才能のない」……と言われた雷夏は癪だが考えたのだ。
瞑想し流れを追うようなイチから自分で作る天才の悟りのようなものではなく、ひどくシンプルに、自分に電池を何度も差し込み抜き差し充電すればいいのだと。そうすれば馬鹿でも全身を伝うオーラの流れは、あのときのように繰り返せば繰り返すほどに鮮明に見えてくるのだと。
だが、これだけでは足りない。古井戸神子のアレは流れだけの設計図でありパワーが足りず未完成であるのは明白。
そして再び顕現させた【緑蜜】、脇腹に突き刺さる中途半端な状態のそれを迷わず握り下ろし、思いっきり上から下へ落とした。レバーでも押すように己の身体に気合いを捻じ込み、落とし入れる。
荒削りの自己流、だが己なりに考え抜かれた最大の方法でパワーを更に強引に上げていく。
不格好+不格好。それは天才か馬鹿か紙一重の荒技。
荒々しい雷のオーラを纏う雷夏がいる。
それはムスイにも見えている、夢、幻、手品ではない。
雷夏の本気、その眠っていたゼンリョクが────
一度受けると言ったモノを退けはしない。いつものように、いつもよりしっかりと先ずは木刀を正眼に構える。
(ヤツが来たらその妖しい虚仮威ごと、スベテ受け切り地に伏せさせる!!!)
今か、今か、その切先は揺れながら獣の呼吸音に合わせシミュレートする。その虚仮威の雷オーラの分も加算し、雷夏の動きを予想しあとは刹那に流れるアドリブで合わせる。
くる、
来る、
クルッッッッ
「ば────」
その雷はあまりにも速い。
外の雷夏と、内にそれ以上に速く流れる雷夏。
剥き出しの外側を鍛え速くしてもいずれ限界を迎える、秘めうる内側を流れ速くすればそれは時空をも超えうる牙となる。
【神牙流時空剣術】
継ぎ足し失われまた紡ぎ────その呪いにも似た正体不明の正体の一端。
さっきまでの彼女とは身体の動作レスポンスが桁違い。幾度と青い獣剣を受け止めたムスイの万能ノ流水剣も、計り間違えたリズムでは役に立たず。溜まっていた汗水が雷風に飛び散る。
お相手の木剣は天にある道場歴史の深きシミへと、今、重ね突き刺さり。目と思考、そして読み違えた切先などでは追えない──。青い雷電が、赤髪の背後まで一瞬で駆け抜けた。
「これが────、ダ~んじょんッッ!!!」
剣士に背を見せるのは失礼。
道着を纏う赤髪の背を、見つめるのはギラつく赤目と汗だくだくと爽やかに煌めく青髪道着。
しかし青髪の剣士の見つめるその濡れた背は、まだ振り返ることができない。虚空に無の剣を構えたまま……赤髪は……佇む。
刹那の決着。雷夏は10勝目、桁違いの勝利を上げ、
神牙流門下生のムスイ、元流水流、異名流水の美剣士は…………
染めた自慢の赤毛がどんよりと曇り濡れる……。同じ剣士として、お相手に桁違いの刹那の敗北を喫した。
0
あなたにおすすめの小説
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
天城の夢幻ダンジョン攻略と無限の神空間で超絶レベリング ~ガチャスキルに目覚めた俺は無職だけどダンジョンを攻略してトップの探索士を目指す~
仮実谷 望
ファンタジー
無職になってしまった摩廻天重郎はある日ガチャを引くスキルを得る。ガチャで得た鍛錬の神鍵で無限の神空間にたどり着く。そこで色々な異世界の住人との出会いもある。神空間で色んなユニットを配置できるようになり自分自身だけレベリングが可能になりどんどんレベルが上がっていく。可愛いヒロイン多数登場予定です。ガチャから出てくるユニットも可愛くて強いキャラが出てくる中、300年の時を生きる謎の少女が暗躍していた。ダンジョンが一般に知られるようになり動き出す政府の動向を観察しつつ我先へとダンジョンに入りたいと願う一般人たちを跳ね除けて天重郎はトップの探索士を目指して生きていく。次々と美少女の探索士が天重郎のところに集まってくる。天重郎は最強の探索士を目指していく。他の雑草のような奴らを跳ね除けて天重郎は最強への道を歩み続ける。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる