上 下
50 / 75

48⑨

しおりを挟む
「いや姐さんこれ占いなんで……サダメなんでサダメは無数に存在するんで何もこれ通りにやるという」

「しらんな。私は面白いことにしか興味はない」

「いやいやそれは技術であってそのほ」

「で、武器はどこだ未成年淫行の黒柳」

「いやヤってないし!!」

「あのガキは私のお気に入りでな。その童貞を奪われたとなるとさすがの私も推しのアイドルが良く分からん売れもしない舞台俳優に寝取られたぐらいにブチギレるだろうな」

「イヤほんとにヤってないって!! ……ぶ、武器はただの武器ではないでしょう」

「だろうな悪魔を倒せるぐらいだ。そんなことは分かっている」

「武器は…………一緒に探しましょう姐さん!! 2人で探せば単純に2倍、効率が2倍!!」

「…………」

「ナンカ言ってぇ……」



▼▼▼
▽▽▽



子春と美玲オカルト探偵部は古井戸町にて深夜のパトロールが日課になっていた。出くわした怪異を間引き一応の成果を上げているようだ。

石のマシンガンが炸裂し遠距離射撃の的になった大型カエルの怪異は光の粒へと還っていった。


「っし」

「ほんとに美玲?」

いつもと違う勇ましい美玲の姿と強さに子春はまだ疑い驚いている。

「失礼な……生き残るためには考えて強くなるしかないんだよオカルト探偵部は」

「そんなに考えない方がやりやすいよミレー!」

「……お前はな。それでいいし……ってかさあ! このパトロール効率悪すぎないか子春」

「なんで? 怪異は滅さないと!」

「それもそうだけど……K様に言われたのは怪異を捕まえるって」

「怪異って捕まえられるのミレー?」

「怪しい知的生物がいるってことだろ」

「うーん……ならやっぱりさっぱりしといた方がいいよミレー!」

「なぜそうなる!」

「全部倒したら白旗が上がるよきっと!」

「怪異が白旗……それよりエスカレートしそうだけどな」

「ポジティブだよミレー!」

元気にポジティブに彼女はいつもそれがモットー、というか自然体。


「ポジティブって……いやポジティブか……オルゴナイト? ────」



▼▼▼
▽▽▽



5階建アパートの3階、その物寂しい雰囲気の場にまたも来客がやってきていた。

畳の上で話し合うふたり。パジャマ代わりの大きめのカジュアルトレーナーを着た服装の家主は、ロボットものの漫画本を読みながら聞き流す程度の態度でいた。

「スイッチピッチャーになってからマジでおかしいんだ」

「ス、スイッチなんだそれ……」

「だからさ……なんか鬱!」

「はぁあ? 意味わかんないし陰気なだけだろ」

「ぜんぜん陰気じゃない!」

「あー、お前がおかしいのはサンっていうドスケベ女のせいだろ」

「サン様だ! 絶対あの雰囲気でスケベじゃねぇよ、真逆の生物! 清楚なそよ風で石好きの異国感ただよう美少女!」

「サンだっつってんだろ気色悪い」

「サン……いやそれに俺はほんらい陽ゼッタイ! ……えっと……だからさ左と右どっちが本当か、みたいな?」


美玲は両手を広げ、ぐーぱーの動作をして不思議そうな顔をし彼女に見せつけた。


「左と右? ……あーはいはい! 多重人格か。思春期にありがちなんだよな」

「え多重人格!?」

「驚くなよガキなんら特殊じゃねーよ……脳内で名前を付けるのが一般的だけど、左と右みたいに分かりやすい記号に分けて知らずにもう1人の自分を生み出したりさ」

「……そうなのか? 多重人格……だから鬱?」

「だからお前はあんま考えんな馬鹿なんだから」

「いやあんたより」

「はあ?」

「じ、じゃな黒柳! そだまた石の研究すっからオカルトってあるんだぜ!」

「もう来んな! ここは図書館でも理科室でもねぇ!」

「図書館ではお静かにいい!」

「死ね!」


バタン。扉は勢いよく閉められ、黒髪の青年は黒柳の部屋をそそくさと出ていった。


バタン、と畳に叩きつけられた特に面白くもなかった漫画本。そして特殊な来客が消え、空間は落ち着きを取り戻し一つ息を吐いた家主。

「にしても、このところ碌なことがねぇ変な刑事に目付けられて下僕にされるわ…………あのガキ今度強制的に占ってやるか? 絶対呪われてるだろ、はははは」



▼▼▼
▽▽▽



時刻は午後6時過ぎ、冷たい秋風にやられた身を休めるにはリサイクルショップドリーマーは道中、巡り合わせなのであった。


「万札ツキタ……」

「会いたいケイ様」

「売るオルゴナイト」

四角錐、そういった形状が一般的だ。オルゴナイトとは有機物の樹脂で形を固めて無機物の金属そして水晶やパワーストーンで彩った小さく透明なピラミッド型アートのことだ、更に効能として周辺のネガティブエネルギーをポジティブエネルギーへと変換する流れを作る浄化装置であるらしい。

遠足用に使えそうな大きなリュックサックにギチギチと、テトリスのように出来るだけ噛み合わせ上部空間に詰められていたそのオルゴナイトの数々。それらが緑色の査定台の上に並べ置かれ。

店から信頼を置かれているおばちゃん店員は困っていた、そういったものは店のマニュアルに載っておらずスピリチュアル的なものは特に素人には値段を付けづらいのだ。こういった場合は感覚で値段を決め安く買い取るか、しっかりとした基準を店側があらかじめ定めておくのだが。


「黒柳さんあなたこういうの詳しいわよね」

「あー、はい」

得意分野で人助け、そして店助け、更に客も助ける。彼女がココを長く続けていられる理由なのだろうか、金髪店員はその能力を今、発揮する。

台上に丁寧に並べ直されキラキラと輝くカラフルの数々。それよりも目を惹き、ぱっと目が合った湖のような色合いの瞳。



「オルゴナイト売る」

「おい……」








拾い物は買い叩ける査定の品だけではない。5階建てのアパートのいつもの物寂しいはずの3階の一室、彼女の部屋にはこのところ来客が頻繁に来るようになっていた。


「黒柳カンシャします」

「サン様だよなあんた」

「サン……様デス」

美しいホワイトブロンドのウェーブした長髪、落ち着いた湖のような色合いの瞳。異国感ただよう美少女とはまさに黒柳の目の前のことなのであった。
深緑色のベレー帽は畳の上に脱ぎ捨てられ、それに対しチグハグだったみずいろと白のストライプのボタン付き布製ワンピースはコーディネートのまとまりを取り戻し可愛らしく似合っていた。


「だよなだよな……何やってんの」

「万札ツキタだから……オルゴナイト売る」

もぐもぐと食台でおにぎりをおいしそうに頬張るその異国少女。
余程お腹がすいていたようだ。

「売るって……その大層なリュックはなんだ? わざわざ全部売るためか結構重かったぞ」

「教えてはいけない、肩痛い」

「……なんで」

「知らない人」

「そうだよなぁ飯は食ってるのになぁ」

「黒柳カンシャします」

おにぎりなら嫌いな人はいないだろうという黒柳が勝手に思っていた配慮なのであった。具は鮭、高菜、胡麻油とごま醤油砂糖で味付けした縮緬雑魚ちりめんじゃこ万人受けの配慮だ。

その配慮をおいしそうに貪る見知っているが見知らぬ美少女。

「まあ感謝されるのは悪い気はしねぇけどよ……」
「この後どうするつもりだ」

「オルゴナイト売る、飯食べる、寝る」

「イヤイヤ待て、随分と余裕かましてんな!」

「余裕はない黒柳。万札ツキテル」

「でしょうね!」








「ケイ様に会う。それで助かる」

「ケイ様?」

「ケイ様に会えばジーナ助かるらしい、万札モラエル」

「貧乏なのか?」

「貧乏ちがう。ピンチ」

「ピンチ? 貧乏でピンチではないんだな?」

「サン様は……お父様の……命令。バー姉は知らないお留守番きっと」

「ダメだ占いよりわかんねぇ……」

話をよぉく聞くのは占い師の経験もあって苦じゃない、しかし話し合うも噛み合わず出てくる言葉引き出した言葉すべてがファンタジーなサン様に黒柳は終始苦笑いを浮かべていた。








『お風呂狭い黒柳』

「やかましいわ……ひとりで入れるのか」

『馬鹿にするな黒柳』

「え……あ、ごめん……」



『シャンプー黒柳』


風呂場から流れた世間知らずのお嬢様の要請に呆気にとられ溜息をついた。








これは自分の手には負えないと、ふと思い出したあのお方の言葉。
黒柳は携帯電話からおそるおそるソイツへの通話を開始した。

「姐さんもしもし」

『なんだ未成年淫行黒柳』

「もうそれでいいや……いや、よくないヤッてませんってほんと……。そんなことより、あのっ少女を保護してるんですけど」

『今度はそっちか』

「もう姐さん疲れるんで」

『早くしろ私も暇じゃない』

「その少女がサン様っていう有名人なんです」

『誰だそれは』

「あー……アイドルですアイドル。地下アイドル」

『ナニ!?』

「あっ、ちがくてオルゴナイトの」








携帯電話でケイコ警部の下僕として今日起こった変わったイベントの報告義務を済ませ。

インターホンは1回鳴り、やって来た厄介な来客。


『開けろアイドルに会わせろ』

「……はいどぞ」

ヤツに2回目を押させる前に間に合った家主。ガチャリとドアを開け、中へと招いた。
どしどしと中に踏み入った来客はやがて見つけた、コタツに入りながらぬくぬくとそのプラチナブロンドの美少女生物は黒柳家に確かに生息していた。

「こいつか! たしかに完成度の高いアイドルだな!」

「あ、寝ちゃったみたいです……」

「寝顔がアイドルというよりは天使だな」

はじめてのコタツ、旅の疲れに風呂上がり。異国美少女が眠りにつくには容易過ぎる条件が揃っていた。すーすーと期待通りの可愛らしいそよかぜのような寝息を立てている。

黒い携帯電話が唸る。パシャり、カシャり、アイドルの寝顔を盗撮だ。
満足気な表情、雑に思いついて真剣に撮った割には納得のいくアングルだったようだ。

「ん、これはなんだ」

コタツのテーブルに置かれていたのは鮮やかで神秘的なオルゴナイトの数々。

「オルゴナイトですね。あ、姐さんオルゴナイトっていうのは」

「刑事だ。さっき聞いたそれぐらいは知っている」

「ははは……だからオカルト地下アイドルってとこすかね?」

辺りを見回す、アイドルという生き物をよく知っている者。当然に気になってしまうのは。

「あー、それは知らない人が見るとブッ飛ばすらしいっすよ」

ぽつんと白い壁沿いに黒紫色の大きなリュックサック。その威圧感のある色合いは美少女が背負う色ではないのだろう。

「アイドルの秘密か。覗かせてもらおう」

「いやいや! って」

家主にその蛮行を止める手段は当然ない、ケイコ警部は警察で黒柳は下僕なのである。

がさりごそり、トントン。出てくるのは透明なレジンの四角錐、水晶と天然石と金属コイルの煌めくオルゴナイトの数々。

さすがのケイコ警部も苦笑いを浮かべてしまう、オルゴナイトのバーゲンセールでアイドルが背負うには中々に重い総重量であることが分かる。


「なんだこれは」

オルゴナイトはごたり乱雑に畳に置かれ。

ケイコが最後に手に取っていたのは黒い柄だった。

垂れ落ちる黒いしっかりとした紐に、彼女が普段から握り慣れているその柄。

迷いよりはゾクりと流れる高揚感。占われていたのは、その事ではないのかと内心は勝手にそう告げ出した。

その黒の中途をもう片方の手で握り締め伸ばし目を閉じる。彼女は出来る限りの何かを試しそれが本当なのかどうかを自分の感覚を頼りに確かめる。

これは鞭。私の使い慣れた、もう一つの武器だ。……ステータスだ。少しでも違和感があれば……そうだ。

すーっと息を吸い、ながく吐き。雑味を捨て雑味を探す。そんな矛盾の感覚ループの先──────。



「アイドルがわたしの商人とはな。ふふ」
しおりを挟む

処理中です...