LUNA:2016-A PIECE(S) OF A JUVENILE-(COMPLETE EDITION)

神橋つむぎ

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PART 1:逃走編

1st PIECE:The encounter

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 1st PIECE:「何か、高校生だ。」

 ジリリリリリリリ。
 耳障りなベルの音で那倉陽太なくらようたは目を覚ました。全く、目覚ましという物はどうしてこう気持ちよく朝を連れて来てくれないのか。まだしっかりと瞼を開く事が出来ないまま彼は手探りで時計に触れ、スイッチを切り音を止めた。
 いつもと同じ、一日が始まる。

「おーっはよ」
 学校へ行くために外へ出ると、家の前でいつも通りに幼馴染の古川珠希ふるかわたまきが待っていた。十五歳という年齢の割りには他の女子よりも幼い見た目の彼女は陽太と同じ高校一年生なのだが、制服を着ていても未だに中学生と間違われる事がよくある。
「おう……」
 ふたりは幼稚園からの縁で、家が近所にある事もあり小さい頃から家族ぐるみで交流をしている。高校生になっても毎日一緒に登校をしており、陽太にとっても珠希にとってもそれは当たり前の事であり、日課となっていた。同級生はそんなふたりをからかうが、陽太はそんな事など少しも気にしていなかった。珠希はどう思っているのかわからない。
「よっ、今日も仲いいね、おふたりさん」
 教室に入った彼らに声をかけてきたのは陽太と小学生からの付き合いである親友、東城剣とうじょうつるぎだった。彼は眼鏡をかけたその知性的な見た目通り、成績も小中と常に学年トップクラスであった。
「おーっす剣」
 ふたりは各々の席に着き、カバンから朝補習のための教材を取り出す。今日の科目は英語だ。
 やがてチャイムが鳴ると教師が入室し、補習が始まった。補習といっても履修漏れがあったり授業時間が不足したりしたために実施している物ではなく、進学校ならばどこでも毎朝行っている、言わば0時限目の授業である。
「……」
 ふあ、と陽太は小さく欠伸をひとつした。頬杖を突き外の景色を眺める。窓際の席に座っている彼は授業中、度々こうして過ごす。ったく、朝っぱらからそんなに頭働くかよ。
 のどかだ。春の日差しは燦々さんさんと教室に降り注ぎ、睡眠という実に心地よい快楽に彼をいざなう。
 彼は背伸びをする様にゆっくりと机に伏した。そして、彼にとってはほんの一瞬の後に「那倉」とその名を呼ぶ初老の男性教師の声が聞こえた。
「那倉」
 もう一度呼ばれた。陽太は焦ってびくりと顔を上げる。
「は、はい!?」
「……」
「……!」
 陽太が反応した事を認めた教師は黙って彼の顔を見てくる。何を答えていいのかわからず陽太も無言で返していた。
「……答えられないんだったらちゃんと話を聞いておくんだな」
「……は、はい、すいません……」
 どうやらいつの間にか数十分間眠っていた様だ。どんな事を質問されたのかちょうど寝ていてわからなかった。ちくしょう、嫌らしく注意しやがって。ちらりと珠希の方に目をやると彼女は「何やってんの」と呆れた表情をしていた。一方剣もやれやれといった様子だった。
 あー、何か、高校生だなあ、俺。
 すっかり眠気が取れた瞳に再び外の景色を映す。
 友達と登校して、授業中に眠くて寝て、先生に名前を呼ばれて注意されて……。
 何ていうか、高校生だなあ、俺。
 高校に入学して一ヶ月が経つが、もうすっかり彼は日常を手に入れていた。これからこうして三年間勉強して、受験して、それから大学に入って……。
 あーあ、なーんか高校生だなあ、俺。
 だが、この感覚がどこか心地よかった。居心地がよかった。漫画やアニメの様なはらはらした出来事なんてそうそう起こらないけれど、それでよかった。そして、これからもそんな時間がずっと続いていくのだ。
 いつもと同じ一日は今日も過ぎていった。

 だが、次の日、少しだけ、少しだけ一日が違う始まりを告げた。
「寝坊したあっ!」
 いつもよりも四十五分遅く起床。がばっと布団をめくると陽太は急いで着替えを始めた。
「何で母ちゃん起こして……」
 彼ははっとする。そう言えば昨日、明日は早出になるとか言ってたっけ。母子家庭の那倉家には母が出て行った今、陽太ひとりしかいないのであった。彼の父はまだ彼が幼い頃に病死した。
 携帯を見ると、珠希からの着信通知が五件、それにメールも三通来ていた。目を通すとどれも彼の事を心配している文面だった。いつも通りの時刻に外へ出て来ない上に、何の連絡も来なかったからだろう。
「わっ……悪い珠希!」
 と一言目の前にいない彼女に謝りカバンを取ると、陽太は慌てて家を出た。

 腕時計は七時十五分を指していた。補習まであと十五分。全力で走って間に合うか間に合わないか微妙だ。
 これが今日という日のいつも通りではない点のひとつ目。そして、間も無くふたつ目の違いが訪れる。
 以前下校時に一度だけ何気なく通ったルート。それは普段の通学路から少し外れた経路。だがいずれ再び通学路にぶつかる。右に左にと適当に進んでいたら結果的にショートカットになったのだった。
 補習まであと七分。いや、これは間に合わない事が確実だ。なら、いっその事賭けてみるのもいいかもしれない。一度しか通った事が無いショートカットの裏路地のルートに。どうせ普段通りに学校へ向かっても間に合わないのだから。
 これがふたつ目。いつも通らない道を通る事。これで間に合ったら「ギリギリだったな」なんて会話を剣と出来るし(珠希には怒られるだろうが)、間に合わなければ間に合わないで初めての遅刻を経験する。授業が始まった後にひとりだけ教室に入る時の気まずさ……こちらもまた教師に怒られる事は目に見えているが、それとはまた違った興奮を覚えているのも事実だった。何て新鮮な朝なんだろう、この時陽太は少しではあるが確かにそう思っていた。
 そして、この小さなふたつの非日常的出来事が、少年を決定的な非日常へと誘い込むのだった。
 人気ひとけの無い裏路地を汗をかきながら走っていた時、突然目の前にばちりと火花が走った。
「うわっ!」
 驚いてつい陽太は足を止める。次の瞬間彼の目には信じられないものが飛び込んだ。
「……!? ……お、女の子……!?」
 彼の前に突如現れたもの、それは、一糸纏わぬ姿の少女であった。
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