霊と霊媒とぼくの三角関係

小野遠里

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霊奈と裕子と

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 翌日、久しぶりに会社に行った
 在宅で、用のある時だけ、行けばいいのである
 担当に渡す仕様書をまとめていると、水上さんが通りかかった
「久しぶり、来てたのね、お昼行かない?」
「いいよ」
 と、近くの喫茶店に行き、カレーと珈琲を注文する
 在宅が増えたのか、昔ほど混んでなかった
「どうしてた?」
「別に何も。家で働いて、たまにその辺をウロウロしてって感じかな」
「新しい彼女はできた?」
 古い彼女と云うのがこの水上さんで、何度か寝たけれど、続かなかった
 どうも、私の頼りない処が、見捨てられた原因らしい
「うん、できたようではあるけど、三角関係みたいなのに悩んでる」
「なに、それ。彼女に彼氏がいるとか?」
「いや、大学の頃の娘と最近知り合った娘がいてね、ややこしいんだ」
「詳しく聞きたいな」
「やだよ。話したくない」
「聞きたいな。帰りに飲みに行こう。わたしも彼氏と別れて、暇だから」
「どうするかな」
 そういえば、最近、飲みに行ってないしなあ、なんて考えていると、背中に冷たい風のようなものを感じて、ゾワッとした
 いかん、裕子の霊がいるみたいだ、行くなと言っているらしい
 怖いから行くのは止めよう
 しかし、最近は女性の言う事をきいているばかりだ
 しょうがないけど、やはり、霊奈が頼りか、私と同じで、あの娘も頼りないけど、などと考えていた
「やめとく。三角関係がこれ以上ややこしくなると困るから」
 そう言うと、水上さんも笑った
「それもそうね。気が変わったら電話してね」
 
 昨日来たから今日は来ないだろうと思っていたら、十時にチャイムがなった
 ドアを開けると、多分、裕子がいた
 いつものように、「様子を見に来たわ」という
 玄関で軽くキスすると、笑ってキスを返してきたので、裕子だとわかる
「珈琲?」
「ワイン持ってきたの。飲もうよ」
「飲むと送っていけなくなる」
 そういうと、クスッと笑った
「じゃあ、一杯だけ」
 自分でグラスを出して、汚いわね、と軽く洗い、ワインを注いだ
「乾杯」
 グラスを合わせて、一気に飲むと
「久しぶりだから美味しいわ」
 ともう一杯注いでまた飲んだ
 顔が赤くなっている
「弱いわ。前は強かったんだけど」
 そう言うと、立ち上がり、私にキスして
「脱がせて」という
 裕子の服を脱がし、自分も脱いで、抱き合う
「連れてって」
 寝室に行き、ベッドに倒れ込んだ
 
 終わると、私の手を乳房の上に置いて、自分の手を重ねた
 目がとろんとしている
 もう入れ替わるかなと思っていると、目を閉じて、暫くして目を開いた
 私を見て、自嘲気味に笑った
「また、憑依された。だめね。昨日の今日だから、ないと思っていたのに」
「うん」
 昼間、昔の彼女と話していた、とその時の事を話すと、その所為かな、そういう時は電話してくれなくては。何かあったら、必ず知らせて、という
 胸に置いた手がそのままになっている
 悪戯っけを起こして乳首軽く回すと、固くなってくる
「やめて」
 手はそのままに回すのをやめる
「今日は何を話したの?」
「話してない。ワイン二杯飲んだら、すぐこちらに移動した」
「あたし弱いからなあ。酔ったらあたしを捕まえておけなくなると思って急いだのかなあ」
 少し間をおいて、少し恥ずかしそうに
「セックスしてる時はどうだった?」
「それは同じだったなあ」
「ふーん」
 それから、少しの間天井を見ていた
「シャワーを浴びる」
 部屋から出て、床に落ちている自分の服をハンガーに掛けた
「まだ少し酔ってるから、あなた先に浴びてきて」
 
 風呂から出てくると、食卓のテーブルに座って、ジュースを飲んでいた
 私がズボンだけなのを見て、上も着て下さい、という
「まだ酔ってる。少し寝させて」
 と長椅子で横になった
 私は、自分は裸のくせにと呟きながら、シャツを着て、珈琲を入れ、長椅子の前のテーブルに座った
 霊奈の裸身を見ながら、暇だから黒子の数でも数えるかと、一度キスして、それから数え始めた
 三十分ほどもして、目を開いた
「ずっと見てたの?」
「うん。悪かった?」
「ううん。いいけど。でも、動かないヌードって、退屈しない?」
「黒子の数を数えてた」
「幾つだった?」
「忘れた」
「何もしなかった?」
「少し乳首で遊んだくらいかな」
「痴漢だわ。でも、殆ど見ず知らずのあなたに裸を見られて喜んでるなんて、あたしの方が変態ね。本当に混乱して、頭が変になりそう。あなたに裸を見られるのが私のセックスなのかしら?」
「なら、もう暫く見てようか、珈琲とかは?」
「あとでいい。シャワー浴びてくる」

 霊奈が風呂から上がって、食卓で軽食を食べながら、真面目な相談をした
 裕子の霊魂をどうやって払うかである
 裸の霊奈を見ながらなので、集中しにくいのだが、考えるのは霊奈の方であり、私は役立たずな当事者にすぎないから、別にいいのだろう

「裕子は君に取り憑いて、こうなってしまってる訳だけど、別の娘さんに取り憑いてて、ここに来るなんて事も有り得る?」
 前から心配していたのできいてみた、すると
「もうあたしに飽きて、別の娘を抱いてみたくなった?」
 意地悪なことをいう
「そんなことはない、君がいい。ずっと君を抱いていたい」
 慌てて否定したら、睨まれた
「いや、霊とかなくて、普通に恋人になれていたら、よかったのに」
「霊がいなかったら、会うこともなかったわ。これも何かの縁なのかなあ・・・
 まあ、いいわ、悲しいけど
 霊は、普通、人の中に入っていけないの。霊媒は霊を自分の中に取り込めるから、霊を呼び込んで、自分をある程度支配させて話させるんだけど、あの時は、そんなに強い霊だと思わなかったから、無防備でいて、取り込んだ途端に、すべて支配されてしまった。一度あたしのすべてを知られたから、次から侵入を防ぎ難くなって、その上、あたしの霊的な力をあたしを支配するために使ってて、あたしの意志なんか何処にもないように振る舞えるの。あたし以外の人間相手では、こうまで好き勝手にできない」
「なら、君に相談しないほうがよかったということ?」
「あたしにとっては
 でも、あなた的にはあたしに相談して正解だったと思う」
「君を抱けたから?」
「違う!」
 と首を大きく振ると、胸がプルンと揺れて、また彼女の裸身を意識してしまう
 服を着てくれたほうが話がし易いのだが、仕方ない
「あなた、もてた? 今まで、女の子とはどうだった?」
「大学の頃は彼女もいたけど、卒業してからはダメだな。一、二度デートしたら振られてしまう。さっき話した水上さんとは、何度か寝る関係にまでいったけど、結局ふられたなあ」
「なぜ振られるんだと思う?」
「なぜって。そうだなあ、デートしてても、楽しそうじゃないって言われたり。確かに、デートしてて、急に気が鬱になったりする。何故なんだろうって思うけどね」
「それが山村さんの所為なのよ。霊って、人を鬱にしたり、滅入らせたり、そういうのが得意だからね。あたしに出会わなかったら、付き纏われて、不幸な一生を送ることになったでしょう」
「そうなのか?」
「そうなの
 必ず成仏させるから、信じていてね
 その為には、何が未練なのか、知る必要があるの。だから、彼女に会ったら、早くやりたいでしょうけど、いっぱい話をして、彼女の事を色々聞き出してほしい。それをあたしに伝えて」
「うん。翌る日、スーパーへ伝えに行くよ」
「馬鹿ね。裕子さんとのセックスが終わったら、すぐあたしに話せるでしょう」
「あっ、そうだな」
 ふっと手を伸ばして、彼女の乳首を摘んで、三、四度ほど振ってみる
 乳首が硬くなる
「なによ」
「いや、なんか、話してばかりだから、少し触れてみたくなった」
「もう!」
「君のことを話してほしいな。何も知らないから」
「ええ」

 霊奈は子供の頃から霊的なものが見える子だった
 それを言うと、回りから変なふうに思われるので、本を読んだりして、自分だけで研究していたが、中学の頃に、近くに女霊媒の家があるのを知り、お金を貯めて会いに行った
 その霊媒が霊奈の才能を見込んで、弟子にしてくれ、色々修行させてくれた
 短大を出て、暫くは助手をしていたが、
「ひとつの店に二人も霊媒は要らないから、独立してもらわなければいけない。あなたはスキルは私の十倍あるけど、お客のあしらいが下手だからねえ
 あるスーパーで、馬鹿な話だと思うけど、霊媒コーナーを作ると云うから、あなたを紹介しておいた。社長が私の顧客だから、あなたは雇ってもらえると思う。そこで、お給料を貰って、お客のあしらい方を学びなさい。顧客が増えたら、その人たちを連れて独立すればいい」
 そう言われて、あのスーパーで働くことになったのだった

「客は来た?」
「まあまあだと思う。評判はいいのよ」
 なるほど、私が行くまでは、順風な人生だったんだなあ、と思う
「遅くなったわ。そろそろ帰る。また裕子さんが来たら、出来るだけ聞き出してね」
 立ち上がって、バッグを持ち、玄関のほうに歩き出した
 トイレに行くのかと思ったら、そのままドアを開けて、外に出る
 車のキーを持って追いかけた
「防犯カメラに映っちゃうよ」
「えっ」
 自分の裸を見て、慌てて、部屋に戻った
「言ってよね」
「言わなくても分かるだろう、いくら何でも。家の近所を裸で歩き回って捕まらないように」
「気を付けるわ。本当にばかで変態になってしまった。あなたの前以外では裸にならないと誓います」
 とペコリと頭を下げた
「お風呂以外ではと」
「そうね」


 十日間、裕子は現れなかった
 来てくれたら、霊奈さんを抱けるのに、と怒られそうなことを考えてしまう
 しかし、何故なんだろう、裕子は、霊奈のふりをして私に抱かれている
 私に恋していて、それが心残りで、この世に留まっているなのなら、裕子として抱かれなければ意味がないように思えるのに
 心が裕子で肉体は霊奈と云うこの関係がややこしいのである
 きいてみようと、買物がてらスーパーに行くことにした
 
 番号札を取るとすぐ呼ばれた
 霊奈が私を見て、はっとする
 いいかな、と椅子を指さすと、どうぞ、といった
「ききたい事があってきたよ。君の顔を見たかったのもあるけど」
 そういうと、霊奈は複雑な表情を浮かべて
「顔だけではなく、全部見てって下さい」
 と、立ち上がり、ブラウスのボタンを外し始めた
 えっ、でも、真昼間に店の中でいいのか、と思いながらじっと見てしまう
 美人だし、スタイルもいいのだ
 ブラウスを脱ぎ、ブラを外し、スラックスを脱ぎ、パンティを脱ぎ、靴を脱いで、ソックスを脱ぐ
 全裸になって、向こうをむき、部屋の端にある花瓶の台からゴム紐を取って、髪を纏めると、振り向いて、座った
「これで落ち着いて話せますね」
 そうなのか?
「ききたいことって何ですか」
「誰か、入って来たりしません?」
「呼ばれるまで、入ってこないことになってます。番号札を取った人もいませんし。ひとり三十分で残り時間も表示されます。霊に話させている時に邪魔が入ると困りますからね
 で?」
 さっき考えたことを話すと、そうですねえ、と考えて
「普通、霊に憑依された女性に迫られたら、不気味だし、怖いですよね。だから、生きている人間のふりをしてるのだと思います」
「普通って、ぼく、変わってます?」
「だって、憑依されたあたしを平気で嬉しそうに抱いてるじゃないですか」
「いや、君は美人だし」
「やはり、身体だけ?」
「いや、君は優しいし、ぼくことを真剣に考えてくれてるし、だいいち君が好きだし」
 霊奈は笑って
「冗談よ。あなたは良い人だし、私のことを気遣ってくれていると思ってる
 それで、裕子さんですけど、他人になって、あなたの恋人でいるのがいいのかもしれませんね。変身願望みたいなものもありますからね
 だから、気付いてるって、悟られないようにして下さい。霊は普通あまり賢くないし、思い込みが激しいから、バレないとは思いますけど。
 あたしだと思って、生い立ちとか、心配事とか、色々聞いて下さい。裕子さんは私のことを知らないから、自分のことを話すでしょう。覚えておいて、後で私に言って下さい
 そろそろ来てくれるといいのに」
「前は嫌がっていたのに」
「そろそろ解決しないとね」
「そうですね」
「ちょっと待って下さい」
 霊奈は立ち上がって、二回、ゆっくり回った
「なんです?」
「サービスです」
「はあ、」
「本当に病気。普通は精神科に行くんでしょうが、霊的問題だから、自分で解決します」
「裕子がやらせてるんですか?」
「いえ、自分でやってます。精神的にすごく不安定なんです」
 それからゆっくり服を着て
「五千円になります。安いでしょ」
 といった

 
 その夜、昼間、霊奈の裸身を見た所為で悶々としていたら、チャイムが鳴った
 来てくれたかと喜んでいいのだろうか、霊奈もボチボチ来て欲しいと言っていたから、いいのだろう
 軽くキスして招き入れ、珈琲を出してソファに並んで座る
「生まれは何処?」
 と何気なく始める
「あなたは?」
「ぼくは神戸市北区。都会とは名ばかりの田舎」
「わたしは菰里村といってね、岡山の凄い田舎なの。うちと比べれば北区なんか、大都会」
 子供時代のことや、家族のことなどを話してくれる
 話しながら身体を寄せてきて、キスしたり、抱き合ったり、段々話しをする雰囲気でなくなってくる
「暑いわ。脱がせて」
 という
 今夜は、藍の身体にぴったりしたワンピースを着ている
「偶には下から脱いでみる?」
「なに?」
「いつもは上脱いでから、下着を脱いでるけど、逆やってみようか」
「いいわよ」
 ブラのホックを外すと、服を着たまま器用に脱いでいく
 立ち上がって
「どうぞ」
 というから、スカートをたくし上げて、パンティを下ろしていく
「なんか、興奮するわね」
 裸になるのを遅らせれば、その分多く話せるかと思ったのだが、意味なかった
 結局、二人とも裸になって、暫く睦み合ってから、ベッドに移った

 終わって、私の手は乳房の上に、指で乳首を挟んでいる。その手を彼女の手が押さえながら、ゆっくり回す。
 もうじき霊奈と入れ替わるので、余韻を感じていたいのだろうか
 目が虚になって閉じ、パッと開いた
「終わったのね」
 と霊奈がいう
「うん」
「身体が暑い。朦朧とする」
 私の手を払い退け、横を向いて、股間に手をやり
「濡れてる」
 といって、私を睨んだ
「身体が火照ってる。暑い。すごく濡れてる。セックスの悦びっていうけど、セックスしたのはあたしじゃない。あたしには余韻だけ。中身がない。腹が立つ」
 霊奈が怒っている
 無理ないと思うけれど、どう宥めればいいかわからない
 腰に手を回そうとしたら、邪険に払われ
「彼女を抱いた手で触らないで」
 と怒られる
「シャワーを浴びてきて」
 すぐにシャワーを浴びに行き、出てくると、まだベッドで丸まっていた
「私も浴びてくる」

 湯船にお湯を入れている音がする
 中々出てこないだろうと思い、その間にさっき裕子に聞いた話を紙に書き出してみる
 霊奈の服がそのままだと思いだし、ハンガーにかけてやる
 怒っていたけど、服を置いていったから、やはり裸で出てくるんだろうな、と思う
 珈琲を淹れ、テーブルに戻って、さっきの続きを思い出せる限り書いていく
 大分経って、やっと霊奈が頭にタオルを巻いて出てきた
「まだ気怠さが残ってる。よかったの?」
「なにが?」
「セックスが。戻った時の身体の感じが前と違ってた。散々悶えたあとって感じだったから」
 確かに、今夜の裕子は激しかったような気がする
「どうかなあ。分からないよ」
「嘘! でもいいわ。言ってもしょうがないから。昼間あたしのことを好きだって言ったのに、夜は別の女を抱くのね」
「しかし・・・、君でもあるから」
「やめて、あたしじゃない、中身が違ってても、見た目が同じならそれでいいの?」
「うーん。君が好きだ。抱いていると、君と裕子がわからなくる」
「いいわ。なんでも。なにしてるの?」
 私が書いている紙を覗き込んだ。
「彼女が言っていたこと。出身地とか、家族構成とか。気になったのは、彼女の妹が病気だと言って、心配していたことだ。狐憑きだと言うんだ」
「彼女が死んだのは六年ほど前だと言っていたわね。その妹さんが狐憑きになったのはいつ頃なのかしら」
「分からないな。関係あるかな」
「彼女の心残りが妹さんの事かも知れないものね」
「そうか」
 とパソコンで調べてみる
 霊奈も横に座って画面を覗きこむ
「菰里村は人口六百人くらいの村で、昔から狐憑きが多いという伝説があるらしいね。昔は孤里村といってたけど、名前が悪いと草冠を付けて、こもり村になったって。山村と云う名前では何も出てない」
「行って、調べてみようか」
「その方がいいかな」
「うん。早く彼女を成仏させたい。あたし月火が休みだけど」
「月曜の朝はテレビ会議があるから、火曜がいいかな。一応会社に電話して確認しとく」
「うん、決まったら電話してね。早く解決しないと」
 そういってから、目を閉じて
「胸に触れてくれる」
 手を伸ばし、乳首を指で挟んで暫く揺らしていると、ああっ、と悶えて
「もういい」
 手で股間を触れて、「濡れてる、処女だというのに、淫乱女になってきた」と嘆いた
「大丈夫だよ、それくらい」
 どれくらい濡れてるのかなあ、と手を伸ばして「触ってもいい?」ときいたら
「ダメに決まってるでしょう」
 笑いながら睨んだ
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