上 下
3 / 21

第二話─接点─

しおりを挟む
 今日は、授業を終えて大学内の図書館にいる。
この大学の図書館は少し特殊で、心理学にまつわる本だけを集めた第二図書館というものがある。
第二図書館とはいうが、その実、第一図書館内の少し隔離されたスペースで設置されている簡易的なものだ。
それでも、ドアや机、椅子があったりと作りは立派だ。
これも、私立鷲尾大学が心理学に力を入れていると言われる理由でもある。

 そりゃそうだ。心理学向けの本だけを集めた図書館があるのだ。初めてこれを知ったとき、失礼だが、私はどうかしていると思った。勿論、他の学科はない。そこまでの敷地は流石になかったということだろう。
 だが、可哀想なことにこの第二図書館、あまり人気ではない。
本を借りる人はいるのだが、わざわざ第二図書館でくつろぐ人は居ないようだ。狭いし、第二図書館を使うくらいならば、第一図書館を利用した方がいいと考える人が多いのだろう。

 私は、そんな第二図書館を気に入りよく利用している。
人間不信の私には、人が滅多に来ない、狭い空間というのが落ち着いてしょうがない。今日は午前中で授業は終わったし、予定もないから一人で存分に図書館に入り浸れるという訳だ。

 何を読もうか。前から目をつけていた本でもいいし、新しく貸し出された本でもいい。
ワクワクしながら、様々な本を手にとっては冒頭部分を読んでいく。

 本は好きだ。現実を忘れさせてくれる。
心理学系の本読むし、物語、伝記、詩など私の読書レパートリーは多岐にわたる。
知らない知識に溺れる瞬間が好きなのだ。自分でも、知識に対しては貪欲だなと思っている。

 そこで、ふとあるものが視界をかすめる。

「『人は何故、都合のいいものだけを見つめるのか?』なにこれ?本なの?」

 目にとめたものを手にとり、題名を読む。
本というより、それは、誰かが人間の心理について書いたノートだった。忘れ物だろうか?

 いけないこととは知りつつも、表紙をめくり冒頭部分を読んでみる。予想していたよりも、面白く、常日頃から私も感じていたようなことと、同じようなことが書かれていた。

 曰く、人間は自分を守るために現実から目をそらす
 曰く、人間は己の譲れぬもののためならたとえ残虐なこともする
 曰く、人間は常に孤独で本当の意味ではわかり合えない

 などと、辛辣過ぎる見解を論理的にまとめあげていた。
文章も綺麗に書かれていて、読みやすく何より説得力がある。
私は今まで読んだどの本よりものめり込んだ。

 時間を忘れ読むこと数時間。
気がつけば、空は美しい茜色に染まっていた。

 もうこんな時間か。そろそろ帰らないと。
私は帰りがてらに、本の閲覧履歴を見てみることにした。

 この第二図書館では、誰がどの本を借りたのか、簡単に見られるようになっている。勿論プライバシーが気になる人は、設定して、コンピューターに表示されないようにすることも出来るが、大抵の人はそのままにしている。
 何故、そんなことをするのか。
理由は明白で、どの本がより人気なのか、すぐに割り出せるようにしているのだ。これにより、生徒達は効率的に借りたい本を決めることが出来る。
 いい本をおすすめするのに、適任なのはやはり読者ということなのだろう。

 さて、誰がどんな本をかりているのだろうか?
マウスを操作しながら画面を見ていく。ここをよく利用する私の名前が結構な頻度で表示される。少し気恥しいが、それほど多く通っていることを実感して嬉しくもなってしまう。
 私って、結構単純だ。

 のほほんとした気分で閲覧履歴を見ていると、急に鈍器で殴られたかのような衝撃が私を襲った。

 え、なにこれなにこれなにこれ!?

 パニックだ。頭がグルグルと回る。

 うそっ!私が読んだほとんど、というか全部の本に明堂院 凛翔の名前が載ってるんですけど!?

 え、何?つまり私の読んだ本を明堂院も全部読んでるってこと?
そんな馬鹿な。偶然なの?それにしては重なりすぎじゃない?
え、怖い怖い怖い。普通に恐怖。

 あまりの恐怖に、正常な判断が出来なくなってしまった私は、一刻も早くこの場から立ち去りたくて、急いで荷物をバックに詰め込み、何も借りずに読んでいたノートをひったくるように掴み、走り去るようにして家路を進んだ。

 その時、人のノートを勝手に持ち出してしまったということは、頭になかった。

 家へ向かいながら私の頭の中では最悪の事態を妄想していた。
 どうしよう、明堂院が閲覧履歴を見て、私と趣味が合うとか思って、興味持たれて話しかけられたりとかしないよね?
絶対に嫌だ。全力で遠慮したい。物理的に距離をとりたい。
私の半径5km以内には入らないでほしい。

 そんな馬鹿なことを考えながらふらふらと歩いた。

「ただいまー」

 誰もいない家に向かって帰宅を知らせる。
思ったよりも、疲れきったやつれた声がして、自分でもどんだけ明堂院先輩のことが怖いんだよって引いた。

 今日は何もする気力が起きない。
夕食はいいや。お腹すいてないし、食欲なんかどっかに吹っ飛んだ。
お風呂だけ入って今日はもう寝よう。


 そうして就寝準備を始めた。

「ふぁあ」

 眠たい。就寝準備を終えた私は訪れる眠気に誘われるままベットに入り込んだ。

 あっ。思い出した。安心してちょっと余裕が出てきたのか、ノートをそのまま持ち帰ってしまったことに気がついた。
何をしてるんだ私。他人様のノートだぞ。パニックになっていたとはいえ、常識を忘れすぎじゃないか?

 仕方ない。明日、元の位置に戻しておこう。

 そういえば、誰のノートだったんだろう。ノートだし、名前くらいは書いているはずだと思い、ノートを観察する。

 すると、裏表紙に名前が書かれてあった。

 明堂院 凛翔、と。

 それを見た瞬間、私はベットの上で気絶した。
しおりを挟む

処理中です...