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第2話 【初仕事】
しおりを挟む高橋「じゃあ引き継いでくれるんですか?」
俺「そういうわけじゃ・・とりあえずこの猫を探すって事です」
高橋「・・・。じゃ依頼人の方に連絡しますね」
電話をする高橋さん。
高橋「ええ、はい。そうですか、それじゃ直ぐにお宅にお伺いしますので」
どうやら依頼人の家に行くらしい。少し緊張してきた。
高橋「それじゃ虎囲さん、依頼人のお家に行って話を聞いてきてもらえますか」
俺「あのう、僕ひとりで行くんですか?」
高橋「ええそうですよ。」
俺「高橋さんは行かないんですか?」
高橋「私はずっとここに居ますよ。」
俺「ああそうなんですね・・」
ものすごく不安になってきた。初めての探偵の仕事だってのに独りなんて心細いじゃないの。
高橋さんは俺に依頼人の住所が書いた紙を渡すと「がんばってきてください!」と言って俺の猫背の背中をポンと叩いた。
依頼人の家はそんなに離れていなかった。変わった苗字の家なので近くで人に聞けば良いだろうと思った。
俺「あのこの辺に河馬山さんってお宅在るの知りませんか?」
家の前をホウキで掃いていたおばさんに聞いてみた。
おばさん「河馬山さんは、ほらあそこ」とおばさんの指した先には結構な豪邸が建っていた。
表札を確認した後すこし緊張しながらドアベルを押した。
『はい、河馬山です』
女の人が出た。
俺「猫の捜索の兼で来ました、探偵のものですが」
自分で探偵なんて名乗るのがこっぱずかしい。
『どうぞお入りになってください』
カチャッと門のロックが解除される音が鳴った。
門を開け中に入ると玄関から奥さんらしき人が出てきた。その後ろに半分かくれるようにして五歳くらいの女の子がこっちを見ていた。
家に入り話を聞くことに。
奥さんの話によると、三日前から猫が帰って来ないとのこと。娘さんはご飯も食べれないくらい心配している。どうにか探してほしくて猫探しに定評のある川上探偵に依頼したという事なのだが、俺は川上探偵じゃないんだよな・・。
奥さん「川上さんじゃないんですか・・」
俺「はあ、なんというか僕が後任みたいな感じで・・。」
奥さん「でも猫探しの経験はあるんですよね?」
俺「いえ無いんです・・まあ探偵の仕事自体これが初めてで・・」
奥さん「まぁ・・」
俺「・・・」
三秒ぐらいの沈黙が流れると娘さんが
「このお兄ちゃんにミーのこと頼もうよママ」
と言った。
困ったような俺を見て娘さんは同情したんだろうか、こんな小さい子に気を使わせてしまった。
奥さん「それじゃお願いします」
俺「がんばります!」
娘さんの為にも絶対猫を探し出して連れ戻そうと心に誓う初心者探偵の自分であった。
ミーの写真とキャリー、それに好物のササミ肉を持たされ奥さんと娘さんに見送られて猫探しへと出発した。
時刻は午後3時半、天気はやや曇り。
もう一度猫の写真をみて見る。奥さんの話では生後7か月のまだ成猫になりきってない若い雌の茶トラということ。名前はミー。それと人慣れしていて初めて見た人にもスリ寄って来るらしい。
まあどこにでも居そうなありふれた猫ではある。7カ月の若い猫というのがひとつのポイントではあるが・・。
とりあえず近所の人に聞き込みでもするか。あんがい他人の家に入り込んで居座ってるなんて事もあるかもしれない。
とは言えわざわざベルを押して話を聞くのも気が引ける。外に出てる人から話を聞こう。ちょうど犬を散歩させてるおじさんが歩いてくる。
俺「あのぅすいません、ちょっとよろしいですか?」
おじさん「ああ? はい」
俺「この猫を探してまして、何処かで見てませんかね?」
目を細めて猫の写真を見るおじさん。おとなしく犬は待っている。
おじさん「うーん見てないねぇ・・」
俺「そうですか・・」
おじさんに礼を言い、次はボール遊びをしている近所の女の子ふたりに聞いてみることに。
俺「あのさ、この猫知らない?」と写真を見せる。
女の子A「かわいいー」
女の子B「どれどれ見せてー」
俺「この辺で見なかった?この猫」
女の子A「うーん、黒い猫なら見たけどね、この猫はしらなーい」
俺「そうなんだ・・」
女の子B「いなくなっちゃったの?」
俺「そう、この猫の家の人にたのまれて探してるの」
女の子B「そうなんだ、がんばってねぇ」
俺「うん・・。じゃありがとね」
女の子達「バイバーイ」
俺「バイバーイ」
そのあと何件か近所の家を回って聞いてみたが、ミーを見たという人はいなかった。
そんなとき俺の目に入ったのが塀の壁にピッタリ沿って歩いてる猫の姿だった。その猫の尻が角を曲がって消えたのを俺は追いかけた。
猫の事は猫に聞け。この猫の後をついて行けばなにか手がかりが見つかるかもしれない。
気づかれて撒かれないよう一定の距離を保ってついていく、これぞ探偵。
猫が足を止めれば俺も足を止める。猫が振り向いてこっちを見れば俺は目が合わないようあさっての方を見る。俺はほんとうに探偵に向いてるのかもしてないと思ってきた。
猫のお尻を追っていると、ある通りに出た。
古い家や店が並んでいる静かな通りだ。
でも、さっきの猫の姿はなかった。
ゆるやかな風がラムネの吊り下げ旗をゆらしている店があった。そこで一休みすることにした。
店の中に入ると二つ並んだテーブルの奥にいた女性が「いらっしゃい」と笑顔を見せた。てっきりオバちゃんが出てくるもんだと思っていたから、ちょっと「おっ!」となった。
俺「ラムネひとつ」
女「はい」
その人はすぐラムネを出してきてテーブルに置くとドンッと栓を開けた。
女「はいどうぞ」
俺「どうも」と言い一口飲んだあと、青く輝くラムネの瓶をまじまじと見た。
女「青いでしょ。この店のラムネの瓶はとくべつに作ってもらったんですよ」
俺「とても綺麗ですね。でもどうしてわざわざ青い瓶を作ったのですか?」
女「この店の前の通りは〝幻影通り〟というんです。それにピッタリだと思ったんです、青いラムネって。」
俺「ええ確かに」
この女性を見てたらどこか高橋さんと感じが似ていると思った、この青いラムネ瓶のように透明感があるのだ。
俺「そういえばこの辺で猫を見ませんでしたか?。茶トラの雌なんですけど」
女「その猫ならこの子かな?」と言ってレジの置いてあるカウンターの下を覗き込んだ。
俺も覗いてみると、茶トラの猫がお腹を向けて寝っ転がっていた。
女「最近よくここへ来て、休んでいくんですよ」
俺は飼い主からあずかった写真とこの猫を見比べた。「似ている」
女「誰かに頼まれたんですか、この子探すの?」
俺「ええ、実は探偵やってるんですけど、これが初めての仕事なんです。」
女「まぁ」
猫のお腹を撫でるとゴロンゴロンと転がり小さく「ミャー」と鳴いた。
俺「気持ちよく寝てるところ悪いけど、お家に帰るよ」と言って抱き上げてキャリーに入れた。
店の人は「もうすこし暖かくなったらところてんが美味しい時期になるんです」と教えてくれた。
俺は「じゃあ食べに来ますね」と言って店を出た。
幻影通りは相変わらず誰も歩いていなかった。自分しか存在してないような気持になった。
通りから抜けるとすっかり暗くなってることに気づく。早く飼い主のところに戻ろうと急いだ。
夜の町を猫を抱えて探偵虎囲治郎が颯爽とすすむ!
こんな気持ちは久々だ、達成感と夜の冷たい風が昨日まで俺の胃に溜まっていた暗澹とした物をごっそりとかき取ってくれるようだった。
俺は探偵なんだ!。無職でもない!、最低賃金で下を向きながら働いていた時とも違うんだ!。
自分の人生がこれからどうなるのか楽しみになった。そんなことは生まれて初めてだった。
猫の飼い主の家に着きドアのベルを押した。
「ハーイ」と聞こえた。
家の人たちが喜ぶのをワクワクして待った。
ドアが開くと母親の後ろに娘さんがいて、猫を抱いていた。
娘「さっき猫もどってきたの」
母親「そうなんです、つい1時間ぐらい前にひょっこりともどってきたんです。」
俺「えっ?」
俺は手に持った猫の入ったキャリーを上げて見せた。「じゃあこの猫は・・」
母親と娘はキャリーの中の猫を見て。娘「わぁカワイイ!ミーにそっくり」母親「ほんとだそっくりねぇ」
俺「じゃあミーじゃないんですねこの猫は・・」
母親「ええ・・どこにいたんですかその猫は?」
俺「幻影通りという所です」
母親「聞いたこと無いわねぇ、そんな通り。」
なにがまいったって、今度はこの猫の飼い主を探さなければいけなくなった事。
今日はもうクタクタで、このまま猫を連れて事務所に戻ることにした。
PM9:20
事務所に着き、ブザーを押すとインターホンから高橋さんの明るい声が聞こえた「虎囲さんですか、おかえりなさい!いま行きますね」
高橋さんが小走りで近づいてくる音がきこえ玄関が開き高橋さんが笑顔で迎えてくれた。
手に持ったキャリーに気づいた高橋さんは「どうしたんですか?それ」と聞いてきた。
俺「あのぉ・・実は」と猫探しの顛末を高橋さんに話した。
高橋さんは「そうだったんですね。ご苦労様でした」と言ってくれた。
俺「それで、この猫・・」
高橋「まあ可愛い」
俺「明日からこの猫の飼い主探してみます」
高橋「じゃあ今晩は私がこの子の面倒見ますね」
俺「ここでですか?」
高橋「はい」
俺「高橋さんは家に帰らなくても良いんですか?」
高橋「私はここに住んでるんですよ」
という事は川上氏と一緒に住んでいたという事だろうか?。俺はこれ以上聞くことはできなかった。
俺「じゃ俺はかえります。猫おねがいします」と言い事務所をあとにした。
それからビールを買って部屋に着いた頃には0時を過ぎていた。
翌日 AM9:30
事務所に着くとさっそく猫探しの準備を始めた。
俺「猫の写真を撮りたいんですけど」
高橋「それなら先生が使ってたポラロイドカメラがあるはずです」
川上氏の使ってたポラロイドカメラはコンパクトでいかにも探偵道具といった感じだった。
俺「高橋さん、猫を抱っこしててもらえますか」
高橋「はい」
俺「じゃ撮りますよ・・」カシャッ
俺「上手く撮れました」
高橋「ほんとだ」
その写真を持って俺は飼い主を探しに出かけた。
きのう行った幻影通り、あそこで聞けば知ってる人がいるかもしれない。俺は楽観視していた。スムーズに飼い主が見つかるような気がしていた。
30分ほど歩くと昨日はじめに猫を見た場所についた。たしか此処からあの猫を追って幻影通りに出たんだ。
記憶を頼りに進むがなかなか幻影通りが見つからない。あちこち路地には出るが、何処も違った。
俺「あのう、この辺に幻影通りってあったと思ったんですけど・・」
花屋の店員「げんえ?」
俺「げんえいです。幻影」
花屋の店員「さぁ聞いたことないわねぇ」
おかしい・・。たしかにこの辺に在ったはずなのに。
きのう飲んだ青いラムネの味だってちゃんと覚えているのに、あの店もあの通りも幻だったというのだろうか。
それからいくつか周辺の人に猫の写真を見せ飼い主の事を聞いてみたが成果はなかった。
近くの交番で猫の届出が無いか聞こうと思ったが、中で警官が一生懸命ラーメンを食べているのを見て、邪魔するのが悪くなって聞けなかった。
PM3:00
猫の缶詰を買って事務所に戻ると、猫は高橋さんの膝の上で寝ていた。
高橋「さっきまで走り回って疲れたんですね」
俺「俺も走り回ってクタクタです」
高橋「ごくろうさまです。それで見つかりましたか飼い主さん?」
俺「いえ駄目でした。張り紙を何枚か張って来たんで連絡が来るといいんですが・・」
高橋さんは「そうですね」と言って猫を撫でていた。
それから数日が経っても猫に関する連絡は何もなく、これから猫をどうするのか考えなくてはならなくなった。
俺「やっぱりこの猫は野良猫だったんでしょうか」
高橋「そうなのかもしれませんね」
俺「こういう場合はどうすれば良いんだろう? 。また外に放してくるわけにもいかないし、保健所に引き渡すとかになるんでしょうか・・」
高橋「ダメです!。そんなのぜったい駄目です」と言って猫を抱いて自分の部屋に隠れてしまった。
俺はドアの前に立ち、高橋さんに「それじゃ俺たちで飼いましょうか」と言った。
しばらくして、目を潤ませた高橋さんが出てきて「はいっ、そうしましょう」と、うれしそうに言った。
これで探偵虎囲治郎の初仕事は予想外の結末で終わったのであった。
第2話 終
応援ありがとうございます!
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