黒い月が白くなるまで

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黒い月が白くなるまで

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第1話「死んだはずの夜」

※登場人物:優(ゆう)・優の友達・仁(じん)



 夏の夜の空気は、じっとりと肌にまとわりつく。
 優(ゆう)は片手で髪をかきあげ、前下がりのボブがさらりと頬を撫でた。

 黒髪のパッツンラインが冷たい月明かりを受けて、白い肌を際立たせる。
 まっすぐな視線、細身のパンツにTシャツを合わせたモノトーンの装い。
 一見して近寄りがたい美しさだったが、内には誰よりも熱い正義を持っていた。

「最近、このあたり危ないって噂、知ってる?」
 隣を歩く友達が言った。コンビニのビニール袋をゆらゆら揺らしながら、軽い調子で。

「やばい奴らが集まってるとか……なんか、人が消えたって話も聞いた」

「そんなの、信じてるの?」
 優は小さく笑って、歩く速度を緩める。

 その笑みはどこかあたたかく、それでいてどこか寂しげだった。



 二人は駅裏の古びた商店街を歩いていた。
 シャッターの半分降りた店舗、割れた看板、チカチカと瞬く街灯。
 見慣れたはずの景色なのに、今夜はどこか異様な空気が漂っていた。

「……誰か、いる?」
 友達が小さく声を漏らした、そのとき。

 ――足音が聞こえた。

 湿ったコンクリートを踏み鳴らす、重たい靴音。
 数人の影が、路地の奥からゆっくりと姿を現す。

 黒い服。無言の男たち。
 その中に、ひとりだけ――まるで“異物”のような存在がいた。

 高身長。
 黒髪で目にかかるくらいの長さの髪。
 完璧な顔立ち。
 そして何より、感情のない目。

「……誰、あれ……」

 友達がつぶやいた瞬間、優の胸が妙にざわついた。

 その男だけが、静かに前に出てくる。
 彼だけが、周囲とは異なる“死の匂い”を纏っていた。



「邪魔だ、どけ」

 低く、冷たい声が響く。
 まるで氷のように澄んでいるのに、どこか底の深い温度を孕んだ声。

 それが――**仁(じん)**との最初の言葉だった。

 友達が一歩、後ずさる。
 「優、逃げよ……」そう言いかけたその瞬間。

 音もなく、仁の腕が動いた。

 金属の刃が月光を弾く。
 そして――赤が、友達の胸に咲いた。



「……っ、うそ……」

 友達がその場に崩れ落ちる。
 優の目の前で、彼女は言葉もなく、動かなくなった。

 血の匂いが、ゆっくりと夜に広がる。

「……やだ、やだ、うそでしょ……っ……」

 崩れ落ちるように膝をつき、優は震えながら叫んだ。
 目の前にいるのは、間違いなく“人を殺した男”。
 だけど、その目は……どこまでも静かだった。

「なんで……」

 仁は言葉を返さない。
 ただ優を見ていた。無感情で、でも何かが奥底にあるような目で。

 その視線に、優は凍りついた。



 悲鳴も、警報も、誰の助けもない。
 ただ、世界が止まっていた。

 優の目に映るのは、倒れた友達と、赤い血と――
 冷たい瞳をしたひとりの男。

 「……っ……っぐ……」

 優の喉が詰まり、声にならない涙が頬を伝う。

 そのまま、意識がふっと暗転した。

 倒れる瞬間、優はうっすらと――仁が、ほんの少しだけ顔をゆがめたように見えた。
 それが、気のせいだったのかどうかは、わからない。
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