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二章
ミラとエリカ
しおりを挟む「……ター、シスターミラ、聞いているのですか!」
誰かの声が聞こえる。
――ミラって誰だっけ。
どこかで聞いたような気がするが、覚醒しきらない頭では何も思い出せなかった。そのまま、まどろみの中をたゆたっていると、今度は別の声が「ミラ、ヤバいよ」と私の肩を揺さぶった。
――ミラ、ミラってうるさいなぁ。私は……。
そこでハッと意識が覚醒した。
慌てて姿勢を正すも、既に目の前には真っ赤な顔をしたマザーが私を見下ろしていた。
「ずいぶんと集中していたようね、シスターミラ」
「マ、マザー、あの、これは……」
「大事なご祈祷の最中に眠るなど言語道断です! 今日の掃除はあなた一人でなさい」
「は、はい……」
小さくなっていくマザーの背中を眺めながらため息をつくと、それに呼応するように呆れた声が降ってきた。
「ほらね、声掛けたのに起きないんだもん」
エリカは椅子から立ち上がると、ぷいっと顔を横に向けてしまった。
「ごめん。ちょっとボーっとしてたみたいで」
「また? もしかして眠れてないの?」
すげない態度から一転して、心配するように顔を覗くエリカに、私は慌てて首を振った。
「そういうんじゃないの。お昼の後だから、どうしても眠くなっちゃって」
私がこの世界に転生してから一週間。
当初の予定通り、私はこのミットレー修道院にお世話になっている。エリカは私よりも先にここで生活している先輩修道女で、新入りの私に何くれとなく世話を焼いてくれている。
おかげで修道院での生活には慣れてきたのだが、イレギュラーな手段で転生したからなのか、時折ふっと意識が飛んでしまうことがある。まだ意識と体が馴染んでいないがゆえの弊害だろう。当然そんなことが言えるわけもなく、私はごまかすようにへらりと笑ってみせた。
「そう? ならいいんだけど……。そうだ、マザーに怒られるから手伝えないけど、掃除をしている間、ミラの好きなアウレリア様のお話してあげる」
ふふっと笑うエリカはお姉さんぶっているが、私から見れば、まだ少女の域を出ない可愛らしい女の子だ。農家の長女として生まれた彼女は、弟妹達を食べさせるため、自ら志願して修道院に来たらしい。
「本当? 嬉しい」
掃き掃除を終えた私は、すぐさま拭き掃除に取り掛かった。早く終わらせないと午後の読書の時間になってしまう。
修道院での生活は想像以上にハードで、一日のうちに何度も祈りを捧げ、その合間に聖書を読み、掃除や洗濯などの雑務をこなさなければならない。さらに、日々のお勤めとして聖書の写本をしたり、畑を耕したりとやることが目白押しだ。
しかも最近は、アウレリア様の改革によって旧教派の教会が軒並み宗旨替えをしてしまったので、祈る場所がない信者のために聖堂を開放しており、目を回しているうちに一日が終わっている。
「アウレリア様が建国以来の才女だって話はもうしたわよね。あっ、そうそう、ミラの大好きな白い小麦は、アウレリア様がヴェステラントの農業改革をしたおかげで取れるようになったのよ」
「あれは小麦じゃなくて、お米って言うのよ」
私が指摘すれば、エリカはそうだっけ、と首を傾げた。
「不思議な食感だけど、とっても美味しいわよね。畑に水を張ったままにするなんて普通思いつかないわ。そんなことしたら、根腐れしちゃうもの」
フェアルレン王国は日本人の想像する通りのヨーロッパの街並をしていながら、近頃は米が主食になりつつある。アウレリア様は和食が好みなのか、米の栽培を始め、味噌やしょう油の醸造など、国民食を和食に変える勢いで食の開発に力を入れているのだ。
「アウレリア様って本当にすごい方よね。誰も思いつかなかったことをやってみせるんだもの。それなのに偉ぶらないし、私達みたいな庶民にもお声掛けくださるのよ」
「エリカはアウレリア様に会ったことがあるんだっけ?」
「昔の話だけどね。視察でいらしてたんだけど、私と殆ど年が変わらないのに、とても聡明で、一目見ただけで目を離せなくなるような引力のある方だったわ」
その時のことを思い出しているのだろう、エリカはうっとりした様子で両手を頬に当てていた。
「ふふっ、私よりエリカの方がよっぽどアウレリア様が好きみたい」
くすくす笑う私に、エリカは少しだけ照れくさそうにしながら、
「仕方ないじゃない。女の子なら皆アウレリア様になりたいって思うはずよ」
こちらに来てまだ日は浅いが、周囲のアウレリア様への反応は、エリカ程ではないとはいえ、殆どが好意的なものだった。
「アウレリア様といえば、休憩所に新しいお菓子が入ったそうよ。アウレリア様自ら考案したらしくて、とっても美味しいって評判らしいの」
休憩所は、国民の日々の働きに感謝してアウレリア様が作らせたもので、無償で食事が提供される国営の慰労所みたいなものだ。無償ではあるが、実際に休憩所を利用するには国で発行されるチケットが必要で、チケットは日々の労働の対価として配布される。
「ミラと行こうと思って、今日のお勤めを済ませておいたのに、ねぼすけさんのせいで予定がめちゃくちゃだわ」
「ご、ごめん……」
「今日はヨナスが担当の日だったのに」
エリカはジト目で私を見やり、口を尖らせた。
ヨナスとは、王宮に勤めている料理人の名前だ。休憩所の料理人は日ごとによって変わり、たまにヨナスのような王宮の料理人が腕を振るうのだが、そういう日は人が詰めかけるらしい。
「……本当に悪いと思ってる?」
こくこく頷けば、エリカは言質を取ったと言わんばかりにニヤリと笑ってみせた。嫌な予感を覚えた私だったが、エリカは私の手からさっと雑巾を取り上げると、そのまま私の腕を取って、聖堂の出口へ向かって走り出した。
「ちょっ、どこ行くの? まだ掃除が……」
「掃除なんかより、今はお菓子の方が大事! 友達ならあとで一緒に怒られてくれるわよね?」
いたずらが成功したみたいに笑うエリカに、私は口先ばかりの制止の声を上げたが、その足取りはひどく軽かった。
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