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二章
秘密
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「全く、あなたたちという人は!」
マザーは案の定かんかんに怒っていたが、私達が連れている人を認めて、すぐにハッとした様子で男の子を抱きかかえた。
「お小言は後です。この方は?」
「私が路地裏で見つけたんです。アウレリア様にお会いしたいと言っていて」
それから言葉を繋ぐようにして、エリカが続けた。
「疲労や脱水というよりも、右腕の怪我が原因で気を失っているみたいです」
「分かりました。私は彼を寝室に連れて行きます。あなた達は自室で待機していなさい」
寝室へ向かうマザーの姿がすっかり見えなくなってようやく、私達は金縛りから解放されたように自室へ戻った。
部屋に戻っても会話はなく、エリカはいつもの快活さが嘘のように静かだった。
私はそれが落ち着かなくて、何とか会話の糸口を見つけようとした。
「あの子、大丈夫かな」
「……」
「そういえば、さっき言ってた右腕の怪我って、どういうこと?」
あまり気が進まないようだったが、エリカは渋々といった様子で口を開いた。
「あのね、焼けたみたいに黒い煤で覆われていたの」
「えっ」
「火傷って感じでもなくて、触れた先から皮膚がボロボロ崩れていくの。多分、皮膚を構成するものに異常があるんだと思う」
「そんなのって……」
日本では色んな病気の研究が進んでいたが、皮膚が黒くなるなんて病気は聞いたことがない。あくまでここは異世界で、現代日本の知識が参考になるわけではないが。
「でも、アウレリア様なら治せるんじゃない? 彼がアウレリア様に会いたいって言ってたのも、そういうことなのかも」
「……そうかしら」
アウレリア様を敬愛してやまないエリカの否定的な言葉に、私は面食らってしまった。呆気に取られる私に気付いて、エリカは慌てて取り繕ったような笑みを浮かべた。
「ごめん、変なこと言っちゃって。そうだよね、アウレリア様に任せれば全部うまくいくわよね」
エリカはことさら明るい声で、パチンッと手を合わせると、
「でも、どうやったら謁見できるのかしら。王宮に勤めてる人の推薦がないと厳しいって聞くけど、そんな人いたかしら」
何か方法がないか首を傾げるエリカは、明らかに無理をしているようだった。男の子の怪我を見た時から、ずっとこんな調子だ。
でも、それ以上に気になるのは、あの男の子がこぼした罰という言葉だ。罰とは本来、何かの罪に対応して使われる言葉だ。あの男の子もエリカも、罰なんて言葉とは無縁のように見える。
――聞かない方がいいんだろうな。
エリカの態度からして、まず間違いなく触れてほしくない話題だろう。私はこの世界に二年しかいられないわけだし、下手に深入りしない方がお互いのためだ。そう思うのに、あの怪我が罰と何かしらの関係があって、エリカに危害が及ぶかもしれないと思うと、気が気ではない。
異世界転生したからといって、私は特別な力を持っているわけじゃない。
脳裏に、人の顔色を窺って、へらへら笑ってお茶を濁してばかりの自分の姿が蘇る。害はないという点で、周りからの評価は高かったけれど、私の胸中は複雑だった。
せっかく生まれ変わったのに、前と同じような空しい生き方をくり返していいんだろうか。こんなにも優しくしてくれるエリカの悩みを放っておくことが正しいことなんだろうか――。
「ね、ねぇ、エリカ」
「ミラ? どうしたの?」
何とか声を上げたはいいものの、私の声はびっくりするほど上ずっていた。私は一度深く息を吐き出すと、エリカと真正面から向かい合った。
「あの怪我について、エリカは何か知ってるんじゃないの?」
「え、何、急にどうしたの……」
困惑している風ではあったが、エリカの顔が一瞬凍りついたのを私は見逃さなかった。私はエリカの手を取ると、祈るように声を上げた。
「私、エリカの力になりたいの。さっきからずっと様子がおかしいし、もし心配なことがあるなら言ってほしくて。何か出来るわけじゃないけど、話したら楽になることもあるし、一緒に解決策を考えることだって出来るし、それで……」
言葉を重ねれば重ねるほど、余計なお世話なんじゃないかという自己嫌悪が募っていく。
「ミラ、ありがとう……」
繋いだ手に力が籠もるのを感じて、ハッとして顔を上げると、エリカは少し涙ぐんでいた。
「ねぇ、今から話すこと絶対に秘密にしてくれる? もちろん、マザーにもよ」
「……うん。絶対に言わない」
私の顔をしばらくじっと眺めてから、エリカはほっと息を吐き出した。エリカの雰囲気が和らいだのを感じて、私もつられるようにして息を吐き出した。
「あのね、私ここに来る前に新教派の修道院にいたの。そこで、彼と同じ症状の人を見たことがあるの」
目を丸くする私に、エリカはどこか自嘲したような笑みを浮かべた。
「信徒の人達は、天罰だって言ってたわ。神様が不信心な人間にお怒りになって、罰を与えているんだって」
マザーは案の定かんかんに怒っていたが、私達が連れている人を認めて、すぐにハッとした様子で男の子を抱きかかえた。
「お小言は後です。この方は?」
「私が路地裏で見つけたんです。アウレリア様にお会いしたいと言っていて」
それから言葉を繋ぐようにして、エリカが続けた。
「疲労や脱水というよりも、右腕の怪我が原因で気を失っているみたいです」
「分かりました。私は彼を寝室に連れて行きます。あなた達は自室で待機していなさい」
寝室へ向かうマザーの姿がすっかり見えなくなってようやく、私達は金縛りから解放されたように自室へ戻った。
部屋に戻っても会話はなく、エリカはいつもの快活さが嘘のように静かだった。
私はそれが落ち着かなくて、何とか会話の糸口を見つけようとした。
「あの子、大丈夫かな」
「……」
「そういえば、さっき言ってた右腕の怪我って、どういうこと?」
あまり気が進まないようだったが、エリカは渋々といった様子で口を開いた。
「あのね、焼けたみたいに黒い煤で覆われていたの」
「えっ」
「火傷って感じでもなくて、触れた先から皮膚がボロボロ崩れていくの。多分、皮膚を構成するものに異常があるんだと思う」
「そんなのって……」
日本では色んな病気の研究が進んでいたが、皮膚が黒くなるなんて病気は聞いたことがない。あくまでここは異世界で、現代日本の知識が参考になるわけではないが。
「でも、アウレリア様なら治せるんじゃない? 彼がアウレリア様に会いたいって言ってたのも、そういうことなのかも」
「……そうかしら」
アウレリア様を敬愛してやまないエリカの否定的な言葉に、私は面食らってしまった。呆気に取られる私に気付いて、エリカは慌てて取り繕ったような笑みを浮かべた。
「ごめん、変なこと言っちゃって。そうだよね、アウレリア様に任せれば全部うまくいくわよね」
エリカはことさら明るい声で、パチンッと手を合わせると、
「でも、どうやったら謁見できるのかしら。王宮に勤めてる人の推薦がないと厳しいって聞くけど、そんな人いたかしら」
何か方法がないか首を傾げるエリカは、明らかに無理をしているようだった。男の子の怪我を見た時から、ずっとこんな調子だ。
でも、それ以上に気になるのは、あの男の子がこぼした罰という言葉だ。罰とは本来、何かの罪に対応して使われる言葉だ。あの男の子もエリカも、罰なんて言葉とは無縁のように見える。
――聞かない方がいいんだろうな。
エリカの態度からして、まず間違いなく触れてほしくない話題だろう。私はこの世界に二年しかいられないわけだし、下手に深入りしない方がお互いのためだ。そう思うのに、あの怪我が罰と何かしらの関係があって、エリカに危害が及ぶかもしれないと思うと、気が気ではない。
異世界転生したからといって、私は特別な力を持っているわけじゃない。
脳裏に、人の顔色を窺って、へらへら笑ってお茶を濁してばかりの自分の姿が蘇る。害はないという点で、周りからの評価は高かったけれど、私の胸中は複雑だった。
せっかく生まれ変わったのに、前と同じような空しい生き方をくり返していいんだろうか。こんなにも優しくしてくれるエリカの悩みを放っておくことが正しいことなんだろうか――。
「ね、ねぇ、エリカ」
「ミラ? どうしたの?」
何とか声を上げたはいいものの、私の声はびっくりするほど上ずっていた。私は一度深く息を吐き出すと、エリカと真正面から向かい合った。
「あの怪我について、エリカは何か知ってるんじゃないの?」
「え、何、急にどうしたの……」
困惑している風ではあったが、エリカの顔が一瞬凍りついたのを私は見逃さなかった。私はエリカの手を取ると、祈るように声を上げた。
「私、エリカの力になりたいの。さっきからずっと様子がおかしいし、もし心配なことがあるなら言ってほしくて。何か出来るわけじゃないけど、話したら楽になることもあるし、一緒に解決策を考えることだって出来るし、それで……」
言葉を重ねれば重ねるほど、余計なお世話なんじゃないかという自己嫌悪が募っていく。
「ミラ、ありがとう……」
繋いだ手に力が籠もるのを感じて、ハッとして顔を上げると、エリカは少し涙ぐんでいた。
「ねぇ、今から話すこと絶対に秘密にしてくれる? もちろん、マザーにもよ」
「……うん。絶対に言わない」
私の顔をしばらくじっと眺めてから、エリカはほっと息を吐き出した。エリカの雰囲気が和らいだのを感じて、私もつられるようにして息を吐き出した。
「あのね、私ここに来る前に新教派の修道院にいたの。そこで、彼と同じ症状の人を見たことがあるの」
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