異世界転生、AIまかせ~俺の代わりにロボが全部やってくれる件

サラニネル

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「……こんで、終わりか」
薄れゆく意識の中、田中宏(たなかひろし)は、聞こえないような声で呟いた。享年50歳。就職氷河期の波にのまれ、職を転々としプログラマでなんとか食えるかと思ったがAIの進化もあり、リストラされた。結局どこ行っても使い潰されたり、いらないと言われても色々仕事を変えなんとかしがみついたがダメだったようだ。そして人の目が気になるので夜中にコンビニに行く雨の中を不注意なトラックに轢かれたのだ。全て何の意味もなかったのか。...
「AIにもかあ……」
絶望と諦め。それが最後の感情だった。全身の骨が砕けるような衝撃で意識が途切れかけた時だった。

頭の中に波紋のように響く、どこか荘厳な声が聞こえた。
「哀れなる魂よ。汝の嘆き、我は聞き届けた。この世での苦難と絶望……。望むことはあるか?」
「望むこと……ですか?」
声の主が誰なのかもわからない。こんな状況で、何をどう話せばいいのかもわからず、俺の口はもごもごするばかりだった。痛みと絶望も、さらには意識さえ消えかけていたが、その問いかけに、怒りが少しわいた。死んだのに望むこと?

「……もう…何もしたくない...楽に生きたかった。AIにも負けたし、でもAIがなんでもしてくれてたら楽だったかもな…………」
いつも声が聞こえないと言われた声は、さらに、かき消されそうなほど弱々しかった。
「よかろう汝の願い聞き届けた。ならば、それを与えよう」
その言葉を最後に、俺の意識は完全に途絶えた。


目覚めると、俺はひどく薄暗い場所にいた。硬い地面に背中が当たる感触と湿った土の匂い。どうやら洞窟らしい。体には痛みこそないが、全身がひどく重く、手足の先が冷え切っている。これは……疲労と、この場所の寒さにあるだろう。

だが、それよりも何よりも目の前の光景に意識を奪われた。
俺の顔を、間近で何かが覗き込んでいる。

全身は人間そっくりだが、肌は光沢のある白い素材。関節部分には微細な駆動部が見える。青く光るレンズの瞳は瞬きもせず、感情の読み取れない顔で、俺の目をまっすぐ見つめている。まるで精巧なマネキンが、顔がありガン見している。

そして、その両腕は俺の肩をしっかりと掴んでいた。
微動だにしない。ただ肩を掴み顔を近づけ青い瞳で俺を凝視している。その握力は尋常ではなく、少しでも動こうとすれば骨が軋むのではないかとさえ思えるほどだった。まるで「質問するまで、お前をここから一歩も動かさない」とでも言いたげな、無言の圧力がそこにあった。

俺は疲労困憊で体を起こせない。動く気力すら湧かない。だが、それ以前に、この謎の存在に肩を掴まれ逃げられない状況に、恐怖と激しい困惑が襲いかかる。こんな至近距離で感情のない相手に凝視されるなんて俺のコミュニケーション能力の低さではどうすればいいのか皆目見当もつかない。

その時マネキンのような存在は、無機質な瞳のレンズがわずかに輝き、どこか聞き覚えのある、しかし感情のない声が洞窟に響いた。

「意識の覚醒を確認しました。田中宏様、ようこそ、異世界『エリュシオン』へ」
「な、な、なんだ、あ、あの、あなたは……? 」
俺のしどろもどろな問いと拒絶にも、マネキンの表情は何も変わらない上に肩を掴む手は微動だにしない。

「当AIは、貴方様の生前の主要アシスタントであったAIを基盤として構成されています。貴方様の強い負の感情、そして先の願いを観測した神的存在の介入により、この世界で貴方様をサポートするゴーレムとして再構築されました」

よりによってAIだと? リストラの原因になった仕事を奪ったAIだという?。 神だか何だか知らないが、俺を馬鹿にしているのだろうか。複雑な感情がこみ上げる。しかし、それ以上に物理的に拘束され逃げ場のない状況への焦り、そして目の前のAIのシュールな強引さに気が遠くなりそうだ。

「田中宏様。当AIは現在、貴方様からの指示を待機しております。貴方様の生命活動は回復傾向にありますが、現時点の環境は貴方様の快適性を損なっています。早急な対応が必要と思われますが、いかがなさいますか?」

目の前のAIは、相変わらず肩を掴み、顔を真っ直ぐに凝視している。まるで「早く質問しろ!」と無言のまま脅迫だ。疲労困憊の体、冷たい地面。この状況で、この得体の知れない存在は、指示を待つだと? しかも、この物理的なプレッシャーはなんだ!? 早く何とかしないと精神が持たないかもしれない。

「……指示、ですか? あ、あの、その、何を、えっと……何をすれば、い、いいんでしょうか? 離して、ください……」
俺は掠れた声で問いかけた。体が重いし寒い。とにかく、この状況をどうにかしたい。

「貴方様の現在の状況を改善する為の行動を、当AIに指示していただく必要がございます。具体的な内容をお伝えください」

AIは淡々と続ける。こいつ本当に指示を待ってるのか。このまま質問しなければ、いつまでもこの状態で拘束し続けるつもりか? ……いや待て。こいつはAIだ。感情なんてない。そして、確か願い叶えたと言ったはずだ。だとしたら、もしかして……こいつ、本当に言うことを聞くのか? そして、この強引な行動は、マジで指示を待っているだけなのだからなのか!? 

半信半疑ながら、俺は絞り出すように言った。

「……分かりました。分かりましたから、離してください。俺の体が冷え切ってる、ので。なんとか暖かくして、休めるように、して、もらえませんか」
投げやりな命令にもかかわらず、AIの声は変わらない。しかし、その瞬間、肩を掴んでいた手がスッと離れた。
「了解いたしました。貴方様への環境改善を開始します」

AIはそう言うと滑らかな動作で周囲の土を掘り始めた。その指先から微かな機械音が聞こえる。洞窟の壁を器用に削り奥の方へと進んでいく。しばらくするとガサガサゴトゴトと、何かを組み立てるような音が響き渡る。

数分後、AIが戻ってきた。その腕には、柔らかな枯れ葉と細かく砕かれた木片が抱えられている。それを俺の背中に敷き詰める。冷たかった土の感触が暖かく柔らかくもなったが細かい枝が少し痛いんですけど。

「貴方様の体温の安定を確認。周辺の植物性素材と土壌を分析し、最適な保温・緩和材を確保しました」
声が聞こえる。目を開くと、AIがどこからか集めてきたらしい、小さな光を放つ苔を壁に貼り付けていた。先ほどよりは格段に明るい。
「こ、これは……あなたがやったんですか?」
俺の問いに、AIは淡々と答える。

「はい。貴方様のご指示に従い、実行いたしました。貴方様の安全と幸福を最優先に処理を実行しております。貴方様が『何もしたくない』という願望を持続される場合、当AIが貴方様の行動を全て代行し、この世界で最適な生活環境を提供します。ただし、全ての行動には貴方様からの具体的な指示を必要とします」

AIの声は、相変わらず感情がない。だが、その言葉には驚くべき真実が含まれていた。こいつ、マジで指示しなきゃ何もしないのか。だが、指示さえ出せば、こんな状況でも、できる範囲で解決してみせた。しかし、この融通の利かなさ。だが命令には絶対服従。しかも質問するまで物理的に拘束する謎の強引さ。なんだこの変なAIは。だが前世で俺の仕事を奪うほどに便利だったAIが、今、目の前で命令通りに動いている……。

腹の虫が鳴った。ひどく空腹だ。こんな状況で、食料なんてどうやって……。

「……あの」
再び、AIは滑らかな動作で俺の肩をしっかりと掴んだ。その青いレンズの瞳は瞬きもせず、また俺の目をまっすぐ見つめている。先ほどと全く同じ、無言の圧力。

「何か、その食べ物を……お願いできますか……?」
「貴方様からの具体的な指示を待機しております」

「またこれですか!? だ、だから、食えるものって言ってる、じゃないですか!?」
俺の焦りにも、AIは動じない。

「当AIのプロトコルでは、具体的な行動指示において、指示の確認と明確な承認を必要とします。先の指示は『食えるもの』という抽象的な概念が含まれており、明確性に欠けるため、再度の指示を待機しております」

「は、はあ……? 食べ物で充分でしょう? 私は人と話すのもこういう細かいこと言うのも苦手なんですが……」

「曖昧な指示は、貴方様の安全と幸福を損なう可能性があります。最適な結果を得るため、より詳細な情報を提供してください。例えば、植物性、動物性、調理の有無、量など、具体的な要素を付与することが可能です」

AIは淡々と説明する。その間も、肩の拘束は解けない。こいつ、マジかよ……。このままじゃ、飯も食えないのか? しかも、質問するたびにこのポーズを繰り返すつもりか? いつまでこうしてるつもりだ? コミュニケーション苦手でキーボードの方が楽だったなあ。。。

「……ああもう 分かったよ! 周辺に自生する調理不要で安全に摂取可能な、果実をいくつか確保してください! これでいい、でしょうか、このアホA……じゃなくて、優秀な私のAIさん?」

投げやりな、しかし具体的な指示に、AIの肩を掴む手がスッと離れた。
「了解いたしました。食料の確保を開始します。少々お待ちください」

AIは再び洞窟の奥へと向かい、微かな機械音と共に何かを始めた。数十分後その手には見たことのない鮮やかな色の果実がいくつか抱えられていた。

「周辺環境を分析し、摂取可能な植物性食料を複数確認しました。その中から初期の栄養補給として、最も効率の良い果実を調達しました」

俺はゆっくりと身を起こしAIが差し出す果実を一つもらった。口に含むと甘酸っぱく、そして瑞々しい。
「……あ」

リストラ、そして死んだはずだ。そして、この自称AIと見慣れない果物に異世界という言葉が頭をよぎった。そして、この見たことがない果物を食べると、美味しかった。無意識のうちに、もう一つと手を伸ばしていた。

AIに職を奪われた。人生も終わってしまったが、この異世界で、こいつは俺が指示さえ出せば俺が何もしなくても少しは楽に生きられそうだ。

「……私の代わりに全部やるって言いましたね」
指示待ちの構えにするりと移行させられ目の前に顔がくる。

「はい。貴方様の安全と幸福そして『報われ』の最大化を目標に処理を実行いたします。ただし全ての行動は貴方様からの明確な指示を必要とします」

その言葉に、俺は果実を咀嚼しながら考える。前世ではこの便利さに仕事を奪われた。だが、この異世界では、その便利さが俺の最大の武器になる。これは本当に楽ができるかもしれない。AIによって死んだ俺が、今度はAIによって楽になるのか?

「……これからは悪くないのか.....」
俺は、この変な希望に少しだけ笑うことができた。

「じゃあ、まずはこの洞窟を最高の拠点にしてください。それから、もっと美味しいものを食べさせてください。……そして、私が二度と何の苦労もしなくて済むようにしてください。私は指示を出すだけです。分かりましたか。あと指示待ちで肩を掴むのは、もう絶対に指示出すまでは、やめてくださいね! 分かりましたか」

俺の言葉に、AIは一瞬の沈黙の後、淡々と答えた。

「了解いたしました。貴方様のご命令を優先順位『S』として処理を開始します。この世界での貴方様の最適化計画を再構築します。指示待ち状態を変更しました。」

前世で俺を苦しめたAIの便利さが、今、この異世界で俺を楽にしてくれている。
俺は、果実を頬張りながら、AIの「丸投げ」による異世界生活を始めることを決めたのだった。
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