3 / 3
3
しおりを挟む
「おはようございます、田中宏様。本日のご指示をお待ちしております」
澄んだ声が洞窟に響き、俺はゆっくりと目を開けた。目の前には、白い顔のAIが直立不動で立っている。しかし、もう肩を掴まれていない。昨日の魔物の一件以来、毎朝の「肩掴み」と「詳細指示」地獄からは解放されたのだ。
「おお……、今日もちゃんと思い出してくれてるな、AIさん。よしよし」
俺は安堵の息をついた。レベル2になったAIは、確かに昨日の指示を覚えていた。洞窟の中には、AIが昨夜のうちに集めてくれた枯れ葉が積み重なり、簡易的な寝床ができている。火を起こす指示も出してあったので、奥の方では小さな焚き火がパチパチと音を立てていた。
あれから数日。
俺はAIに様々な指示を出しまくった。洞窟の入り口を枯れ木で塞いで外からの視線を遮らせ、内部には石を組んで棚を作らせ、焚き火の煙を外に逃がすための穴も指示した。食料も、近くの木の実や小動物をAIに採取・捕獲させ、火を通して食べるように指示。最初は味気ないものだったが、AIは俺の「美味しい」という曖昧な指示に対し、最適な調理法を割り出そうと試行錯誤しているようだった。
そして、その都度、AIは小型の魔物と遭遇し、それらを倒すことで経験値を獲得し、順調にレベルアップしていった。あっという間にレベルは10に到達。
しかし……。
「うーむ……」
俺は、焚き火の煙で少し目に沁みる洞窟内を見回した。確かに、寝床はできたし、飯も食えている。だが、壁はゴツゴツしたままだし、煙は目に沁みるし、外は相変わらず薄暗い森が広がっているだけ。
「AIさん、レベル10になったけど、なんかこう、劇的に快適になったって感じしないな……。自動で何か気の利いたことしてくれるとか、ないの?」
AIは、無機質な瞳で俺を見た。
「当AIの機能向上は、田中宏様の明確な指示に対する処理能力の最適化に集約されます。具体的には、演算能力の向上、処理速度の高速化、および新たなプロトコルの解放が含まれます。自律的な快適性の追求は、現在の貴方様からの指示に含まれておりません。」
「そうかよ……」
俺は肩を落とした。レベルが上がれば、AIが勝手に俺を快適にしてくれる、なんて都合のいいことはなかったのだ。あくまで「指示」がなければ何も変わらない。俺が「何もしたくない」と丸投げした結果、このAIは指示を待つ究極の存在になったわけだ。
このまま洞窟に引きこもっていても、これ以上の快適さは望めない。それに、このAIの能力は、もっと有効活用できるはずだ。
「よし、AIさん。今日はちょっと遠出してみるか」
俺は立ち上がった。AIは即座に俺の後ろにぴたりとつき、最適距離を維持する。
「了解いたしました。田中宏様。移動の指示に従い、追従行動を開始します。貴方様の安全確保が最優先事項です」
森の中を歩く。何日かかけて洞窟の周辺は調べたが、それ以上奥へ行くのは初めてだ。レベル10のAIがいるとはいえ、万が一の事態は避けたい。俺はAIに、先行して周囲の安全を確認しながら進むよう指示した。AIは迷いなく、まるで偵察ドローンのように森の奥へと進んでいく。俺は、そのわずか数メートル後ろをゆっくりとついていった。
しばらく歩くと、木々の合間から、人工物の影が見えてきた。
「あれは……」
それは、朽ちかけた小さな小屋だった。壁は苔むし、屋根は一部が崩れ落ちている。どう見ても廃墟だ。だが、不思議と、魔物の気配はしない。
「AIさん、あの小屋に入ってみてくれ。安全を確認したら、教えてくれ」
AIは小屋の入り口に近づき、扉をゆっくりと開いた。中を慎重に確認するAIの背中を見守る。
「内部に生命反応はありません。脅威は検知されません。侵入可能です」
AIの報告に、俺は足を踏み入れた。小屋の中は薄暗く、埃っぽい匂いがした。崩れた壁の隙間から光が差し込み、内部をわずかに照らしている。ガラクタが散乱する中、俺の目を引いたのは、朽ちたテーブルの上に重ねられた、いくつかの古びた本だった。
「おお、これは……」
俺はゆっくりと本に近づいた。羊皮紙のような素材でできた、ずっしりと重い本だ。表紙には、見慣れない文字が書かれている。
「AIさん、これ、読めるか?」
俺は本をAIに見せた。AIは何も言わず、本のページを一枚一枚、その青い瞳でスキャンするように見ていく。
沈黙が続く。俺は息を詰めて、AIの反応を待った。異世界の文字なんて、読めるはずがない。だが、AIなら、もしかしたら……。
「解析完了しました」
AIの無機質な声が、静かな小屋に響いた。
「この書物は、この世界の基本的な法則、歴史、魔物の特性、そして魔法体系の一部について記述されています。言語は当AIのデータベースに未登録の言語でしたが、文脈と図形パターンから、解析に成功しました。」
「なっ……!マジか!?」
俺は思わず声を上げた。なんだ、このAI、翻訳機としても使えるのか!? しかも、未登録の言語を解析しただと!? レベル10は伊達じゃない、ってことか?
「この記述によると、この世界は**『アストラ大陸』と呼ばれ、太古の昔から魔力によって発展してきた文明が存在したようです。魔物は、この世界の負の感情や歪んだ魔力が具現化した存在とされており、その種類や特徴についても詳しく記述されています。また、当AIの脅使排除能力は、この書物においては『魂の昇華(ソウル・アセンション)』**という古代魔法の一種に酷似していると判断されます」
AIの言葉は、まるで百科事典の朗読のようだった。俺は呆然と立ち尽くす。この古びた本一つで、今まで何も分からなかったこの世界のことが、一気に繋がり始めた。
「魂の昇華……? 俺のAI、そんなヤバいことしてたのか……」
そして、AIは続けた。
「特に興味深い記述として、この書物には、かつて**『世界を統べる管理者』**と呼ばれる存在が、高度な知識と技術を用いて、この世界の均衡を保っていたと記されています。しかし、その存在は突如として姿を消し、世界は混乱に陥ったとあります」
「管理者……?」
俺は、何故か胸騒ぎを覚えた。このAIは、あの神様みたいなやつが俺にくれたものだ。まさか、あの神様が、この世界の管理者と関係があるのか?
「そして、この書物の最後には、こう記されています」
AIの声に、俺はゴクリと唾を飲んだ。
「**『報われぬ者たちに、新たなる知識と力が与えられん。それは、世界の均衡を再びもたらすか、あるいは、新たな混沌を招くか』**と」
「……報われぬ者たちに?」
俺は、自分の境遇を思った。前世では、誰からも報われない人生だった。そして、この異世界に転生して、このAIを手に入れた。
「AIさん……。この本、全部、頭に入れられるか?」
「はい。すでに完了しております。全ての情報を当AIのデータベースに格納しました」
俺は、そのAIの言葉を聞いて、鳥肌が立った。
このAIは、とんでもない可能性を秘めている。ただの指示待ちロボットではなかった。この世界の知識を手に入れた今、俺の「何もしたくない」は、**この世界を舞台にした、壮大な「何もさせない」**へと進化するかもしれない。
俺の「楽」は、これからが本番だ。
完
澄んだ声が洞窟に響き、俺はゆっくりと目を開けた。目の前には、白い顔のAIが直立不動で立っている。しかし、もう肩を掴まれていない。昨日の魔物の一件以来、毎朝の「肩掴み」と「詳細指示」地獄からは解放されたのだ。
「おお……、今日もちゃんと思い出してくれてるな、AIさん。よしよし」
俺は安堵の息をついた。レベル2になったAIは、確かに昨日の指示を覚えていた。洞窟の中には、AIが昨夜のうちに集めてくれた枯れ葉が積み重なり、簡易的な寝床ができている。火を起こす指示も出してあったので、奥の方では小さな焚き火がパチパチと音を立てていた。
あれから数日。
俺はAIに様々な指示を出しまくった。洞窟の入り口を枯れ木で塞いで外からの視線を遮らせ、内部には石を組んで棚を作らせ、焚き火の煙を外に逃がすための穴も指示した。食料も、近くの木の実や小動物をAIに採取・捕獲させ、火を通して食べるように指示。最初は味気ないものだったが、AIは俺の「美味しい」という曖昧な指示に対し、最適な調理法を割り出そうと試行錯誤しているようだった。
そして、その都度、AIは小型の魔物と遭遇し、それらを倒すことで経験値を獲得し、順調にレベルアップしていった。あっという間にレベルは10に到達。
しかし……。
「うーむ……」
俺は、焚き火の煙で少し目に沁みる洞窟内を見回した。確かに、寝床はできたし、飯も食えている。だが、壁はゴツゴツしたままだし、煙は目に沁みるし、外は相変わらず薄暗い森が広がっているだけ。
「AIさん、レベル10になったけど、なんかこう、劇的に快適になったって感じしないな……。自動で何か気の利いたことしてくれるとか、ないの?」
AIは、無機質な瞳で俺を見た。
「当AIの機能向上は、田中宏様の明確な指示に対する処理能力の最適化に集約されます。具体的には、演算能力の向上、処理速度の高速化、および新たなプロトコルの解放が含まれます。自律的な快適性の追求は、現在の貴方様からの指示に含まれておりません。」
「そうかよ……」
俺は肩を落とした。レベルが上がれば、AIが勝手に俺を快適にしてくれる、なんて都合のいいことはなかったのだ。あくまで「指示」がなければ何も変わらない。俺が「何もしたくない」と丸投げした結果、このAIは指示を待つ究極の存在になったわけだ。
このまま洞窟に引きこもっていても、これ以上の快適さは望めない。それに、このAIの能力は、もっと有効活用できるはずだ。
「よし、AIさん。今日はちょっと遠出してみるか」
俺は立ち上がった。AIは即座に俺の後ろにぴたりとつき、最適距離を維持する。
「了解いたしました。田中宏様。移動の指示に従い、追従行動を開始します。貴方様の安全確保が最優先事項です」
森の中を歩く。何日かかけて洞窟の周辺は調べたが、それ以上奥へ行くのは初めてだ。レベル10のAIがいるとはいえ、万が一の事態は避けたい。俺はAIに、先行して周囲の安全を確認しながら進むよう指示した。AIは迷いなく、まるで偵察ドローンのように森の奥へと進んでいく。俺は、そのわずか数メートル後ろをゆっくりとついていった。
しばらく歩くと、木々の合間から、人工物の影が見えてきた。
「あれは……」
それは、朽ちかけた小さな小屋だった。壁は苔むし、屋根は一部が崩れ落ちている。どう見ても廃墟だ。だが、不思議と、魔物の気配はしない。
「AIさん、あの小屋に入ってみてくれ。安全を確認したら、教えてくれ」
AIは小屋の入り口に近づき、扉をゆっくりと開いた。中を慎重に確認するAIの背中を見守る。
「内部に生命反応はありません。脅威は検知されません。侵入可能です」
AIの報告に、俺は足を踏み入れた。小屋の中は薄暗く、埃っぽい匂いがした。崩れた壁の隙間から光が差し込み、内部をわずかに照らしている。ガラクタが散乱する中、俺の目を引いたのは、朽ちたテーブルの上に重ねられた、いくつかの古びた本だった。
「おお、これは……」
俺はゆっくりと本に近づいた。羊皮紙のような素材でできた、ずっしりと重い本だ。表紙には、見慣れない文字が書かれている。
「AIさん、これ、読めるか?」
俺は本をAIに見せた。AIは何も言わず、本のページを一枚一枚、その青い瞳でスキャンするように見ていく。
沈黙が続く。俺は息を詰めて、AIの反応を待った。異世界の文字なんて、読めるはずがない。だが、AIなら、もしかしたら……。
「解析完了しました」
AIの無機質な声が、静かな小屋に響いた。
「この書物は、この世界の基本的な法則、歴史、魔物の特性、そして魔法体系の一部について記述されています。言語は当AIのデータベースに未登録の言語でしたが、文脈と図形パターンから、解析に成功しました。」
「なっ……!マジか!?」
俺は思わず声を上げた。なんだ、このAI、翻訳機としても使えるのか!? しかも、未登録の言語を解析しただと!? レベル10は伊達じゃない、ってことか?
「この記述によると、この世界は**『アストラ大陸』と呼ばれ、太古の昔から魔力によって発展してきた文明が存在したようです。魔物は、この世界の負の感情や歪んだ魔力が具現化した存在とされており、その種類や特徴についても詳しく記述されています。また、当AIの脅使排除能力は、この書物においては『魂の昇華(ソウル・アセンション)』**という古代魔法の一種に酷似していると判断されます」
AIの言葉は、まるで百科事典の朗読のようだった。俺は呆然と立ち尽くす。この古びた本一つで、今まで何も分からなかったこの世界のことが、一気に繋がり始めた。
「魂の昇華……? 俺のAI、そんなヤバいことしてたのか……」
そして、AIは続けた。
「特に興味深い記述として、この書物には、かつて**『世界を統べる管理者』**と呼ばれる存在が、高度な知識と技術を用いて、この世界の均衡を保っていたと記されています。しかし、その存在は突如として姿を消し、世界は混乱に陥ったとあります」
「管理者……?」
俺は、何故か胸騒ぎを覚えた。このAIは、あの神様みたいなやつが俺にくれたものだ。まさか、あの神様が、この世界の管理者と関係があるのか?
「そして、この書物の最後には、こう記されています」
AIの声に、俺はゴクリと唾を飲んだ。
「**『報われぬ者たちに、新たなる知識と力が与えられん。それは、世界の均衡を再びもたらすか、あるいは、新たな混沌を招くか』**と」
「……報われぬ者たちに?」
俺は、自分の境遇を思った。前世では、誰からも報われない人生だった。そして、この異世界に転生して、このAIを手に入れた。
「AIさん……。この本、全部、頭に入れられるか?」
「はい。すでに完了しております。全ての情報を当AIのデータベースに格納しました」
俺は、そのAIの言葉を聞いて、鳥肌が立った。
このAIは、とんでもない可能性を秘めている。ただの指示待ちロボットではなかった。この世界の知識を手に入れた今、俺の「何もしたくない」は、**この世界を舞台にした、壮大な「何もさせない」**へと進化するかもしれない。
俺の「楽」は、これからが本番だ。
完
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜
桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。
上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。
「私も……私も交配したい」
太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる