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偽りの一週間4

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 チュンチュンと鳥の声が聞こえる……。

 明け方までその腕の中に閉じ込められ、思い出しては赤面していたのだが、とうとう寝てしまったようだ。

 フロー様がまた運んでくれたのだろう、私は自分にあてがわれた部屋のベッドに横たえられていた。

 昨日、また……キキキキキキ、キスを……。

 なんてこった。

 このままだと毎日あの調子でキスすることになる!

 逃げたい! あの大人の色気纏うフロー様から! 

 でないとフロー様を慕う気持ちが膨らむ。ニッキーである時のフロー様はとても私を大事にしてくれるし、「愛してる」と惜しみなく言葉もくれる。それにあの蕩けるような顔で見つめられたら……! ずっとくっついて、幸せを感じたくなる。

 もはやニッキーと気持ちまでシンクロしてきているのかもしれない。

「はあ……」

 本当は分かっている。忙しいと言って確実にフロー様がと顔を合わさなくなったのだ。今朝も私が目を覚ます前に挨拶もせずにさっさと城へと出かけてしまっていた。

 当然昼間のデートもないし、夕食を共に取ることも無くなった。考えたくないけれど、婚約して屋敷に囲っている以上、もうジャニスに餌をやらなくてもいいと思っているのかもしれない。

 フロー様はニッキーがいたらいいのだ。

 初めから分かっているというのに辛い。

 あんなに蕩けた顔で愛を語るのも、優しくするのも、全部ニッキーだから。

 いつから私はフロー様の愛情を欲しがるようになってしまったのだろう。

 ポルト様……早く解読をお願いします。このままだとダメ人間になりそうです。大切に両親に育ててもらったこの体をフロー様にささげてしまう……。

 ああ神様。信心がなくて申し訳ありません。これから毎日祈ってもいいので、このうら若き乙女の願いを聞いてください。

 ……こうなったら、フロー様がニッキーの魂を禁術で呼び出した証拠を集めて、言い逃れできないようにするしかない。それを認めたフロー様を見たら、きっとこの気持ちにも決着をつけることができる。

 ポルト様の連絡を待つ間にできることはしておかないと。

 こんな時は体を動かそう。ボーっとしていると頭の中がフロー様でいっぱいになってしまう。このままでは不味い。ダメ男に(ダメじゃないけど)貢ぎまくって(色々貰ってるのは私で、あくまで気持ちだけだけだけど)なにもかも明け渡して、ぼろ雑巾のように捨てられる女になってしまう……。

 とにかくまだ調べきれてないし、屋敷を探索しよう。

 執務室、寝室、地下室……今日はまだ足を踏み入れていない温室にしよう。あそこは堂々と入ればいいから執事長に許可をとればいいだろう。

 そうして執事長に話を入れて、温室を探索することにした。
 その温室はフロー様のお母様が作り上げたそうで、その大きさにも驚くが、中はもっとすごい。年中一定の温度が保たれて、そこだけ季節が切り取られているようにあちこちに花が咲いていた。

「ご主人様から、ジャニス様には屋敷の中を自由に見せていいとお許しをいただいています」

「はい」

「この温室はご主人さまのお母様が作った状態をそのまま維持している大切な場所です。どうか、お嬢様にも気に入っていただければ嬉しく思います」

「フロー様のお母様が」

「ええ、そうです。庭師のザイルを紹介いたしましょう。彼が管理を一任されていますから」

 そういって執事長自ら温室の鍵を開けて、私を温室の中心に置かれたテーブルに案内してくれた。お茶をいれてもらって、優雅に待っていると、七十歳くらいの男性がやってきた。

「温室の管理をさせて頂いています、ザイルです」

「ジャニスです。よろしくお願いします。とても素敵な温室ですね」

 私がザイルと会話を交わし始めると執事長はすっといなくなった。ここの使用人はなんだかみんなすごく意識が高いというかなんというか。

「ここはフローサノベルドお坊ちゃんのお母様のグローリア様がおつくりになった温室でございます。この温室だけは年中この温度で保っており。奥様が生きておられた時のままの状態を保っております」

「それは、フロー様のご指示で?」

「いえ。奥様はご病気で、ご自分が亡くなられたあとのことを常に考えておられました。……ご自分が長くないことは知っておられたのでしょう。私はこの温室をそのままの状態で保つよう奥様に雇われて、一生分の管理費を頂いております」

「そ、そうなのですか」

「坊ちゃんは……思い出されるのがお辛いのでしょう。奥様が亡くなってから一度もここに足を踏み入れたことはありません」

「え……」

「ニッキー様は時々訪れてくれていましたがね」

「あ……ニッキーね」

「あなたはまるでニッキー様が人間になったような方ですね。屋敷の者もきっとそう感じでいるでしょう」

「ははは……よく言われます。私は会ったことはありませんが」

「美しい姿でしたよ。奥様は坊ちゃんを心配してニッキー様をお与えになりました。『父親のいないこの子を守ってくれるように、』と一番元気な子犬を探したそうですよ」

「フロー様を守るようにと」

 私がそう言うとザイルの笑みが深くなった。この人はカザーレン家をずっと見守ってきたのだろう。

 あ……。違う。ザイルだけじゃない。執事長もヒルダも。カザーレン侯爵家で働く使用人たちはみんな、フロー様を見守っているのだ。

 温室を見渡す。小さく作られた川のせせらぎが心を癒し、決して派手ではないが可愛らしい花があちこちに咲いている。居心地を追求したような空間はまるでその人柄を表しているようだった。

「きっと、素敵な奥様だったのですね」

「はい。とても素晴らしい方でした」
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