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三章
ふける夜に
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それにトゥーラを拉致した連中は妙なことを言っていた。ライツは考えながら床に置いておいた荷物から薄い布を取り出した。替え用の服を数枚ほど引っ張り出す。
「何をしているの?」
枕に顎を押し付けていたトゥーラが顔を上げて言う。ライツはちらりとトゥーラを見てから壁際の大きな長椅子に横たわり、布と着替えを身体の上にかけた。
「ここで寝るんだよ」
一緒のベッドに入る気にはならない。そう言うとトゥーラが眉を寄せて困ったような顔をする。実は宿に入ってすぐ、借りる部屋数を店主に問われてライツは二人の部屋を別に取ろうとした。だがトゥーラがそれはもったいないから一部屋でいいと言い張ったのだ。
貞操観念が薄いのかな。布と服とで作った即席の布団の下で身じろぎしてライツは考えた。この宿には幸い風呂があった。トゥーラは部屋だけでなく風呂にも一緒に入ろうと言っていたのだ。さすがにライツはそれは丁重に断った。
「何故? 一緒に寝ればいいでしょう?」
驚きの表情で言ってトゥーラがぽんとベッドを叩く。ライツは目を細めてトゥーラを見てからため息を吐いた。
「僕はここでいいよ。じゃあ、おやすみ」
一方的に挨拶してライツは即席の布団に潜った。だがすぐに視界が明るくなる。ライツは明かりに目を細め、次いで布団をめくり上げたトゥーラを見た。トゥーラは何が気に入らないのか目を吊り上げている。
「後であの男に文句を言われるのは嫌なの!」
怒りを満面にたたえてトゥーラが強い口調で言う。また師匠か、と内心で呟いてからライツはのろのろと身を起こした。
「だから、師匠は僕が長椅子で寝た程度では文句なんて言わないよ。トゥーラさんの考えすぎじゃないかな」
「いいから!」
厳しい顔をしてトゥーラがライツの腕を引く。ライツは渋々と長椅子から降りた。ベッドの前まで引っ張られたところでライツは額を押さえて低く呻いた。どうやらトゥーラは本気で一緒に寝ようと言っているらしい。
もしかして僕、安全だと思われてるのかなあ。そんなことを思いつつ、ライツは諦めて言われるままに部屋履きのスリッパを脱いでベッドに上がった。部屋の明かりを落としてからトゥーラがライツの隣に横たわる。おやすみなさい、と当り前に言われてライツは挨拶を返して目を閉じた。
ゼクーの話ではトゥーラは普段は病的なほど人を避けているということだった。ライツが何故、と訊ねたところ、理由は判らないとゼクーは答えた。だがゼクーは恐らくトゥーラを心配していたのではないのだろう。どうして事件が発生したかをゼクーなりに解析した結果、そういうトゥーラの性格が問題だと思ったに違いない。
恐らく弟子の起こした不祥事について、ゼクーは塔の在り方を問われることになる。所属の弟子の起こした問題は塔内で処理したい、というのがゼクーの要望だったが、事件の報告をしたライツはそれをあっさり却下した。弟子が起こそうが何だろうが罪は罪としてきちんと償うのが筋であり、私刑のような真似はすべきではないと主張したのだ。
不承不承でゼクーは頷いてはみせたが、最後の最後まで渋っていた。そのことでライツはゼクーの塔についての不信感を一層強くした。そしてトゥーラはその塔で認められた准魔導師であるという。だが魔術の光を見た時の驚き方から考えると、常識そのものが塔によって異なっているのではないだろうか。
だが例えどういう経緯があろうとも罪は罪だ。そして恐らくあの男達の背後には誰かが居る。
「ごめんなさいね」
ふと、トゥーラが囁くように言う。ライツは驚いて慌てて目を開けた。だが窓から差し込む細い夜の月の明かりだけではトゥーラの表情は読み取れない。
「何で謝るの?」
仕方なくライツはトゥーラの表情を読み取るのを諦めて直に訊ねた。するとトゥーラがちょっと笑って何でもないわ、と小声で言う。
もしかしたらトゥーラは人を避けているのではなく、人に近づくのが苦手なのかも知れない。だが、あんな事の後だ。やはり不安なのだろう。だから一緒に寝ようと言い出したのではないだろうか。だが、自分にトゥーラをどうにかしようという気はないからいいが、もしもその気がある男が相手なら大変な事になりかねない。ライツは眉を寄せて別にいいけど、と答えた。
仕方ないな、と心の中でだけ呟いてライツは言った。
「師匠の話、聞きたいんでしょ?」
「え?」
唐突に言った事に驚いたのかトゥーラが小さな声を返す。軽く笑ってからライツはエタンダールの普段の生活について話し始めた。最初は黙って聞いていたトゥーラも話が進むうちに笑いを漏らし始めた。
女性の絡んだ話を除いてもエタンダールの日常にはかなり面白い点が多いらしい。いつも傍にいるライツはそうは思わないのだが、いつだったか他の弟子に話をしたところ、意外にも面白がられたことがあるのだ。そのことを思い出しながらライツは慎重に話を進めた。だがあくまでも口調は軽く保つ。
やがてトゥーラは寝息を立て始めた。よほど不安だったのか、トゥーラはしっかりとライツのローブの裾をつかんでいる。ライツはトゥーラが寝入った事を確認してから、心の中でエタンダールに詫びた。トゥーラが出来るだけ安心出来るように話を幾つか自己流に捻ってしまったのだ。
「まあ、あの程度は師匠も怒らないかな」
そう呟いて欠伸をしてからライツは肩まで布団を引っ張り上げた。
「何をしているの?」
枕に顎を押し付けていたトゥーラが顔を上げて言う。ライツはちらりとトゥーラを見てから壁際の大きな長椅子に横たわり、布と着替えを身体の上にかけた。
「ここで寝るんだよ」
一緒のベッドに入る気にはならない。そう言うとトゥーラが眉を寄せて困ったような顔をする。実は宿に入ってすぐ、借りる部屋数を店主に問われてライツは二人の部屋を別に取ろうとした。だがトゥーラがそれはもったいないから一部屋でいいと言い張ったのだ。
貞操観念が薄いのかな。布と服とで作った即席の布団の下で身じろぎしてライツは考えた。この宿には幸い風呂があった。トゥーラは部屋だけでなく風呂にも一緒に入ろうと言っていたのだ。さすがにライツはそれは丁重に断った。
「何故? 一緒に寝ればいいでしょう?」
驚きの表情で言ってトゥーラがぽんとベッドを叩く。ライツは目を細めてトゥーラを見てからため息を吐いた。
「僕はここでいいよ。じゃあ、おやすみ」
一方的に挨拶してライツは即席の布団に潜った。だがすぐに視界が明るくなる。ライツは明かりに目を細め、次いで布団をめくり上げたトゥーラを見た。トゥーラは何が気に入らないのか目を吊り上げている。
「後であの男に文句を言われるのは嫌なの!」
怒りを満面にたたえてトゥーラが強い口調で言う。また師匠か、と内心で呟いてからライツはのろのろと身を起こした。
「だから、師匠は僕が長椅子で寝た程度では文句なんて言わないよ。トゥーラさんの考えすぎじゃないかな」
「いいから!」
厳しい顔をしてトゥーラがライツの腕を引く。ライツは渋々と長椅子から降りた。ベッドの前まで引っ張られたところでライツは額を押さえて低く呻いた。どうやらトゥーラは本気で一緒に寝ようと言っているらしい。
もしかして僕、安全だと思われてるのかなあ。そんなことを思いつつ、ライツは諦めて言われるままに部屋履きのスリッパを脱いでベッドに上がった。部屋の明かりを落としてからトゥーラがライツの隣に横たわる。おやすみなさい、と当り前に言われてライツは挨拶を返して目を閉じた。
ゼクーの話ではトゥーラは普段は病的なほど人を避けているということだった。ライツが何故、と訊ねたところ、理由は判らないとゼクーは答えた。だがゼクーは恐らくトゥーラを心配していたのではないのだろう。どうして事件が発生したかをゼクーなりに解析した結果、そういうトゥーラの性格が問題だと思ったに違いない。
恐らく弟子の起こした不祥事について、ゼクーは塔の在り方を問われることになる。所属の弟子の起こした問題は塔内で処理したい、というのがゼクーの要望だったが、事件の報告をしたライツはそれをあっさり却下した。弟子が起こそうが何だろうが罪は罪としてきちんと償うのが筋であり、私刑のような真似はすべきではないと主張したのだ。
不承不承でゼクーは頷いてはみせたが、最後の最後まで渋っていた。そのことでライツはゼクーの塔についての不信感を一層強くした。そしてトゥーラはその塔で認められた准魔導師であるという。だが魔術の光を見た時の驚き方から考えると、常識そのものが塔によって異なっているのではないだろうか。
だが例えどういう経緯があろうとも罪は罪だ。そして恐らくあの男達の背後には誰かが居る。
「ごめんなさいね」
ふと、トゥーラが囁くように言う。ライツは驚いて慌てて目を開けた。だが窓から差し込む細い夜の月の明かりだけではトゥーラの表情は読み取れない。
「何で謝るの?」
仕方なくライツはトゥーラの表情を読み取るのを諦めて直に訊ねた。するとトゥーラがちょっと笑って何でもないわ、と小声で言う。
もしかしたらトゥーラは人を避けているのではなく、人に近づくのが苦手なのかも知れない。だが、あんな事の後だ。やはり不安なのだろう。だから一緒に寝ようと言い出したのではないだろうか。だが、自分にトゥーラをどうにかしようという気はないからいいが、もしもその気がある男が相手なら大変な事になりかねない。ライツは眉を寄せて別にいいけど、と答えた。
仕方ないな、と心の中でだけ呟いてライツは言った。
「師匠の話、聞きたいんでしょ?」
「え?」
唐突に言った事に驚いたのかトゥーラが小さな声を返す。軽く笑ってからライツはエタンダールの普段の生活について話し始めた。最初は黙って聞いていたトゥーラも話が進むうちに笑いを漏らし始めた。
女性の絡んだ話を除いてもエタンダールの日常にはかなり面白い点が多いらしい。いつも傍にいるライツはそうは思わないのだが、いつだったか他の弟子に話をしたところ、意外にも面白がられたことがあるのだ。そのことを思い出しながらライツは慎重に話を進めた。だがあくまでも口調は軽く保つ。
やがてトゥーラは寝息を立て始めた。よほど不安だったのか、トゥーラはしっかりとライツのローブの裾をつかんでいる。ライツはトゥーラが寝入った事を確認してから、心の中でエタンダールに詫びた。トゥーラが出来るだけ安心出来るように話を幾つか自己流に捻ってしまったのだ。
「まあ、あの程度は師匠も怒らないかな」
そう呟いて欠伸をしてからライツは肩まで布団を引っ張り上げた。
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