ルーフ・ピンク

みづきの

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ルシーフ・ピンク

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 1、第一の悪魔
 ある田舎町、天嵐山(てんらんざん)がいつにも増して嵐の日が続いていた。
 「もう、三日もこんな天気だな」
 曾祖母と二人で暮らす、星玲心(ほしれいしん)十四歳が外を見ながらボヤいた。
 「玲心、天嵐山で何かが起きている。これは嫌な前兆じゃな」
 曾祖母の星千粋(ほしちすい)八十七歳が、ニヤリと笑って玲心の方をチラリと見た。
 「ばあちゃん、脅かすなよ」
 千粋は、不気味に怖い所がある。
 もう三年も一緒に住んでいるが、何を考えているか分からない時が多い。
 玲心はいそいそと自分の部屋へ戻り、毛布を被って雷の音を何とか遮断しようとする。
 その頃、千粋は窓の外の荒れ狂う天嵐山を睨むと、天嵐山の神を祀っている祠付近に雷が落ちるのを目にした。
 「ああ、何かが始まる。あの時と同じじゃ」

 「ピンク、大神(だいじん)から天界で起きた問題に悪魔が関わっていたそうだ。日本に逃げた悪魔は六体。収納して、天界に返せと来ている」
 「悪魔ね~」
 「ここは、日本に近いからな。頼んだぞ」
 「日本ね~。え?」
 聞き流していただけのピンクは、驚いて起き上がった。
 「仕方ないだろ。父さんは堕天使だから、人間の世界には降り立てん」
 ここは、世界で一番偉いと言われた神のヴィシュヌによって造られた、色々な悪魔が集められた果てのない異空間。
 サタンの名を持つ、ここの主のルシファーが息子のピンクに青い炎の書簡を投げた。
 短い茶髪で息子のピンクは、青い書簡を面倒臭そうにとりあえず目を通す。
 「父さん、天界の揉め事をこっちに押し付けないで欲しい。俺は嫌だね」
 炎の書簡を、ルシファーに戻す。
 「大神(だいじん)どもから鎖を付けられている我々は、人間の住む世界には結界もあって行けないだろ。息子のピンクは、天界に協力する事で鎖を付けられずに済んでいる。大神の鎖を付けられても今の所は逃げている悪魔どもだ。他の奴等が敵うとは思えん。お前は強いから適任だ」
 そう言われても、興味がなくてやる気も出ないピンク。
 「大神から逃げる悪魔は、かなり強いと分かっているだろう」
 「だから? 人間がいる世界に行ったら、俺は人間を喰うかもしれないぜ。人間は悪魔の餌に過ぎないだろ」
 何とか命令から逃れたい。
 「そうだな。人間の魂は本当に美味で、一度喰うと病みつきになる味だな。おいおい、天界に聞かれたら罪にされて、また色々持ち込まれる」
 ルシファーは「ハッ」として、舌舐りをしたあとに慌てて訂正をした。
 「ピンク、人間を喰う事は出来ない。鎖の代わりに赤い腕輪を付けられる。知ってるだろ?」
 「知ってるよ。俺が行ったって、どの悪魔か分からないだろ?」
 全くやる気が出ない。
 「大神に捕まったんだから、首に赤い鎖が付いているだろ。大神の鎖がな」
 「そんなの、天使がいるだろ。天使は?」
 「天界から逃げる力のある悪魔だ。天使などやられてしまう。悪魔の力を受けても平気なのは、俺とルシファーの息子であるピンクだけだ。しかしだ、六体を逃がしたのは天界の失態。ここで天界に恩を売っておくのも悪くない」
 ニヤリと悪い笑みがこぼれる。
 「やるの俺だし」
 ピンクは嫌な顔をするが、天界からの命令を断れないのは分かっている。青い炎の書簡を自身に戻した。
 「ピンク、悪魔の道は天嵐山らしい。日本の天嵐山は懐かしいな」
 ルシファーは、何かを思い出してクスッと笑った。
 「はい?」
 不気味な笑いに、顔が引きつる。
 「いや、気にするな。天嵐山の入口の側に祠がある。そこから捕まえた悪魔を送れ。そこに天界が道を作ると言っている。六体を送るまでは、祠の側の小屋にいろ。頼んだぞ」
 ルシファーが、荒れ狂った天嵐山と祠と小屋を炎に映し出した。
 「面倒臭いな。逃がした悪魔くらい覚えておけよ」
 「何を言っている。大神の鎖が付いている悪魔は数えきれないくらいいる」
 「まあ、そうだな。俺も悪魔全部は知らないから」「父さんも全部は知らない。ああ、それと。大神の鎖の悪魔かは分からないが、悪魔の気配が人間が通う中学校に入っているようだ。お前は年格好からして中学だろうから、怪しまれないようにこの中学校に潜入な」
 「中学校って、人間が通う学校ってやつか?」
 「そうだな。ピンクと多分、見た目が同じだと思う人間の子供が集まる場所だな」
 色々と勝手に決められて不機嫌になるピンクだが、嫌と言った所で変えられない事は分かっている。大神に逆らったら、不自由な時間を送るしかないからだ。

 「そうなの。こっちは凄い嵐なのよ。もう五日目なのよ。でも、明日は晴れるみたいよ」
 寝そべって、携帯で友達と話す天嵐中学校の教員になって三年目の三浦香(みうらかおる)。二十代半ばで、眼鏡と黒髪がとても似合う。
 「香、そんなド田舎に行って何年目?」
 「そうね~。三年になるかな」
 「香も物好きね。都会育ちのあんたが、問題児ばかり通う中学校の先生になるなんて」
 友達は、少し呆れていた。
 「まあ、非行に走るだけが問題児とは限らないからね。ここの子供達は、家庭でも色々とあって心に傷を追ってる子もいるのよ。親戚や施設や、祖父母と暮らしている子が多いのよ」
 「家庭環境が複雑の子供達なのね」
 「うん」
 そう、香の務める中学は、事情を抱えて遠くからこの村に転校する子供も多い。
 「でも、その子達は香の言う事を聞くの?」
 「根はいい子達だと思うのよ」
 思い返して、子供のフォローをする。
 「それって、聞いてくれないって言ってない?」
 苦笑する香に、友達はため息を付く。
 「あ~、そう言えばこの前言ってた転校生」
 「ああ、校長からは明日に来るって聞いている」
 「ふ~ん。名前は?」
 「えっと」
 香がファイナルを開くと、転校生の情報がズラリと書いてあった。
 「ルシーフ・ピンクって書いてあるね」
 「ルシーフ・ピンク? 日本人じゃないの?」
 「えっと、名前からしてそうみたい」
 「香、外国語を話せたっけ?」
 「ん~。自信ないな」
 「それに、また問題児が増えるのね」
 「そ、そうね。いや、きっといい子よ」
 友達が言う問題児を否定するも、何処の国なのか? 自分の英語力で通じるのか? そもそも、英語で良いのか? 不安は多々あるが、明日に備えて眠りに付く事にした。

 次の日、嵐が嘘のような晴天だった。香はいつもの道を歩き、全校生徒が三十人ほどの天嵐山中学校へと入って行った。
 そのまま校長室に行き、校長から一人の生徒を紹介された。
 「三浦先生、転校生のルシーフ・ピンク君です」
 「え?」
 香は驚いた。振り向いた男子生徒は、短い茶髪で瞳は黒で見た目が日本人だったからだ。
 「日本人?」
 ホッとしたのと同時に、何でこのような名前なのかと不思議に思うが、この学校に来る生徒は家庭環境が複雑な子供が多い為、あえて触れる事はしなかった。そのあと、香は二年のクラスに入って十人の生徒達にピンクを紹介した。
 全員が名前と見た目のギャップでの違いに、口を開く者はいなかった。ピンクは見た目は普通だが、何処となく不気味な部分を感じる。
 昼休み、十人の中でもボス格の玲心と親戚に引き取られている幸也(ゆきや)、祖父と暮らしている智(とも)。施設で暮らす悠(ゆう)と司(つかさ)、祖母と暮らしている拓実(たくみ)の男六人がピンクに興味を持ってちょっかいを出しに席に集まって来た。
 「お前、男なのにピンクっていう名前?」
 「ピンクって女色だぜ」
 「恥ずかしくないのか?」
 「もしかして、お前は女とか?」
 六人は嫌味な言い方をしてバカにするが、ピンクは気にせず無視をする。悪魔さえ送ればいいのだから、こいつ等と話す気などない。しょせん、神に守られた人間は弱い生き物で何の力もない。
 一番下だと思っている。反応のないピンクに六人は次第に苛立ち、悠がピンクの腕に付いている赤い腕輪に気付いた。
 「何でこんなの付けてるんだよ」
 悠がピンクの腕を掴む。腕輪を触られ、ピンクの悠を睨む目が赤く光った。
 目にゾッとした悠は、手を離す間もなく宙に浮いたかと思うと黒板まで吹っ飛んだのだ。
 「飛んだ⁉」
 鈍い音がして痛がる悠に全員が唖然とする。すると、ピンクは面倒臭いと他の五人の男達も宙に浮かせて吹っ飛ばした。痛がる六人。
 「まだ、何もしてないのに」
 ボヤくが、六人はピンクが何者なのかと恐怖で教卓に身を隠した。
 「あなた何者?」
 クラスの女子で冷静に物事を判断する、祖母と暮らしているのぞみがピンクに叫ぶと、ただ一人家族で暮らす幸(さち)と施設で暮らす洋菜(ような)と、親戚のおばあさんと暮らすりんが集まった。
 さすがにピンクは四人を女と判断し、自身の母の顔を思い浮かべると吹っ飛ばせない。女は怖い生き物だと幼い頃から分かっている。
 「あなたは何者?」
 「手も使わず人間を飛ばしたじゃない」
 口々に喋る女どとに、面倒臭いと思いつつもルシファーの息子であると伝えた。聞いても、全員がポカンとしている。
 「ルシファー? ルシファーって堕天使の?」
 「え? 堕天使?」
 皆が物知りの幸に注目した。
 「堕天使とは、天界で大神の怒りを買って追放された神の事よ」
 「追放された神⁉」
 「確かルシファーは堕天使でもあるけど、サタンでもあるのよ。ま、悪魔って事よ」
 「悪魔⁉」
 全部が思わずピンクを見る。しかし、悪魔なら六人の男を吹っ飛ばせたのは分かる。
 「幸、本当にこいつは悪魔?」
 「ルシファーの息子がピンクなのかは知らないけど、ルシファーの炎は青みたい。それにルシファーは天使ミカエルとは双子だったとか。ルシファーが人間の女に恋をしたとか、悪魔の女帝に恋をしたとか色々と説はあるわね」
 物知りな幸に、ピンクも少しだけ感心した。
 「まあ、ミカエルと双子だったかは知らないが、大神に協力しているのだから本当かもな。父さんが恋に落ちた相手は悪魔なのは確かだ。母さんが怒ると大地震が起きたり、洪水になったりと人間の世界は大変みたいだからな。父さんは母さんが怖くて逆らわない」
 「大地震に洪水?」
 地上で大地震も洪水も自然災害が多々ある。
 「もしかして、過去の地上の災害はルシファーの妻の怒りって事?」
 「まあ、そうかもな」
 「何で妻を怒らせたのよ?」
 「母さんが怒る時は、大抵が女悪魔絡みだ」
 ピンクが少し言いずらそうに答えると、皆もどの世界も女の嫉妬は怖いと感じてしまった。
 「ピンク君、お母さんの名前って?」
 幸がおそるおそる聞くと、「リリスだ」とピンクは答えた。
 「リリス?」
 皆にはリリスが分からないが、幸はかなり驚いた顔をしている。
 「幸、リリスって?」
 「リリスは、女性の邪悪な超自然的存在の悪魔よ」
 「何それ?」
 「簡単に言うと、史上最悪の悪魔って事ね」
 「史上最悪の悪魔⁉」
 これを聞いて、ピンクを敵に回さない方がいい事だけは分かった。

 ここに来て、この町などを調べ回ったが大神の鎖の付いた悪魔に辿り着く事はなかった。悪魔の気配のある、学校の裏の林にも何も感じない。
 「大神のやろう、こんな乏しい情報で六体を見付けろなんてムカつく」
 その頃、学校の裏の林でブツブツ言っているピンクの姿を女子四人が覗いていた。
 「ねえ幸、あいつは何してるの? ここで悪魔が」
 のぞみが小声で言う。
 「悪魔の目的とは? あいつは私達に何もしないから、他に目的があるのかしら?」
 幸にも予測が出来ない。
 「どんな目的?」
 「ピンク君、ここに来てから何かを探している気がするから、それが目的なのかも」
 「悪魔なのに見付けられないの? 悪魔って目を光らせて何でも出来ちゃう気がするけど」
 「そうよね。だから神絡みなのかもしれない」
 「なるほど、さすが幸ね」
 「色々と調べたのよ。ピンク君が気になって」
 「え? 幸はピンク君みたいのが趣味? 顔は確かにイケメンだけど怖くない?」
 「ち、違うわよ。ルシファーの息子かどうかが気になってよ!」
 大声で否定する幸に、さすがにピンクも気付いていた。
 「お前等、何してる?」
 隠れているつもりの四人を睨むピンク。
 「え? いや、その~」
 四人は見付かって、苦笑いで木の陰から出る。
 「ピンク君は悪魔なのに、何しに来たのかなって」
 りんが正直に聞く。
 ふと、ピンクはここの事は地元の人間に聞いた方が早いかもと思った。
 「お前等、最近変な事はなかったか?」
 「変な事?」
 四人は何を聞かれているのか理解出来ない。
 「まあ、悪魔的な感じ?」
 「ピンク君の事?」
 目の前にいる悪魔に、四人が首を傾げた。
 「いや違う」
 「じゃあ、私から一つ聞きたい。ルシファーと天使ミカエルは双子。大神はいつかルシファーが神に戻れるかもしれないと一つ望みから異世界を作ったとされている。今のルシファーは大神の鎖を付けられていて、ルシファーは地上に来れないと言われている。でも神の世界でも揉め事はある。もしもピンク君がルシファーの息子なら、大神の命を受けて地上に来たとしてもおかしくない。ピンク君は何を探しているの? 私達は知りたい。きっと力になれる」
 幸がピンクも驚くほどの知識を披露した。
 しかも合っている。話すのはややこしくて面倒だと思うが、これが終わったらもう二度と会わないし使える者は使った方が得だとも思い直した。
 「ま、話してもいいが訂正がある。大神はヴィシュヌの下だ。一番偉いのはヴィシュヌだ」
 「はい?」
 その訂正が四人には分からないが、悪魔も神の上下関係が気になるのかと感じた。
 「お前等、使えない時は魂を貰うからな」
 目を赤く光らせ、四人を脅すピンク。
 「はい? でもピンク君が大神に言われて来たのなら、地上の人間は傷つけられないはずよ」
 幸が強気で言う。
 「はいはい。良くご存知で」
 「ピンク君」
 「あんたの言う通り、神の世界にも揉め事があるが大神が逃がした六体の悪魔を天界に送るのが、俺に来た大神の命ってやつだ。ルシファーである父さんの代わりに来たって所だ。色々あってな」
 「逃がした最悪の悪魔六体⁉」
 四人は更に驚愕した。神が悪魔を逃がすなんてないと思っていたからだ。
 「その悪魔六体を探しに?」
 「そうだ。悪魔六体を見付てボコボコにする。俺をここに来させた事を後悔させてやる」
 「そっちなんだ」
 四人はピンクはここに来た事を不服だと気付くが、言動は悪魔だと再確認させられる。
 「もしかして、悪魔を探してるのは秘密?」
 「いや、隠しているつもりはない。大神の鎖が付いてるから遠くには行けないはずだ」
 「近辺に悪魔的な物があれば知らせればいい?」
 「そうだな」
 ただ四人は、悪魔など遭遇した事などないので出会った所で気付けるのかは不安だった。

 この日は日曜日、悠と司がド田舎を抜け出して街に出ていた。
 すると、喫茶店から出て来る玲心と玲心の離れて暮らす両親の姿を目にした。
 「司、あれ玲心だ。両親といるぞ」
 「確か玲心の両親は金持ちだって」
 「ああ、玲心のお兄さんって凄い秀才って。超有名校に行ってるって聞いたな。確か玲心は期待に応えられずに冷たくされたとか。でも、玲心と兄さんは仲良しって聞いたよ。三年前に玲心を助ける為に兄さんが怪我したって聞いたな」
 「それで両親は玲心が許せなくて、ばあちゃんの所に行かせたんだろ。酷い話しだな」
 「いや、ここに来たのは玲心の意志だって聞いたぞ。兄さんばかり可愛がる両親の側に居たくなかったとか」
 「そうなんだ」
 駅の方に歩いて行く三人のあとを付けると、三人は駅の前で別れた。両親は玲心に振り向く事もなく、電車に乗ってしまい非情な感じがする。
 分かっているような玲心も、電車に乗るのを見送る事もなく背を向けて歩き出した。
 「何か冷たいな」
 「そうだな」
 二人は玲心に声を掛けた。
 「玲心、両親は何だって?」
 二人を見た玲心は、見られていた事もすぐに察した。
 「あ、ああ。兄さんの具合が良くないって」
 「え? それは三年前の怪我?」
 「いや、三年前に入院した時に腫瘍が見つかって」
 「腫瘍って、癌って事?」
 「そうとも言うな。兄さんにもしもの事があったとしても、俺に会わせるつもりはないと言いに」
 「え⁉ マジかよ」
 寂しそうに俯く玲心と、両親が言いに来た内容に腹が立つ悠と司。
 「別に俺はあっちに戻るつもりはない。兄さんは心配だけどな」
 玲心は平然と言うが、傷付いていると分かる態度だ。
 「親はそれだけを言う為に来たのか?」
 「いや、俺に会いに来るのは最後だとさ」
 「はぁ⁉」
 親のくせに、それはさすがに酷いと思う。
 「俺はショックじゃないぜ。親族一の偏屈と言われたばあちゃんの所に行けと言われた時から分かってはいた。せいせいして楽になった」
 二人には、そんな玲心も強がっているようで見ていて少し辛い。
 「玲心。俺も司も施設に拾われて生きている。俺等には両親の記憶はないが、玲心のように生き殺しよりは記憶がない方が幸せかもな」
 「そうさ。両親がいるから幸せって事はない」
 「玲心は兄さんの事は好きだろ?」
 「ああ、兄さんは俺を色々な所に連れて行ってくれた。出来損ないと言われた俺を、兄さんだけは差別しなかった。兄さんの病気は大丈夫だ」
 「兄さんに会わせて貰えないのに大丈夫?」
 「俺には考えがある。兄さんは絶対に助ける。俺の命に変えてもな」
 二人は驚くが、玲心は今のは忘れるようにと慌てて言うと走って行ってしまった。
 「おい、玲心!」
 「あいつ、助ける方法があるのか?」
 「会えないのに治せるのか? 名医がいるのか?」
 二人はいつもと違う玲心が気になった。
 すると、遠くからこちらに向かう、見た事がある人物に目が止まった。
 「あれはピンク!」
 二人の声が揃った。
 「何で街に?」
 二人がピンクを目で追っていると、ピンクは赤信号なのに渡り出したのだ。急ブレーキの音が鳴り響き、ピンクに当たりはしなかったが辺りは騒然となった。そんな車を気にせず歩くピンク。
 相手が怒って出て怒鳴るが、ピンクは相手を睨み付けると目が赤くなった。その瞬間に、辺りの車のタイヤが全てパンク。
 「ば、化け物!」
 出てきた相手が尻もちをついて言い、ピンクは光った目のまま堂々と渡る。
 周りの人間が、携帯で次々と通報をする。
 「おい、ヤバくないか? 警察沙汰は不味いぞ」
 「悪魔丸出しだな」
 仕方なく二人はピンクの名を呼び、「走れ」と言って裏路地まで全速力した。その時はピンクも何故か逆らわなかった。
 「ピンク、何を考えている? 信号赤だろ」
 息を切らし、思わず怒る悠だがピンクは黙ったまま。
 「もしかして、悪魔は信号分からない?」
 その言葉に、目が赤いまま悠の顔を見る。
 「その目で見るなよな。タイヤはパンクさせなくても良かったろ?」
 「俺にぶつかってきた」
 真顔のピンクに、二人は目をパチクリさせる。
 「いやいや、当たってないよね? 無傷だろ?」
 何を言ってもピンクには通じないと思うが。
 「ピンク、何で街に?」
 「悪魔を探しにな」
 「え?」
 思わぬ返答に言葉を失う。
 「悪魔が悪魔を探してるの?」
 司が、まさかという顔で尋ねる。
 「ピンクも悪魔だよね? 意味が分からない」
 悠も信じられないという顔。
 「ま、いいよ。お前等、使えないし」
 そう言うと、ピンクは行ってしまった。二人は腹が立つが、ピンクに敵うはずもないので何も言わなかった。

 この日の午後、ゲリラ雷雨となって帰るのを全員が迷っていると、ピンクが平気で外に出た。
 ピンクの周りの雨は、何故かピンクに当たらず避けているように見えた。
 「雨も悪魔が怖いわけ?」
 苦笑いの皆。ピンクの姿が見えなくなると、玲心も慌てて雷雨の中を走って行った。
 「司、玲心の様子が最近、変な気がしないか?」
 「そうか?」
 「あいつ、雷凄い嫌いじゃん」
 「ああ、確かに。そう言えば廊下でブツブツ言っていたな」
 その話を聞いた智が、朝に見た玲心の不可解な行動を話し出した。何でも呪文みたいのを唱え、誰もいないのに誰かと話していて、救いたまえと言っていたとか。
 「救うって、兄さんかな?」
 他も集まり、悠が玲心にあった出来事を話すと酷いと口を揃えた。
 「お兄さんの腫瘍は良性って事?」
 「それは知らない。玲心のあとにピンクに会ってさ、赤信号を渡って車が止まって、ピンクが目を光らせてタイヤをパンクさせて大変だったから」
 「それはそれは」
 皆にも何となく想像が付く。幸がピンクが街にいた事で、大神の鎖の付いた悪魔を探しているとすぐに分かった。皆の前にノートを広げた。
 「ピンク君は大神の鎖を付けられた悪魔を探していると思う。大神の鎖は死の鎖とも言われていて、付けられたら生き物が死なない限り外れる事はないとされているの。天界から逃げた悪魔を探すのは大変だし」
 「天界? さっぱり分からない」
 男五人は、ピンクの使命を聞いてもピンと来ない。
 「私達は、ピンク君に協力する事にしたの」
 「悪魔に協力?」
 「何も分からず悪魔に出くわすくらいなら、協力して早く大神の鎖が付いた悪魔を天界に戻してもらいたいじゃない」
 やる気満々の女子四人。男五人の言っている事は分かるが、ピンクでも怖いのに他の悪魔を探すなどやりたくない。あんなのに出くわしたら、命がいくつあっても足りないだろう。
 「あのさ、さっきの玲心の兄さんの話だけど、玲心は腫瘍をどうしようと?」
 智が話しを玲心に戻した。
 「ああ、確かに気になるね」
 「会えないのに大丈夫って所が気になるわね」
 「悪魔的な臭い?」
 何故か女子四人が盛り上がり始めた。そこに入りたくない男どもは、雷は鳴っているが教室を静かに抜け出して帰った。

 この日、女子四人が交代で玲心のあとをつけた。
 玲心は辺りを警戒しながら、村外れにある廃屋へと入って行く。
 「あの廃屋、幽霊の噂がある所だよ」
 「うん、知ってる」
 りんと洋菜が、廃屋の側の木に隠れながら他の二人を携帯で呼んだ。
 少しして、二人も合流して廃屋を見上げる。
 「確かここって、かなり昔に殺人事件があったとか言う場所だ」
 「昼なのに、あの廃屋だけ暗い」
 「大人が行かないように言ってる所だよ」
 「沢山の幽霊が出るって聞いたし」
 四人は廃屋に入るのは怖いので、一階の窓からそっと中を覗いた。
 中からはいくつもの光が放たれ、部屋の奥で何かが起きているのは分かる。でも見えない。
 のぞみが勇気を出して中に入った。
 光が放たれる部屋の扉を少し開けると、光の中で玲心が誰かと話しているのが見えた。
 「誰かいる」
 もう少し開けると、玲心の前に変な格好をした生き物がこちらに気付いた。
 その生き物と目が合い、生き物の目が不気味に光ると、四人は悲鳴を上げて一斉に逃げた。
 必死に逃げて逃げて、息切れの四人。
 「何、あれは?」
 「目が光かったよ」
 「これって、悪魔的な物?」
 「確かに。ピンク君に知らせなきゃ」
 「でもピンク君は何処に住んでる?」
 「ああ確か、天嵐山の祠の側の小屋って三浦先生が話していたような」
 「あの小屋? 不気味じゃん」
 「廃屋といい勝負かも」
 「悪魔は変な所にいるのね」
 「今は行くしかないよ」
 四人は急いで小屋に向かった。
 小屋に着くと、昼なのに暗い小屋。
 「いつ見ても怖い小屋ね」
 「悪魔だから?」
 「ピンク君、うち等を入れてくれる? 何考えているか分からないし」
 「悪魔の事を言ったら大丈夫じゃない?」
 「怖いけど、ピンク君ってちょっとカッコいい」
 「あ~顔は確かに」
 のぞみがノックすると、小屋の扉が内側に勢いよく開いて中は真っ暗だ。
 「魔力で開いた?」
 四人は顔を見合せる。中に入るがピンクの姿は無く、開いたのだから入る事を許可されたと四人は奥に進む。
 中は思ったより広く、殺風景で何もない。
 ピンクを何度か呼ぶと、下の方から「こっちだ」という声が聞こえた。
 下からの声に、四人は足元を確認する。
 「下に行けるの? 地下なんてあった?」
 四人が下を見ていると、突然床が消えて四人は悲鳴とともに落下した。
 底に激突する寸前で四人は宙に浮き、四人はゆっくりとピンクの前に降ろされた。
 結構怖かったので、ヘタリ込む。
 「何の用だ?」
 四人が見上げると、王様が座るような豪華な装飾の椅子にピンクが座っている。
 そして、部屋の至る所に青い炎が浮かんでいて部屋全体が青になっている。
 「えっと」
 異世界に来てしまったようだ。
 しかし、のぞみがピンクに内容を話した。
 「目が光かった奴はどういう感じだ?」
 ピンクの問いに、四人は赤い服を着ていたとか目が光った時に角が見えたとか、赤い六十過ぎのおじいさんに見えたとか、意見が少し食い違う。
 四人の話しを加味すると、ピンクには思い当たる悪魔がいた。
 「あいつだな」
 「え? どんな悪魔?」
 「メフィストフェレス。そんなに強くないが、この世における望みを叶える代わりに魂を奪う。死後はメフィストフェレスの支配下に置かれる。魂を奪うまでは巧な弁舌で契約者に忠実だ。味方は自分だけだと思わせる。憑かれるのは、心に傷を負った命と引き換えにしても叶えたい願いがある者だな」
 「でも、何でそんなものに玲心が?」
 その時、四人は思い出した。玲心の兄の病気。
 「ピンク君、それについて分かる人がいる。ここに呼んでもいい?」
 「ま、望みが分からないとメフィストフェレスは姿を現さない。大神の鎖を付けて、かなり警戒しているはずだ。そいつを呼べ」
 「いや、大神の鎖は見てないけどね」
 苦笑いで応えるのぞみだが、悠と司を小屋に呼んだ。小屋に着いた二人は、四人がやられたように下に落とされてピンクの前に雑に投げられた。
 扱いが女子と違う。
 二人はお尻を擦りながら立ち上がり、玲心の両親の事や兄の事などを詳しく話した。
 ピンクは悪魔なので、玲心の状況を聞いても全く同情する事はなく無関心。望みが分かればどうでもいい感じだった。
 「じゃ、大神の鎖が付いているか確かめろ。俺の力は強いから警戒される。お前等は弱いから警戒はされないだろう」
 何故かムカつく事を言い、ピンクは部屋に浮いている炎を呼び寄せると、玲心の居場所を炎に映し出した。
 「お前等、やつはここにいる。行け!」
 命令されて、従うしかない六人。
 「ピンク君、心まで悪魔ね」
 「そうだな。玲心の事を聞いても無関心」
 玲心の場所には六人で行けというのに、ピンクは今日は鎖を見たとしても行かないと言った。
 「行かないの?」
 「今日は無理だ。満月だからな」
 まだ夜ではないのに、ピンクが地下から見えるはずもない、満月の方向をチラリと見た。
 「満月だと駄目なわけ?」
 「悪魔は満月が嫌い? 狼男とか?」
 六人には、さっぱり分からなかった。

 この日、玲心は学校に来ていない。
 昼休みに職員室から香がボーッと外を見ていると、校長が香の様子が気になり声を掛けた。
 「三浦先生、ボーッとされてどうしたのです?」
 「ああ、校長。子供達が」
 口ごもる香。
 「子供達が?」
 「いいえ、何でもありません」
 香は話すのを辞めた。
 「三浦先生、生徒の悩みは学校全体で考えるべきだと思いますよ」
 優しく言う校長に、香は思わず涙目になる。
 「どうしました?」
 「校長、私のクラスの子供達がずっとおとなしいんですよ」
 香が悲しそうに、大きくため息を付いた。
 「はい?」
 「だって私のクラスの子供達は、ここ始まって以来の問題児と言われています。そんな子供達がおとなしいなんて有り得ない。不気味です!」
 香は必死に言うが、校長は苦笑いだった。

 次の日も玲心は休みで、男五人が玲心の家に向かった。
 「玲心の様子を見て、ピンクに報告な」
 「でも、ピンクは動いてくれるか?」
 「メ何とかっていう悪魔が、玲心の中にその悪魔が入ってるんだろ?」
 「ピンクは二日も動かないし、俺等が心配で聞いてもきっと無視だろうからな」
 「大神の鎖の悪魔だったら、すぐにピンクは動いてくれるはず」
 五人は走りながら話している。
 「鎖が付いているといいな。赤い鎖を確認するにも、満月じゃないと出来ないとかピンク言ってなかったか?」
 「何を言っても始まらない。玲心は俺等の大事な仲間だ。絶対に助ける!」
 「そうだな。玲心が悪魔に殺される」
 「確か、殺されても悪魔の支配下になるって」
 「それは成仏出来ないって事?」
 「つーか、悪魔に俺等は敵うのか?」
 五人が玲心の家に到着し、玄関の前に立つ。
 「なあ、俺は千粋ばあちゃんが怖いんだよ」
 「ああ、俺も」
 五人は中々、インターホンが押せない。
 「怖いというか不気味じゃね」
 結局、拓実が前に出され渋々とインターホンを押した。
 しばらくすると、戸が橫に開き、風呂上がりで髪がボサボサの千粋が現れた。
 「ここにも悪魔が⁉」
 「たわけ!」
 千粋に一喝され、驚く五人を他所に千粋は分かっていたかのように悠に紙を渡した。
 そこには、町外れの廃病院の名前。
 「玲心はそこにいる。今のわしでは助けられん。あの子の望みが強い限り、わしは近付けない」
 「また、廃病院の恐ろしい名前」
 五人は大きくため息を付く。
 「お前達、天より支えし者が玲心を助けると予言に出ておる。わしは待つのみだ」
 「予言⁉」
 千粋は五人に理解出来ない事を言い、不気味に微笑むと「ガン!」と扉を閉めた。
 「怖ッ!」
 五人の声が揃った。
 「予言って何?」
 「天より支えし者ってピンク?」
 「大神の命で、鎖が付いている悪魔を追っているからとか?」
 とりあえず五人は、急いでピンクの小屋へと向かった。
 ピンクの小屋に五人が入ると、下から声がして五人が足元を見ると悠と司は二度目なので、他の三人に覚悟しておけと言った。
 「覚悟?」
 三人が不思議な顔をしていると、床が消えて五人は落下。三人の変な悲鳴が響く。
 激突する寸前に五人は宙に浮くと、橫にズレてピンクの前に雑に投げられた。
 三人はかなり痛がるが、悠と司は受け身が上手く取れたと満足そうに立ち上がった。
 「三人とも、次からは痛くない落ち方をしな。受け身の練習をするといいぞ」
 「落ちるなんて聞いてねーし」
 五人が周りを見ると、不気味に青い炎だけが浮いていて、豪華な装飾にピンクが座っていた。
 「ピンク、玲心に憑いた悪魔の居場所が分かった」
 悠が千粋に渡された紙を出した。
 「見なくても分かる。廃病院だろ。この前、見せたろうが」
 「知ってるのか? メ何とかの悪魔が大神の鎖が付いているかを俺等が確認しに行く。鎖が付いていたら、ピンクはその悪魔を天界とやらに送る為に悪魔を捕まえてくれ。もし鎖が付いていなかったら、俺等で悪魔を何とかして玲心を助けるからピンクは何もしなくていい」
 「それは、お前等が俺に交渉しているのか?」
 ピンクは、眉をピクリと動かし横目で睨んだ。
 五人はピンクは怖いが、玲心のためならそんな事は言っていられない。
 「ピンク、そう思ってもらってもいい。ピンクは悪魔だから平気かもしれないが、俺等にとって玲心は大事な仲間で俺等は諦めない」
 「仲間ね~」
 呆れた顔のピンク。
 「だからピンク頼む。俺等が玲心に憑いた悪魔の首に鎖があるか見てくるから、鎖が付いていたら一緒に行って欲しい」
 五人は必死にピンクに頼んでいる。
 「お前等が見に行く必要はない。メフィストフェレスは、今の世では二十二位の強さだからな」
 「はい?」
 意外過ぎる返答に、五人はポカンとしている。
 「俺の敵ではない。あいつは鎖付きで間違いないから、俺が行ってやる」
 「へ?」
 五人はピンクが行ってくれるのは嬉しいが、今の世では二十二位とか敵ではないとか、ピンクには付いていけない。

 廃病院に付いた五人とピンクは、ピンクを先頭に堂々と中に入って行った。
 ピンクは迷う事なく、廃病院の屋上へと進む。
 五人は、置いて行かれないように付いて行く。
 屋上の壊れたドアの向こうで、何やら呪文のような言葉が聞こえてきた。
 声からして、玲心だと分かる。
 「ピンク、玲心が何か唱えている」
 「ああ、あれは闇夜との契約だ」
 「闇夜?」
 「簡単に言うと、体を乗っ取る入れ替えの呪文だ」
 「それはマズいじゃん」
 「だが、それを知って本人はやっているはずだ」
 「でもピンク、早く玲心から悪魔を離さないと」
 「ま、あいつの望みが叶ったらな」
 「え?」
 「あいつの望みが叶ったら、あいつは出てくる。終わるまで待つさ」
 「終わるまで?」
 五人には、何の事か分からない。
 「一瞬でカタを付けてやるよ」
 何故か、自信満々のピンク。
 しばらくして呪文が終わり、地響きとともに屋上が光り出した。
 「じゃ、行くか」
 ドアを開けてピンクが出ると、五人はおそるおそる付いて行った。
 目の前には光っている玲心の体と、その橫には赤い鎖を付けた全身赤の六十過ぎの爺さんが、舌舐りをしながら玲心を見ていた。
 「みーつけた」
 嬉しそうなピンク。
 「あれが悪魔?」
 五人は、想像以上の恐ろしい姿に息を呑んだ。
 ピンクは玲心の願いが叶う瞬間を待ち、叶った合図の青い光が放たれた瞬間、凄い風が吹き荒れて風は竜巻となり、ピンク達に気付いた悪魔が襲いかかってきた。
 ピンクは平気で立っているが、五人は必死に何かに掴まり堪えている。
 ピンクが左手を翳した。
 すると、竜巻が一瞬で消えた。
 メフィストフェレスはピンクを睨み、乗り移る事に失敗したと分かると逃げようとした。
 ピンクはすぐに鎖をキツく絞め、その力が大神に知られる事となり、晴れているのに雷が鳴り出しメフィストフェレに落ちると、メフィストフェレスは全ての力を大神に奪われて失神した。
 凄い光景に、開いた口が塞がらない五人。
 ぐったりするメフィストフェレス。
 「はい、完了」
 ピンクはとても満足そう。
 「ピンク、終わったのか? 玲心は?」
 「生きてるだろ。一瞬でカタを付けたから、こいつの願いも叶った。魂も取られなかったろ?」
 「ピンク」
 五人がピンクの方に目をやると、ピンクの姿はもうそこになかった。
 その側には、鼻血を出して倒れている玲心。
 「玲心!」
 五人は慌てて玲心を病院へ運んだ。
 その頃、ピンクはメフィストフェレスを引きずりながら小屋の横の祠の前に立っていた。
 すると、祠の扉が外側に勢いよく開き、力を失くしたメフィストフェレスを吸い込み、勢いよく祠の扉が閉まった。
 「ようやく一体ね」
 クスッと笑うピンク。

 次の日、ピンク以外が玲心の入院している病院にお見舞いに来ていた。
 玲心は上機嫌で、兄さんの腫瘍が奇跡的に消えたと兄さんから電話が来たと話していた。
 兄さんに、これからも内緒で会おうと言われて嬉しかったそうだ。
 その話しに、皆も嬉しうそうだった。
 「玲心、きっとそれはピンクのおかげだ」
 「ピンク?」
 男五人が、メフィストフェレスとピンクとの戦いの話しをした。
 「多分だけど、ピンクは玲心の願いが叶うのを待ってたかもしれない。だから叶ったのだと思う」
 「ピンクが、俺の願いが叶うのを待ってくれた?」
 玲心は、意外なピンクの行動に困惑した。
 「ピンクは何も言わないがな」
 「でも、玲心がピンクに礼を言った所で認めないとは思うぞ」
 「そ、そう……なんだ」
 何か、玲心はとても複雑な気持ちだった。
 「ねえ、そう思うと悪魔も悪くないね」
 のぞみが、皆に同意を求めるような笑顔。
 「ま、そうかもね」
 この時、全員が笑顔になった。


     2、第二の悪魔
 この日、女子四人が街の収穫祭に来ていた。
 この収穫祭は少し変わっていて、お神輿が出て豊漁や豊作を願って、参加者は関連する仮装をするのが習わしなのだ。
 一年間の神様への感謝と、次の年の願いを込めて収穫祭は三日間続くのだ。
 女子四人は豊漁と豊作を願って、魚柄や豊作の象徴のお神輿柄の浴衣を着て参加していた。
 露店も沢山あって、楽しい時間はあっという間で帰宅の時間も迫っていた。
 「そろそろ帰らないと。明日も来られなくなる」
 のぞみが時計に目をやる。
 「そうだね。三日間行きたいなら、約束は守る事って先生に言われたしね」
 施設で暮らす洋菜が、校長に言われた話しや施設長に言われた話しを思い出す。
 「じゃ、明日に備えて帰りますか」
 他二人も賛同した時、幸が何かに気付いた。
 「皆、あれって何の仮装?」
 「え?」
 三人が幸の言う方を見ると、白黒に別れた全身タイツっぽい物を着た男が、這いつくばって何かを探しているように見える。
 明らかに周りとな浮いていて、タイツ男は草むらに顔を突っ込んだかと思うと、木に手を当てたり、木に耳を当てて音を聞いている。
 不可解で近寄りがたい行動に見えた。
 「何あれ? 不審者?」
 「でも、人には何もしてないみたい」
 「何をしてるの?」
 四人はそう思うも、時間を見て慌てて帰って行った。

 次の日、玲心率いる男どもが収穫祭にいた。
 全員が豊作と豊漁を願って、龍の法被を着て頭にハチマキをしてお神輿を担いでいた。
 「若いもん、ここからは自由だ。ご苦労様。お祭りを楽しんで」
 主催者からジュースを渡され、六人は出店で色々と買って楽しんでいた。
 すると、人々が何やら後ろを気にしている。
 次第に早足で、慌てて逃げるているようだ。
 「何だ?」
 「皆が逃げてる?」
 六人が背後を気にしていると、強烈に臭い匂いがしたかと思えば耐えがたい悪臭になった。
 「何か臭くね?」
 「ああ」
 六人は鼻を抑えながら臭いの方に行くと、白黒に別れた全身タイツの男がいた。
 「誰?」
 「てか、何の仮装?」
 タイツ男はキョロキョロしながら、何かを探しているように見えた。
 少しして、サイレンの音が聞こえて警察や消防が到着し、ちょっとした騒動となった。
 そのあと、原因は分からなかったが最終日も開催される事になった。
 最終日、女子四人と男六人は別々に収穫祭を楽しんでいた。
 しばらくして、別々に昨日のタイツ男と出くわした。女子四人は、不気味で近寄らなかったが、男どもはあとを付けて行った。
 コソコソしながらも、タイツ男が動く度に塀や電柱なや隠れて観察した。
 やはりタイツ男は、何かを探しているらしい。
 「あいつ、何を探している?」
 「変な格好だから、表情は分からないけど大事な物なのか?」
 タイツ男が探している物が気になるので、ジャンケンに負けた智がタイツ男に聞く事になった。
 渋々、タイツ男に声を掛けるが、声を掛けられたタイツ男はピタリと動きを止めた。
 止まってしまったタイツ男に、皆はどうしていいのか分からない。
 すると、背後から緊迫した声が響いて来た。
 六人が駆け寄ると、警官が大勢で誰かを囲んでいるようだ。
 隙間から囲まれた人物が、六人の方を見て玲心と目が合った。
 「ピンク⁉」
 驚愕の人物。何でここにいるのか分からないが、何故かとてもピンチな気がする。
 ピンクはずっと六人を見ている。
 「ずっと見てるよ」
 警官達も六人に気付き、ピンクの側に来るように言われた。
 玲心がピンクに何があったのか聞くと、どうやら職務質問をされているようだった。
 「職務質問ね~」
 警官達がどんどん増えて、更に応援を呼んでいるようだ。
 「マズイぞ、玲心」
 「どうやって逃げるかだな」
 玲心が必死に考えているのに、ピンクは他人事のように立っている。
 「何か腹立つな。ピンクも考えろよ」
 「それは、ここから離れればいいって事か?」
 「ま、そうだな。学校に知られたら面倒だろ。何もなかった事にしたい。悪魔は記憶を消す力とかないのか?」
 「記憶を消す?」
 その言葉に、ピンクは悪い笑みを浮かべた。
 その笑みに、嫌な予感しかしない玲心。
 「何かしようとしてる? ピンク、そもそも何でこうなったわけ?」
 聞くのも恐ろしいが、聞かずにはいられない。
 「いや、失せろ。と言った」
 「ああ、そうか」
 六人は苦笑いで、こうなる理由は分かった。
 「お前等、記憶を失くす方法はある」
 「え?」
 六人が驚いていると、ピンクは一瞬で大勢の警察達を吹き飛ばした。
 全員が気を失い、凄い光景に六人は唖然。
 「マジか」
 「お前等、来い!」
 六人はピンクの言葉に従い、大慌てで逃げて行った。
 すぐあとに大勢の応援が駆け付けたが、全員が気を失っている光景に驚愕していた。

 ピンクとともに、村辺りまで帰って来た。
 「お前等、悪魔の気配がした。燃やし火をするから燃やされろ」
 「はい?」
 言ってる事が分からないが、ピンクは返事も待たずに六人を青い炎で燃やしたのだ。
 「嫌~」
 六人の気持ち悪い悲鳴が響く。しかし熱くない事に気付いた。
 「熱くない?」
 しばらく燃やされた六人から、幻影とメダルの映像が現れると、炎はすぐに消えた。
 「なるほどね」
 一人、納得するピンク。
 「何?」
 「お前等、何を探していた?」
 「え?」
 六人はすぐにタイツ男を思い出すが、タイツ男が探していた物は知らない。なので、ピンクに探していたのは白黒に別れた全身タイツの男で、探し物は分からないと伝えた。
 そんな変な話しを信じないかと思いきや、ピンクは真剣な顔で何やら考えている。
 すると、女子四人も村に帰って来た。
 玲心がタイツ男の話しと悪臭の話しをすると、女子も初日に見たと言い出した。
 「悪臭?」
 臭いについて、ピンクが更に眉を潜めた。
 「もしあいつなら、大神から逃げるようには思えないが」
 ブツブツ言い出し、しばらく考えている。
 「ピンク君、大神の悪魔なの?」
 幸はすぐに分かった。
 「どういう悪魔なんだ?」
 「大神の赤い鎖?」
 皆が口々に聞き出した。
 「あのな、お前等うるさい!」
 考えているのはに、十人がいっぺんに話すのでイライラする。皆はピンクが怖くて、すぐ黙る。
 「お前等、奴は恐らくアスタロスだ」
 「アスタロス?」
 「ヨーロッパの悪魔学における、著名なドラゴンに似た獣みたいな姿とも言われている。過去と未来を見通す能力を持ち、人間の姿にもなれるというのは確かだ。右手には毒蛇を持っているが、今は何も持っていないからな」
 不気味に、それっぽく話すので寒気がする。
 「何も?」
 「三千年前、奴はソロモン王に封印されてソロモン七二柱の二十九番目の高位で公爵だった」
 「三千年?」
 「ま、俺より下だがな」
 「下……」
 自慢気に言うが、何の張り合いなのか? ピンクはそもそも何歳なのか? とても気になる。
 「アスタロスは毒の息を吐き、耐えがたい悪臭だと言われている。人間の世界に降り立つアスタロスは、白黒の色をした姿なんだ」
 「ピンク、どうしてアスタロスは毒蛇を持たなくなったの?」
 司が聞くと、ピンクは赤い炎を出した。
 「それは俺も知らない。大神に聞くさ」
 ピンクは赤い炎に青い炎を混ぜて地面に投げ付けると、炎の中から目が青く光る倍の大きさはあるカラスが現れた。
 「カラス?」
 「お前等、知っているか? カラスは元々、神の使いと言われていた鳥だ。悪魔と神の伝書をしている重要な生き物だ。もしもアスタロスが逃げた悪魔なら、大神だって教える義務があるはず。アスタロスはちょっとワケアリでね」
 「ワケ?」
 「それは、天界に返せばお前等は知る必要はない」
 「そ、そう」
 逆らわないが皆は知りたいので、黙って幸の方を見て、幸も調べようと思った。
 炎の中のカラスは、不気味に鳴くと消えた。

 次の日、ピンクが帰ったのを見届けてから全員が幸の机の周りに集まった。
 「どうだった?」
 「ワケを見付るのは苦労したよ。悪魔関係のサイトの主を説得したんだから。ルシファーが好きらしくて色々と教えてくれたよ」
 「で?」
 「一説によると、三千年前の中東に存在したソロモン王が封印した七十二の悪魔の二十九番目がアスタロスで公爵。アスタロスは他の悪魔とともに巫女の時代に降り立ち、生きとし生ける者の魂を奪った悪魔だそうよ」
 「生きとし生ける者の魂って、生き物を皆殺しにしたって事?」
 「でしょ。悪魔なんだから」
 「でも、巫女の時代って?」
 「調べたら、日本にいた人間は縄文時代」
 「縄文時代って卑弥呼?」
 「そうかもね。沢山の魂を奪いながらも、アスタロスはある時に出会った人間だけは奪わなかった。残された物語として、その人間の居場所を命を懸けて守りアスタロスは裏切り者として悪魔の王に拘束された。でも、アスタロスは拘束を解いて神に通報して人間を守り抜いた。アスタロスは人間にペンダントを渡し、最後の別れをして神に封印されたとあるわ」
 「その人間って女かな?」
 のぞみはそう直感。
 「私もそう思うわ。神に封印されても、守りたい物がアスタロスにはあったって事ね」
 「何か、愛を感じるわね」
 「愛に生きたのね」
 女子四人は悪魔が愛を選んでたなんて、かなりの妄想をして盛り上がっている。
 「あ、あのさ。愛は置いておいて、あのタイツ男がアスタロスなわけ?」
 白けている男六人。
 「あり得ない話しじゃないでしょ」
 「縄文時代の巫女が、タイツ男に恋した?」
 男六人には、思い出すと信じられない。
 「人は見かけによらないのよ。多分」
 女子四人はタイツ男を思い出して、恋に落ちるかと聞かれればちょっと微妙な気がする。
 「タイツ男がアスタロスだとして、何を探しているわけ?」
 「まあ、幸の話しを考えると人間にあげたペンダントじゃない?」
 洋菜が幸の方に目をやると、幸はアスタロスのサイトを開いて絵のアスタロスが首に下げてるペンダントを拡大して皆に見せた。
 「三千年前のペンダントが道端に落ちてる?」
 玲心は苦笑い。
 「もしもだけど、アスタロスなら大神の鎖がある悪魔なら確かめないと」
 「でも、どうやって確かめる?」
 「ま、まずはタイツ男を探さないと」

 次の日、十人は街に出てタイツ男を探した。
 しかしタイツ男は見付からず、だいぶ疲れて洋菜とりんが神社前で休んでいた。
 すると、神社の裏口に変な人がいたという話しをすれ違う人がしていた。
 二人が裏口に行くと、タイツ男が神社に入れずうろうろしていた。
 「いた」
 「いたね。全身タイツで」
 タイツ男は神社に入れないようで、何度も入ろうと試みるがため息を付いて諦める。
 「入れないみたいね」
 洋菜が皆を呼んで、タイツ男の首に大神の鎖があるのかを男子に確認するように言った。
 皆は結局、怖くて確認出来ない。
 りんが自身がしているペンダントを外して、タイツ男の側に投げてみた。
 タイツ男は音で気付き、慌ててペンダントに駆け寄って拾う。
 ペンダントを舐めまわすように見て、何度もペンダントを確認している。
 確認しているアスタロスは、急にタイツ男から
 スラッとした背の高い人間の姿に変わった。
 その姿は、公爵と言われたななら納得の貴族のような格好いい男だった。
 そして、首に光るのは赤い鎖。
 「赤!」
 「シッ! 見付かるでしょ」
 そのあと、違うと分かると肩を落としてペンダントを置くと、タイツ男の姿に戻った。
 「やっぱりペンダントを探してるね」
 「でも、かなりのイケメンじゃん」
 「本当に。凄いびっくり」
 「でも、たぶんあれは大神の鎖だった」
 「そうね。ピンク君に知らせないと」
 皆でピンクの小屋に着くと、小屋の扉が勝手に開いて中に入った。
 玲心は初めてなので、結構驚く。
 皆が部屋の真ん中に立つと、床が一瞬で消えて皆は落ちて行った。玲心はかなりの悲鳴をあげて床のギリギリで体は止まり、横にズレたかと思うと女子はゆっくり着地したのに対し、男六人は雑に投げられた。
 「痛ッ!」
 玲心はかなり痛がったが、他は知っているのか痛いが黙って立ち上がった。
 玲心も立ち上がると、その空間には青い炎がいくつも浮いていて、王様が座るような豪華な椅子にピンクが座っていた。
 「智、何なんだよ。ここは?」
 「ああ、玲心。受け身の練習をしておくといい。ここはピンクがいる場所で、見ての通り恐ろしい物しかない」
 智が小声で教える。
 「ピンク君、タイツ男がアスタロスで間違いないと思うの」
 幸が神社での話しをした。
 「ピンク君、タイツ男は神社に入れないようだった。悪魔だから?」
 「タイツ男から貴族に変わる瞬間を見たの。ペンダントが違うと分かると元に戻ったよ」
 「やはり、アスタロスは三千年前に人間にあげたネックレスを探していると思う」
 女子四人が次々とピンクに話す。
 ピンクは騒がしい女子四人に慣れたのか、呆れた顔で「大神から返事が来た」と言った。
 返事が来たのに、ピンクは何故か機嫌が悪い。
 「ピンク君?」
 「嫌みな返事をして来やがった」
 舌打ちをして、ピンクが青い炎を手に乗せる。
 「ピンク、神に怒ってるのか?」
 「悪魔なのにな」 
 皆がボソッと呟く。
 「ピンク、何があった?」
 「お前等が見たタイツ男は、大神が逃がした鎖の付いたアスタロスで間違いない」
 「でも、アスタロスはワケアリって」
 「そうだが、お前等がそれは調べていたろ」
 「え⁉」
 ピンクに見抜かれていた。
 「人間っていうのは、愛だの恋だのに興味を持つんだ? 俺にはどうてもいい事だがね。アスタロスだって、それで大神に捕まったのにな」
 ピンクは一つ息を吐き、カラスからの書簡を炎に写し出した。写った書簡は、何やら書いてあるが皆には何語なのか分からないから読めない。
 「何て書いてあるの?」
 「読めない」
 皆の顔を見て、ピンクはまた機嫌を悪くした。
 「お前等って、つくづくダメだな。神の言葉くらい理解しろよ。書いてあるのは、アスタロスはソロモン王の鉱山の金を使った守り神として、人間の女に送ったペンダントがある。人間の女との時間を守る為に、自身を神に捧げたと書いてある」
 「そ、そう書いてあるんだ」
 神語は人間は読めないだろうと思うも、ピンクは悪魔なので逆らわない皆。
 「お前等、アスタロスはペンダントを見付る為に来た。分かったか!」
 皆はピンクがどんどん機嫌が悪くなり、最後は怒鳴り散らしていた。
 「何で怒ってる?」
 何か言ったら、更に怒られそうだ。
 「ピンク君、一つ気になるのだけどアスタロスは人間の女に送ったペンダントを探してどうしたいの? 三千年も前だと女も生きてない」
 「それはどうでもいい! 大神からアスタロスを送れと来ているから、早く終わらせる」
 何故か、ムキになってピンクが言う。
 その時、智がペンダントのマークである事を思い出した。
 「なあ、ペンダントのマークだけど、どっかで見た事があると思ったら、ゲームで魔術書のソロモンの鍵だよ」
 「ゲーム?」
 「ゲームだけど、忠実に再現されたゲームだよ」
 その話しを智がすると、ピンクが睨んできてビクッとして黙る智。
 その時、幸が気付いた。ピンクが怒る理由が。
 「ピンク君、分かったわ」
 「幸、どういう事?」
 「アスタロスと会った神社、何度も入ろうとしたのに入れなかった。あの神社には、悪魔を封印したという記録がある。で、悪魔を封印したという、奉られている小さな黄金の盾が五年に一回、一般公開されるのよ。ペンダントだったとは知らない人間が、あれを盾として奉納。あの盾は小さいからペンダントだったかもしれないって、かなり前に聞いた事がある。国宝なのよ」
 「それ知ってる。でも、ピンクが機嫌悪いのは?」
 「元々、アスタロスの物だったなら、何かでこの神社にあると知っていた。だから、あの神社にいたんじゃない? それに黄金の盾には、もう一つ不思議な力があるんだよ」 
 「不思議な力?」
 「過去と未来を見通す力。ピンク君の話しを思い出すと、同じ力がある黄金の盾がまさに送ったペンダントでしょ。すると、アスタロスは人間の女がどういう人生を送ったのかを見たかっただけかもしれない」 
 ピンクが嫌そうな顔で見ているので、アスタロスは好いた女の人生をペンダントで見たかったというのは合っているようだ。
 「な、なるほど。辻褄は合ってる」
 「でも、ピンク君はどうして?」
 皆にはまだ、ピンクが怒る理由が分からない。
 「え、分からない? アスタロスのペンダントは神社にあるんだよ。ピンク君は悪魔だから、神社に入れないもんね!」
 自信満々の幸に、ピンクは舌打ちをしてこちらを睨み、皆にも幸が言いたい事が分かった。
 ピンクは神社に入れないから、入れる者の協力が必要になるという事だ。
 アスタロスを送るには、きっとペンダントが必要になる。すると、神社の国宝を取りに行く事になるだろう。
 ピンクは合っている為、何も言えない。

 この日、五年に一度の国宝をどうやってアスタロスに渡すかをピンク込みで考えていた。
 国宝なので、返す前提で計画を練った。
 「国宝をどう借りる?」
 「国宝だから警備も厳重だろ」
 「見付かれば大事だからな。全員逮捕だな」
 「じゃあ、公開の前に借りるのは?」
 「神社の人にワケを話して、ペンダントを堂々と借るの?」
 「そう」
 「今の大人が、国宝を中坊に貸すか? そもそもワケを話しても信じてくれないだろ」
 拓実がもっともな事を言う。
 「そうだな。ペンダントの金が本物なら、まさに泥棒扱いだろうな」
 皆で話し合うが、答えが出ない。
 「所で、国宝を少し借りたとしてアスタロスはどうやって何処に連れて来るわけ?」
 りんがアスタロスの事を言うと、皆もそっちの問題もあったかと頭を悩ませる。
 「アスタロスは任せろ」
 ずっと黙っていたピンクが、口を開いた。
 「俺がお前等の言った場所に連れて行く」
 その時、皆が気付いた。ピンクがアスタロスを無理矢理、大神に送ろうとしていない事を。
 ワケアリと言ったからだろうか? その理由も知りたいが、怒られそうで怖くて聞けない。
 ふと、幸が巫女という点を思い出した。
 「なら、巫女からってのは? 巫女から国宝は借りれないけど、確か国宝の公開には巫女が前日から祈りを捧げるとか」
 「それ知ってる」
 玲心が千粋から聞いた事があった。
 結局、千粋に玲心が話して、国宝公開前日に祈りを捧げる巫女に選らばれている隣村の神社を紹介してもらい、女子四人で行く事となった。
 通された部屋は広く、しばらくすると千粋並みに強面のおばあさんと二十代の娘が現れた。
 女子四人でピンクを抜かしたアスタロスの話しをするが、きっと信じて貰えないだろが正直に話した。おばあさんと娘はバカにする事なく、おばあさんは古い書物を四人に見せた。
 「巫女は大昔から神の使いとして、その土地に住む者の幸せと繁栄を願って祈りを捧げ人々に崇められていた。しかし人間とは欲深いもので、豊になればなるほど他人の物を欲しがる。巫女に欲しい物を手に入れる方法を探らせて、手に入れられないと巫女を責める。そういう時代は、巫女を道具としか見ていない。我が先祖もそうだったに違いない。残酷なものだ」
 苦しそうに話すおばあさんに、四人はどう声を掛けてよいか分からない。
 「アスタロスの事を聞いた時、ふと巫女の酷い扱いを思い出してな」
 「おばあさんもそうだったのですか?」
 「いや、私の時にはそういう扱いはない。遥か昔に巫女が恋に落ちた伝説は残っている」
 「アスタロスの話しを信じてくれるのですか?」
 「いや、私は千粋さんを信じている。あなた達は知らないと思うが、あの方は凄い力を持っているんだ。いずれあなた達にも分かる。この世には人間に見えない物が多々存在する。だからこそ、災害や祟りや呪いがあり神社や仏閣が存在する」
 「では、私達に協力してくれるのですか?」
 「ああ。ただ、今のあなた達のやり方では犯罪になってしまう。知られずに事を済ませるには前日に全てを終わらせなさい」
 「なるほど」
 「前日に巫女が祈りを捧げるから、我が孫の番になったらニ時間くらいは国宝の部屋には誰もいない。その時間で頼む。守って欲しいのは、必ず返すという事だ」
 おばあさんは心配そうに隣を見た。
 「必ず返します!」

 決行日、ピンクとは神社近くの公園で約束をして、皆で国宝がある神社の別の棟の草むらや岩に隠れていた。
 国宝だから警備は厳重だが、ここは一番遠い棟だから警備がない。
 「何か眠いね」
 夜中近く、人々は寝静まった時間のため欠伸をする。
 「上手くいくといいな」
 りんがボソッと言うと、洋菜が微かに聞こえる音に気付く。
 皆が音のする方に注目すると、そっと襖が開いて辺りを警戒しながら巫女が現れた。
 娘だと分かった女子四人が近付き、娘からアスタロスのペンダントを受け取った。
 「私はここで待ってるから」
 「分かった。ありがとう」
 危険を承知で来てくれた娘に約束して、皆でピンクと約束の公園へと向かった。
 公園に着いて、皆は息を切らしながらアスタロスとピンクの姿を探す。
 すると、真っ暗な滑り台の横に、前に見た公爵姿の格好いい方のアスタロスとピンクがいた。
 「ピンク君」
 駆け寄り、のぞみがアスタロスにペンダントを見せると、震える手でペンダントを受け取った。
 アスタロスがペンダントを握ると、その場が明るくなったかと思うと皆の体が一気に浮いた。
 皆が驚いたのもつかの間、皆は柔らかい何処かに落ちたのだ。次第に光が止んで、辺りは緑がいっぱいの森の中のようだった。
 「ここは?」
 そして背後から何やら声がして、若い男女が手を繋いで走って来る。男女の後ろから、黒い見た目が恐ろしい生き物が沢山こちらに来る。
 男女は洞窟のような所に隠れ、恐ろしい物が通り過ぎるのを待った。恐ろしい生き物は、皆が見えないのかこちらには見向きもしない。
 「あれは悪魔?」
 洞窟に隠れた男女は抱き合っていた。
 恐ろしい生き物が通り過ぎ、男女が出て来ると女は泣いて男に「行かないで」と言っている。
 男は何度も女を宥め、金のペンダントを女の首に掛けると微笑んで空を見上げた。
 すると、沢山の天使達が舞い降りて、天使の光に包まれて空に登って行った。
 女はその場に崩れ、ずっと泣いていた。
 「これは、アスタロスと人間の女の最後の時間の記憶だ。三千年前のな」
 ピンクの言葉に、皆は見えている光景が三千年前とは驚愕だった。
 「知ってるだろ。アスタロスは神に通報して、人間の女の時間を守ったんだ」
 「そうだけど」
 「きっと、お礼に見せたのかもな」
 「アスタロスが?」
 「悪魔は自身の記憶など見せない。人間になんてあり得ない事だ」
 ピンクはそう言って手を横に振ると、目の前の光景は一瞬で消えて元の公園に戻った。 
 ピンクには、恋や愛など見たくはない。天使や神など、どうでもいい。
 そのあと、アスタロスはペンダントをしばらく握っていた。
 何も言わないが満足そうな顔のアスタロスは、のぞみにペンダントを渡した。
 女の未来を見る事が出来ただろうか?
 「お前等、それを返してこい」
 ピンクは早く終わらせたいという顔。
 「分かったけど、アスタロスをピンク君は大神に送りに行くの?」
 「こいつも納得してる」
 「じゃあ、お願いだから待ってて。アスタロスを私達も見送りたい」
 「俺は早く終わらせるだけだ」
 「でも、待ってて」
 皆はピンクにそう言って走り出した。
 皆もピンクは待ってくれないと分かるが、ペンダントを急いで娘に返した。
 「ありがとう」
 女子四人が娘に抱き付いてお礼を言った。
 すぐに皆で、ピンクの小屋に走る。
 もうすぐ夜明け。
 祠の前に着くと、ピンクもアスタロスの姿はなかった。
 「そうだよね。ピンクは悪魔だ」
 ガックリ肩を落としていると、祠の前にピンクが現れた。
 「瞬間移動とか?」
 ピンクに駆け寄ると、祠の背後からアスタロスも現れた。
 「アスタロスだ」
 「ピンク君、待っていてくれたの?」
 洋梨が言うと、ピンクは機嫌悪く睨む。
 「そうじゃないのか」
 いつもと違うピンク。
 「ピンク君?」
 ピンクはアスタロスを睨みながら、「早く大神の所に行け」と言っている。
 その時、祠の扉が開いて中から綺麗な女性が現れたのだ。綺麗な女性がピンクに微笑むが、ピンクはとても嫌そうな顔。
 アスタロスは綺麗な女性に頭を下げると、女性は手を光らせて一瞬でアスタロスと消えた。
 皆が驚いているのに、女性とアスタロスが消えるとホッとしたかのようにピンクは小屋に歩き出した。
 「どういう状況?」
 「そもそも、あの人は誰?」
 玲心がピンクに女性は誰かと聞くと、小屋の扉の前で振り返り「女神だ」と言った。
 「女神⁉」
 皆が声にならない声で驚く。
 小屋に入ったピンクは、「ようやく二体ね」と舌なめずりをした。


 3、第三の悪魔
 葬式の日は、いつも雨。
 涙を見られなくて済むけど、大好きな人がいなくなるのはツラい。
 「りん、大丈夫?」
 静かに涙を流すりんに、女子三人が寄り添う。
 りんは頷くが、悲しくて涙が止まらない。
 「りんちゃん可哀想に。おばあちゃんと仲が良かったものね」
 「そうね。二人暮らしだったから、身寄りがないりんちゃんは施設に行くのかしら?」
 「おばあちゃん、りんちゃんを本当に可愛がっていたものね」
 周りの大人達からは、そんな話しが聞こえてくる。ここは小さな村だから、村のほとんどの人がおばあさんの死を悲しみ参列していた。
 村では評判の仲良しの二人。
 「おばあちゃん」
 
 その日から、りんは学校に姿を見せなかった。
 りんを心配した男六人は、街に出て絵を描くのが好きなりんのために絵の具を買いに来ていた。
 信号が青に変わると、三十代くらいの男が司に当たって来た。
 「痛ッ」
 男は司に気付くが、謝りもせずに恐ろしい形相で走って行く。
 「司、大丈夫か?」
 男に腹が立つも、男の顔が怖かったのでぐっと堪えた。
 すると、幸也が司に当たった男を追い掛けているような人物に気付いた。
 「なあ、あれってりんじゃないか?」
 皆が見ると、男は付いてくるりんを気にしながらも、必死に逃げているように見えた。
 しかもりんは、男を睨みながら怖い顔をして追っている。いつものりんとは、かなり違う。
 「あれ、りんだよな?」
 「ああ、りんだ。めっちゃ怖い顔。怒ってる?」
 「その上だよ。あの男を恨んでる顔だ」
 「何でりんがあの男を?」
 「誰だよあいつ?」
 六人は二人を追ったが、途中で見失った。
 「完全に見失ったな」
 「でも、何でりんがあの男を?」
 そのあと、絵の具を買いに戻ると、悠が何かが飛んで来るのに気付き、慌てて避けた。
 「な、何⁉」
 飛んで来たのは、店の前にある立ててある看板だと思われる物。
 どうしてこんな物が飛んで来るのかと、悠が飛んで来る方を見ると、煉瓦が飛んで来た。
 皆が見ると、色々な物が飛んでいて人々は逃げて回っていた。
 しばらくして大元が見えてきて、物を飛ばしているのはピンクだった。
 「ピンクだ」
 納得出来るが、六人ともため息を付いた。
 「どうする? 物が吹っ飛んでいるぜ」
 「玲心」
 玲心は考えた。街でピンクと関わると、変な事に巻き込まれて逃げるハメになる。
 見なかった事にしたいが、このままだときっと警察を呼ばれて面倒臭い事になる。
 その時、サイレントの音が聞こえてきた。
 「玲心!」
 「仕方ない!」
 玲心はピンクに「悪魔がいた」と言い、猛ダッシュで逃げた。悪魔という言葉に、ピンクも素直に従っている。
 だいぶ遠くに来た所で、六人はヘトヘトで座り込むがピンクは息切れもせず立っている。
 「お前等、悪魔は?」
 「え?」
 六人は思った。ここで嘘だとバレたら殺されるかもしれない。五人して玲心を見る。
 「あ、そうだ。ピンク、知っている奴が俺等の知らない男を追い掛けていた。恐ろしい顔で追い掛けていた。そいつはそんな事をする奴じゃないから、悪魔がそいつの体の中に入ったかと思うほどだった。ピンク、人間の中に入った悪魔が人を殺す事はあるのか?」
 りんの事が気になり話すが、ピンクは玲心をジロリと見て少し沈黙があった。
 嘘だとバレて何をされるのかと、六人はゾッとして押し黙る。
 「お前等、人間の中に悪魔は入る事はある。それは俺には関係ない。ま、悪魔かも分からんが」
 ピンクは一つ息を吐いて、辺りを見渡した。
 どうやら、怒ってはいないようだ。
 「ですよね~」
 疑われずに済んだ事に、六人がホッとした。
 「でもピンク、何で街に? 物を吹っ飛ばして」
 「お前等には関係ない」
 「まあ、そうだけど」
 教えてくれるとは思えないが、悪魔って面倒だなと六人が立ち上がると、「女の臭いを探しに」とピンクは答えると一瞬で消えた。
 「消えた⁉」
 六人はピンクが消えた事にも、ピンクが女の臭いを探している事にも呆気に取られ、しばらく放心状態だった。

 学校に来ないりんを心配し、香がおばあさんと絵を描いていたと聞いた湖に来てみた。
 りんは湖を、悲しそうに見つめている。
 「熊川さん、やっぱりここにいた」
 その声でりんは振り向くが、黙ったままで香には少し不気味に感じた。
 「く、熊川さん、先生はこの村に来て三年くらいだけど、おばあさんととても仲良しで湖で絵を描いていたそうですね。これからは、先生も少しでも力になるから一人で悩まないでね」
 香なりに励ますが、りんは黙ったまま香を見つめている。
 その顔が香には怖くて、その場にいられない。
 「く、熊川さん、先生は行くけど明日は学校に来てね。待ってるわ」
 少し震える声で言い、りんに背を向けた。
 「先生」
 りんが口を開き、ドキッとして香が止まる。
 「先生、私は絶対に許さないわ!」
 香は怖くて振り返る事が出来ない。
 何に対して許さないのかは分からないが、香はりんに返せずにいつの間にか早足でその場をあとにしていた。

 この所、学校に行くと警察官が何人か正門で生徒の登下校を見守っている。
 街の警察官が村に何人も来ていた。
 「え、不審死?」
 「シッ!」
 驚くのぞみの口を、慌てて幸が塞いだ。
 「大きい声で言えないの。大人が話してるのを聞いたから」
 「りんのおばあちゃんは、病死じゃないって?」
 「そう、不審死って言ってたけど、話しからして殺人かもしれない。町長の所に何度も警察が行ったって。この村は小さいから、子供達が恐怖に襲われないように配慮したって」
 「だから、警察が小さな村に多くいるわけ?」
 「犯人が捕まってないから? 怖いじゃん」
 すると、コソコソしている三人に玲心が背後から脅かした。
 思わず悲鳴を上げそうになり、三人は玲心だと分かると睨みながら怒った。
 「脅かさないでよ」
 「コソコソしてるからだろ。どうしたんだよ?」
 三人は玲心に、りんのおばあさんの死について話した。
 「殺人事件って事か」
 玲心は腕組をして、警察が殺人を隠す理由を考えていた。
 その時、多数の足音が響き、教室に男五人が慌てて駆け込んで来た。
 「玲心、大変だ!」
 智が机の上に、新聞を広げて一部を指した。
 そこには殺人事件とあり、亡くなった男の顔が載っていた。
 「玲心、この人に見覚えあるだろ。あの日にりんが追い掛けていた男だよ」
 「え?」
 玲心が写真に目をやると、確かにりんが追い掛けていた男で間違いない。しかも、死んだ日はりんが追い掛けていた日だとある。
 「嘘だろ」
 更に悠が指指す場所には、死んだ男は警察官と書かれている。
 「警察官⁉」
 「もしかして、りんが?」
 五人が言いたい事は分かるが、玲心にはりんがあの男を殺す理由が分からない。
 「何の事?」
 分からない女子三人も新聞に目をやる。
 玲心は、街で会ったりんの話しをした。
 内容に驚愕する三人だが、死んだ警察官を三人とも見た事がない。りんが知り合いなら、自分達も知っているはずだと言う。それに、日付を見た洋梨からは街にいたりんは見間違いだと断言された。
 「見間違い?」
 「そう、うち等は警察官が死んだとされる日、湖でりんに会っているから。りんはおばあちゃんと絵を描いていた湖に、ちゃんといたよ」
 「どういう事?」
 男六人は困惑するが、六人がいくら思い出しても街で見たりんはりんだった。
 「俺等が見たりんは、確かにりんだったよ」
 司が自信を持って言う。しかし、六人にはあの時のりんは、男を恨んでるような顔で追い掛けていた。いつものりんとは違っていた。そこだけは気になる。
 「同じ日に湖と街でりんを見た事になるな」
 玲心が真顔で言うと、女子三人には少しだけ湖で見たりんに違和感を感じていた事を話した。
 いくら話し掛けても、湖のりんは何も答えなかった事。ただ、立ち尽くして湖を見ていた事。なので、三人ともりんの声は聞いていない。
 男六人は、女子三人の話しを聞いて背筋が凍るように感じた。
 「街で見たりんと、湖で見たりんはりんじゃないかもしれないぜ」
 司が恐ろしい事を言うが、ピンクを見ているせいかあり得ると思ってしまう。
 「ただ、街にいたりんが死んだ警察官を殺したかもしれないって事はどうする?」
 幸がボソッと言うと、誰もが黙ってしまった。
 「そ、そう言えばあの時、俺等はりんを追い掛けたんだが見失ったんだ」
 「そ、そうなの」
 「そのあと探せば良かったんだけど、街で物が吹っ飛んで来て、何かと思えばピンクが物を吹っ飛ばしててな」
 「ピンク君が⁉」
 「で、ピンクとダッシュで逃げるハメになって、何で物を吹っ飛ばしてるのか聞いたら、「女の臭い」って言ってピンクは消えた」
 「女の臭い?」
 「そう。何の事かも分からないし、ピンクが消えた事にもビックリよ。悪魔って消えるんだな」
 「女の臭いって何だろう?」
 女子三人は、何故かそこが凄く気になる。
 「ピンクが言っていたが、人間の中に悪魔が入る事はあるらしいぜ。もしかしたら、りんの中に悪魔が入って悪魔が操っているかもしれない。でもりんの体が二つってのもおかしいがな」
 悠が最もな事を言うが、玲心がピンクが消えた事を思えばあり得ると話した。
 「確かに」
 少し黙っていた智が、ずっと気になっていた事をようやく思い出した。
 「そうか。この警察官、りんのおばあちゃんが亡くなった時に家にいたよ。私服だったから思い出せなかったけど、この顔は見た事があったから間違いない。思い出したよ」
 「亡くなった時?」
 「俺のじいちゃんとりんのおばあちゃんは同級生だから、知らせを受けてすぐに家に行ったらこの男がいて、りんにおばあちゃんから聞いた事はないかと尋ねてた」
 「聞いた事?」
 「何なのか分からないけど、俺とじいちゃんが来たらそそくさと帰って行ったから」
 「何それ、怪しくない?」
 「そうだけど、相手は警察官だぜ。でも、あの時にいたのは四人だった」
 「四人⁉」
 「四人とも私服だったから警察官かは知らない。ただ、帰り際に宝石強盗がって一人が言ってた」
 「宝石強盗?」
 「じいちゃんに聞いてみたら、街で一ヶ月前にあった連続宝石強盗殺人事件じゃないかって」
 「連続宝石強盗殺人事件⁉」
 また、恐ろしい事件が出てきた。
 「調べたら、街の宝石店のいくつかが襲われて二人が犠牲になってた。総額二億の宝石が盗まれたって。犯人は何人かいるらしい。捕まってない」
 「でも、その事件とおばあちゃんと何の関係が?」
 「これはじいちゃんが知り合いから聞いた話しだけど、天嵐山に犯人が宝石を隠したのを見たっていう情報提供があったとか」
 「情報提供をおばあちゃんが?」
 「違うと思うぜ」
 
 日曜日、女子三人が街に出て、宝石強盗殺人事件を三人なりに調べていた。警察や大人に言っても教えてくれないだろうから、強盗にあった宝石店を順に回っていた。
 「ここが、最初に襲われた店ね」
 地図を見ながら、幸が記しを付ける。
 全ての店に記しを付ける頃、疲れた果てたが何も手掛かりはなし。
 幸が自動販売機でジュースを三本買った。
 のぞみと洋梨に渡そうと、振り返った。
 「のぞみ、洋梨ジュース飲もう」
 振り向くと、そこには誰もいなかった。
 「え?」
 のぞみと洋梨どころか、今までいた街の人々が一瞬で消えたのだ。
 誰もいない街に、幸だけがポツンといる。
 「何?」
 辺りを必死に見渡たすが、誰もいない。
 すると、前から恐ろしい顔をしたりんが幸の方に向かって来た。
 「りん?」
 りんは何も言わず、幸に目掛けて走って来る。
 りんは右手を高く上げると、爪が一瞬で長く伸びて爪は刃物のように尖っていた。
 明らかに幸を襲おうと向かって来ている。
 幸が固まって動けないでいると、りんは高々と上げた爪を幸に振り下ろして来た。
 幸は怖くて目を瞑った。
 「シャッ!」
 刃物で何かが切れるような音がして、幸の体は宙に浮いた。
 何が起こっているのか分からないが、幸は怖くて目が開けられない。
 幸の体が何故か、あちこちに動いている。
 何となく、抱き抱えられているように感じる。
 幸がおそるおそる目を開けると、幸はピンクに抱き抱えられ、りんの攻撃を避けていた。
 「ピンク君?」
 その時、気付いた。襲ってくるりんは、目が赤い事を。
 りんはピンクの魔力で吹っ飛ばされ、手から血が出ている。
 悔しそうな顔をし、りんはピンクを睨むと逃げて行った。
 何が起こっているのか?
 ピンクはりんを優しく降ろすと、「次は何に化けるのか?」と舌打ちをした。
 どういう状況なのか分からないが、幸がピンクを見るとピンクのシャツが切れていて左腕から少し血が出ていた。
 「ピンク君、血が」
 幸が心配するが、ピンクは手を横に振り、そこは一瞬で人が沢山いる街の風景へと戻った。
 幸が驚いていると、のぞみと洋梨が幸を心配そうに覗き込んでいる。
 「のぞみに洋梨」
 「どうしたの幸? 何度も呼んだけど急に動かなくなったから」
 「ピンク君は?」
 「ピンク君? 何の事?」
 二人は幸から、今あった出来事を聞いた。
 二人は目が赤いりんという所と、ピンクが出てきたという所で大神の悪魔ではないかと予想。
 その時、「お前等も来ていたのか?」と同じ事を考えて街に来ていた男達に会った。
 皆で公園に移動し、お互いに色々と情報交換をした。
 「あれ? そう言えば悠がいない?」
 いつも一瞬にいる六人なのに、悠がいない事に今気付いた。
 「ああ、あいつ熱を出して寝てる」
 施設で暮らす司が教えた。
 「そうだったんだ」
 早く出た洋梨は施設で一緒に暮らしているが、体調不良な事を知らなかった。
 話し合いからして収穫はないが、智が祖父からおばあさんが宝石強盗殺人事件で警察が家に何度か聞きに来ると相談していた事を話した。
 しかも、警察手帳を見せて四人いたという。
 四人はおばあさんに、見た人間はどんな人だったかを聞いていて、おばあさんは誰も見ていないと答えたのに四人はまた来たという。
 「おばあちゃんと警察四人。そして宝石強盗殺人事件。ここで一応、繋がったけど」
 「確かに繋がったけど、おばあちゃんは誰も見ていないって答えても四人が聞きに来てるのは、ある意味怖いけど」
 「そうだね」
 とりあえず皆は、村に戻る事にした。
     公園を出ようとすると、目の前を男が早足で通り、そのあとにりんが通った。
 「りん?」
 皆が見た男は知らない顔だが、男は背後のりんを気にするように何度も振り返る。
 皆は慌ててあとを付け、気付かれないように身を隠す。
 男は急に走り出し、りんも追って走り出す。
 皆も走るが、途中で見失ってしまった。
 そのあと、皆で探したが男もりんも見付けられなかった。
 公園に戻った皆。
 幸がここである事に気付いた。
 「司、悠に熱があるのに申し訳ないけど、湖にりんがいるか確かめてもらって」
 「え、湖?」
 「りんが街と湖にいるかもしれない。悪魔だったらピンク君に頼るしかない」
 「まあ、そうか」
 司が悠に連絡を取ると、熱は下がって湖に見に行ってくれる事になった。
 三十分経った頃、悠から連絡が来てりんが湖にたたずんでいるという写真を送ってくれた。
 しかも湖のりんは、おばあさんとの絵を描いた話しまでしたそうだ。
 そして、おばあさんが大好きだから絶対に許せないと言ったらしい。 
 皆には誰を許せないのか分からないが、早く村に帰らないといけないと思った。

 夕方、村に戻った皆はすぐにピンクの小屋へと走った。
 男達は痛いので入りたくないが、幸が扉の前に立つと戸が勢い良く開いて、皆は中に入って床を見た。すぐに床が無くなり、落下すると地面スレスレで止まり、横にズレて女子三人はゆっくりと降ろされて男達はピンクの前に雑に投げられた。
 受け身を取ったが痛い。男達が腰を擦りながら立ち上がると、いつも通り青い炎が不気味に浮いていた。
 幸がピンクの左腕のシャツが切れていて、血が出たような傷痕を見た。あれは夢ではなかったと分かる。
 「ピンク君、あれは何の悪魔? りんが二人いるよね? 街のりんは赤い目をしていた。首に大神の鎖があるんでしょ。ピンク君が追ってる悪魔だと私は思う。りんは悪魔に取り憑かれているって事なの? 私は街で誰もいない街にいた。目の赤いりんに襲われてピンク君が助けてくれた。その時にピンク君は傷を負ったのよ。左腕にある傷がそうよね?」
 幸が一方的に話すと、ピンクは面倒臭そうにため息を付いた。
 「よく話す人間だな」
 ピンクが左腕の傷に目をやり、目を光らせると傷は綺麗に消えた。傷は治ったがシャツは切れたまま。そして、切れた箇所から赤い腕輪のような物が見えた。
 男六人は、黒板まで吹っ飛ばされた事を思い出してしまう。
 「ピンク君、その赤い腕輪みたいのは何?」
 「本当に面倒だな。これはお前等を喰わないためのリングだ。大神から付けられた」
 「喰わないって」
 少し驚く皆に、ピンクはクスッと笑った。
 「こらがある限り、喰いたくても喰えないから安心しろ」
 「いや、安心しろと言われても」
 皆、苦笑い。
 「ピンク、幸が言ったりんの悪魔って?」
 「まあ言ってやるよ。イシュタムかルサールカだと思う。考えをまとめていた所だ」
 皆には何の悪魔か分からないが、悪魔の名前をしっかり記憶した。
 「ピンク、その悪魔は化けるの?」
 「さあな。どっちかが人間を喰うらしいが。堂々と人間を喰えるのは羨ましいぜ」
 「そ、そう」

 放課後、ピンクが帰ったのを確認してから、幸の周りに皆が集まった。幸が本を開いた。
 「イシュタムの方だけど、マヤ神話において自殺を司る女神で死者を永遠の楽園に導くとある。導かれた死者は、永遠の幸せを得られるみたい」
 「悪魔なのに永遠の幸せ?」
 のぞみが不思議に思う。それは皆も一緒。
 「これを読むと、死者はイシュタムの中で生きていくから、自殺した者の転生は難しいって」
 「何か、色々と矛盾した悪魔なんだな」
 「イシュタムの中という点でいうと、ピンクが言ってた喰われるという意味じゃないか?」
 「そう言われればそうかも」
 とりあえず、イシュタムは自殺を司る女神だという事は分かった。
 「で、次のルサールカはスラヴ神話では水の妖精だとある。でも、妖精というよりは幽霊みたいなの。悪魔の名前も持っているという事かしら。水関連で亡くなった女性の霊みたい」
 「そっちも、また微妙な感じだな」
 「豊穣神として有名とあるわ」
 「神なのに悪魔なわけ?」
 「悪魔って、堕天使とかあるでしょ。紙一重って事なのかも」
 そのあと、皆は人を喰う可能性があるイシュタムではないかと話しがまとまった。
 イシュタムがりんを操っているのなら、いつりんが喰われるか分からないので急ぐ必要がある。
 話し合いも終盤、香が教室に入って来た。
 「あら、何してるの?」
 深刻な話しをしていたので、皆が驚いて固まった。香だと分かると、ホッと胸を撫で下ろした。
 「先生か」
 「皆で何をしていたの?」
 「え?」
 少し前なら、香が聞いても話してくれない生徒達だったが、ピンクが来てからというもの話し掛けると返事が返ってくるようになった。
 「もう帰る時間よ」
 「いや、りんが心配で何とか学校に来られるように作戦を」
 「へ~」
 皆が仲間想いな事に感心した。
 「凄いわね。先生も嬉しいわ」
 ここで、香が湖での事を思い出した。
 「そういえば、先生も心配で湖に行ったのよ。でも、変な事を言ってて怖かったのよ」
 「え? りんは何て言ったの?」
 「おばあちゃんが大好きだったから、絶対に許せない。とか。誰の事なのかは分からないわ」
 「許せない……」
 皆も聞いた事がある。
 すると、幸也が香の持っている新聞に載っている顔に驚愕した。
 「先生、その新聞」
 「あ、ああ」
 香が皆に見せ新聞には、街で男が刺殺遺体で発見されたという記事で、被害者の写真はあの日にりんが追い掛けていた男だった。
 また、被害者は警察官とある。
 皆は息を飲んだ。
 「何? 皆が知ってる人とか?」
 「あ、い、いえ、知りません」
 玲心が何とか震えながら答えた。
 香も様子が変な事に、すぐ気付く。
 「皆、何か知っているの?」
 「せ、先生こそ、何でこの新聞を?」
 「あ、ああ。警察の方が来てね。おばあちゃんの死について、学校も厳重警戒だし村にも沢山の警察官がいる。皆も気付いているでしょ」
 「あ、ああはい。りんのおばあちゃんが」
 「そうね。殺されたかもしれない。私は隠すべきではないと思っているけど、町長と校長はここが小さい村だからパニックになるから公表したくないって言ってね。でも、噂が広まるのはあっという間よ。ほとんどの人が知っている」
 「先生は、警察の人から聞いたのですか?」
 「聞いたのは、この新聞に載ってる被害者が警察官で、おばあちゃんの家に行った四人のうちの一人だった事よ。四人のうちの二人が殺されたそうよ。あとの二人が今は行方不明だから、見ませんでしたかって。先生は見ていないわよ」
 「もしかして、行方不明の二人は警察の人間?」
 玲心の問いに、香はちょっと動揺して否定をした。皆には、香は顔に出やすいのだなと苦笑いだった。
 そのあと香は、皆に早く帰るように促して慌てて教室をあとにした。
 皆には、りんがおばあさんの仇を取ろうとしているのではないかと思った。
 すると、警察官が街の宝石強盗殺人事件に関与しているという事になる。
 「りんは、四人がおばあちゃんを殺したと確信して動いているな」
 「すると、りんはあと二人を殺す?」
 司が、まさかという顔。
 「りんは仇を打つために、悪魔と契約したのかもしれない。すると、りんは四人を殺せた時に悪魔に持っていかれる。契約成立だからヤバいぞ」
 悪魔にそうした玲心が、真面目に言った。
 「阻止しないと」
 「そうね、りんを止めないと」
 「湖に行く?」
 「そうだな」
 皆がりんのいる湖に行こうとすると、窓の外は急に雷と大雨になって嵐となった。
 とてもじゃないが、外に出られない。
 「嘘だろ? 今日は雨降らないって」
 「一日晴天ってなってたわ。嵐なんておかしい」
 「何かの力が、俺等がりんの所に行くのを拒んでいるんだ」
 皆には、こらから何か恐ろしい事が起きる気がしていた。
 「ねえ。これじゃ、湖に行けない」
 「りんは残りの二人を探している」
 「一つ忘れていないか?」
 玲心がりんの事ばかり考えていたけど、残りの二人の犯人の事を考えた。
 「何を忘れている?」
 「残りの二人の犯人だよ。仲間だったなら、死んだ二人から何かしら聞いているはずだ。先生の顔からして残りの二人も警察の人間。二人がりんを怪しんでいるのなら、先手を打ってりんを襲うんじゃないか?」
 玲心の言葉に皆もハッとした。
 「そうか。相手も反撃の可能性もあるから、りんが襲われるかもしれないって事ね」
 「今のりんは強いからな」
 「でも、この嵐ではね」
 皆が外の嵐に目をやると、「そうでもないぜ」と背後から聞き覚えのある声が響いた。
 「ピンク? ピンクの声が」
 皆が辺りを見回すが、ピンクの姿が見えない。
 「ピンク、何処だよ?」
 「奴はルサールカだった。水関連で死んだ沢山の女の霊を集めていた」
 「え? 沢山の女の霊……」
 皆には、霊を集めてどうするのか分からない。
 「沢山の女の霊がいたから化けられたのか。俺とした事が、気付くのが遅れたぜ」
 ピンクは悔しそうに舌打ちをし、「お前等はすぐにこっちに来い」と言い出した。
 「いや、来いと言われても」
 「こっちは嵐だし」
 皆が顔を見合せる。
 「俺はどうも女は苦手だ。お前等は湖に集まった女の霊をどうにかしろ。そして、黒い呪い玉にルサールカを閉じ込めろ」
 ピンクは話しを進めるが、皆は悪魔は人の話しを聞かないのかと苦笑い。
 「ピンクは人の話しを聞かないな」
 「まあ、いつもの事だよ。でも、ピンクはやっぱり女が苦手なんだな。何となく気付いてたけど」
 「もしかして、お母さんがリリスだから?」
 皆が色々と話しているのを、ピンクは無性に腹が立った。
 「ピンク、そっちに行きたいがこっちは嵐だ」
 再度、玲心が言うと「いや、こっちは後手に回る」とピンクが答えた。
 何の事かと思っていると、皆は一瞬でピンクの豪華な椅子の前に立っていた。周りには青い炎が浮いていた、偉そうにピンクが座っている。
 「嘘⁉」
 「落ちていない」
 「いきなりここだと、痛くないな」
 皆は、いつも始めからこうして欲しいものだと思った。
 「お前等、俺はルシファーの息子だ。女悪魔の結界を吹き飛ばし、お前等を転送するのは簡単だ」
 「え? 何の事?」
 ピンクは自慢気だが、皆には何の話しか分からなかったが、嵐がきっと悪魔の結界だと何となく気付いた。
 「お前等、俺の言った通りにしろよ!」
 皆の反応が薄い事に、ピンクは機嫌が悪い。
 「あ、えっと、悪魔がルサールカで水関連で死んだ沢山の女の霊を集めてる。ってやつね」
 玲心が機嫌の悪いピンクに気付き、思い出しながら言うと「違う!」と大声で怒鳴られた。
 「ご、ごめんなさい」
 皆が体をビクッとさせる。
 「お前等は、湖にいるルサールカが集めた女の幽霊をどうにかするんだ。そして、この黒い呪い玉にルサールカを閉じ込めたら俺に渡す」
 「あ、あ、ああ。分かりました」
 「ルサールカが雨を呼んだ。最後の仕上げだな。雨を呼んだなら、奴は自分が見付けた獲物を喰って力を倍増させる。俺も少し本気出すか」
 「はい?」
 一人で全て分かっているピンクだが、皆には獲物がりんである事は分かった。詳しく聞くと、怒られそうで何も聞けない。
 「じゃ、お前等は行け」
 「え? でも女の霊ってどうすれば?」
 司がボソッと言うと、「女の霊は引き離さないといけないから、女には女がいいんだ」とニヤリと笑った。
 「女の霊は湖に沈んでいる。ルサールカが目を付けた生きた女も沈んでいるはずだ。大元の女の事だ。女は湖に入った女をどうにかし、男は湖の側にいるロングドレスの女を見付けろ。それがルサールカだ。ルサールカは、この玉を向ければ悪魔は吸収される。さ、お前等、行くんだ!」
 「え、俺等だけ? ピンクは?」
 「俺はここにいる。終わったら戻してやる」
 ピンクはクスッと笑って手を横に振ると、皆は一瞬で湖の前に立っていた。
 「あ、ここは湖?」
 湖は嵐ではないが小雨が降っていて、湖の淵から助けを求める男の声が聞こえた。
 更に湖の真ん中辺りに、りんが水の上にたっていて少しずつ沈んでいるように見えた。
 「りん!」
 皆が慌てている中、玲心がピンクの言葉を思い出し、女子三人にはりんを救う為に湖を泳いで行くように言い、男全員でルサールカを探すように言った。
 女子三人は仕方なく湖に入り、男は声のする方へと向かった。
 湖の淵で叫ぶ男二人が、何か上を見上げて何度も謝ったいる。
 男二人の前には、りんが立っていた。
 「え? りん?」
 男六人は、前のりんと湖のりんを何度も繰り返し見てしまう。どっちもりんだ。
 「どっちが本物?」
 「ピンクは喰われると言った。だから、湖の方がりんじゃないか?」
 「そうだな」
 湖の淵に掴まる男二人は、見下ろすりんに「殺すつもりはなかった」「頼む殺さないでくれ」と言ったあとに、「宝石を山分けしよう」「遊んで暮らせるぞ」と取り引きを持ち掛けていた。
 この二人は、宝石強盗殺人事件の犯人で間違いないようだ。
 しかし、二人がいくら言っても、りんは黙って二人を赤く光った目で見ていた。
 智が二人がどうして湖から上がれないのかと、湖を覗き込むと中から二人の足を引っ張る無数の女がいた。ピンクから聞いた、女の霊だろう。
 「玲心、女子が危ないぞ。りんと沈みかけてる」
 「え?」
 湖の真ん中辺りを見ると、三人は必死にりんが沈まないように抑えている。
 しかし、無数の手が下から三人とりんを掴んでいる。
 「玲心、早く黒い呪いの玉を」
 「ああ」
 玲心はへっぴり腰で、赤い目のりんの所に近付く。すぐに気付かれ、皆は湖に落とされた。
 「ウワッ」
 もがいていると、下から誰かが足を引っ張る。
 見ると、無数の女の霊がいる。
 玲心は潜って女の霊に、「ごめん。タイプじゃないんだ」と霊を振り払って陸に上がった。
 すぐに、陸のりんに黒い呪いの玉を向けた。
 すると、黒い呪いの玉は眩しい黄色い光を放ってりんを包んで吸い込んでいった。
 あっという間の出来事。
 黒い呪いの玉は玲心の手から離れ、湖は雨が上がり晴天となった。
 湖から這い上がった男五人と犯人二人は、疲れ切ってその場に倒れ込んだ。
 すると、黒い呪いの玉とピンクが現われた。
 「ピンク⁉」
 「こいつは大神の鎖の悪魔だ。俺はお前等を利用した。お前等に一つだけやってやるよ」
 「え?」
 何をやるのか分からないが、ピンクは何か皆のためにしてくれるらしい。ちょっと驚く。
 すると、犯人の二人が「お前等は知り過ぎた」と拳銃を出してピンクに向けた。
 初めて見る拳銃に、男六人は動けなくなる。
 「死ね!」
 犯人二人がピンクに言った時、ピンクは目を赤く光らせて二人を吹き飛ばした。
 岩にぶつかり、気を失う。
 「悪魔に拳銃は通じない?」
 悠がボソッと言うと、皆も最初にピンクを選ぶなんてバカだなと思った。
 「ピンクが悪魔だと知ってたら良かったのにな」
 「まあ、ある意味、無謀の勇者だな」
 「で、何をやればいい?」
 光った目のまま、玲心を見るピンク。
 「いや、その目は怖いって」
 「早く言え」
 その時、助けを求める女子三人に目がいった。
 「まだ、上がれないのか!」
 悪魔はいなくなったのに、水中の幽霊もまだ無数にいる。
 「どういう事? 女子が溺れてしまう」
 「ピンク、女子はどうしたら助かる?」
 「それでいいか?」
 「え? ああ、一つはそれでいい」
 「ルサールカが集めた幽霊なら、あれをすればすぐに離れる」
 「あれ?」
 「キスだ」
 「キス⁉」
 驚愕な解決方法に、少し嫌な顔になる皆。
 「ピンク、それって女が女にキスをするって事?」
 「お前等、何で悪魔なのかと言うと、キス魔って事かもな。俺が嫌な理由もそこだな」
 そう言うと、ピンクはスッと消えた。
 仕方なく、男六人で女子三人に幽霊にキスすればいなくなると何度も叫んだ。
 女子三人はかなり嫌がるが、それしか助からないと男達に叫ばれて、潜って目を瞑って幽霊にためらいながらも口づけをした。
 すると湖が光り、湖から無数の幽霊が空に飛び立ったのだ。
 ようやく解放されて、陸に上がる事が出来た。
 「私、立ち直れないかも」
 そのあと、りんは病院に運ばれて犯人二人は逮捕された。
 おばあさんを殺した理由は、この湖に宝石を隠す所を見られたからだそうだ。しかし、目が悪いためおばあさんは見えていなかったのだ。
 犯人二人が死んだが、悪魔の仕業なので捕まる事は難しいだろう。
 世間では、警察官四人が宝石強盗殺人事件の犯人である事が大ニュースとなった。

 「やっと三体めね」
 ピンクが祠の扉を開けて、黒い呪いの玉を祠に投げた。
 「悪魔が男ばかりとは限らない。忘れてたぜ」


 第4の悪魔
 「太陽が昇らないという、異常気象が起きて六日ですが、あちこちで火災があちこちで発生しています。日が昇らない為、体調不良を訴える人々が病院に駆け込んでいます」
 どの番組のニュースも、この異常気象を伝えていた。
 「どう思う? ばあちゃん」
 玲心は、千粋と話す事が増えた。
 ピンクの事もあり、この世に見えない物は存在すると思っている。
 「これは怒りじゃな」
 「怒り? 日が昇らないのが?」
 「まあ、いずれ分かる」
 千粋は不気味に微笑み、部屋から出て行った。
 「やっぱり、ばあちゃんは怖いな」

 十日目、この異常気象は嘘のように消えて、嘘のような晴天となった。
 この日は日曜日、女子四人は街に買い物に来ていた。
 「りん、これは?」
 「いいかも。湖を描くにはいい大きさね」
 りんはすっかり元気になっていた。
 「りん、ちょっと大き過ぎない?」
 「男子達から貰った絵の具、プロも使ういいやつだから期待に答えないと」
 「じゃ、皆で描く?」
 「いや、絵心に自信ない」
 女子四人は笑い合いながら、幸せな時間を過ごしていた。
 村に戻った夕方、四人はしばらく話していた。「ピンク君、本当に私を助けてくれたのよ」
 幸は誰もいない街にいた時、悪魔のりんに襲われた話しをしていた。
 「でもさ、悪魔のピンク君が人助けするとは思えないけど」
 「ああ、それは確かに」
 三人は、まだ信じられない。
 「ピンク君、怪我してたでしょ。のぞみも洋梨も見たじゃん」
 「一瞬で治してた」
 「そうそう。目を光らせてね」
 二人は苦笑い。
 「治したのは、さすが悪魔よね」
 「でもさ、何で幸を助けてくれたの?」
 「それは、大神の悪魔絡みだから?」
 「そうだとしても、幸を助ける?」
 「まあ、そうだね」
 「ピンク君は悪魔なんだよ。しかもルシファーの息子だよ」
 「分かってるよ」
 「ま、ピンク君、顔はイイからイケメン」
 「あ、それ分かる」
 そのあと四人は別れ、のぞみは祖母と住む家に向かった。
 「もうこんな時間」
 遅くなったと、のぞみはいつもは怖くて通らない畦道を行く事にした。
 先を急ぐと、洞窟のような穴が見えて、その前に四歳くらいの女の子がうずくまって泣いているのに気付いた。
 「こんな時間なのに?」
 この村では見た事のない女の子。
 のぞみが側に寄ると、女の子の前に何かが通ったかと思うと、一瞬で女の子は消えて「助けて」と女の子らしき声が周りに響いた。
 のぞみが辺りを見回すと、のぞみの目の前に大きな物が現れて消えた。
 「鬼⁉」
 のぞみは、そのまま気を失った。
 「のぞみ、大丈夫?」
 運良くのぞみは発見されて、病院に運ばれたがすぐに帰る事が出来た。一週間後、のぞみはようやく学校に行けた。
 「大丈夫。女の子が現れて一瞬で消えたら、鬼が現れてさ」
 のぞみが三人に話す。
 「倒れたと聞いた時は驚いたよ」
 「私も驚いた。所で鬼は悪魔だと思う?」
 「悪魔より、妖怪って感じじゃない?」

 夕方、悠と司が施設に帰る途中、いつもは通らない道にいた。
 「悠、何でこっちから帰ろうって言ったの?」
 「ああ、のぞみがこの前、ここで倒れてたって」
 「そうだったな。鬼を見たと言っていたとか」
 「うん。この穴は昔防空壕として使われてて」
 「それは知ってるよ。俺達と関係あるわけ?」
 司には、わざわざ怖い道に来る理由が分からない。
 「いや、その、あの」
 悠の顔が少し赤くなり、目が泳いでいる。
 「もしかして、のぞみの事が?」
 司がまさかという顔をするが、悠は怒って「誰にも言うなよ」と司を睨んだ。
 「お前とはずっと一緒だったろ。言わないよ」
 クスッと笑う。
 すると、男の子の泣き声が聞こえて来た。
 二人が見回すと、洞窟の前にうずくまって泣いている五、六歳の男の子がいた。
 「こんな時間に?」
 「この村では見ない子だ」
 二人が駆け寄って男の子に声を掛けると、男の子は顔を上げて「助けて」と言うと一瞬で消えた。
 そして、顔だけの大きな鬼が現れた。
 「鬼⁉」
 二人は、そのまま気を失った。
 そのあと、二人は施設の職員によって発見され病院に運ばれたが、大事には至らなかった。

 「幸、時間よ」
 「分かってる」
 幸が朝ご飯を食べていると、街の幼い子供三人が行方不明になっているニュースに手が止まる。
 更に行方不明の幼い子供は、親と手を繋いでいたのに消えたとか、車が走行中にチャイルドシートから消えたとか、親の横で寝ていたのに消えたとか、あまりにも消え方が不可解である事が告げられ、公開捜査で情報を集めているとあった。
 「忽然と消えるのは変よね」
 幸なりに考えてみるが、親に学校の時間と急かされて慌てて家を出た。
 学校では街で消えた幼い子供の話しが、一番の騒ぎとなっていた。先生方は神隠しと言う。
 クラスに入ると、二日で登校出来るようになった悠と司がのぞみと鬼の話しをしていた。
 三人とも、見た鬼の特徴から一緒の鬼らしい。
 「悠、鬼の前に見た幼い子供って、街で行方不明になっている子供だったりしない?」
 幸がニュースから関連付けて聞くと、三人は顔を見合せて首を傾げた。
 「一瞬で覚えていないんだよね」
 「そうそう。鬼の印象が強過ぎて」
 「小さい子供だった事しかね」
 それを聞いて、無理もないと思う幸と「行方不明なのは三人だろ。一人足りない」と智が話しに入って来た。
 「でもさ、鬼の首に赤い鎖があればピンクに言えるから鬼の事も分かるかも」
 玲心も入って来るが、三人がいくら思い返しても鬼の首に鎖があったかは分からない。
 「そんなの見る余裕なかった」
 「一瞬だったしな」
 三人は苦笑い。
 その時、ピンクが悠と司の前に怖い顔で「鬼に会ったな」と近付いて来た。
 「わ、分かるのか?」
 「お前等、鬼にも種類がある。妖怪と言われる鬼には決まった姿はない。得体の知れぬ恐ろしい化物として伝えられる。魔物部類の鬼は、怨念や嫉妬の激しさから人の姿で伝えられる。お参等が知っている鬼とは、仏教の鬼だ。角が生えた姿で描かれる。手を貸せ」
 ピンクの説明はほぼ分からないが、二人は恐る恐る手を出した。
 ピンクの手が二人に触れた時、ピンクの目は赤く光り、一瞬で二人は黒板に吹っ飛ばされた。
 「痛ッ!」
 言う通りにしたのに、飛ばされて半べその二人と唖然と見ているその他の人達。
 「ピンク……」
 「そういう事ね。ムカつくわ!」
 ピンクは機嫌を悪くして席に付き、チャイムが鳴ったので渋々、皆も着席した。
 放課後、ピンクは香がいなくなったのを見計らい、帰ろうとする皆を目を光らせて止めた。
 皆は自身の意思とは関係なく、体が勝手にピンクの席の前に動く。
 「ピ、ピンク君?」
 皆は訳が分からないが、ピンクの目が光っているので下手に言えない。
 「お前等、神の鬼って知っているか?」
 「か、神の鬼ですか?」
 玲心が機嫌を損ねないように聞くと、ピンクは自信満々に「神の鬼は目が一つだ」と言った。
 それが何なのか皆には理解出来ず、のぞみと悠と司の方を見るが、三人には目の前を凄い勢いで過ぎて行って角が見えた事しか分からず、目が一つか二つかはっきりと覚えていない。
 ピンクが怖くて三人はそれを正直に言えない。
 「お前等、鬼に会って来い!」
 「はい?」
 「俺は力が強いから、必ず感づかれる。お前等は弱いから気付かれない」
 「そうなんだ」
 自慢気のピンクに、皆は苦笑い。
 「でも鬼で赤い鎖も見てないのに、ピンク君がこの件にどうして関わってくれるの?」
 幸が聞くと、光った目のままピンクは「こいつ等の手に残っていた」と、悠と司を睨んだ。
 「残っていた?」
 「ああ、ムカつく女神の力がな。今日、とっとと行って来い。見たら俺に知らせろ」
 ピンクは不気味にまた「ピカッ」と目を光らせ、皆は怖くて何とか頷いた。
 そのあと皆で鬼を見た場所に行くと、辺りはだいぶ暗くなっていた。
 「この前と同じく、鬼が現れると思う?」
 「現れてくれないと、ピンクが怖いから現れては欲しいな」
 「現れたら、それはそれで怖いけど」
 「確かに」
 皆がそんな話しをしていると、玲心が鬼を見た三人を置いて隠れると言い出した。
 「へ? 何で?」
 「大勢いたら現れないかもしれないだろ? それに三人は鬼を見て気を失ったんだ。ここにいる皆で気を失うわけにはいかないだろ?」
 「ま、そうだね」
 「俺は鬼を見てないけど、ピンクの方が恐ろしいからな」
 「確かに」
 三人を残して、他の皆は隠れて何が起きるのかを見守る事にした。
 風が冷たくなり、霊的な物が出そうな雰囲気になった。
 「もし出たらどうする?」
 「どうするって、俺等きっと気絶するぜ」
 「出ないと出ないでホッとするけど、出ないあとのピンクの事を考えると怖い気もする」
 「どっちに行っても怖いなんて、俺等って可哀想だな」
 「ピンクに逆らえるなら、道は選べるぞ」
 「それは無理だな」
 三人はそんな事を話していた。
 その時、洞窟の前に低学年くらいの男の子がうずくまっていた。
 驚く三人だが、これは行かないといけないので恐る恐る子供に近付いた。
 三人で決めた事があり、子供の顔を見る事と鬼の目の数を見る事と鬼に赤い鎖があるのかを見る事だった。気を失う前に記憶する。
 司が子供に声を掛けると、子供は三人を見上げて「助けて」と言って消えた。
 すぐあとに、大きな顔だけの鬼が現れて三人は気を失った。
 離れて見ていた七人には、子供は見えたが鬼は見えず三人が倒れたので、慌てて駆け寄った。
 三人はすぐに目を覚ますが、三人は子供は行方不明の幼い子供ではなかった事、鬼の目は二つあった事、鎖がなかった事を皆に話した。
 「ピンクが関わってくれそうもない情報ばかり」
 「この事を話したら、ピンクは何もしてくれなさそうだな」
 「でも、女神がどうって言ってたけど」
 皆は、ピンクに報告すべきかを悩んでいた。
 「話さないと、逆に怖くない?」
 「明日、怒ってそうだな」
 皆はピンクが怖いので、すぐにピンクの小屋に向かった。
 いつもの事く、ノックすると勢い良く戸が開いて床が消えて落下し、ピンクの前に女子四人は優しく降ろされて男達は雑に投げられた。
 痛いのを堪え、お尻をさすりながら立ち上がった悠と司と玲心が先程の報告を正直に話した。
 ピンクは怒るかと思いきや、少し考えて行方不明の四人の私物を持って来いと言った。
「四人? 行方不明の子供は三人だよ」
 智が訂正すると、ピンクの目が光った。
 これは怒っていると、一瞬で黙る。

 次の日の朝、ニュースで行方不明の子供が四人になったとあった。
 お菓子売り場で、忽然と消えたらしい。
 情報提供を求める為、子供の写真が出た。
 皆には、その子供に見覚えがあった。
 昨日、うずくまっていたあの子供だ。
 皆は、昨日ピンクが言っていた四人になった。
 ニュースでは、四人の消え方が不可解で神隠しとか、瞬間移動だとか大袈裟に取り上げていた。

 日曜日、皆は四手に別れて行方不明の四人の子供の私物を取りに向かった。
 女子四人は、最初に行方不明になった四歳の女の子の家に向かった。
 「どうって借りるの?」
  「難しいくない?」
 すると、りんが一枚のチラシを三人に見せた。
 女の子の情報提供を呼び掛けているチラシ。
 「それだけで借りれる?」
 「分からない」
 とりあえず四人が女の子の家に行くと、両親はおらず祖母が赤ちゃんの世話をしていた。
 四人が女の子を探すのを手伝いたいので、私物を借りたいと言うと、飼い犬で探そうとしているのだと思い込んでくれて、女の子のヘアピンを借りる事が出来た。
 玲心と智は、二番目にいなくなった四歳の男の子の家に向かった。
 「どうって借りる?」
 「何を言っても怪しまれるだろうから、見付からずにバレずに借りれたら一番だな」
 「いや、黙ってたら借りるじゃないだろ?」
 「何も思い付かないし、家の近くに私物が落ちてるとか最高じゃないか?」
 「そんな都合良くいくか?」
 結局、二人はチャイムを鳴らして、お留守番をしている小学高学年の兄に会い、弟を探したいから私物を借りたいと言った。
 兄は二人を怪しむ事もなく、弟の為ならばとシャベルを貸してくれた。
 「智、私物でピンクは何をしようと?」
 「魔力じゃね」
 「魔力ねえ。俺等はピンクを見てるから、悪魔とか信じている。ピンクも俺等に色々やらせるけど、俺等を信じてくれてると思わないか?」
 「え? 俺には恐怖支配しか思えないけど。そもそもピンクは俺等を信用してるんじゃなくて、ピンクの力が強いから弱い俺等を利用しているだけだと思うが」
 「そう言われたら否定は出来ない。でも、俺はピンクが結構好きなんだよ。俺等がピンクを頼る事も多々あるだろ」
 「確かに、ピンクの事を頼りにしてるわ」
 「だろ」
 悠と司は、三番目にいなくなった五歳の男の子の家に向かった。
 「どう借りる?」
 「悠、安心しろ。もう呼んである」
 「へ?」
 二人が公園にいると、五歳くらいの子供達とその親達が司に駆け寄って来た。
 「司?」
 「お友達ファミリーに依頼したのさ。助けたいと言ったら、喜んで協力してくれたよ」
 「凄い直球な説明だな」
 司は、仲良く話している。
 司は歳上に人気が高く、甘え上手だった事を思い出す。
 友達ファミリーから、靴を借りれた。
 幸也と拓実が、最後にいなくなった七歳の男の子の家に向かった。
 何故か両親が家に通してくれて、お茶とお菓子まで出してくれるもてなしを受けた。
 二人が村での事を話すと、両親は驚いた顔をしていたが、子供の消え方を思えばあり得ると言い出した。
 「普通なら信じないが、息子が消えた映像を見たが一瞬で消えていたから君の話しをバカに出来ない」
 父親が悲しそうに言った。
 「私物で何が分かるの?」
 母親の問いに、幸也は信じられないかもしれないが、私物で子供の居場所を分かるかもしれない人がいると言った。
 両親は顔を見合せたあとに、男の子が学校に被っていく帽子を貸してくれた。
 二人は両親に必ず返すと約束し、深々と頭を下げて家をあとにした。

 村に戻った皆は、借りた私物を持ってピンクの小屋に来た。
 「色々とあったけど、四人のが揃ったな」
 「このあとは、ピンクに聞かないとな」
 「そうね。女神の力と鬼と子供の関係をね」
 「でも、大神の鎖は付いてないのにね」
 「ピンク君、女神に敵対心を持ってるよね」
 「神と付くものが嫌いなのかもな」
 ノックをして戸が開くのを待っていると、戸は開かずに一瞬で皆はピンクの前にいた。
 「おお、いきなりここ」
 痛くない、この移動が一番いいと思う男達。
 「私物は持って来たか?」
 いつもの通り薄暗い場所に炎が浮いていて、豪華な椅子に偉そうにピンクが座っている。
 「持って来たな」
 「はい」
 玲心が四人の子供の私物を渡すと、ピンクの手は怪しい光りを放ち私物は炎に包まれたかと思うと、何かの力が働いたのか私物がピンクの手から弾き出された。
 落ちた私物を睨み、舌打ちをするピンク。
 「そういう事ね」
 機嫌が悪くなるピンクと、何が何だか分からないで戸惑う皆。
 「ピンク?」
 ピンクは私物を宙に浮かせて玲心に戻し、「これはもういい」と言った。
 「ピンク?」
 「ムカつくぜ。こいつ等は、神の子だ」
 「え?」
 「人間の中にもいるだろ。見えない物が見えたりする力を持って生まれるやつが」
 「力って、霊感ってやつかな?」
 「俺にはどうでもいいが、神に選らばれたな。だからといって力が目覚めるとは限らない。永遠に気付ずに終わる奴もいる」
 「そ、そうなんだ」
 「今は子供は生きているはずだ。四人の誰かの先祖が、神に支える鬼だったみたいだからな」
 「神に支える鬼?」
 皆は、上手く飲み込めていない。
 「鬼は子供を何とか生かす役目をしている」
 「生かす役目」
 「実態はないから、さほど力もない。守るだけで精一杯って所だろうな」
 「守るって、誘拐したのは鬼じゃないって事?」
 幸がそう予想するが、ピンクは返答する事もなく舌打ちをした。
 「ムカつくぜ」
 「え?」
 「こいつが言っている。鬼が奴は鎖がある悪魔だとな。教える代わりに、四人の子供を戻してくれと言ってきた」
 ピンクは駆け引きをする奴が嫌い。鎖の奴は大神に送るが、子供を戻すのは興味がない。
 「ピンク、その悪魔って?」
 「お前等、街に行け!」
 「え? また?」
 ピンクは機嫌悪く命令し、とても不服な顔。
 「奴は力を得るために、もっと力のある子供を探しているという事だ」
 「えっと、それはどうして?」
 「お前等には関係ない」
 「ピンク、街には行くから頼む教えてくれ」
 玲心が懇願すると、「神の子は、大神の鎖を切る道具だ」と睨みながら言った。
 「鎖を!?」
 「奴は、大神の鎖がなければ逃げ切れると思っているみたいだからな。舐められたな大神も」
 「ピンク君は、街に行かないの?」
 「俺の力は強すぎる。既に警戒されているしな。お前等の弱い力なら気付かれない」
 「弱い力……」
 その通りではあるが、言い方には腹が立つ。
 ピンクはこの前と同じく、玲心に黒い玉を投げた。
 「使い方は分かってるよな」
 「ああ、はい」
 「じゃ、行け!」
 ピンクが手を上に上げると、幸が悪魔の名前を教えてと叫んだ。
 ピンクは横に手を振ると、「ダンダリオンだ」と言ったと同時に、皆は街に飛ばされた。

 街に戻った皆は、午後二時になっていた。
 裏路地に移動した皆。
 「一瞬の移動って便利だこと」
 皆は、この力は欲しいと思ってしまう。
 「皆、やる事はいっぱあるぞ」
 「えっと、鬼を探す事が先? ダンダリオンを探す事? それともダンダリオンが探している、もっと力の強い神の子を探す事?」
 「あ~。どれも難題だな」
 どれも、どうしたらいいのか分からない。
 「所でダンダリオンって?」
 皆が幸の方を見ると、幸は悪魔本を開いた。
 「悪魔ダンダリオンは、ゴェディア七二体の魔神の一体。地獄の三六の軍団を率いる序列七一番の大公爵。無数の老若男女の顔を持ち、右手に持つ書物で人間の心を読んで操つるだって」
 幸が書いてある通りに読むが、皆は何だかとても難しい顔。
 「何か良く分からないね。ようは見ただけじゃ分からないって事?」
 「ま、大神の鎖が付いているのが目印かな? 人間の心を意のままに操る力があり、他人の秘密を明らかにしてくれて、あとは愛を燃え立たせる力と、幻覚を送り込む力を持つとあるよ」
 「愛を燃え立たせ力って、いつ必要はわけ?」
 「さ、さあ?」
 「ま、早く動かないと」
 りんが時計に目をやった。
 「そうだな。その前にジュース飲まね」
 皆も確かに喉が乾いた。皆でコンビニに入って飲み物を選らんでいると、入口の方で微かに悲鳴が聞こえた。
 気になった拓実と幸也が見に行くと、二人は慌てて戻ってきて皆にしゃがめと言った。
 「皆、強盗だ」
 皆はしゃがんだが、まさかの強盗に怖くて体が震える。
 智が騒がしくなった入口を覗くと、武器を持った男三人があちこちと見回している。
 男三人は、とても不気味な雰囲気。
 三人は金のレジに目もくれず、客一人一人を確認している。
 その時、智は気付いた。
 三人のうち、一人の男の首に赤い鎖が付いている事を。そして、目が赤く光った。
 「玲心、あいつ人間じゃない。目が赤く光った」
 「え?」
 玲心も覗くと、確かに目が光っている。
 皆は裏口から逃げようと、しゃがみながら移動する。
 すると、洋梨の服を掴む六歳くらいの女の子に気付いた。
 この状況は怖くて当たり前。女の子は震えていたので、洋梨はその子をストックルームに隠して「大丈夫だから」と安心させて閉めた。
 男の一人は、客の頭を鷲掴みにしては「違う」と言っている。誰かを探しているのか。
 こちらに男が近付いて来る。
 皆は奴等に見付からないように移動すると、皆の前に別の四人目の男が突然現れた。
 急に現れて、ビックリする皆。
 男は皆を捕まえようとするが、玲心の持っている黒い玉に弾かれた。
 驚く男だが、ニヤリと笑って横に手を振ると、背後から無数の灰色の生き物が現れて皆は押し潰された。
 苦しくてもがくが、灰色の生き物は何をするわけでもなく、ただ皆の上に乗っている。
 「玲心、こいつ等ってダンダリオンに操られているのか?」
 「目が光ってるから、そうかもな」
 玲心は何とか、黒い玉を掴んでピンクを呼べればと思った。
 しかし、灰色の生き物の重みで手から離れてしまい、あとちょっとが届かない。
 どうにも出来ないでいると、一人の男がストックルームから洋梨が隠した女の子を引っ張り出して来た。
 泣き叫ぶ女の子だが、男は「これで自由だ」と舌舐りをしている。女の子は暴れて、腹を立てた男が女の子を投げた。
 それを見た洋梨が、灰色の生き物を退けてどうにか女の子をキャッチし、二人で壁に激突して気を失った。
 「洋梨!」
 玲心は精一杯手を伸ばし、それに気付いた拓実が黒い玉を少し押して手が届いた。
 玲心は黒い玉に触れ、「ピンク、大神の鎖がある悪魔だ。ピンク!」と大声で叫んだ。
 しかし、黒い玉は静かなまま。
 やっぱり、玉をしっかり持たないとダメか。
 「ピンク、頼む」
 玲心が振り絞る声で言うと、「まったく」と呆れた声が黒い玉から響いた。
 そして黒い玉が赤い光を放ち、一瞬で玲心の前にピンクが現れた。
 「ピンク!」
 ピンクは前の男を見るなり「みーつけた」と嬉しそうに言い、男は嫌なのか一歩下がった。
 皆はピンクが現れて安心したが、ピンクは皆の上に乗っているものに興味を持った。
 「すげーな。妖魔じゃん」
 「妖魔?」
 「お前等、楽しそうだな」
 ピンクはクスッと笑い、前の男に黒い玉を向けた。黒い玉はドス黒い光を放ち、前の男が苦しみ始めて背後から黒い影が現れて、おぞましい声とともに影は黒い玉にあっという間に吸収された。
 「はい、終わり」
 ピンクは満足に黒いを見ている。
 ふと、ピンクは違う力に気付き、倒れている洋梨と女の子の側に行った。
 「こいつが強い神ね」
 嫌そうに言って、消えて行った。
 「消えた!?」
 ピンクが助けてくれないのは知っているが、本当に大神の鎖の悪魔だけ連れていなくなった。
 皆の上には、妖魔が乗っかったまま。
 「玲心、こいつ等どうする?」
 「重くて限界近いわ」
 皆は妖魔をどうにかしたい。
 妖魔は何もしないが、とにかく容姿が怖い。
 すると、気を失っている女の子の体が宙に浮いて白い明るい光が放たれ、皆の上の妖魔が一気に消えたのだ。女の子は目が瞑ったまま。
 妖魔が全て消えると、女の子はゆっくりと横になった。女の子の光が消えると、コンビニに警察が大勢突入してきて、男四人を逮捕して皆も無事に解放された。
 逮捕された男四人は、記憶がないと何度も叫んでいるが、きっと警察は男の言う事は信じてくれないだろう。

 夜七時に村に戻った皆は、悪魔はきっと大神に送れただろうが、行方不明の子供が見付かっていない事が気掛かりだった。
 「子供見付けてないよね」
 「ピンクは悪魔さえ送ればいいのだから」
 「でもピンク君、確か神に支える鬼に大神の鎖の付いた悪魔を教える代わりにってあったよ」
 「ああ、ピンクは悪魔だからそれを守るかは別の話しじゃね」
 「ま、そうだね」
 すると、皆の前が急に赤くなった。
 眩しくて目を瞑り、次に目を開けると洞窟の前に皆は移動していた。
 「ここって」
 よく分からないが、ピンクが移動させた事だけは分かった。
 そして皆の前に、大きな顔だけの鬼が現れた。
 「鬼!?」
 怖くて固まるが、鬼は洞窟の中に招いているように何度も振り返る。
 皆は鬼について中を進むと、かなり進んだ所で一瞬で鬼は消えた。
 鬼が消えると、行方不明の子供四人が寝かされていた。
 「いた」
 すぐに警察に通報し、子供四人は病院に運ばれた。世間では、行方不明の子供がどうして洞窟にいたのかは不明だが、肝試しに来た中学生に運良く発見されたという情報を信じた。
 皆もピンクの事や鬼など言えず、肝試しに来たというのを否定しなかった。

 「はい、四体目」
 ピンクが、祠に黒い玉を投げた。


 第五の悪魔
 「倉庫に置きっぱなしにしていた」
 夜、悠と司が内緒で使っている携帯を取りに体育館倉庫に向かった。
 「先生に見つかったら没収だ」
 「何で忘れたんだよ」
 「ピンクの事で倉庫で調べてたら、先生来て慌てて隠したからな」
 「ああ、そうだったな」
 二人は施設をこっそり抜け出し、携帯を取りに走っていた。
 「洋梨とりんが上手くやってくれるといいが」
 「急ぐぞ」
 体育館倉庫に着いてドアに手を掛けた時、二人は何か変な物音と人の声がするのに気付いた。
 二人はドアを開けず、反対側にある倉庫の窓に行ってそっと中を覗いた。
 見えたのは、倉庫にいつからかある全身が写る鏡の前で人が呪文のような物を言っている姿。
 「誰? 何て言っている?」
 「分からない。でも、声は三浦先生っぽい」
 二人が前のめりになり音を出してしまうと、鏡の前の香が凄い形相で振り向いて窓を開けた。
 二人はすぐに隠れたので見付かりはしないが、見た事のない香の顔に少し怖かった。
 二人は諦めて、施設へと戻った。

 「地図に載らない村?」
 「そう、一本道が現れれば行けるとされていて、入ったら二度と帰って来ない村。うち等の村の裏側にあるらしいよ。千年前の言い伝え」
 のぞみが、村の秘密という本を見せた。
 「千年前からこの村はあったのね」
 洋梨は興味津々。
 「この村の裏側って、どう行くの?」
 りんは、そこが気になっている。
 「それは分からない。選ばれし者しか行けない。この村の恐怖伝説の一つだから」
 のぞみがそれっぽく言うと、二人はとても怖がった。
 しかし、幸は呆れ顔。
 「二度と帰って来れないのに、誰がその伝説を残すのよ。地図に載らないのは廃村だからでしょ」
 現実を言われ、のぞみがは面白くなさそうに本を閉じた。
 「じゃ、のぞみはその一本道が現れたら行く?」
 ふてくされたのぞみに幸が聞くと、もしもを考えてみると怖くて行けないと思う。
 「あ~。行かないかな」
 「でしょ。でも、伝説は何かを隠す為に作られると言われている。千年前なら、この村で千年前に何かがあったのかもしれないよ」
 「千年前」
 四人は気になるが、調べようがない。

 この日、コミュニティーセンターで二十人の人が忽然と消える事件が起きた。
 村は大騒ぎとなったが、手掛かりもなく三日後に小学校の先生と生徒三十人が消えた。
 教室には色々な物が置いてあり、生徒がいなくなった事で保護者が駆け付けるかと思えば、同じ時間帯に保護者も忽然と消えていた。
 この異常事態に街は他県から警察が駆け付け、合同捜査で行方を探したが一人として見付けられなかった。
 そのあとも次々と人が消え、村民集団失踪事件として全国で騒がれた。
 村の人間がかなり減り、玲心達は外出を禁止されていた。
 皆は、これは悪魔が関係していると直感し、ピンクに聞きたいが聞けず、自分達はいつ消されるのかと少し怯えていた。
 そんな中、玲心意外の皆の家族が消えた。
 皆は警察が捜査してる網を掻い潜り、玲心の元に走ってピンクの所に行く事となった。
 村は警察だらけなのに、何故かピンクの所には警察は居なかったので、いつものようにノックすると戸は勢いよく開き、中に入って下を見ると床がなくなって地面ギリギリで止まって、女子は優しく降ろされて男子は雑に投げられた。
 痛くても我慢して立ち上がると、豪華な椅子にピンクが選らそうに座っていた。
 「ピンク、村の人が消えている。悪魔なのか?」
 「ピンク君、私のおばちゃんもいなくなった」
 「ピンク、村の半分以上が消えた」
 「ピンク君、皆は何処に行ったの?」
 皆が次々に質問すると、ピンクは凄い嫌な顔。
 「お前等うるさい。地上で人間をこんなに消せるやつを俺は知らない。考えている」
 色々考えたが、こんなに人間を消せる悪魔などいるのか? 大神の鎖を付けた悪魔は、鎖でここまで力は出ないはず。自分の知らない物が出て、見抜けない力にピンクは機嫌が悪かった。
 「ピンク、関係あるか分からないけど、人が消える何日か前に三浦先生が夜の体育館倉庫で鏡の前で見た事もない恐い顔で呪文を唱えていたよ」
 「鏡の前で呪文?」
 少し考えたピンクは、司に鏡の大きさと呪文は目を閉じていたのかを聞き、司の返答である程度の予想が出来たと納得した顔をした。
 「それだとしたら、力は少し強すぎるな」
 ピンクは一人でブツブツ言っているが、皆には何なのか検討も付かない。
 「お前等、ここの昔を知っている奴は? 千年前くらい前でいい。生きてる奴は?」
 「え? 千年前なら普通は生きてないだろ」
 玲心が驚いて言うが、ピンクは人間は短い命だったな。と少し困った顔をした。
 「ピンクは何歳なわけ?」 
 皆が首を傾げる。
 「お前等、消えた人間にも消えずに残っている人間にも意味がある。残った奴が関係ないか、手を出していないかだ」
 「え? ちょっと全く分からない」
 「簡単に言えば、これは怨みだ。大勢消せるほどの怨みだ。時間がかかるはず。大昔にここで何かがあって、怨みを持つ奴がいた。時間的に五百年以上は怨まないと出来ないはずだ」
 「ご、五百年以上の怨む!? 」
 そんな前を知っている人はいるのか?
 皆で必死に考えるが、浮かんだのは残っている千粋だけだった。
 「玲心のおばあさん?」
 「そいつは何者だ?」
 「えっと」
 皆は千粋で思い付くのは、「不気味」という事だけで、あっちも本当の歳は分からない。
 「昔を知っているなら、そいつでいいや」
 そのあと千粋の所に向かい、玲心がドアを開けると千粋が目の前に立っていた。
 「化物!」
 皆が驚くと、「たわけ!」と千粋が一喝した。
 ピンクは千粋を見るなり、とても嫌そうな顔。
 しかし、千粋はピンクを見るなり目を見開いて驚いている。
 「ばあちゃん、どうした?」
 「あ、いや何でもない。玲心、ここに来た理由は分かっている」
 千粋は背を向けて、チラリと後ろを見る。
 皆は家に入るが、ピンクは入ろうとしない。
 「安心せい。結界は取ったから、お前さんでも入れる」
 立ち止まって言うと、ピンクはクスッと笑って中に入った。
 皆には、ピンクの正体を千粋は知っているかのように聞こえた。
 通されたのは、玲心も入った事のない施錠された部屋。中は真っ暗で、千粋が手を横に振ると部屋の隅にあるローソクがいっぺんに付いた。
 ピンクみたいで、皆は驚愕で声も出ない。
 「玲心、遥か昔の事だ。この村では、女性ばかりが理不尽に殺された。その悲痛な心の涙は、血となり赤となった」
 千粋はピンクを見ながら言っているが、皆には何の事か分からない。
 「そう言えば、あなたには分かるでしょ」
 千粋はピンクの方を見ている。
 「魔女狩りだな」
 ピンクが答えると、千粋が少し微笑んだ。
 千粋の微笑みなど見た事がないので、玲心はゾッとした。
 「そう魔女狩りだ」
 「だが、魔女にしては力が強すぎる。俺はこの力の源の場所に行きたい」
 ピンクが言うと、千粋は「あの人と同じ目をしている」と少し嬉しそうだった。
 「あの人?」
 玲心は、初めて見る千粋に困惑していた。
 「魔女の怨みの源は、魔女自身ではない。魔女は鏡より悪魔を呼び出し、怨みを絵の中に怨みを閉じ込めるそうだ」
「入口は?」
「最強の者を苦しめた悪魔だそうだ」
「なるほど。分かった」
 ピンクは分かったそうだが、皆には何の事か分からない。ピンクは千粋に背を向けて歩き、皆も付いて行く。
「玲心」
 千粋が玲心を呼び止めた。
「何、ばあちゃん」
「お前達が消えないのは、あの子のおかげだ。あの子の力に触れた事実が、お前達を守っている」
「え? ピンクの?」
「ああ、あの人によく似ている」
「あの人?」
「まあいい。行きなさい」
 
 ピンクに付いて行き、体育館倉庫に着いた皆。
「お前等、あのばあさんは神の子だな」
「え? ばあちゃんが?」
「俺はあの力が嫌いだ」
 ピンクは倉庫に入り、手に炎を出し隠すように置いてある大きな鏡を呼び寄せた。
 鏡に炎をぶつけると鏡は光を放ち、ピンクは鏡の中に入って行った。
「入るの!?」
 ピンクは皆を待つ事なく、鏡の中に消えた。
 皆は迷うが置いて行かれても怖いので、ピンクのあとを追って鏡の中に入った。
 鏡の中の光が止むと、目の前には暗い森が広がり大きな赤い月が現れた。
 大きな赤い月に、皆は見入っている。
「レッドムーンだ」
「え?」
 皆の横にピンクが現れ、ピンクがいた事に皆はホッとした。
「お前等、俺の力の盾となれ。先に入れ」
 と言った。
「入る?」
「お前等、魔女狩りは知っているか?」
「えっと確か、ヨーロッパの方で十六世紀か十七世紀に火の雨、血の雨、法的手段を取らないリンチがあって、大迫害時代だとか」
 物知りな幸が答えると、ピンクは足りない物があると言った。魔女に足りない物を幸が考える。
「魔女狩りは人間によって行われた。それには魔女でない人間も多数被害にあった。そこから生まれた怨みは、時間を掛けて大きくなったがおかしい。魔女はヴァンパイアを呼ぶが弱過ぎる」
 ピンクは納得してない様子。
「ピンク?」
「俺は村にいたんだ。俺の力に気付いたはずだ。ルシファーの息子に挑むにしては、他に強い者がいないと魔女もヴァンパイアも動かない。背後によほど強い奴がいるのか?」
 ピンクは考え、「空を動かすか」と赤い月に手を翳し、左に月を動かした。
 ピンクが目を光らせると、赤い月が欠けた。
 欠けた月で、ピンクはニヤリと笑った。
「そういう事」
「どういう事?」
「お前等、ここは空に浮かぶ異空間だ。日が昇らない日はこの異空間を作ったからだな」
「日が昇らない日?」
 皆が考えると、すぐに何日か日が昇らない日が続いて大騒ぎになっていたのを思い出した。
「ああ、そんな日もあったね」
「ピンク、この異空間に消えた人が?」
「多分な。消えた人間は、先祖が魔女狩りに参加したか通報したかだ。関わった者って事だ。お前等は行け。魔女には人間が多いから、弱い力は捨て置かれる」
「弱い力……」
 その通りだが、皆は言い方に腹が立つ。
 ピンクは森の真ん中あたりにある城に目をやると、皆に向かって手を横に振り、皆は一瞬で不気味な城の前に着いた。
 見上げると、魔物が住む感じの城。
「入りたくない所だな」
 何を言っても始まらないので、仕方なく中に入った。奥に行くと、左右に分かれる道があり左の方に人影が見えた。慌てて隠れた皆だが、人影が全く動かない事に気付いた。
 警戒しながら近付くと、人間のようだが固まっていて人形のようだ。
「ばあちゃん」
 それは、拓実の祖母だった。
 すぐ隣の空間には、六人がいて固まっている。
 他の空間にも、村の人達が固まっていた。
「幸、これが魔女の怨みの力?」
 りんが幸を見ると、幸は悪魔の本を開いた。「世界最強最悪の魔女がいる。メーディア」
「メーディア?」
「メーディアは最強にして最凶。ギリシャ神話の伝説の王の娘とあるわ。恋に落ちた相手と逃げて、国を裏切った女とある。国の追手から逃れる為に、弟を八つ裂きにして海にバラ撒いた。家来が弟の死体を集めている間に逃げたとある」
「そ、それは中々だな」
 皆の顔が引きつった。
「メーディアは目的の為なら手段は選ばない。最強とされるのは、死んだ者を蘇らせる薬を完成させたとか」
「じゃあ、八つ裂きにした弟はその薬で蘇らせるからわざと?」
「いえ、弟は蘇らせていない。王が悲しんでいるのに、逃げきれて喜んでいたみたい」
「悪魔って感じだな」
「メーディアは恋に生きた魔女なの」
 男達は、女は恐ろしいと苦笑い。
「でも幸、村人が消えたのとメーディアとどう関係が?」
「蘇らせる薬って、死後に誰かにやってもらうものじゃない。メーディアは孤独に死を迎え、誰も蘇らせる事をしなかった。伝説となり、忘れさられていた頃に村で魔女狩りがあった。その子孫が祖先の酷い仕打ちを知り、メーディアを蘇らせる力を持つ者を待っていた」
「え? 薬じゃないの?」
「本には、薬の他に強力な魔力が必要とある。子孫はずっと先祖の怨みをいい伝えて来たのね」
「何でこの村だと分かるの?」
「それは、のぞみが言ってた「地図にも載らない村がある」って」
「ああ」
「私、調べたのよ。魔女狩りはあったのだと私は思う。最強魔女の文字が出てくるから、無いなら魔女自体書かないはず。過去にも何人か消えた事件が起きて、神隠しで消えた人は戻らなかったそうなの」
「ええ、過去にも!?」
「もしかして、過去の人もここに?」
「分からないけど、時間は経ち過ぎているよね」
「ああ、そうね」
 

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